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小さな広場には水場があり、壁につけられた石製の獅子の口から絶えず水が流れている。
そこで家畜に水を与えたり、屋台で買った飲み物を手に木陰のベンチでくつろいだりする人々がいた。住民のいこいの場のようだ。
修太達も飲み物を買い、ベンチに落ち着く。
ベンチに座ったのはセイズと修太だけで、グレイとクレイグはそれぞれ離れて立っている。グレイが怖いようで、クレイグは及び腰だ。
「そう警戒しなくても、俺達は御者を殺した件で罰を受けて、テリース様の屋敷で使用人として働いていたんだ。無償労働だな。本来ならもう数年くらいなんだが、王太子に第一子が産まれたんで恩赦が出て、罰は終了。今は、普通に仕えてるよ」
「そうか。罰が終わったのなら、お前らは一般人だ。もう悪さするんじゃねえぞ」
警戒はそのままに、グレイの眼差しから険が消えた。
クレイグが恐る恐る問う。
「え? 殺すと言うかと思ってたんですけど」
「お前は、何を言ってるんだ。犯罪者以外を殺すのは、この国では違法だろうが。俺は賊が嫌いだが、更生した奴までは目の敵にしねえ」
「意外だ……!」
クレイグの腕を、セイズがはたく。
「おい、失礼だぞ」
「すみませんでした」
クレイグはすぐに謝った。
「意外なのはそちらもだ。罰が終わったのに、まだ泣き虫貴族に仕えてるのか」
グレイの言葉に、修太も全面的に同意だ。セイズは肩をすくめる。
「あんまり頼りないから世話を焼いてるうちに、使用人として立場が上がってな。恩赦が出た後に、家宰に取り立てられたんで、しかたなく。うちもいろいろと物入りでね」
クレイグがにやにや笑いながら、修太に話しかける。
「あのな、坊主。セイズさん、キッカ姉さんと結婚して、子どもが生まれたんだよ。スラムに残ってる連中にも支援してるんで、金はいくらあってもいいってことらしい」
「クレイグ、ベラベラと教えるんじゃねえよ」
「すみませんでした」
セイズは止めたが、それが照れ隠しみたいなのは、顔が赤くなっていることからも分かりやすい。キッカの猛烈アプローチを思い出し、修太は感心した。
「結局、結婚したんだ。あのお姉さん、やるなあ」
「あいつ、俺をかばって死にかけたからな。さすがの俺でもほだされる」
「すげえ」
身を投げ出すほどの愛かと、キッカには尊敬すら覚える。
「テリースさん、王女様とどんな感じ?」
「なんだかんだ上手くやってるよ。最近、やっとご懐妊されてな。テリース様、お忙しいのに残業もせずに帰ってくるくらいだ。死ぬ気で仕事してる。体力がないから、ヘロヘロになっては寝込んで、王女殿下に無理をするなと叱られてるよ」
「その様子が、ありありと目に浮かぶぜ」
修太はとてもほっとした。
テリースは情けない男だが、第二王女にはベタ惚れしていて、見ていてかわいそうになるくらい一途だったから、彼の恋が成就して良かったと思う。
「そういえば、王女様って護衛師団も連れて嫁いだの? 知り合いの黒狼族が、王女様に恩返ししたいから騎士になるって言ってるんだよな。どうしたらいいか、アドバイスくれねえ?」
「そんな物好きな黒狼族がいるのかよ」
セイズはもちろん、クレイグも唖然と口を開いている。グレイが口を挟む。
「そんな奴がいるのか? 初耳だ」
「クラスメイトだよ。旅行中の王女様に、人買いから助けてもらったんだって。借りを返すためにって、サランジュリエの学園に入ったらしいよ」
修太が教えると、セイズが興味を見せる。
「なんだ、坊主、あのダンジョン都市にいるのか。シュタインベル学園か、そこまでするとなると、そいつは本気みたいだな」
「知ってるんだ?」
「あの都市の図書館は、平民でも閲覧できるからな。俺は昔から、ダンジョンと遺跡の関係について調べるのが趣味でね」
「ああ、そういやあんた、考古学者だったな」
盗賊団の首領なのに、学があるので驚いたのを思い出した。
「それを言うなら、歴史学者かな。ダンジョンと違うんだが、セーセレティーには遺跡がごろごろしてるんだぜ。中にはアイテムが残ってる所があって……。って、この話はいいんだった。ええと、護衛師団? 団長……ハジク様に訊いてみねえと分からねえよ。後で、サランジュリエの冒険者ギルドに手紙を出しておくから、それで確認してくれ」
「ありがとう! あ、せめて手間賃と手紙代……」
情報には金を出すべしとピアスに叩き込まれている。修太が財布を取り出すと、セイズはそれをしまえと身ぶりで示す。
「いらねえよ。前は勘違いして連れ回して悪かったな。そのわびだ。――ところで、さっきの『父さん』ってなんだ?」
グレイの養子になったのだと教えると、二人は驚愕をあらわにして固まっていた。
そして天変地異にでも出くわしたみたいな顔で、首をひねりながら帰っていった。
「あそこまで驚かなくてもいいのにな」
彼らの後ろ姿を眺め、修太はむすっとする。
「俺も自分に驚いてるんだ。あんなもんじゃねえか」
「ええっ、グレイもそんな感じなの?」
「俺が養子とか、柄じゃねえだろ」
「そうかなあ。グレイは面倒見が良いから、変だとは思わないけどな。俺は、グレイの養子になって良かったと思ってるよ。こんなにかっこいい父親ができて、誇らしい」
修太が真面目に返すと、フードを目深に引き落とされた。
「わぷっ」
ジュースをこぼしそうになって焦りながら、フードを少しだけ上へ戻す。さすがに鼻まで覆われると、前が見えない。グレイはすたすたと歩きだしている。
「馬鹿言ってねえで、戻るぞ」
「ええっ、本当のことを言っただけなのに……」
急いで追いかけながら、修太は納得がいかない気分で首をひねる。
――もしかして、照れてるのだろうか。
聞いてみたい気がしたが、グレイのことだから、分からないと答えそうだ。
勝手にそう思うことにして、修太はひそかに笑った。
リクエストの件、こんな感じで大丈夫でした?
ブログで返信した内容を、そのまま書いた感じですね。




