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校長が稽古の約束を取り付けたせいで、急きょ、授業が戦闘学に変わった。三学年合同である。
文学科の生徒は見学なので、三年のラミルとイミルが修太の傍にやって来た。
「シューター、どういうことだよ、これ」
ラミルは修太がグレイの養子だと知っている。グレイが現れたので、不審に思ったようだ。修太は首を振る。
「俺に分かると思うか? しいて言うなら、グレイのお姉さんが自由気まますぎて、誰も止められないんだ」
「えっ、賊狩りって姉がいるの?」
「あの女の人? 全然似てないわね」
ラミルとイミルは目を真ん丸にして、校長の傍にいるバロアを眺める。
修太ははらはらとして落ち着かない。
「大丈夫かなあ。グレイ、手加減が苦手なのに……。スレイトさんはどうなんだろ? 死人が出そうで怖い!」
「え、これ、稽古よね?」
イミルの確認に、修太は頭を抱える。
「そうだけど! あそこにいる二人、黒狼族の上から三位以内だぞ」
「シスフェルの冥福を祈ろう」
「もうっ、ラミルったら、そうじゃないでしょ。友達の無事を願わなきゃ」
以前、ラミルの代わりにイミルを迎えに来ていた少年に向け、双子は真面目に祈りをささげている。すると、その少年――シスフェルが不思議そうに寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「シスフェル、お前の骨は拾ってやるよ」
「強く生きて……」
双子の言葉に、シスフェルは顔を引きつらせる。
「不安しかないんだけど!」
青い腕章なので、騎士科の生徒だ。双子のクラスメイトで友人というところらしい。
・グレイ視点
いまだ落ち着かないサランジュリエを警戒して、息子を送迎するつもりが、どういうわけか、学園の生徒に稽古をつけることになってしまった。
姉のバロアは、昔から、いつもこうだ。好き勝手に動いて、状況をしっちゃかめっちゃかにする。
一つ年上の友・スレイトも、何かといたずらをするので、なぜかグレイが後片付けに追われるはめになっていた。
マエサ=マナを出て以来、そんな役回りはなくなったので、腹立たしいなつかしさにイライラしている。
そんなスレイトでも、バロアには逆らえない。グレイと一緒になって、振り回されている。黒狼族は、女が優位だ。女からしか、黒狼族が産まれない。さほど数が多くないのもあり、子孫繁栄のため、幼い頃から女を優先するように叩き込まれている。子どもの数が減ると、なぜだか双子や三つ子が産まれやすくなるので、自然淘汰もされていないが、それもいつまで続くか分からない。
そういうわけで、他人に興味のないグレイですら、同胞の女には自然と甘い対応をしてしまう。
「どうする、スレイト。俺は手加減が下手だ」
「俺が得意だと思うか?」
スレイトの返事に、グレイは頷いた。
それが当たり前だ。同胞で最強の男だ。当然、能力も高い。
「この中では、絶対に、バロア姉さんが相手すべきだ」
「じゃあ、こうするか。おーい、レコン。お前、ちょっと稽古の相手をしろよ」
「お、俺ですか!?」
スレイトに名指しで呼ばれ、レコンの黒い尾がビシッと逆立った。分かりやすい緊張を見て、生徒達も身構える。
スレイトに手招かれ、レコンは前に出てきた。得物は刀だ。大事にしているのが分かるので、グレイはどうしたものかと迷う。
「良い武器だな。スレイトが壊すと、さすがに悪いだろう」
