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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
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 4



 早朝。

 修太が朝食の用意がてら弁当を作っていると、突然、後ろから声をかけられた。


「何を手伝えばいい?」

「おわーっ」


 危うくフライパンをひっくり返しそうになって、ガチャガチャと音を立てる。振り返ると、昨夜よりも顔色が良くなったバルがひっそりと立っていた。


「道化師か?」


 バルが馬鹿にして言うので、修太はこめかみに青筋を立てる。


「気配と足音を消して、後ろから近付くな!」

「はあ? 俺はそこまで消してないぞ。足音はしてただろ」

「まったく聞こえなかったよ」

「お前、にぶいなあ」

「うっせーよ」


 まったく、相変わらず生意気なお子様だ。

 体調不良のせいか、昨日は猫をかぶっていたみたいだ。しおらしくされていると気持ち悪いので、別に構いはしないが、驚かされて腹立たしい。

 いためものを再開していると、グレイが顔を出した。


「何を騒いでる?」

「朝から喧嘩? 元気ねえ」

「バル、人間にはわざと音を立てるように教えただろ」


 台所の入口に、いつの間にかバロアとスレイトも立っていたので、修太はビクッと肩を揺らす。


(幽霊かよ。怖いわ!!)


 何度言っても、グレイが足音と気配を消して傍に来るのにすら慣れないのに、その人数が一気に三人増えたのでこっちはたまらない。


「父さん、ちゃんと音を立てたけど、こいつには聞こえなかったんだって。足音を立てるって難しいのに」

「逆! 普通は逆!」

「うるさいな。それで、何を手伝えばいいんだよ。世話になるんだから、なんでもするぞ」

「良いことを言ってんのに、生意気だな、お前。手伝いはいいから、自分のことは自分でやってくれたらそれでいいよ」


 修太は大皿に料理を入れ、フライパンを流し場で洗う。


「えーと、どれくらい滞在するんだ? 通いの家政婦さんに洗濯を頼んでおくけど。……何?」


 バルは、水が出る魔具を興味深そうに眺めている。


「それって魔具だよな。風呂場と洗面所にもあった。こんなにたくさん置いてるなんて、金持ちだな」

「家にあるのは、啓介が練習で作ったやつだから、ただみたいなもんだよ。燃料に、媒介石がかかるくらいかな」


 引っ越してきた時に買ったものもあるが、ほとんど啓介作だ。


「誰だっけ」

「マエサ=マナに来ていた〈白〉がいただろ」

「ああ、あいつか。この魔具、いいなあ。いくらするんだろ」

「冒険者をするなら、これよりも先に、保存袋を買ったほうがいいぞ。セーセレティーの冒険者には必須だ」

「ホゾンブクロ? ふうん?」


 首を傾げ、よく分からない面持ちのバル。こうしていると、年相応の少年だ。

 だが、バルのほうがバロアより大人っぽい。昨日はバロアが「あれは何? これは何?」とグレイを質問責めにしていたので、五歳の子どもみたいだった。

 スレイトが台所に入ってきて、修太の質問に答える。


「洗濯はこっちでやるから、気にしないでくれ。日常生活について教えるのも、修行のいっかんでな。とりあえず一ヶ月くらいいても構わんか。バロア、それくらいで帰るんだろ?」

「うん。飽きたら、それより早く帰るかもしんないけどね」


 バロアは、なんとも大雑把な返事をする。


「相変わらず適当だな……。姉さん、振り回されるスレイトの身にもなれ」


 グレイが苦言を口にするが、バロアはぞんざいに返すだけだ。


「子分は言うことを聞いてればいいんですぅー。弟の友達は、私の子分と同義よ」

「ほんっとむちゃくちゃだよな、お前の姉ちゃん。だが、なぜか昔から逆らえん……」


 黒狼族最強の男が、溜息をついている。

 姉、強し。そんな言葉が、修太の頭に浮かんだ。

 グレイが悪態をつく。

「まったく、なんでそう我がままなんだ」


天真爛漫(てんしんらんまん)っていうんだって、カリアナ様は褒めてくれるわよ」

「褒めてるのか?」


 昔はこんな会話が日常だったのだろうか。頭痛がすると言いたげなグレイと、気にしていないバロアのやりとりは、横で聞いている分には面白い。

 修太の手が止まっているのをちらりと見て、グレイが声をかけてくる。


「シューター、こいつらのことは俺が対応するから、お前は準備をしろ。遅刻するぞ」

「あっ、そうだった。あと、パンを切って、お茶も淹れないとな。果物も食べたい」


 慌ただしくパンを切る修太に、バロアがのほほんと口を挟む。


「どれを食べたいの? おばさんがやってあげるわ」

「ありがとう、バロアさん!」

「いいってことよ。あはは」


 さすがは黒狼族。初めて見るという果物でも、ナイフでするすると皮をむいて、食べやすくカットしてくれた。

 運ぶついでに、バロアもテーブルについて、果物を頬張る。


「おいしいわね、この果物。セーセレティーって甘いものが豊富でうらやましいわ」

「帰ってきたら、フルーツティーを淹れてあげるよ。きっと気に入るんじゃないかな」

「何その、かわいい響き! 楽しみにしてるわね。今日はダンジョンっていう所を見学するのよ。運動した後に飲んだらおいしいでしょうね」

「ははは」


 ダンジョンに行くのを、見学や運動と表現するのは、さすがは黒狼族っていう感じがして、修太は空笑いを浮かべた。

 修太もグレイも静かなので、朝からこんなににぎやかなのは珍しい。


「姉さんとスレイトがいると、やかましくてかなわん」


 修太には気にならないが、グレイは迷惑そうに言った。照れからきているのかとそちらを見てみたが、眉間のしわの深さを見るに、本音みたいだ。


「久しぶりに会った友に失礼だろ、お前」

「本当よ。お姉ちゃんに再会できたことを、地に()して喜びなさいよ」

「うるせえ……」


 グレイはぼそりとつぶやき、バロア側の耳を手で押さえた。

 静かにお茶を飲んでいるバルのほうが、やはり大人っぽい。コウはどうでも良さそうに、窓辺で日差しを浴びながら、くあっとあくびをした。


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