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早朝。
修太が朝食の用意がてら弁当を作っていると、突然、後ろから声をかけられた。
「何を手伝えばいい?」
「おわーっ」
危うくフライパンをひっくり返しそうになって、ガチャガチャと音を立てる。振り返ると、昨夜よりも顔色が良くなったバルがひっそりと立っていた。
「道化師か?」
バルが馬鹿にして言うので、修太はこめかみに青筋を立てる。
「気配と足音を消して、後ろから近付くな!」
「はあ? 俺はそこまで消してないぞ。足音はしてただろ」
「まったく聞こえなかったよ」
「お前、にぶいなあ」
「うっせーよ」
まったく、相変わらず生意気なお子様だ。
体調不良のせいか、昨日は猫をかぶっていたみたいだ。しおらしくされていると気持ち悪いので、別に構いはしないが、驚かされて腹立たしい。
いためものを再開していると、グレイが顔を出した。
「何を騒いでる?」
「朝から喧嘩? 元気ねえ」
「バル、人間にはわざと音を立てるように教えただろ」
台所の入口に、いつの間にかバロアとスレイトも立っていたので、修太はビクッと肩を揺らす。
(幽霊かよ。怖いわ!!)
何度言っても、グレイが足音と気配を消して傍に来るのにすら慣れないのに、その人数が一気に三人増えたのでこっちはたまらない。
「父さん、ちゃんと音を立てたけど、こいつには聞こえなかったんだって。足音を立てるって難しいのに」
「逆! 普通は逆!」
「うるさいな。それで、何を手伝えばいいんだよ。世話になるんだから、なんでもするぞ」
「良いことを言ってんのに、生意気だな、お前。手伝いはいいから、自分のことは自分でやってくれたらそれでいいよ」
修太は大皿に料理を入れ、フライパンを流し場で洗う。
「えーと、どれくらい滞在するんだ? 通いの家政婦さんに洗濯を頼んでおくけど。……何?」
バルは、水が出る魔具を興味深そうに眺めている。
「それって魔具だよな。風呂場と洗面所にもあった。こんなにたくさん置いてるなんて、金持ちだな」
「家にあるのは、啓介が練習で作ったやつだから、ただみたいなもんだよ。燃料に、媒介石がかかるくらいかな」
引っ越してきた時に買ったものもあるが、ほとんど啓介作だ。
「誰だっけ」
「マエサ=マナに来ていた〈白〉がいただろ」
「ああ、あいつか。この魔具、いいなあ。いくらするんだろ」
「冒険者をするなら、これよりも先に、保存袋を買ったほうがいいぞ。セーセレティーの冒険者には必須だ」
「ホゾンブクロ? ふうん?」
首を傾げ、よく分からない面持ちのバル。こうしていると、年相応の少年だ。
だが、バルのほうがバロアより大人っぽい。昨日はバロアが「あれは何? これは何?」とグレイを質問責めにしていたので、五歳の子どもみたいだった。
スレイトが台所に入ってきて、修太の質問に答える。
「洗濯はこっちでやるから、気にしないでくれ。日常生活について教えるのも、修行のいっかんでな。とりあえず一ヶ月くらいいても構わんか。バロア、それくらいで帰るんだろ?」
「うん。飽きたら、それより早く帰るかもしんないけどね」
バロアは、なんとも大雑把な返事をする。
「相変わらず適当だな……。姉さん、振り回されるスレイトの身にもなれ」
グレイが苦言を口にするが、バロアはぞんざいに返すだけだ。
「子分は言うことを聞いてればいいんですぅー。弟の友達は、私の子分と同義よ」
「ほんっとむちゃくちゃだよな、お前の姉ちゃん。だが、なぜか昔から逆らえん……」
黒狼族最強の男が、溜息をついている。
姉、強し。そんな言葉が、修太の頭に浮かんだ。
グレイが悪態をつく。
「まったく、なんでそう我がままなんだ」
「天真爛漫っていうんだって、カリアナ様は褒めてくれるわよ」
「褒めてるのか?」
昔はこんな会話が日常だったのだろうか。頭痛がすると言いたげなグレイと、気にしていないバロアのやりとりは、横で聞いている分には面白い。
修太の手が止まっているのをちらりと見て、グレイが声をかけてくる。
「シューター、こいつらのことは俺が対応するから、お前は準備をしろ。遅刻するぞ」
「あっ、そうだった。あと、パンを切って、お茶も淹れないとな。果物も食べたい」
慌ただしくパンを切る修太に、バロアがのほほんと口を挟む。
「どれを食べたいの? おばさんがやってあげるわ」
「ありがとう、バロアさん!」
「いいってことよ。あはは」
さすがは黒狼族。初めて見るという果物でも、ナイフでするすると皮をむいて、食べやすくカットしてくれた。
運ぶついでに、バロアもテーブルについて、果物を頬張る。
「おいしいわね、この果物。セーセレティーって甘いものが豊富でうらやましいわ」
「帰ってきたら、フルーツティーを淹れてあげるよ。きっと気に入るんじゃないかな」
「何その、かわいい響き! 楽しみにしてるわね。今日はダンジョンっていう所を見学するのよ。運動した後に飲んだらおいしいでしょうね」
「ははは」
ダンジョンに行くのを、見学や運動と表現するのは、さすがは黒狼族っていう感じがして、修太は空笑いを浮かべた。
修太もグレイも静かなので、朝からこんなににぎやかなのは珍しい。
「姉さんとスレイトがいると、やかましくてかなわん」
修太には気にならないが、グレイは迷惑そうに言った。照れからきているのかとそちらを見てみたが、眉間のしわの深さを見るに、本音みたいだ。
「久しぶりに会った友に失礼だろ、お前」
「本当よ。お姉ちゃんに再会できたことを、地に伏して喜びなさいよ」
「うるせえ……」
グレイはぼそりとつぶやき、バロア側の耳を手で押さえた。
静かにお茶を飲んでいるバルのほうが、やはり大人っぽい。コウはどうでも良さそうに、窓辺で日差しを浴びながら、くあっとあくびをした。




