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その後、帰りのホームルームの時間にあわせて、セヴァンとともに教室に戻ってきた。
教室の空気は少しむわっとしていて、ちょっと汗くさい。着替えているものの、セーセレティー精霊国は一年を通して気温が高いから、運動後はしかたがない。それにちょうどスコールが降ってきたので、窓を閉めているようだ。
意外にも、リュークとレコンが前のほうで話している。互いに名前呼びになっていて、険悪な空気は薄れていた。
「なあ、戦闘学の間に何かあったのか?」
自分の席に戻ると、ノートをうちわ代わりにして仰いでいるアジャンに問う。
「あったぞ。模擬演習って形で、一対一での訓練でさ。教師に頼んで、ついでに勝負してた」
「それじゃあ、リュークが勝ったのか? そいつはすごいな」
正義感の強いちょっと暑苦しい少年かと思っていたので、少し見直した。だがアジャンには面白くないらしい。
「だから余計に面倒くさい。レコンが勝ったら、あいつの鼻っ柱が折れて少しは大人しくなるかと期待したのに」
「お前も結構言うよなあ」
毒のきいているアジャンの言葉に、修太は感心すら覚えた。
(まあ確かに、ちょっと傲慢そうな面はあるよな)
初対面の修太ですら、なんだか距離を取りたくなるので、付き合いの長いアジャンはもっとなのかもしれない。
(啓介もああいうところはあるけど、なんかちょっと違うな。啓介のほうが感じがいい気がする)
例え注意しても、啓介が言うならば少しは耳を貸そうかなという空気があったけれど、リュークが言うと、どうしてかうるさく感じる。不思議だ。
「ホームルームを始めるぞー。ほら、席に着け」
そこでホームルームが始まったので、修太はそちらに意識を向けた。
正門に来ると、門の脇でコウがお座りして待っていた。
「コウ、来たのか。えらいぞ」
「オンッ」
すぐにコウが尻尾を振りながら駆け寄り、修太の足にまとわりつく。修太はコウの首の後ろから背を撫でてやった。
「その犬、坊主のか。迎えに来るなんて、利口な奴だな」
門番の男の言葉に、修太は頷く。
「ええ、賢いんですよ」
「シューター」
後ろから名前を呼ばれて振り返ると、アジャンが駆けてきた。
「良かった。そういや、礼を言い忘れててさ」
「なんのこと?」
かがめていた腰をまっすぐにして立つ。数秒考えてみたが、心当たりがない。
「昼飯だよ、ご馳走してくれただろ? 腹がいっぱいだったお陰で、戦闘学でライゼルをひやりとさせてやれたぜ!」
アジャンはにかりと笑った。
「やっぱり食事って大事だなあ。力の入り方が全然違うんだ。ダンジョンに入る時だけは命にかかわるからしっかり食べていくんだけど、道場では無理だったから新鮮だったよ」
「道場?」
「ああ。冒険者ギルドが運営してるものでさ、職員が教師になって指導してくれるんだ。小さい奴だと七つくらいから入ってるよ。個人の道場より安いから」
教育事情など知らなかったので、修太は興味をひかれた。
「へえ、そんなのがあるのか。そこで鍛えて、冒険者や兵士になるってこと?」
「この都市なら、学園に入るのを目指してる奴がほとんどだよ。あとは聖堂で格安で読み書きとかを教えていたりするな。冒険者ギルドでもそういう講習会がある所もあるけど、そっちは冒険者のみだ」
「へ~」
修太が合槌を打つと、アジャンは心配そうに首を傾げる。
「おい、大丈夫か? 結構、常識なんだけど」
「俺の周りは、とっくに強い奴だったからさ。師匠に弟子入りしてた奴なら見たことあるぜ」
そういうことかと、アジャンは納得したようだ。
「ああ、そういう奴もいるよな。そっか、お前が世間知らずっぽいのって、隠者っぽい人についてたからとかかな」
「アジャンってどっち方向? 俺、広場の向こうなんだ、帰りながら話さないか?」
「おう、いいぜ。俺も広場の近くなんだよ」
話がまとまったので、二人そろって雑踏に歩き出した時、前方で誰かの悲鳴が聞こえた。
「きゃあああ、泥棒よーっ。そいつを捕まえて!」
「え!?」
人相の悪い男が、鞄を抱えてこちらに駆けてくる。驚く修太の前に、槍を手にしたアジャンとコウがさっと出た。
「邪魔だ、ガキども。どけ!」
「オンッ」
「学園に入る気かよ。そうはさせね……」
アジャンが止めに入ろうと一歩踏み出した時だった。
