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「ちょっと、皆でぞろぞろとついてくるのはやめてくれよ、恥ずかしいだろ!」
修太は広場で、グレイ達に文句を言う。
父親に送られるのですら、二十歳すぎの大人としてどうなんだろうと思っているのに――外見年齢が十七歳前後なのは横に置いておく――義理の伯母と養父の友人が一緒に来たので、なんとも言えない気恥ずかしさがあった。
(俺が本当の思春期だったら、とっくに切れてるぞ)
バルは留守番だ。しばらく出歩きたくないそうだ。
ダンジョンに入れるのは、冒険者に登録できる十五歳からだ。バロアのダンジョン見学にも、バルはついてこられない。
「だって、グレイが父親してるのが面白いんだもーん。それに私、父さんとは集落前で会ったっきりだから、どんな感じか興味あるのよね」
バロアは軽い口調で言うが、グレイの亡き父フレイニールを持ち出されると、修太は胸がえぐられるような思いがする。
「うぐっ、そう言われると……ちょっと止めきれないな」
「姉さんの場合、面白がっているのが八割だ。へこむ必要はない」
グレイが淡々と言い、バロアがピューッと口笛を吹いて、下手くそなごまかしをした。修太はバロアにじと目を向ける。
「バロアさん?」
「いいだろ、ガクエンってのを見せてくれても。それにしても、大きな広場だねー! あの水場で洗濯するの? 井戸にしちゃあ、変な形だね」
「あれは噴水……はあ、頭が痛くなってきた」
グレイがバロアを面倒くさがるのが、なんとなく分かってきた修太である。バロアは自由気ままで、たんぽぽの綿毛みたいに、風向き次第でふわふわしている。しかも他人の話を聞かない。それでも、生来の人なつっこさのせいか、嫌いには思えないから不思議だ。
「私ってね、顔は母さん似で、性格は父さん似なんだって。どう思う?」
「へえ。グレイはフレイニールさんにそっくりなのに、性格は真逆って聞いたことがあるよ。この顔で、バロアさんみたいな性格ってこと? 想像できないな」
あいにくと、修太にそんな想像力はない。
「確かに、弟が私みたいになってるのは想像できないわ」
「俺はグレイの親父さんに会ったことがあるが、まさしくそんなんだったぞ。最初は面食らったぜ」
スレイトはおおげさに肩をすくめてみせる。
「きっと良い人だったんだろうなあとは思うけど」
フレイニールは友人にレアアイテム目当てに裏切られ、ダンジョン内で殺された。そのことで、グレイは賊嫌いになったのだ。
強い憎悪を抱くくらい、グレイにとって大きな存在だった。迷宮都市ビルクモーレでは、誰に聞いてもフレイニールを悪く言う人はいなかった。間違いなく良い人だ。
「けど、何よ」
「俺も、さわがしいのは苦手だな」
「言うじゃないのよ、甥っこ! あんた、そんなんだと枯れちゃうわよ。すでに老人くさいけど」
「れっきとした若者だ!」
老人呼ばわりに、修太はぶち切れる。
しかし、バロアの関心はすでに他に移っていた。
「へええ、あれがガクエン? ねえねえ、勉強っていうのをする場所なんでしょ。中に入ってみたい! 甥っこ、ちょっと行って、話をつけてきてよ」
「ええええ、急だな!」
「嫌なの? しかたないなあ。ねえ、ちょっとそこの人!」
バロアは門番のほうへ一直線に向かっていく。
「ちょ、ちょっとバロアさん! もう、なんなんだよ、その行動力!」
門番は突然の見学要望に困り顔をしていたが、ひとまず校長に話を通すから待っているようにと言い、代理の門番を呼んでからいなくなった。
修太は右往左往する。このままバロアに付き合っていると遅刻するが、学園関係者を巻き込んだ手前、放っておくのはどうなのだろう。
そろそろあきらめて教室に向かおうかと思ったタイミングで、校長が足早にやって来た。
「見学希望だそうですね、構いませんよ。私は校長のマリアン・シュタインベルと申します。ご案内しますわ」
「うぇぇぇ、いいんですか、先生!?」
修太のほうが度胆を抜かれた。こんな朝っぱらから、突然の訪問なのに。普通は迷惑がって追い返すくらいしそうだ。それか、時間を改めて来るように言うか。
「黒狼族のお客様は珍しいですからね。生徒達へのいい刺激になります。教室で紹介させていただいても?」
一応、校長にも思惑はあったみたいで、少し安心した。バロアは気安く請け負う。
「いいわよ。ところで、見学料はおいくら?」
「ふふっ、お金なんてとりませんよ。ですが、もし良かったら、実習で生徒達に稽古でもつけてやってください」
「いいわよ、グレイとスレイトが相手をするって」
バロアはしごく当然とばかりに面倒事を押し付ける。なりゆきを見ていたグレイとスレイトが口を挟んだ。
「「おい」」
二人のツッコミなど聞き流し、バロアは楽しそうにしていて、まったく気にしていない。
(すげえ……強い……!)
