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修太は庭で、バルの周りをうろちょろしていた。
スカーン、スコーン。
小気味良い音を立てて、薪割りをしているバルが、とうとうぶち切れた。
「うっっざ! うっとうしい! 邪魔! コバエの生まれ変わりかよ」
「なんだ、その罵倒。初めて聞いた。お前、例えが上手いなあ」
「感心すんな、馬鹿!」
ちょっと面白いと思って修太が褒めると、バルはこめかみに青筋を立てて、更に付け足した。
修太はそれを流して、斧を指さす。
「俺もやってみたい!」
「……はあ。しつこいなあ。一回だけだぞ」
「よっしゃあ!」
根負けしたバルが、面倒くさそうに斧の柄を差し出す。修太はガッツポーズをして、斧を受け取る。
ずっしりくるかと身構えたが、手斧はそこまで重くなかった。
バルは切り株の台に丸太をのせる。
「真ん中に刃先を当てるんだ。体重をかけて、両足でジャンプしてやってみろよ」
嫌そうにしながらも、バルはコツを教えてくれた。
修太は斧を構え、ジャンプして、勢いよく斧を落とした。
「う、わっ!?」
思ったよりも丸太は固く、刃先はめりこんだが、最後まで落ち切らない。反動で手が痛んだ。
あんなに簡単そうに割っていたから、修太もすぐにできるのだと思ったが、これは難しい。
刃先にめりこんだままの丸太を、台座に金づちみたいに押し当ててみる。
「うん? こうか? あれ?」
カンコンと音がするだけで、いっこうに刃先が沈まない。
「何回かやってればできるようになるけど、一回の約束だからな。ほら、返せ」
「一回は一回でも、一回割るんだって!」
「ガキみたいなこと言ってないで、どけって!」
子どもにガキ扱いされてムカついた修太は、気合を入れ直して、斧の柄をつかむ。
「最後にもう一回だ。うおりゃー!」
ろくに考えずに丸太ごと斧を台座に振り下ろした結果、力を入れすぎた右手首を痛めただけだった。
「バーカ。アーホ。間抜け」
「うるせええええ!」
薪を一回割りながら、節をつけて馬鹿にしてくるバルに、修太は悔しさを込めて言い返す。
その間に、バルは三回も薪を割った。
(この野郎……!)
腹が立ってしかたがないが、バルの制止を無視した結果が右手首の負傷なので、バルが馬鹿にするのも当然だ。
口は悪いものの、バルは修太の状態をさっと確認すると、冷たい井戸水に布をひたして、右手首に当てておくようにと、処置はしてくれた。
「骨折まではしていないが、後ではれてきたら、ねんざだからな」
「そ、そこまでやわではない……はず」
「人間ってもろすぎじゃねえ?」
「人間を俺でひとくくりにするのは、駄目だぞ」
頑丈な人間もいるので、彼らの名誉のために、修太はそう言った。
修太は湿布薬くらいなら作れるが、どちらにせよ、この状態ならまずは冷やすのが妥当だ。
スコーンと薪を割ると、バルは皮肉っぽく問う。
「適材適所って言葉、知ってる?」
「向いてないことはするなってか!」
「なんだ、知ってるくせに、馬鹿やってんのか」
「本気でムカつく奴だな!」
修太が言い返したタイミングで、コウが屋敷から出てきて、すり寄ってきた。
「クゥーン」
「大丈夫だよ、ちょっと痛めただけ」
心配してくれるコウが可愛い。
「そうそう。馬鹿やって、案の定、怪我だ。俺は止めたからな」
「分かってるって!」
バルに即座に言い返し、桶の水に布をひたして、また手首を冷やす。
バルはコウを眺め、けげんそうに、すんすんとにおいをかぐ仕草をする。
「なあ、その犬、モンスターのにおいがするんだが」
「そりゃあそうだよ、モンスターだからな」
「は?」
薪割りの手を止め、バルはコウを凝視する。
コウはお座りをして、パタパタと尾を振り、「オンッ」と吠えた。
「鉄の森に、鉄狼っていうモンスターがいるんだ。昔、レステファルテで白教徒に処刑されかけたんだけど、その時に狂ってたのがこいつな。俺が魔法で意識を呼び戻してやったから、俺についてきたんだよ」
「ワフッ」
コウは一声吠えて、一瞬、体を元の大きさまで戻した。大きな狼の姿を見せると、すぐに体を縮めてしまう。
「ほら」
「ほら、じゃねえよ! そうだった、お前、エズラ山のボスモンスターとも親しかったな」