「ははっ、そうなったら、良いやつを買ってやるよ」
「壊れる前提なんですか? いやいやいや、悪いですよ、そんな。ちょっとうれしいですけど!」
遠慮しつつも、スレイトに買ってもらえるのは期待してしまうみたいで、レコンは支離滅裂なことを言う。
グレイは少し考え、結局、修太を呼ぶ。
「おい、シューター。ちょっと来い」
「えっ、俺? なんで?」
ものすごく嫌そうに、修太が歩み寄ってくる。
「お前、武器を持ってるか? 刀剣で、いらねえやつをこいつにやれ。スレイトが相手をすると、だいたい折れるんだ」
修太はスレイトが持つ槍をちらりと見た。
「槍で剣が折れるの? どういうこと……? ええと、刀……?」
修太が首を傾げて呟くと、銀の指輪にはまったオニキスがキラリと光り、目の前に刀剣類がどさどさと積み上がった。
「俺は使わないから、どれでもいいよ」
武器に興味がない修太は、ぞんざいに言った。武器屋が怒りそうな態度だが、修太が持つ武器は、ほとんどがモンスターからのもらいものだ。テリトリー内で死んだ冒険者のものだったり、物作りが趣味のモンスターが、作ったが自分達は使わないからとくれたものだったりと、いろいろだ。
当然、レコンは修太に問う。
「なんでそんなに持ってるんだ、お前は」
「旅をしていた時に、いろいろとあってな」
「いいものばっかりだが、折れるのが前提だと、この辺がいいか」
レコンは一振りを拾い上げ、鞘から抜いて状態を確かめた。満足げに頷く。
「よし、これだ」
「それじゃあ、残りは片付けるぞ。なあ、父さん、大丈夫なのか? 死人が出そうで怖いんだけど」
修太の質問に、グレイは目をそらす。
「……善処する」
「余計に不安になったよ!」
「とりあえず治療師は待機させている。同胞なら、死にはしない」
グレイの返事を聞いて、レコンは顔を引きつらせ、バロアをにらんだ。
「あの人、いっつも余計なことをするんだからな。くそっ。後で何かごちそうしてくださいよ!」
マエサ=マナで迷惑をこうむっていたのか、レコンは嫌々ながら、得物をグレイに預けてスレイトのほうに向かう。
「ご指導、よろしくお願いします!」
「そう固くなるなって。悪いな。ちょっと見本になってくれ」
「任せてください!」
やけくそ気味に、レコンは返事をする。
「それじゃあ、俺は戻るから」
修太はいそいそと離れていった。スオウ行きの船で知り合った〈黒〉の友人達の傍に戻る。彼らは安全圏での見学のようだ。
生徒の列を片側に寄せさせてから、広々とした場所で、スレイトとレコンが向き直る。
スレイトが手を挙げ、校長が頷く。
「それでは、戦闘学の実習を始めます。今日は特別に、黒狼族の方々が稽古をしてくださるそうです。まずは一年のレコン君と戦ってみせてくれるそうです。――それでは、始めてください」
校長の言葉とともに、生徒達は静かになった。かたずを飲んで、二人の様子を見守る。
レコンは刀を抜き、姿勢を低くして前へと踏み出した。矢のような鋭い切り込みだ。足が斬られてもおかしくない、遠慮のない一閃だったが、スレイトはレコンの右腕を右手で押さえて止めていた。
「ええっ、あれを素手で止めるの?」
「すげ~」
生徒達がつぶやく声が聞こえてくる。
レコンはスレイトから距離をとり、気を取り直して切りかかる。銀色の線が空中に光を残す中、スレイトはわずかに体をずらすだけで全てよけた。
焦れたレコンの大ぶりな一閃に対し、槍を振るう。
――ガキン!
