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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
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 2



 修太は庭で、バルの周りをうろちょろしていた。


 スカーン、スコーン。


 小気味良い音を立てて、薪割りをしているバルが、とうとうぶち切れた。


「うっっざ! うっとうしい! 邪魔! コバエの生まれ変わりかよ」

「なんだ、その罵倒(ばとう)。初めて聞いた。お前、例えが上手いなあ」

「感心すんな、馬鹿!」


 ちょっと面白いと思って修太が褒めると、バルはこめかみに青筋を立てて、更に付け足した。

 修太はそれを流して、(おの)を指さす。


「俺もやってみたい!」

「……はあ。しつこいなあ。一回だけだぞ」

「よっしゃあ!」


 根負けしたバルが、面倒くさそうに斧の()を差し出す。修太はガッツポーズをして、斧を受け取る。

 ずっしりくるかと身構えたが、手斧はそこまで重くなかった。

 バルは切り株の台に丸太をのせる。


「真ん中に刃先を当てるんだ。体重をかけて、両足でジャンプしてやってみろよ」


 嫌そうにしながらも、バルはコツを教えてくれた。

 修太は斧を構え、ジャンプして、勢いよく斧を落とした。


「う、わっ!?」


 思ったよりも丸太は固く、刃先はめりこんだが、最後まで落ち切らない。反動で手が痛んだ。

 あんなに簡単そうに割っていたから、修太もすぐにできるのだと思ったが、これは難しい。

 刃先にめりこんだままの丸太を、台座に金づちみたいに押し当ててみる。


「うん? こうか? あれ?」


 カンコンと音がするだけで、いっこうに刃先が沈まない。


「何回かやってればできるようになるけど、一回の約束だからな。ほら、返せ」

「一回は一回でも、一回割るんだって!」

「ガキみたいなこと言ってないで、どけって!」


 子どもにガキ扱いされてムカついた修太は、気合を入れ直して、斧の柄をつかむ。


「最後にもう一回だ。うおりゃー!」


 ろくに考えずに丸太ごと斧を台座に振り下ろした結果、力を入れすぎた右手首を痛めただけだった。




「バーカ。アーホ。間抜け」

「うるせええええ!」


 薪を一回割りながら、(ふし)をつけて馬鹿にしてくるバルに、修太は悔しさを込めて言い返す。

 その間に、バルは三回も薪を割った。


(この野郎……!)


 腹が立ってしかたがないが、バルの制止を無視した結果が右手首の負傷なので、バルが馬鹿にするのも当然だ。

 口は悪いものの、バルは修太の状態をさっと確認すると、冷たい井戸水に布をひたして、右手首に当てておくようにと、処置はしてくれた。


「骨折まではしていないが、後ではれてきたら、ねんざだからな」

「そ、そこまでやわではない……はず」

「人間ってもろすぎじゃねえ?」

「人間を俺でひとくくりにするのは、駄目だぞ」


 頑丈な人間もいるので、彼らの名誉のために、修太はそう言った。

 修太は湿布薬くらいなら作れるが、どちらにせよ、この状態ならまずは冷やすのが妥当だ。

 スコーンと薪を割ると、バルは皮肉っぽく問う。


「適材適所って言葉、知ってる?」

「向いてないことはするなってか!」

「なんだ、知ってるくせに、馬鹿やってんのか」

「本気でムカつく奴だな!」


 修太が言い返したタイミングで、コウが屋敷から出てきて、すり寄ってきた。


「クゥーン」

「大丈夫だよ、ちょっと痛めただけ」


 心配してくれるコウが可愛い。


「そうそう。馬鹿やって、案の定、怪我だ。俺は止めたからな」

「分かってるって!」


 バルに即座に言い返し、桶の水に布をひたして、また手首を冷やす。

 バルはコウを眺め、けげんそうに、すんすんとにおいをかぐ仕草をする。


「なあ、その犬、モンスターのにおいがするんだが」

「そりゃあそうだよ、モンスターだからな」

「は?」


 薪割りの手を止め、バルはコウを凝視する。

 コウはお座りをして、パタパタと尾を振り、「オンッ」と吠えた。


「鉄の森に、鉄狼(アイアンウルフ)っていうモンスターがいるんだ。昔、レステファルテで白教徒に処刑されかけたんだけど、その時に狂ってたのがこいつな。俺が魔法で意識を呼び戻してやったから、俺についてきたんだよ」


