7
王都で観光と買い物をめいっぱい満喫し、とうとうパーティーの日になった。
滞在四日目の夜、セーセレティー流の正装に着替えて、居間兼食堂に顔を出した修太はグレイの姿に歓声を上げた。
「うおおお、父さん、めちゃくちゃかっこいいな」
グレイはいつも通り、全身が黒い服装なのだが、いつもより布地が薄いせいだろうか、体格の良さが際立っている。
普段、グレイはほとんどラフな格好をせず、モンスターの素材を使った防具の服ばかり着ている。ときどき、家でくつろいでいる時だけ、Tシャツやカーゴパンツという格好を見かけるくらいだ。
黒狼族の不思議なところだが、あれだけ筋力があって強いのに、見た目がごつくて筋肉がムキムキという人は、実はほとんどいない。ほどよく筋肉がついた、しなやかな体躯の持ち主ばかりだ。
狼が人間の姿をとったら、こうなるのだろうなという見本のような感じだ。
様になっていて格好いいが、グレイは整った顔立ちをしているので、無表情が冷たさを帯び、余計に怖く見えるのは変わらない。
グレイは、ちらとこちらを見た。
「お前は……隠者みたいだな」
表現を探すような沈黙の後、そんな感想が出た。
「俺もそう思うよ。フードのせいかな。目をさらすわけにはいかねえからなあ」
どうしても怪しい雰囲気になってしまうけれど、どうしようもないのであきらめたところだ。
「オンッ」
銀製のアクセサリーがついた首輪をはめたコウが、「格好いいでしょ?」と言わんばかりに胸を張っている。
「うんうん、格好いいぞ、コウ」
これから食事だから、コウに触るわけにいかない。言葉で褒めると、コウはうれしそうにその場でくるくると回る。そうしていると、格好いいより、可愛いだけだ。
「さ、行くか! 金持ちのパーティー!」
「快気祝いだ」
グレイが口を挟んだが、修太からすれば社交界みたいなものだ。
「どんな感じなんだろうなあ」
「さあな。行ってみれば分かる」
「そりゃ、そうだけどさ」
相変わらずの身もふたもない返事だ。修太は苦笑を浮かべた。
ホテル内の別棟には、パーティー用のホールがある。
全体的に白い石材や家具を使っていて、淡い水色で薔薇や草花の紋様がところどころに描かれている。洗練されて美しい場所だ。
シャンデリアには魔具の明かりが灯り、夜をこうこうと照らし出している。気温調節の魔法陣が縫い取られた布が装飾のように垂れ下がり、過ごしやすい温度になっていた。
窓辺には涼しげな藤製のベンチが並び、出入り口に近いテーブルにはごちそうが置かれていた。ところどころに丸テーブルがあって、すでに数名の客が雑談している。
グレイと修太が中に入ると、客は口を閉ざした。驚きを浮かべ、ぽかんとグレイを見つめている。
(ああ、はいはい。俺は眼中になし……っと)
見とれるのは分かるが、グレイが外からは分からないように仕込み武器を隠していたのを知っているので、なんだか複雑な気持ちになる。綺麗な薔薇にはとげがあると言うが、綺麗な黒狼族には隠し武器があるのだ。
それとも、危険なものほど美しいのだろうか。よく磨かれた刃だって、目をひかれるものがある。
「グレイ殿、いらっしゃいませ。ご参加いただいてありがとうございます……! お会いできて光栄です」
誰も動かない中、二十代半ばほどの青年が、ちょっと泣きそうに顔をゆがめて歩み寄ってきた。
銀髪を後ろで一つに束ね、すっと通った鼻筋をした、目元が涼やかな人だ。顔立ちは整っているが、やつれて頬が少しこけている。
「私はスティーブ・フォートレンと申します。助けていただいてありがとうございました」
深々と頭を下げると、スティーブは修太を見た。
「こちらがご子息ですか? ご家族まで連れてきてくださるなんて……! 感激いたしました」