刀が半ばから折れ、宙を飛んで地面に刺さった。
場がシン……と静まり返り、数秒後、どっと歓声が湧く。
「お、折れた!」
「すげー!」
「何あれ、どういうこと!」
ぎゃあぎゃあと叫ぶ声がうるさいが、あの反応はもっともだ。
スレイトのすごいところは、物でも生き物でも、急所を見抜く直感に優れていることだ。どんなに良い武器でも、ウィークポイントがある。その一点を槍先で的確に突くことで、一瞬で破壊してしまう。
これがまた正確すぎるので、グレイもスレイトとは戦いたくない。大事にしている武器を一瞬で壊されるのだから、たまったものではない。
スレイトは槍をグレイへと放った。グレイは槍をキャッチする。あとは格闘戦に移るようだ。
そして、レコンにかかってこいと手招く。レコンも武器を捨て、スレイトに向かっていく。
スレイトはレコンが殴りかかった腕を受け流し、上へと足払いをかけ、その背をポンと押した。
「ぐぇっ」
レコンの体が回転し、そのまま地面に叩きつけられる。その衝撃で、ちょっとだけ地面がえぐれた。
「あっ、わりい。はははは、いやあ、失敗した。手加減、下手なんだよなあ、俺」
うつぶせに倒れた格好で、レコンは返事をしない。
「最後に背を叩いたのがまずかっただろ。不用意にさわるからこうなる」
グレイはレコンに近付いて、まず息を確かめた。
「ただの気絶だ。おい、治療師。おそらく肋骨がやられてるから、診てくれ」
「はっ、はいー!」
医務室勤務のルルージャが急いで駆け付け、〈青〉の魔法をほどこす。
そちらを任せ、グレイは校長を振り返る。
「……と、まあ、こんな感じだ。大怪我をしても構わない奴だけ、稽古をつけてやる」
「ですって、皆さん。どうします?」
校長の問いかけに、生徒達はすーっと後ろに引いた。それでも数名の勇猛果敢な生徒がいて、稽古を希望した。
「ははっ、その気概は嫌いじゃねえな。グレイも相手しろよー」
「しかたねえな」
様子を見ていると、スレイトよりもグレイのほうがまだ手加減ができるようだ。
一人ずつ稽古をつけてやったが、スレイトは強いが教えるのが下手だ。改善すべき点などは、グレイが教えてやるしかない。
「ドーンとやって、ガーッとやればオーケー」みたいなことを言いだすので、まったく伝わらないのだ。バロアも似たような感じなので、ここで解説できるのはグレイしかいない。面倒くさいが、何も指導しないのでは稽古にならない。
「お前は槍を使う時、左足で前に踏み込むだろう。利き足に筋肉がつくのは当たり前だが、それでも右足が弱すぎる。踏み込む時に転びかけることはないか? バランスが悪いせいだ。右を多めに鍛えろ」
「は、はいっ。ありがとうございます」
槍を使う女生徒は、「どうして転びかけるのを知ってるの?」と言いたげな顔をして頷いた。
「――で、お前。左目が見えてないな?」
指摘され、少年はぎくりと顔を強張らせた。前髪を伸ばして隻眼を上手に隠しているが、隙ができるから分かりやすい。
「そうですけど、でも」
「弱点を隠すのは、当然だ。お前はよくやっている。しかし、視覚に頼りすぎだな。気配を感じ取れるように訓練しろ。瞑想はやってるか?」
「いいえ」
「とりあえず毎日短時間からやってみろ。気配で対応して、見るより先に反応するようにすればいい。それが上手くなってきたら、弱点をさらせ」
「はい? 弱点ですよ? どうしてそんなことを……」
「お前が隻眼だと分かれば、相手は油断する。そうなったら、お前に分ができるだろ。生き残るために、見かけの弱点もおとりに使え。そうすりゃ、弱点も長所になる」
グレイの言葉に、少年の表情が明るく輝き始めた。
「そんなことを言われたのは初めてです。ありがとうございます! 僕、がんばります!」
そして礼を言うと、飛び跳ねるようにしてクラスに戻っていった。
話を聞いていた生徒達も、うんうんと頷いて、真剣そのものだ。態度は悪くはない。
スレイトがしみじみとした調子で、グレイを褒める。
「はあ、良いことを言うじゃねえか。グレイは師匠向きだよな」
「当たり前のことを言っているだけだ。生き残った奴が、勝者だ。弱点でもなんでも、利用すればいい」
「その弱点が、足かせになっている連中が多いのさ。俺らなら足かせだって武器にするが、落ち込んで立ち止まる奴もいるんだぜ」
「立ち止まったら、死ぬだろう。意味が分からん」
「それでこそグレイだな!」
さらに意味不明なことを言って、スレイトがグレイの背中を軽く叩く。その頃には、レコンが復活していた。
