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「それじゃあ、シューター、師匠、気を付けて」
修太とグレイが王都に旅立つことに決まり、トリトラも荷物をまとめて、玄関前であいさつをかわす。
「うん。トリトラ兄さんも気を付けてな。――いろいろと世話になったよ、ありがとう」
「ふふふ、どういたしまして。可愛い弟分のためなら、あれくらいどうってことないよ。っていうか、言ってくれたら暗殺くらいして……」
「はい、アウト! 俺は法律でさばいてくれたら、それでいいから。大怪我したトリトラは気が済まないとは思うけど……」
「そう? 残念だなあ。だからシューター、怪我のことは気にしなくていいって。治療師のおかげで、後遺症もなく全快したしね。そんな困り顔をされるより、また今度、カラアゲをたくさん作ってくれるほうが僕はうれしいよ」
トリトラがにっこりすると、なぜかグレイはトリトラと修太の頭にポンと手を乗せた。
「仲が良いのはいいことだが、時間がないからもう発つぞ。トリトラ、部屋ならあけておくから、いつでも来い」
「ありがとうございます、師匠!」
トリトラはパッを明るい顔をして、礼を言って頭を下げる。
「それじゃあ、僕は行くよ」
そして手をひらりと振り、あっさりと旅立つ。雑踏の人込みに、するりとまぎれていなくなった。
トリトラは南へ、修太達は東へ向かう。
「行くぞ。まずは貸しグラスシープ屋だ」
「ああ、行こう」
家政婦のニミエにも不在にすることを連絡した。いない間も、掃除や洗濯はしておいてくれるので、帰宅してうんざりということもない。商人ギルドに金を払い済みなので、あちらから給金を渡してくれる。
庭の野菜や薬草が気になるが、数日程度は大丈夫だろう。スコールは鬱陶しいが、水やりが必要ないので助かる。
しっかり門を閉めると、先を行くグレイについて、修太とコウも歩き出した。
野宿や村での宿泊をまじえ、王都へと三日かけてやって来た。
本当なら、並足の馬でももっとかかる距離だが、修太がグレイのトランクを預かってグラスシープを走らせ、ハルバートをたずさえたグレイとコウが隣を並走するという、なかなか驚きな強行軍で突破した。
グラスシープは、まるで草のような緑の毛が生えている。セーセレティー精霊国では足の速い人を「グラスシープの逃げ足のよう」と褒めるように、かなり足の速い羊だが、ふかふかしているので、上に乗っていても揺れを感じない。
だから、すさまじい速度で移動していても、修太はとても快適だ。
グラスシープのほうが馬の駆け足より速いのに、グレイのような黒狼族が本気を出すと、グラスシープより速く走れるらしいから、いったいどんな身体能力をしているのだと、感心するより呆れてしまう。
異様な速度で移動する様子が王都からも見えていたようで、衛兵に警戒されたが、グレイがギルドカードを見せて解決した。
「黒狼族、怖い……」
「さすがは賊狩り殿。怖い」
「やばすぎる。怖い」
衛兵達はしきりと怖がりながら、修太達を王都に入れてくれた。貸しグラスシープは王都の前で放したので、あとは勝手にサランジュリエの貸しグラスシープ屋所有の小屋まで帰る。
門で簡単なチェックを受け、王都に入ったところで、どっと雨が降り出した。スコールだ。
「そこの店に入るか」
「うん。俺、小腹が空いたよ」
門のすぐ目の前に飲食店があったので、しばらく雨をしのいで暇つぶしをすることにした。コウの入店は断られたので、コウには軒下で待ってもらっている。
修太はメニューを見てみたが、まだ朝の早い時間なので、軽食しか出さないみたいだ。モルゴン芋のバター焼きとほうじ茶みたいな味がするポポ茶を頼み、ほくほくなうちに食べてしまう。グレイは氷入りの豆茶を注文し、一気にあおった。夜明けとともに村を出て以来、ずっと走っていたから喉が渇いているのかもしれない。
「シューター、体調はどうだ?」
「大丈夫だよ。父さんこそ、走り通しだったから疲れただろ」
「いや、まったく。あの程度、疲れたうちに入らん」
「すげえ……」
相変わらず、その体力はどうなっているんだろう。
改めて感心した修太だが、夜は休息をとっているのだから、グレイにしてみれば走り通しとは言えないと気付いた。
それから少しのんびりして、スコールがやむと、飲食店を出る。雨で路面が洗い流されて視界がクリアなのに、暑さでむっとした空気が漂っている。