彼にしてみれば、命の恩人というヒーローが目の前に現れたのだ。感極まって、泣き始めてしまった。
グレイからは戸惑っている空気を感じた。眉を寄せ、少しの沈黙の後、ぼそりと問う。
「……もう大丈夫なのか?」
「ええ、少々不眠症がちですが、次第に良くなるかと。良ければ握手していただけませんか」
スティーブはハンカチで両手を拭いてから、右手を差し出す。
いつもなら握手を断るグレイが左手を出した。グレイの利き手は右だ。戦士はめったと利き手を他人にゆだねないと聞いているから、最大限の譲歩だろう。
スティーブは両手でがしっとグレイの手を握る。
「賊狩り殿と握手しているなんて、夢でしょうか……! 私、しばらく手を洗いません~~っ!」
芸能人の熱烈なファンみたいなことを叫び、感動のあまり、その場にしゃがみこんでしまった。
手を取り返したグレイは、更に眉を寄せている。今にも気持ち悪いと吐き捨てそうなので、修太は急いでハンカチを取り出し、スティーブに渡す。
「スティーブさん、どうぞ」
それを断ったのは、オーナーのミルドだ。
「ありがとうございます、ツカーラ様。汚すと申し訳ないので、大丈夫ですよ」
代わりに自分のハンカチを甥に渡し、ミルドは困ったように微笑んだ。
「申し訳ない。みっともないとたしなめるべきなのですが、こんなに喜んでいる甥を見るのは久しぶりで、うれしい気持ちが勝ってしまって。ああ、紹介します。スティーブの両親で、アーサーとリザ、妹のミレンとロミンです」
スティーブの両親も礼を言って握手を求めたが、グレイはそちらを拒否した。
困惑顔の両親に、修太はこれでは雰囲気が悪くなるぞと前に出る。
「ええと、すみません。父さん、めったと握手しないので。スティーブさんには珍しい対応をしただけで、断るのが普通です」
なんだこれは、修太はグレイの秘書か通訳か。
心の中で、修太はツッコミを入れる。
「そうなのですか、息子に優しくしてくださってありがとうございます」
「良い方なのですね。今日は楽しんでいってくださいね。ご子息はあまりお体が強くないとか、あちらの席でゆっくりされてください」
スティーブの優しそうな雰囲気は、両親ゆずりみたいだ。妹達はあいさつだけして、兄を支えて声をかけている。
「お兄様、あちらにまいりましょう?」
「お飲物やお食事をお持ちしますわ。あまり無茶をなさらないで」
妹に連れられ、スティーブが端のベンチに向かう。
グレイがうるさいのが好きではないのは調べ済みなのか、「あとはご自由に」と言って、彼らは離れていった。
代わりにミルドが残って料理の説明をする。
「あちらのテーブルでお好きなものをお取りください。傍の給仕に声をかければ、取り分けます。それから酒や飲み物はあちらのバーカウンターへどうぞ」
「俺は何かしたほうがいいのか?」
「無理に会話することはありませんよ。楽しんでいただければ、それで結構です。身内だけですので大丈夫かとは思いますが、うるさく話しかけられて迷惑な時は、使用人を呼んでくださいね」
それだけ言うと、ミルドもお辞儀をして客のほうへ歩いていった。
彼らが紹介してくれと話している声が聞こえてきたが、ミルドは笑顔で断っている。
「これは楽でいい」
「父さん、料理を取りに行こうぜ」
パーティー料理だけあって、肉の質が良い。グレイは牛のステーキと付け合せの野菜を選び、修太は煮込み料理や焼いたもの、スライスして焼いたモルゴン芋などをあれこれと皿に取り分けてもらった。
バーカウンターでグレイは赤ワインを選び、修太はジュースを用意してもらう。
給仕が食器を運んでくれたので、窓辺の席に落ち着いた。
「うっっま! 肉がほろっととろけるし、このソースがまた美味いなあ」
「ああ。酒と合う」