「戻りました。あの後、どうなりました?」
「悪かったな、レコン。とりあえずお前の様子を見せて、それでも稽古をしたいって奴を指導したぞ。おもにグレイが!」
スレイトが自慢げにグレイを示す。相変わらずうるさくて面倒くさい奴だと思い、グレイは短く息を吐いた。
「お前の身のこなしは悪くねえな。瞬発力もいい。だが、そのやりかたは、何度もやっていると、相手に見切られるぞ。突っ込むだけっていうのも、芸がねえ。相手を観察して、対処する時間もとれ。せっかちと言われなかったか?」
「うっ。母さんに言われました」
「師匠は?」
「それが……実は親父には修行三ヶ月目で追い出されて」
「そういう時は、イェリの所に行けよ。今更、言ってもしかたねえか。学園にいる間は、人間のことで分からねえことがあるなら、あいつに訊けばいい。無愛想だが、親切な奴だ」
いろいろと面倒くさくなってきて鬱屈がたまり、煙草に火をつけて吸いながら、グレイは修太を示す。レコンは頷いた。
「はい、すでに世話になってます」
「そうか。だが、負担はかけるなよ。体が弱いんだ」
「気を付けます」
殊勝な態度をとるレコンに頷き、グレイは校長のほうに向かう。
「おい、これで稽古は終わりだ。見学料にはなっただろう」
「ええ、おつりが出るくらいです。ありがとうございます。――しかしグレイ様、ここは禁煙……」
「一本だけだ」
「しかたありませんわねえ」
校長は困り顔でつぶやき、紫煙を避けるように、担任のほうに行く。そして、生徒達に解散するように話しているのが聞こえてきた。
「人間の子どものわりに、なかなか骨があって、面白かったわねー!」
バロアがご機嫌に笑っているが、グレイとスレイトにしてみればたまったものではない。イライラが最高潮に達して、煙草で気をまぎらわせる。
「姉さん、一ヶ月もいるのか……」
「お前はまだ二日目だろ。俺ら、ここまで一緒に旅してきたんだぜ?」
スレイトと視線をかわし、お互い、溜息をついた。
「「はあ……」」
生徒が列を作ってがやがやしている中、修太がこちらに駆けてきた。
「すごかったよ、さすがだなあ。スレイトさん、あの刀が折れたやつ、どうなってるのかさっぱり分かんなかったけど、格好良かったです」
「ああ、あれな。俺はウィークポイントの見極めが、すげえ上手くてなあ。槍先で突いちまうんだよな」
「ううん?」
よく分からないと首を傾げる修太を横目に、グレイは靴底に煙草を押し付けて消した。携帯用の灰入れを出して、カスをしまう。
何もない荒野や砂漠ならともかく、どこから火事になるんだか分からない場所に、煙草のカスを捨てる真似はしない。特に森は最悪だ。たった一つの火種が、山火事や森林火災を引き起こす。旅人なら、火の管理はうるさいものだ。
「こいつがやってるのは、動きながら針の穴に糸を通すようなことだ」
「すげえ……!」
グレイの解説で、どれほどスレイトがすごいか分かったようで、修太はぎょっと目を見開いた。
その力量は神がかっており、黒狼族でスレイトを尊敬しない者はいないと断言できる。グレイも彼の強さは心底認めている。族長カリアナが、異性としても惚れ込むのは自然だ。黒狼族の女は、強い者にひかれるからだ。
「シューター、教室に戻るってよ。家族でじゃれてないで、戻ってこいよ」
赤髪の少年が、修太を呼んだ。
「じゃれてねえし! ――それじゃあ、今日はお疲れ様。バロアさん、ダンジョンの見学、楽しんできてくれ」
「うん、そうする~。レコン、仲良くやるんだよ」
「はあ、まあ、できるだけ……」
バロアからの仲良し発言は、さすがに微妙だったみたいで、レコンはなんとも言えない顔で頷く。そういえばスレイトがレコンから話を聞きたがっていたのを思い出し、グレイは問う。
「今日、時間があるなら、後でうちに寄っていけ。スレイトが学園について聞きたいそうだ。約束通り、食事をごちそうしてやるよ」
「仕事が終わったら、うかがいます」
レコンはぺこっと会釈をし、修太とともに生徒の列に加わる。
スレイトがうっかり大怪我をさせたのはレコンだけだったので、生徒達は「大変だったな」と声をかけている。
それから、校長とともに門へ向かう。
「お世話になりました。こちら、当校のパンフレットですわ。もしご興味がおありでしたら、いつでも見学にいらしてくださいね」
しっかりと宣伝もして、校長はにっこり笑顔で見送った。
八話はバロアさんが好きに動いてるだけだから、ぐだぐだですけど、のんびり読んでくださいね。