それでも、セーセレティーの通りは、レステファルテに比べればずっと清潔だ。家や店の前を綺麗にしていないと、住民税に響くせいである。
「衛兵によると、このホテルは王都の中心街だ。かなり歩くぞ。馬車に乗るか?」
「え、馬車」
馬車と聞いた瞬間、修太は緊張を覚えた。馬車に馬車をぶつけられ、トリトラが血まみれの大怪我をしたのを思い出して、少し息苦しさを感じる。
「……歩くか。しんどいなら背負ってやるから言えよ。そういやあ、ここまで乗れたんだ、グラスシープは大丈夫なんだよな?」
「ああ、あれは平気。なんか馬車の閉塞感が、今はちょっと無理で。ごめん」
「謝らなくていい。お前が悪いんじゃない。――あのクソ豚野郎だ」
コウが心配そうに「クウン」と鳴くのに対し、グレイは声に険を込める。
「トリトラのほうが大怪我したのに、情けないな……。トリトラは平気なのかな?」
「あいつの心配はあいつがする。お前は自分のことだけ考えていればいい」
ポンポンとフード越しに頭を軽く叩き、グレイはそう言った。たぶん励ましてくれているんだろう。
「うん、ありがとう」
「王都には気分転換に連れてきたんだが、逆効果だったか?」
「そんなことはないよ。そのうち治るんじゃないかな」
「つらいならちゃんと言えよ。それじゃあ、歩くか。ついでに商店を見ていけばいい」
「ああ、そうだね」
散策がてら、歩道を歩いていく。
王都のメインストリートは広い。南門から王宮まで一直線にのびており、王族がパレードをしたり祭祀を行ったりするせいだ。
この時期は雨季の祭祀が多く、さっそく、棒の先についた人形をかかげて歩いていく一団を見かけた。セーセレティー精霊国を建国した王族をたたえた人形行列で、女官をあらわす着飾った女性達が後に続く。
華やかな一団は木箱を持っており、人々は小銭を入れて、健康祈願をしている。
「なんで建国の王族をたたえて、健康祈願?」
「俺が知るわけねえだろ」
修太とグレイには、理屈が謎すぎた。
「ご先祖様は俺達を見守ってくださってるんだから、健康をお祈りするのは当たり前だろ」
傍にいた少年がそう教えてくれたが、やっぱり修太達には不思議だった。
健康は自分で維持するもので、ご先祖頼みってどういうことだ。「見守ってくれたおかげで健康です」と感謝するなら、まだ理解できるが……。
とりあえず分かったふりをして、修太も小銭を入れてきた。
そのまま人込みを抜けると、突然、パパパパンと何かが弾ける音がした。驚いて足を止めた修太の腕を引いて、グレイが道の端に飛びのく。修太も魔法による攻撃かと焦ったが、どう見ても庶民の女性が魔具を持って、道に向けて振っている。
グレイは警戒をあらわにした。
「なんだ?」
「あれ、猛獣脅しのおもちゃ版だ。爆竹みたいな音も鳴るんだな……」
修太は音の正体が分かってほっとしたが、やっぱり意味が分からない。
音を鳴らした女性には修太達の反応は面白かったみたいだ。笑いながら謝って、どういうことか教えてくれた。
「あはは、ごめんなさいね、旅人さん。大きな音を立てて、悪霊を追い払っているのよ。今の時期はこれが当たり前だから、気を付けてね」
セーセレティーの民は祖先と精霊を大事にし、迷信深い人達だ。たくさんのアクセサリーを身に着けているのも、魔除けのためだ。
修太はこの国の花嫁行列で見たことを思い出した。
「悪霊を酔わせて迷わせるために、道に酒をばらまいてるのは見たことがあるけど、音も鳴らすのか……」
グレイがうんざりとぼやく。
「面倒くせえな」
「ワフッ」
あちこちで似たようなことをしているので、それをよけながら歩道を進むのは結構大変だ。
「この時期の外出は、クソ面倒だな」
「うん。俺もしみじみ理解したよ……」
グレイの言葉に、深く同意する。グレイは嫌そうな空気を漂わせ、ホテルに着く頃には、修太もぐったり疲れ果てていた。コウなんて、音が鳴るたびにビクビクしている。耳が良いから、大きな音が怖いのだろう。さすがは猛獣脅し、モンスターにも効果はてきめんだ。
股に尻尾を挟みこんで、「キュウウンクウウン」と悲しげに鳴くコウが一番かわいそうだった。
蛇足も楽しんでもらえているみたいなので、良かったです。そして今回も蛇足。
爆竹が魔除けになってるの、長崎のお盆の時期を思い出して書いてみました。なんかすごいらしいですね。