あまり料理の感想を口にしないので、グレイからすれば「かなりおいしい」に入るんだろう。
修太の気分転換のために王都まで旅行に来たので、少しはグレイも楽しんでいるみたいで良かったと思う。
それから一時間ほどは、飲んだり食べたりしてゆっくりしていたが、これだけ飲食しているとトイレにも行きたくなるので、修太は空の食器を給仕に返してから席を外した。
そして戻ってくると、銀髪の毛先だけをピンク色に染めた派手な雰囲気の美女が、グレイにからんでいた。
「げっ」
思わず、戸口で立ち止まる。
グレイがすごく不愉快という顔をしているのが、遠目からでも分かったせいだ。
「どうしました?」
すっかり落ち着いた態度に戻っているスティーブが、グラスを手に歩み寄ってくる。そうしていると、よく周りに気が付く好青年といった雰囲気の人だ。
「いや、あの……」
あちらを指さそうとして、失礼かと思ってやめた。グレイのほうを見ると、スティーブはそれだけで状況を察したようだ。
「ああ、アイリーンだ。彼女、叔父……オーナーの娘なんですよ。だからほら、誰も止められないみたいです。申し訳ない」
言われてみると、壁際にひかえているホテルの使用人が、ひそかに目線をかわしている。スティーブがアイリーンのもとに向かったので、彼らはあからさまに安堵の表情を浮かべた。
スティーブの困り顔と、使用人が誰も止めに入れない様子だけで、なんとなくあの女性の性格が分かるというものだ。修太も急いでスティーブの後を追う。
(気のせいか、このホテル、娘よりも甥のほうが信用されてないか?)
最初の感激ぶりには戸惑ったが、オーナーの様子や御者の青年といい、スティーブは人望があるらしい。
アイリーンは豊かな胸を見せつけるみたいな、際どいドレス姿をしている。セーセレティー風なので、踊り子のような水着のような、へそ出し衣裳である。肉付きの良い美人といった女性で、セーセレティーの民からだけでなく、修太からも美人に見える外見だ。
こんな美人に色気たっぷりに流し目されたら、ほとんどの男が赤くなりそうだが、彼女の場合、「美人に声をかけてもらって光栄に思えよ」という上から目線な態度なのが遠目からも分かるので、あんまりお近づきになりたくないタイプに思えた。
「グレイ様って紫ランクの冒険者で、独身だそうですわね。こんなに素敵な殿方が売れ残ってるだなんて、奇跡だわぁ。ね、今夜、どうかしら?」
グレイの隣の席に座って、アイリーンはグレイの腕に触ろうとしたが、グレイが先に椅子を立った。
「やだ、つれなーい」
アイリーンは黄色い声を上げ、思ったよりも俊敏に立ち上がる。
グレイはというと、はっきりとした渋面で、心底嫌そうに言った。
「くせえ」
「…………は?」
アイリーンの目が点になった。
ホールの人々の空気は凍りついた。
「え?」
スティーブもびっくりして固まり、修太は頭を抱える。
(あああ、やったよ!)
近づいてみて分かったが、アイリーンは香水くさい。修太で花の甘い香りがきついなと思うのだから、嗅覚にすぐれる黒狼族であるグレイには数千倍くらい濃く感じられるはずだ。
ほとんど変わらない表情筋が、「最悪」という仕事をしているくらいには。
グレイははっきりと言い返す。
「聞こえなかったのか。くさいと言ったんだ」
「~~~~っ」
アイリーンの顔がみるみるうちに赤く染まり、眉を吊り上げて怒気をあらわにする。
「化粧と、その変な油のにおいはなんだ?」
「香水よ。花の香水!」
「そういうモンス……」
グレイが更なる悪態をつく前に、修太は無理矢理会話に割り込んだ。
「父さん!」
「……なんだ、シューター」
グレイがこちらを振り返る。
(今、『そういうモンスターを見たことがある』って言おうとしただろ! 絶対!)
