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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
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 5



「ちょっと、皆でぞろぞろとついてくるのはやめてくれよ、恥ずかしいだろ!」


 修太は広場で、グレイ達に文句を言う。

 父親に送られるのですら、二十歳すぎの大人としてどうなんだろうと思っているのに――外見年齢が十七歳前後なのは横に置いておく――義理の伯母(おば)と養父の友人が一緒に来たので、なんとも言えない気恥ずかしさがあった。


(俺が本当の思春期だったら、とっくに切れてるぞ)


 バルは留守番だ。しばらく出歩きたくないそうだ。

 ダンジョンに入れるのは、冒険者に登録できる十五歳からだ。バロアのダンジョン見学にも、バルはついてこられない。


「だって、グレイが父親してるのが面白いんだもーん。それに私、父さんとは集落前で会ったっきりだから、どんな感じか興味あるのよね」


 バロアは軽い口調で言うが、グレイの亡き父フレイニールを持ち出されると、修太は胸がえぐられるような思いがする。


「うぐっ、そう言われると……ちょっと止めきれないな」

「姉さんの場合、面白がっているのが八割だ。へこむ必要はない」


 グレイが淡々と言い、バロアがピューッと口笛を吹いて、下手くそなごまかしをした。修太はバロアにじと目を向ける。


「バロアさん?」

「いいだろ、ガクエンってのを見せてくれても。それにしても、大きな広場だねー! あの水場で洗濯するの? 井戸にしちゃあ、変な形だね」

「あれは噴水……はあ、頭が痛くなってきた」


 グレイがバロアを面倒くさがるのが、なんとなく分かってきた修太である。バロアは自由気ままで、たんぽぽの綿毛みたいに、風向き次第でふわふわしている。しかも他人の話を聞かない。それでも、生来の人なつっこさのせいか、嫌いには思えないから不思議だ。


「私ってね、顔は母さん似で、性格は父さん似なんだって。どう思う?」

「へえ。グレイはフレイニールさんにそっくりなのに、性格は真逆って聞いたことがあるよ。この顔で、バロアさんみたいな性格ってこと? 想像できないな」


 あいにくと、修太にそんな想像力はない。


「確かに、弟が私みたいになってるのは想像できないわ」

「俺はグレイの親父さんに会ったことがあるが、まさしくそんなんだったぞ。最初は面食らったぜ」


 スレイトはおおげさに肩をすくめてみせる。


「きっと良い人だったんだろうなあとは思うけど」


 フレイニールは友人にレアアイテム目当てに裏切られ、ダンジョン内で殺された。そのことで、グレイは賊嫌いになったのだ。

 強い憎悪を抱くくらい、グレイにとって大きな存在だった。迷宮都市ビルクモーレでは、誰に聞いてもフレイニールを悪く言う人はいなかった。間違いなく良い人だ。


「けど、何よ」

「俺も、さわがしいのは苦手だな」

「言うじゃないのよ、甥っこ! あんた、そんなんだと枯れちゃうわよ。すでに老人くさいけど」

「れっきとした若者だ!」


 老人呼ばわりに、修太はぶち切れる。

 しかし、バロアの関心はすでに他に移っていた。


「へええ、あれがガクエン? ねえねえ、勉強っていうのをする場所なんでしょ。中に入ってみたい! 甥っこ、ちょっと行って、話をつけてきてよ」

「ええええ、急だな!」

「嫌なの? しかたないなあ。ねえ、ちょっとそこの人!」


 バロアは門番のほうへ一直線に向かっていく。


「ちょ、ちょっとバロアさん! もう、なんなんだよ、その行動力!」


 門番は突然の見学要望に困り顔をしていたが、ひとまず校長に話を通すから待っているようにと言い、代理の門番を呼んでからいなくなった。

 修太は右往左往する。このままバロアに付き合っていると遅刻するが、学園関係者を巻き込んだ手前、放っておくのはどうなのだろう。

 そろそろあきらめて教室に向かおうかと思ったタイミングで、校長が足早にやって来た。


「見学希望だそうですね、構いませんよ。私は校長のマリアン・シュタインベルと申します。ご案内しますわ」

「うぇぇぇ、いいんですか、先生!?」


 修太のほうが度胆(どぎも)を抜かれた。こんな朝っぱらから、突然の訪問なのに。普通は迷惑がって追い返すくらいしそうだ。それか、時間を改めて来るように言うか。


「黒狼族のお客様は珍しいですからね。生徒達へのいい刺激になります。教室で紹介させていただいても?」


 一応、校長にも思惑はあったみたいで、少し安心した。バロアは気安く請け負う。


「いいわよ。ところで、見学料はおいくら?」

「ふふっ、お金なんてとりませんよ。ですが、もし良かったら、実習で生徒達に稽古でもつけてやってください」

「いいわよ、グレイとスレイトが相手をするって」


 バロアはしごく当然とばかりに面倒事を押し付ける。なりゆきを見ていたグレイとスレイトが口を挟んだ。


「「おい」」


 二人のツッコミなど聞き流し、バロアは楽しそうにしていて、まったく気にしていない。


(すげえ……強い……!)