真っ白い影が、風のように飛びこんできた。男が宙を舞い、ドスンッと音を立てて背中から地面へと叩きつけられる。
「ぐえっ」
つぶれた声を上げる男をひっくり返し、その人影は男の手を後ろから掴んだ。ひねりあげられ、悲鳴が上がる。
「いでででで」
「まったく、しみったれた泥棒だな。ほら、ご婦人、お返しする」
「あの、ありがとうございますぅっ」
取り返した鞄を差し出され、女性は頬を赤くする。
青みがかった黒髪を後ろで束ねた女が、男勝りにふっと笑った。白い風は、旅装のマントだった。
「……フラン?」
「ん? あ、お前」
元旅仲間、フランジェスカ・セディンは何か言おうとしたが、そこに声が加わる。
「フランさんっ! ああ、いた。追いついた。いきなり走り出すから、驚いたよ。――あれ? シュウとコウじゃないか、久しぶり!」
にこりと人懐こく笑ったのは、修太と同じくこの異世界に迷い込んだ、幼馴染の春宮啓介だった。ホワイトグレーの髪は短く、銀の目を笑みにしている。すっかり背が伸びて、冒険者として一人前になった彼は、白い色合いの旅装の腰に、長剣を提げていた。
「……ひ、久しぶり」
とりあえず修太はあいさつを返した。
「知り合い?」
アジャンが問うので、修太は頷く。
「ああ、前に一緒に旅してた仲間なんだ。フランと啓介で、啓介は俺の幼馴染だ。啓介、こっちはアジャン。俺のクラスメイト」
紹介を聞いて、啓介は嬉しそうに笑った。
「そういや学園に合格したって手紙、届いたよ。おめでとう! よろしく、アジャン。俺はケイスケ・ハルミヤ・アーレイルだ。ケイって呼んでくれ」
「よろしく」
二人は握手をかわしたが、そこへ都市を守る衛兵がやって来て、男を引き取っていった。
結局、アジャンとは正門前で別れた。
何度もお礼を言って帰っていく被害者に、啓介は手を振っている。
「なあ、啓介。なんでここにいるんだ? お前、確か赤ん坊が生まれたばっかだろ?」
「生まれたばっかっつっても、半年前だよ」
「そうだっけ? もうそんなに経つのか、早いな」
「おう、前は見に来てくれてありがとな。正直、今が一番大変だから、ピアスの傍にいてやりたいんだけど、おばば様の頼みだから仕方なく」
溜息をつき、啓介は寂しそうに南の方角に目を向ける。
「何が頼みだ、あれは命令っていうんだ、ケイ殿」
髪は伸びたが、相変わらずの男勝りなフランジェスカが、マントを整えながら指摘する。
「なんでもいいよ。可愛いお嫁さんの育ての親にはかなわないからね」
「はああ。隙があらばのろけるんだから。やめてくれ」
うんざりと言い、フランジェスカは首を横に振る。修太も呆れた。
「相変わらず、ピアスにでれでれだな。でも、なんでまたフランも一緒に? お前、ダンジョン巡りをするって言ってたよな?」
いまだに呪いが完全に解けていないフランジェスカは、今度はダンジョンの神秘に期待しているようだった。
「まあな。だが情報集めのためとはいえ、冒険者ギルドの職員になったせいで、しがらみが多くてな。きなくさい動きがあれば、こうやって調査にも来るってわけさ」
「フランさんは冒険者ギルドで警察みたいなことをしてるんだよ。かっこいいんだ」
フランジェスカのことを、啓介は目を輝かせて褒める。フランジェスカは少し照れた様子ながらも、優しく微笑んだ。
「ふふ、ありがとう、ケイ殿」
フランジェスカが啓介に甘いのも、いつも通りである。
「この後、シュウの家に行くところだったんだけど。最近、こういう魔具が出回っててさ、シュウも気を付けろよ」
啓介は右手を宙に向け、瓶を掴んだ。旅人の指輪から出したのだろう。
「……魔具?」
なんだか嫌な予感がした。フードの下で眉をひそめる修太に、啓介は事情を話す。
「そ。出所を突きとめるのと、各地の商人ギルドに注意喚起に回ってこいって、おばば様からお達しがあってね。――魔力を暴走させて、魔力酔いにさせるっていう魔具なんだけど」
「うわーっ、お前、そんなもんをこんな所でっ」
不安的中。今更慌てだした修太だったが、時すでに遅し。
「ツカーラ、やっぱりお前が犯人だったんだな!」
正門からリュークの勝ち誇った声がして、修太はうんざりと額に手を当てた。
第一話、終了。まだ事件は続きます。
なんか書けたので、明日も更新します。(スローペースに移りたいんだけどな……)