遠からず当たっている気がする。
それをこの場で懇切丁寧に注意するわけにいかないので、修太は違うことを言った。
「一応、招待されてるわけだからさ」
「……まあ、そうだな。さすがに、『そういうモンスターに似てるな』なんて言うのはまずいか」
「全部、口に出てますけど!?」
思い切りツッコミを入れた。駄目だった。修太がふがいないばっかりに、グレイの暴言を止められなかった。
なんとか場を治めようと、修太は間に入って、アイリーンに言い訳をする。
「えっと、父さん、黒狼族だから鼻が良いんで……。悪気はないから」
「ああ、ただの事実だ」
「ちょっと、父さん!」
とりなそうとしたのを瞬時に破壊され、修太の声は裏返る。
アイリーンはわなわなと震えて、グレイがテーブルに置いていた酒入りグラスをひっつかむ。
「こんな場所で、女に恥をかかせるなんて、最低!」
アイリーンがグラスを振りかぶった瞬間、グレイが修太を後ろに追いやった。
――バシャンッ
グレイは顔に酒をかぶり、髪からポタポタと雫が落ちる。
ホール内はどよめき、オーナーが青ざめた。
「お、お前、なんてことを!」
グレイは意に介さず、酒のついたくちびるをペロリとなめる。そして、好戦的に言い返す。
「こっちのにおいのほうがましだ」
「なんですってー!」
荒ぶるアイリーンがグレイに飛びかかろうとするのを、オーナーが羽交い絞めにして止める。修太もグレイを引っ張って下がる。
「父さん、こういう時は、『不愉快なことを言ってすみませんでした』って言えば、終わるのに!」
「事実を言っただけで、どうして俺が謝らねばならん」
「その事実があの人を傷つけたんだって……。もういいよ、俺がどうにかするから、父さんは先に部屋に戻ってて。着替えたほうがいいよ」
いろいろとあきらめた修太は、穏便に片を付けるために最良の手段を選んだ。爆弾を部屋の外に追い出すことである。
「しかしな」
「は、や、く!」
語気を強める修太の様子に、グレイはしぶしぶホールを出ていく。グレイの姿が消えると、アイリーンの怒りが修太に向いた。
「あんなのが父親だなんて、かわいそうな子!」
そう言われると、修太もカチンとくる。
「父さんが失礼をしたのは謝りますけど、かわいそうって言われる覚えはないです! あの人は人間社会とは合わないだけで、立派な人ですから!」
「最低限のマナーくらいあるでしょう! 女性に恥をかかせるなんて、非常識よ」
「マナーについてうるさく言うなら、客が黒狼族だと分かっているのに、そんなきつい香水をつけるのはどうなんですか!」
「何よ、生意気ね! 親が親なら、子も子だわ」
売り言葉に買い言葉で言い合いをしていると、ミルドがアイリーンをしかりつける。
「アイリーン、やめなさい! あの方が失礼なことを言ったのは分かるが、ツカーラ様の言葉にも一理ある。お前も不作法と言わざるをえない。どっちもどっちというわけだ。これ以上、醜態をさらす前に、部屋に戻りなさい!」
「ひどいわ、パパ! 父親なら、娘のために怒るべきじゃない?」
「グレイ殿がどんな人物かは教えただろう。先に、客に不愉快な思いをさせたのはお前だ、アイリーン! 反省しなさい!」
父親の怒りっぷりに、アイリーンは分が悪いとさとったようだった。修太のほうをギロリとにらんでから、カツカツとピンヒールを鳴らして立ち去った。
冷や汗をふき、ミルドは深々と頭を下げる。
「申し訳ありません、娘が不愉快な真似を……。グレイ殿はお怒りでしょうか?」
修太は首を横に振る。
「怒っていたら、あんなものじゃないですよ。父さんは思っていることを言っただけで、あの女の人が言い返したことも、ただの会話だと思ってるんじゃないかと」
修太の推測を聞いて、ミルドはけげんそうにする。
「はあ。会話ですか?」