「そういや、ポナって元気にしてんの?」
「元気だったぞ。しょっちゅう砂漠に墜落して、砂煙を上げてる。毎日見てるうち、今日も馬鹿やってるなあって慣れた」
想像するのが簡単すぎて、修太はおののいた。
「こわっ。あいつ、まだ飛ぶのが下手なの?」
「俺達は岩塩を拾いやすくなって、助かってるけどな」
まあ、それだけぶつかっていたら、羽が飛び散るだろう。エズラ山のボスモンスターは岩塩鳥なので、生きているうちに羽や血が落ちると、それが岩塩に変わるのだ。
そして黒狼族は岩塩を拾い、商人に売って外貨を手に入れている。
岩塩の入手方法は、時に盗賊から命を奪うほどの、最上級の秘密なのだ。
「お前さあ、こんな誰でもできることじゃなくて、そういう特技を生かせば?」
「誰でもできるなら、できるようになりたいだろ」
「なるほど。一理ある」
バルが小難しいことをつぶやくので、修太は思わずツッコミを入れる。
「お前、本当に十三かよ。語彙力が大人顔負けなんだけど」
「父さんと母さんは読書家だからな。俺も、家にあった本は全部読んだ」
「へえ、そうなの? 頭が良いんだな。特に好きなジャンルってあるのか?」
「地理や旅行記は好きだな。俺は修行を終えたら各地を旅して、本にまとめて、いつかマエサ=マナに届けたいんだ。世界に何があるか伝えれば、きっと仲間の生存率が上がるはずだ」
さすがは族長夫妻の息子だけあって、バルは仲間の利益になることを第一に考えているみたいだ。
「旅行記か、考えたこともなかったな。啓介なら、面白がって何かと記録してたよ」
「へえ、読んでみたいな。そいつには、どこに行けば会える?」
「アリッジャって町だ」
「今度、寄ってみるよ。でも、お前も旅をしたんだから、いろいろと知ってるだろ。良い情報はないか?」
「ええ、急にそんなことを言われても。うーん、どの辺りにどんな野草や薬草が多いか、とか、町でおいしいもの……とか。どこにどんなボスモンスターがいるか、とか?」
各地のモンスターと親しくしているだけあって、修太は地図を見れば、モンスターの分布範囲が分かる。
「なんだよ、それ。すごいじゃないか!」
「え? 町のおいしいものが?」
「そこじゃねえよ、馬鹿! モンスターと薬草や野草に決まってんだろ」
「でもなあ。あんまり教えると、モンスターに悪いからな」
「ふいうちで死ぬより、ずっといいじゃないか」
生存率を第一に考えるだけあって、バルはそう言った。
「俺が教えなくても、冒険者ギルドに記録があると思うぜ。まあ、モンスターは闇に帰っても、また生まれるから、絶滅することはないけどな。ボスモンスターはオルファーレンからの使いだし」
「何それ、どういうこと」
「前に一緒にいたサーシャから聞いたんだけど……」
「ああ、あの魔王な。うんうん」
知的好奇心にかられると、バルはいくぶんか素直になるらしい。
修太は気を良くして、バルに世界の仕組みについて教えてやった。
「つまり、ボスモンスターがモンスターをテリトリーに集めることで、周りへの被害をおさえてるんだな?」
「そういうこと」
「っていうか、神様って本当にいるんだな。永久青空地帯も見てみたいなあ。パスリルに近付くのは、自殺行為だけどさ」
しみじみと頷いていたバルは、ふと修太を見た。
「お前さ」
「何?」
「それだけボスモンスターと親しいってことは、そいつらの餌になるってことじゃないか。モンスターと仲が良いことは秘密にしたほうがいいな。世の中には、想像もつかない悪人がたくさんいるんだ」
「……餌」
「人質ともいう」
「まじか」
その可能性は、考えたことがなかった。
「俺の特技の生かしどころって、どこだよ」
「旅の厄除け?」
首を傾げ、バルは言った。
「モンスター避けかよ!」
「もうさ、安全地帯で大人しくしてたほうがいいと思う」
「結局、それ!?」
バルは大真面目に頷いた。
「だってお前、馬鹿だから。自衛もできないんじゃあな。狼の巣で、うさぎがダンスしてたら、食べるだろ」
「そこまで馬鹿じゃねーよ! バーカ!」
あんまりすぎる例えに、修太の怒りの声が庭に響いた。
こんなにバカバカ言ってる修太も珍しいですよ。子ども相手に大人げない(笑)




