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外食する気分ではなかったので、帰りに惣菜売りの屋台であれこれとおかずを買い込んだ。自宅が見える頃には、すっかり日が落ちて薄暗くなっている。
「高級料理もいいけど、家庭料理は落ち着くよなあ。セーセレティーの鳥肉料理はおいしいから良いよな」
「たまには、香草つめの丸焼きでも作るか」
「レステファルテ風のやつ? 食べたい!」
「雨季が終わって、市場に売れ残りのケテケテ鳥が出回ってるようだ。なかなか太ってるのに、値が下がってる。祭りの後が買い時のようだな」
「主夫みたいだなあ」
グレイは生活力がかなり高いのだが、見た目は家事と無縁そうだから、ちぐはぐな印象がある。
修太が不思議がって返すと、自宅前にいた男が「ぶっ」と噴き出した。
「ははっ、はははは。主夫! そんなことをお前に言えるのは、そいつくらいじゃないのか」
驚いたことに、門前にいる三人には見覚えがあった。
大笑いをしている男は、黒狼族の族長の夫スレイトだ。ゆるく波うった黒髪を無造作に後ろで束ね、薄汚れた灰色のマントに身を包んでいる。
「スレイト? ……ああ、そういうことか」
グレイは立ち止まり、スレイトの傍らにいる少年を見た。
「成人したのか、バル」
「そ! 今年で十三歳だ。父親の俺が師匠として、一年、共に旅をすることにした。つっても、相変わらずレステファルテは情勢が不安定だからな。友の傍にいるのがいいかと思ってな」
「そのつもりなら、連絡くらい寄越せ。イェリには会ったんだろ?」
「おう。住所を教えられたよ。一応、冒険者ギルドあてに手紙を出したが、郵便事故で遠回りしてるらしい。そういうわけで、俺達のほうが先に着いちまった。悪いな」
レコンが持っていたのと似た便箋をひらひらと振り、スレイトはにんまり笑う。
「……そういう事情ならば、しかたないか。よく来たな、バル」
友人の息子なせいか、グレイは少しの親しみを込めて、バルの肩に手を置いた。バルは照れくさそうに笑う。
たった四年で、身長が伸びたようだ。十三歳なのに、修太より若干低いくらいだ。
バルは短い黒髪と賢そうな紫の目は切れ長で、鼻筋がすっと通ってシャープな顔立ちをしている。族長のカリアナに似た容姿に成長したようだ。
「はい、父ともどもお世話になります」
大人びた態度で、バルは丁寧にあいさつする。九歳の時でもすでにしっかりしていたので、こうなるのが自然だろうか。
そんなバルの後ろから、黒狼族の女がずいっと顔を出す。
「――で、いつ、私にあいさつしてくれるのさ、グレイ」
「バロア姉さん、『外出』する気はないと言っていたのに、どういう風の吹き回しだ」
「もーっ、ごあいさつだね! いいだろ、外がどんなもんか見ておこうかと思っただけだよ。弟の家庭も気になったしね。言っておくけど、よほど良い男でもいない限り、結婚する気はないよ」
ボブカットの黒髪に、薄闇でも光って見える金の目を持ったバロアはグレイの実姉だ。女にしてはがっしりした体つきと高い身長を持っていて、いかにも歴戦の戦士という風格を持っている。
「バロアは外に出るのは初めてで、お前と同じでアレに弱い体質だろ。カリアナが心配してな、お前の家まで付き添って、無事に連れて帰るようにと言われてる」
アレというのは、花ガメの花粉のことだ。黒狼族の弱点だが、花粉さえ吸いこまなければ我慢できるのに、グレイとバロアはにおいだけでダウンしてしまう。そんな欠点を、スレイトが往来で発表するわけもなく、ぼかして言ったのだ。
「族長に心配していただけるのは光栄だけど、私だって一人で行動できるのに」
「地図を読めないくせに、よく言うよ。聞いてくれよ、グレイ。街道を歩いてれば着くとか言うんだぞ、こいつ。先が思いやられる」
「うるさいよ、スレイト! 余計なことを言うんじゃないよ」
バロアがスレイトを足蹴にしようとし、スレイトはひょいっと横にずれて攻撃をかわす。
「スレイトがついているなら、安心だな。立ち話もなんだ、中に入れ」
グレイは門扉を押し開ける。
スレイトはというと、不思議そうに修太を見た。