「黒狼族って、不愉快なら言い返すと思ってるから、なんでも口に出すんですよね」
「では、本当に、くさいと感想を言っただけだったとか……?」
「そうです」
オーナーだけでなく、居合わせた人々もぽかんとしている。まるで狐につままれたみたいだ。
「だから、あまり気にしないでください。娘さんに失礼なことを言ったのは、俺が代わりに謝りますから。父さん、何が悪いか分かってないから、たぶん謝らないと思うので……」
その点だけは申し訳ないが、人間と黒狼族の価値観の違いだから、どうしようもないのだ。
「父さんがすみませんでした」
修太が謝ったことで、ミルドはハッと我に返る。
「やめてください。グレイ殿がうるさくされるのがお嫌いなのは、こちらでも調べてありました。娘にはむやみに話しかけないように言っておいたのに、あの様子で……。こちらこそ申し訳ありませんでした」
ミルドは深い溜息をつく。
「失礼ですが、娘は冒険者など野蛮だとぼやいていたんですよ。それが、あのように見目麗しい方ですし、紫ランクなので財産もあると期待したのか、結婚相手の候補として目をつけたみたいですね」
「結婚相手? 婚活中なんですか?」
「お恥ずかしながら、あの性格なので、逃げられてばかりで……」
なるほど、それで良物件を見つけて、目の色を変えていたのか。
「父さん、こういう場にはまったく出ないんですけど、ここの料理がおいしいと聞いて、今回は俺のために受けただけなんで……。普段も、そんなに他人と会話をする人じゃないですから。あの……あんまり誤解しないでいただけるとありがたいです」
とりあえずグレイを悪く思われたままだと嫌なので、修太はそう付け足した。
すると、快気祝いの主役が口を挟む。
「グレイ殿、先ほどもあなたをかばってらっしゃいましたし、子どものために慣れないことをしてらっしゃるわけですね。そう聞くと、なんだか微笑ましいですね」
スティーブがくすりと笑って言う。そんな単純な話だったかと不思議に思ったが、スティーブのおかげで、場の空気がゆるんだ。
「至らない点は俺がお詫びします。でも、父さんの良いところはこういう場ではなくて、戦闘のほうなんで……」
「いえ、良い人だと思いますよ。養子のあなたが、そんなにかばうくらいですから。息子さんのためとはいえ、パーティーに初参加していただいて、本当にありがたいです」
スティーブは思い出すような仕草をした。
「あの方の戦いの腕は、素晴らしかったですよ。あの堅牢な村を一人で陥落させました。それでも無抵抗な者は殺さずに生かし、被害者は助けてくれました。怖い人に見えたけれど、飲み水や食べ物をちゃんと用意してくれたんです。僕、その親切に泣いてしまいましたよ」
当時を思い出したのか、目にじわりと涙を浮かべる。
「きっと、グレイ殿がどれほど素晴らしいか、盗賊に捕まった者にしか分からない。奴隷のように――いえ、あれは家畜か物のような扱いでした。狭い小屋で暮らすように言われ、たいした食事も与えられずにこき使われ、水浴びすらできない。水に当たって下痢や嘔吐をしても、馬鹿にされて笑われるだけでした。このまま弱って死ぬのだと……あの日までは考えていたのに」
暗い顔が、ふと差し込んだ光を見つけたみたいに、ゆるく笑みを浮かべる。
その様子を見ていただけで、スティーブにとってどれほどの出来事だったか、修太にも理解できた。
「あの方は誰を助けたなんて、興味がないんでしょう。でも、僕には神様みたいでした。ありがとうございました。――明日、お見送りさせていただいても?」
修太は頷く。
「ええ、もちろん。父さんはいらないって言うでしょうけど、好きにしてください」
「そうします。――そうだ。こちら、僕の名刺です。困りごとがありましたら、フォートレン商会を訪ねていただければ、きっと力になりますから」