「ワフッ」


 コウは一声吠えて、一瞬、体を元の大きさまで戻した。大きな狼の姿を見せると、すぐに体を縮めてしまう。


「ほら」

「ほら、じゃねえよ! そうだった、お前、エズラ山のボスモンスターとも親しかったな」

「そういや、ポナって元気にしてんの?」

「元気だったぞ。しょっちゅう砂漠に墜落(ついらく)して、砂煙を上げてる。毎日見てるうち、今日も馬鹿やってるなあって慣れた」


 想像するのが簡単すぎて、修太はおののいた。


「こわっ。あいつ、まだ飛ぶのが下手なの?」

「俺達は岩塩を拾いやすくなって、助かってるけどな」


 まあ、それだけぶつかっていたら、羽が飛び散るだろう。エズラ山のボスモンスターは岩塩鳥(がんえんどり)なので、生きているうちに羽や血が落ちると、それが岩塩に変わるのだ。

 そして黒狼族は岩塩を拾い、商人に売って外貨(がいか)を手に入れている。

 岩塩の入手方法は、時に盗賊から命を奪うほどの、最上級の秘密なのだ。


「お前さあ、こんな誰でもできることじゃなくて、そういう特技を生かせば?」

「誰でもできるなら、できるようになりたいだろ」

「なるほど。一理(いちり)ある」


 バルが小難しいことをつぶやくので、修太は思わずツッコミを入れる。


「お前、本当に十三かよ。語彙力が大人顔負けなんだけど」

「父さんと母さんは読書家だからな。俺も、家にあった本は全部読んだ」


「へえ、そうなの? 頭が良いんだな。特に好きなジャンルってあるのか?」

「地理や旅行記は好きだな。俺は修行を終えたら各地を旅して、本にまとめて、いつかマエサ=マナに届けたいんだ。世界に何があるか伝えれば、きっと仲間の生存率が上がるはずだ」


 さすがは族長夫妻の息子だけあって、バルは仲間の利益になることを第一に考えているみたいだ。


「旅行記か、考えたこともなかったな。啓介なら、面白がって何かと記録してたよ」

「へえ、読んでみたいな。そいつには、どこに行けば会える?」

「アリッジャって町だ」


「今度、寄ってみるよ。でも、お前も旅をしたんだから、いろいろと知ってるだろ。良い情報はないか?」

「ええ、急にそんなことを言われても。うーん、どの辺りにどんな野草や薬草が多いか、とか、町でおいしいもの……とか。どこにどんなボスモンスターがいるか、とか?」


 各地のモンスターと親しくしているだけあって、修太は地図を見れば、モンスターの分布範囲が分かる。


「なんだよ、それ。すごいじゃないか!」

「え? 町のおいしいものが?」

「そこじゃねえよ、馬鹿! モンスターと薬草や野草に決まってんだろ」

「でもなあ。あんまり教えると、モンスターに悪いからな」

「ふいうちで死ぬより、ずっといいじゃないか」


 生存率を第一に考えるだけあって、バルはそう言った。


「俺が教えなくても、冒険者ギルドに記録があると思うぜ。まあ、モンスターは闇に帰っても、また生まれるから、絶滅することはないけどな。ボスモンスターはオルファーレンからの使いだし」

「何それ、どういうこと」


「前に一緒にいたサーシャから聞いたんだけど……」

「ああ、あの魔王な。うんうん」


 知的好奇心にかられると、バルはいくぶんか素直になるらしい。

 修太は気を良くして、バルに世界の仕組みについて教えてやった。


「つまり、ボスモンスターがモンスターをテリトリーに集めることで、周りへの被害をおさえてるんだな?」

「そういうこと」

「っていうか、神様って本当にいるんだな。永久青空地帯(エターナル・ブルー)も見てみたいなあ。パスリルに近付くのは、自殺行為だけどさ」


 しみじみと頷いていたバルは、ふと修太を見た。


「お前さ」

「何?」

「それだけボスモンスターと親しいってことは、そいつらの(えさ)になるってことじゃないか。モンスターと仲が良いことは秘密にしたほうがいいな。世の中には、想像もつかない悪人がたくさんいるんだ」


「……餌」

「人質ともいう」

「まじか」


 その可能性は、考えたことがなかった。


「俺の特技の生かしどころって、どこだよ」

「旅の厄除(やくよ)け?」


 首を傾げ、バルは言った。


「モンスター()けかよ!」

「もうさ、安全地帯で大人しくしてたほうがいいと思う」

「結局、それ!?」


 バルは大真面目に頷いた。


「だってお前、馬鹿だから。自衛もできないんじゃあな。(おおかみ)の巣で、うさぎがダンスしてたら、食べるだろ」

「そこまで馬鹿じゃねーよ! バーカ!」


 あんまりすぎる例えに、修太の怒りの声が庭に響いた。



 こんなにバカバカ言ってる修太も珍しいですよ。子ども相手に大人げない(笑)

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