戦闘能力ならば二人には劣るのだろうが、間違いなく立場はバロアが上である。
(父さん、あきらめてるよ……)
面倒くさそうにしながら言うことを聞いているあたり、バロアが姉で、グレイが弟なのだと分かる場面だ。スレイトは首を振って、グレイの腕を軽く叩いた。
「まったく、駄目だな、こりゃあ。市場に寄るついでについてきただけなのに……はあ。まあ、俺もガクエンとやらに興味はあるから、見学料だと思っておくか」
「……一人、同胞が通っているそうだ」
「そうなのか? へえ、ここ、黒狼族でも入れるのか。様子見して、カリアナに報告しておくかな」
「族長はしぶい顔をするんじゃねえか?」
「マエサ=マナは、レステファルテとの関係があんまり良くねえだろ。知識がないんじゃ、いつか悪賢い連中に食いつぶされるんじゃねえかと、カリアナは心配してるわけ。時代に合わせて変わっていかねえとなってことで、いろいろと考えてるんだよ。通ってる奴がいるなら、後で話を聞いてみるかな」
スレイトとグレイは、真面目な会話をしている。単に遊んでいるだけのバロアとは大違いすぎて、この差が笑える。
「よろしくお願いしますね」
校長はにっこりして、行きましょうと声をかけた。
「甥っこのクラスっていうのを見てみたいわ」
「甥……? もしや、グレイ様の親戚の方ですか?」
「そうよ、私はバロア。グレイの姉なの。そっちは弟の友人ね。どちらも私の子分よ!」
バロアの適当すぎる紹介に、グレイ達はうんざりと溜息をつくだけだ。それだけで関係性を察したようで、校長はたいして触れない。
「そうなのですね……。ええと、ではツカーラ君の教室に行きましょうか」
「ええええ」
修太もげんなりしてきたが、校長は良かれと思って言っているようだ。
「ツカーラ、遅かったな。とっくにホームルームは始まって……どうしたんですか、校長」
修太が教室に入るなり、すでに檀上にいた担任のセヴァンが遅刻について注意をした。だが、後ろから校長が顔を出したので、何事かと問う。
「黒狼族の方達が見学したいと言うので、ご案内しています。気にしないで続けてください」
「それはちょっと無理じゃないですかね……」
セヴァンの言う通り、賊狩りグレイが現れたせいで、クラスメイト達は色めきたった。どよめきが上がる中、修太は急いで自分の席に行く。
皆がグレイのことを噂しているが、黒狼族のレコンだけはスレイトに目を釘付けにしている。
「な……なぜ、スレイト様がこんな所に……っ」
動揺して独り言をつぶやくレコンに気付いて、スレイトがひらひらと手を振った。レコンは顔を強張らせ、ぺこっと頭を下げる。
スレイトとバルが族長の家族だというのは、外ではうかつに話せない。黒狼族を狙う敵は多くいるので、人質にでもとられたら厄介だ。スレイトはともかく、成人したてのバルにとっては危険すぎる。
修太は教材を机に並べるのに必死だったのだが、右斜め後ろのレコンに肩を引かれた。
「おい、どういうことだ!」
「昨日からうちに滞在してるんだよ。グレイのお姉さんの面倒を見るようにって、族長から言われてるみたいで」
「ああ、そうか。そういうことか……。あの人が外に出るなんて驚きだな。『外出』に興味なかったのに」
バロアのことも知っているようで、レコンはぶつぶつとつぶやいている。
すると、アジャンが話に食いついた。
「ええっ、あの女の人、賊狩りグレイの姉なの? っていうか、あの人、家族がいるんだ?」
「マエサ=マナには母親もいるぞ」
「ちゃんと親もいるんだなあ」
「当たり前だろ、何を言ってんだ」
「なんかほら、ドラゴンから生まれたって言われても納得というか」
気持ちは分からないでもないが、失礼な奴である。
バロアは椅子に座ってみたいと言い出して、出入り口付近の生徒から席を奪ったり、あちこち歩き回ったりと自由気ままにしている。
セヴァンはそれを気にしてちらちらとうかがいながら、今日の連絡事項を話す。
(先生、本当にすみません!)
修太はもちろん、グレイにも止められないんです、あの人!
様子見していたグレイが、とうとう切れた。
「姉さん、いい加減にしろよ。行くぞ」
「分かったわよ、そんなに怒らなくてもいいじゃん。それじゃあね、甥っこ、レコン。またねー」
「すまん、邪魔したな」
グレイに引きずられるようにしてバロアが教室を出て行き、スレイトが謝って廊下に出る。
修太は恥ずかしさで顔を覆い、レコンも頭を抱えて机に突っ伏す。
「最悪……」
「スレイト様に謝らせてるよ、バロアさん」
撃沈する二人を、アジャンが励ます。
「元気を出せよ、二人とも」
何も言えない二人だった。