スティーブはカードを差し出し、修太の手に握らせた。
「今日は従妹が失礼しました。楽しんでいただけたのか、気になります」
「父さん、ステーキが気に入ったみたいでしたよ」
「そうですか! ――あなたは?」
「俺はどの料理も好きです。たくさん食べられて幸せです」
「それは良かった! まだ召し上がるのでしたら、お部屋に運びましょうか?」
「いえ、もう充分です」
「でしたら、お部屋までお送りしましょう。グレイ殿にお詫びしなくては」
スティーブは給仕に言い付けて、どう見ても高価な酒瓶を取ってこさせると、それを土産にして客室に向かった。
私服に着替え終えていたグレイは、謝罪など興味はなさそうだったが、スティーブの勢いにおされ、しかたなさそうに「気にするな」と言っていた。
*
スティーブの熱烈な見送りをへて、修太達は帰路についた。
数日後、屋敷に帰宅した翌日、フォートレン商会から荷物が届いた。
添えられていた手紙によると、スティーブからお土産にどうぞという内容だった。
「ったく、いらねえと言ってるのに、押し付けやがって……」
不必要に借りを作らない主義だというグレイは、スティーブが謝罪やお礼といった理由をつけて酒瓶を渡そうとしても、受け取ろうとしなかった。
スティーブはどうしても気が済まなかったのだろう。ファンからのプレゼントという体裁で、後から自宅に届けられたので、グレイが面倒くさがっている。
それが一瓶ではなく、木箱にいろんな種類が納められていたせいだ。
「……送り返すか」
「送料をかけたおわびにとか言って、また送ってきそうじゃねえ?」
「…………」
そうだと思ったのか、グレイは黙り込んだ。
酒にもいろいろとあるようだ。黒や濃い緑の遮光性の瓶の形はさまざまだ。お土産屋さんに並んでいそうな、陶器製の本型の容器もあった。
飲み終わったら容器をゆずってもらおうと思いながら、修太は熱烈な感謝状を流し読んで、つい笑ってしまう。羊皮紙で五枚も、細かい字で手紙が書いてある。
「それくらい感謝してるってことなんじゃない? 俺は父さんにファンができたのはうれしいけどな」
「俺はもう、この手の招待は受けない。飯は美味かったが、面倒だな」
「連れてってくれて、ありがとうな」
修太が改めてお礼を言うと、グレイは修太の頭にポンと手を置いて、木箱を台所のほうへ運んでいった。
かなりの重量があるだろうに、小包みたいに持っていくので驚きだ。
「よし、庭の手入れと学校の準備……。いや、その前に、お茶で一服するか」
ちょっと長椅子でごろごろしてから、家事を片付けよう。すっかり帰る場所になった屋敷を眺め、たまの旅行もいいけれど、やっぱり我が家が一番だと、修太はぐぐっと伸びをした。
お知らせを忘れてましたが、本編のほうで夢見る町編が終わったので、リクエスト受付は終了いたしました。
今の時点でいっぱいいっぱいな量なので、少しずつ消化してまいりますね。
どっちかというと小話ネタのほうが多めなので、また減ったら受付するかと思いますので、次回よろしくお願いします。
(リクエスト内容については、草野のHP、ブログの記事をご参照ください)
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自分で説明するのもあれなんですが、グレイ、修太には利き手を出すんですよ…。さりげなーくそういう特別扱いを混ぜてる。(たぶん誰も気づいてないけど) 最近だと、第六話の後ろのほうあたりなどで。
次は学園に戻しますが、リックとサランジュリエ観光する話にするか、リクのほうの黒狼族が遊びに来る回にするかちょっと迷ってます。とりあえず書き出してみてから決めようかな。