「坊主、なんで黙ってるんだ? まさか俺らが誰か、忘れたんじゃねえよな」
からかってくるスレイトに、修太はぶんぶんと首を振る。
「いや、違いますよ。なんか……邪魔したら悪いかなって」
この親しい空気に割り込むのはちょっと……。
つい後ずさると、黒狼族達は顔を見合わせる。バロアがあっけらかんと言う。
「何を言ってんの、あんた。甥を邪魔に思うわけないじゃん」
バロアは修太を甥扱いしてくれているようだ。ひそかに感動した。
「そうそう。それを言うなら、急に訪ねたこっちが迷惑じゃねえか? 明日、改めて来ても良かったんだけどな。悪いな」
スレイトが謝り、バルが苦い顔をした。
「俺、宿が苦手でな。人の出入りとにおいがどうも落ち着かなくて眠れないから、父さんが気にしてて……」
「なんだ、体調が悪いのか。それを早く言えよ。ほら、こっち。客室ならいつもあけてるから、中に入って休めばいい」
修太は門を通り抜け、扉の鍵を開けて中に入る。
マントがけと玄関で靴を脱いでスリッパに履き変えることを教えると、バルを手まねいた。
「すごい……広いな」
「遠い所から来て大変だったろ。ゆっくりしていってくれ」
「はい。お邪魔します」
「お前、前に会った時の生意気さはどうしたよ。なんか笑える」
「俺だって成長してるんだぞ、失礼だな! おい、笑うな!」
態度をころりと変えて、バルが言い返す。
すると、グレイが後ろからひんやりとした声で注意した。
「バル、そいつに怪我をさせるんじゃねえぞ」
「は、はいっ。気を付けます!」
びしっと背筋を正して、バルは返事をした。
バロアが引き気味にツッコミを入れる。
「うわぁ、グレイ、あんた、過保護度が上がってない?」
「人間への気遣いはちゃんと教えたから、大丈夫だぞ」
スレイトもとりなし、面白そうににやにやする。
「保護者らしくなっちまって。人生、何が起きるか分からないもんだな」
「お前も父親らしいじゃねえか」
グレイはからかい半分で言ったが、スレイトは真顔で首をひねる。
「そうか? どうも『父親』ってのが分からなくて、これでいいのかといつも迷ってるよ。俺の親父は成人する前に死んじまってたからな。カリアナがいるから、あいつのこともなんとかなってる気がするよ」
「とりあえず、人酔いは我慢しようがねえから、宿をさけたのは正解だ。俺らは感覚がするどいから、集落を出たばかりだと、人間の町になじめなくて酔う奴は結構いるんだ。あれは慣れるしかねえ。だが、この国はレステファルテよりはマシだ」
グレイの返事に、スレイトは大きく同意する。
「ああ。きったねえもんな、レステファルテ。イェリの奴、よくもまあ、あんなスラムの傍で暮らせるよな。気が知れねえ」
「レステファルテで黒狼族が店を出せる場所は限られているから、それこそ言ってもしようがねえよ。いいんじゃねえか、あいつはあそこにいたから、アリテを拾ったんだ」
「娘といやあ、イェリ、シークをこき使ってたぞ」
よほど面白かったのか、スレイトが明るく笑いだす。
「養女は幸せそうだったけど、イェリ、ジェラジェラしてたよ」
バロアが含み笑いとともに言うが、グレイはけげんそうに聞き返す。
「なんだ、ジェラジェラってのは」
「ジェラシーのこと。面白いでしょ」
「意味が分からん」
大人達の真面目なのかふざけているのか分からない会話を聞きながら、修太は黒狼族の彼らもなんだかんだ苦労しているのだなと、ちょっとだけしんみりした。
それから、人酔いのせいでうんざり顔をしているバルには、居間から一番遠い部屋を割り当てておいた。
リクもらってた内容を入れてみました。
感情がよくわからないグレイにとって、自信を持って「友」といえる唯一の人がスレイトさんですねー。同胞だしね。(サマルさんがぎりぎりと歯ぎしりしそう(笑))
気軽にリクを取り入れていたら、ちょっと予定とずれるところも出てきましたけど、適当に調整すればいいかなと、大雑把に考えてますよ。ゆるいです。
ブログでのお返事と内容が変わってるところもありますが、そういうことなので、あんまりお返事を真に受けないでくださいね。書いてるうちに変わります。