 戦闘能力ならば二人には劣るのだろうが、間違いなく立場はバロアが上である。


(父さん、あきらめてるよ……)


 面倒くさそうにしながら言うことを聞いているあたり、バロアが姉で、グレイが弟なのだと分かる場面だ。スレイトは首を振って、グレイの腕を軽く叩いた。


「まったく、駄目だな、こりゃあ。市場に寄るついでについてきただけなのに……はあ。まあ、俺もガクエンとやらに興味はあるから、見学料だと思っておくか」

「……一人、同胞が通っているそうだ」

「そうなのか? へえ、ここ、黒狼族でも入れるのか。様子見して、カリアナに報告しておくかな」

「族長はしぶい顔をするんじゃねえか?」

「マエサ=マナは、レステファルテとの関係があんまり良くねえだろ。知識がないんじゃ、いつか悪賢い連中に食いつぶされるんじゃねえかと、カリアナは心配してるわけ。時代に合わせて変わっていかねえとなってことで、いろいろと考えてるんだよ。通ってる奴がいるなら、後で話を聞いてみるかな」


 スレイトとグレイは、真面目な会話をしている。単に遊んでいるだけのバロアとは大違いすぎて、この差が笑える。


「よろしくお願いしますね」


 校長はにっこりして、行きましょうと声をかけた。




「甥っこのクラスっていうのを見てみたいわ」

「甥……? もしや、グレイ様の親戚の方ですか?」

「そうよ、私はバロア。グレイの姉なの。そっちは弟の友人ね。どちらも私の子分よ!」


 バロアの適当すぎる紹介に、グレイ達はうんざりと溜息をつくだけだ。それだけで関係性を察したようで、校長はたいして触れない。


「そうなのですね……。ええと、ではツカーラ君の教室に行きましょうか」

「ええええ」


 修太もげんなりしてきたが、校長は良かれと思って言っているようだ。


「ツカーラ、遅かったな。とっくにホームルームは始まって……どうしたんですか、校長」


 修太が教室に入るなり、すでに檀上にいた担任のセヴァンが遅刻について注意をした。だが、後ろから校長が顔を出したので、何事かと問う。


「黒狼族の方達が見学したいと言うので、ご案内しています。気にしないで続けてください」

「それはちょっと無理じゃないですかね……」


 セヴァンの言う通り、賊狩りグレイが現れたせいで、クラスメイト達は色めきたった。どよめきが上がる中、修太は急いで自分の席に行く。

 皆がグレイのことを噂しているが、黒狼族のレコンだけはスレイトに目を釘付けにしている。


「な……なぜ、スレイト様がこんな所に……っ」


 動揺して独り言をつぶやくレコンに気付いて、スレイトがひらひらと手を振った。レコンは顔を強張(こわば)らせ、ぺこっと頭を下げる。

 スレイトとバルが族長の家族だというのは、外ではうかつに話せない。黒狼族を狙う敵は多くいるので、人質にでもとられたら厄介だ。スレイトはともかく、成人したてのバルにとっては危険すぎる。

 修太は教材を机に並べるのに必死だったのだが、右斜め後ろのレコンに肩を引かれた。


「おい、どういうことだ!」

「昨日からうちに滞在してるんだよ。グレイのお姉さんの面倒を見るようにって、族長から言われてるみたいで」

「ああ、そうか。そういうことか……。あの人が外に出るなんて驚きだな。『外出』に興味なかったのに」


 バロアのことも知っているようで、レコンはぶつぶつとつぶやいている。

 すると、アジャンが話に食いついた。


「ええっ、あの女の人、賊狩りグレイの姉なの? っていうか、あの人、家族がいるんだ?」

「マエサ=マナには母親もいるぞ」

「ちゃんと親もいるんだなあ」

「当たり前だろ、何を言ってんだ」

「なんかほら、ドラゴンから生まれたって言われても納得というか」


 気持ちは分からないでもないが、失礼な奴である。

 バロアは椅子に座ってみたいと言い出して、出入り口付近の生徒から席を奪ったり、あちこち歩き回ったりと自由気ままにしている。

 セヴァンはそれを気にしてちらちらとうかがいながら、今日の連絡事項を話す。


(先生、本当にすみません!)


 修太はもちろん、グレイにも止められないんです、あの人! 

 様子見していたグレイが、とうとう切れた。


「姉さん、いい加減にしろよ。行くぞ」

「分かったわよ、そんなに怒らなくてもいいじゃん。それじゃあね、甥っこ、レコン。またねー」

「すまん、邪魔したな」


 グレイに引きずられるようにしてバロアが教室を出て行き、スレイトが謝って廊下に出る。

 修太は恥ずかしさで顔を覆い、レコンも頭を抱えて机に突っ伏す。


「最悪……」

「スレイト様に謝らせてるよ、バロアさん」


 撃沈する二人を、アジャンが励ます。


「元気を出せよ、二人とも」


 何も言えない二人だった。


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