第七話 雨季休暇での小旅行 1 グレイ視点
グレイ視点
「招待状?」
サランジュリエ支部の冒険者ギルド。
グレイはギルドマスターの執務室で、白い封筒を見下ろしている。赤い封蝋がされたそれは、上質な紙を使っているのがひと目で分かる。
ギルドマスターのダコンは頷いた。
「そう。王都にある老舗ホテルから、お礼をしたいってさ」
「礼?」
要領を得ない会話だ。さっさと話せと、グレイがイラッと眉を寄せると、ダコンは両手を上げた。
「短気を起こすなよ」
「俺はしばらく仕事をしねえと言っただろ。呼びつけやがって」
面倒な時に、断れない仕事をよこしたギルドに対して、グレイはいまだに根に持っている。
「その面倒な仕事で助けた男が、このホテルのオーナーの親戚だったんだと。快気祝いで、身内の小さなパーティーを開くんで、ぜひとも来てくれってさ」
「そういうのは全て断るように言っておいたはずだ」
余計な時間をとらせやがってと、グレイは眼差しに険を込める。ダコンは困り顔で頭をかきながら、理由を話す。
「だけどなあ、このホテルのレストラン、予約が半年先まで埋まるくらい料理が美味いんだよ。グレイ、お前の息子、まだ雨季休暇中だろ?」
料理が美味い。息子。雨季休暇。
どうやらグレイのためにというより、修太のために呼んだらしい。とりあえず続きを聞く。
「サランジュリエにいるより、気分転換がてら王都に遊びに連れてってやるのはどうかと思ってな。ちなみにこのホテル、王侯貴族と富豪以外となると、紫ランクしか泊めないんだ。パーティー以外でも、数日泊まっていってくれってよ。費用はあっちがもつそうだ。料理は部屋に用意してもらえばいいし、そんな宿だから安全だろ。どうだ?」
確かに悪くない話だが、問題がある。
「おい、俺みたいなごろつきが、パーティーなんぞに出られるわけがねえだろ」
ああいうのはドレスコードがある上、マナーもあるはずだ。グレイにはそんな教養はない。完全に場違いだ。
「それはあっちも分かってるよ。身内の小さなパーティーだって言ってるだろう? 礼をしたいと言ってる相手を、不作法だと笑いものにはせんだろ。しかもお前、賊狩りを相手によぉ」
「……いったん持ち帰って検討する」
「そうしてくれ。そういや、ツカーラの調子はどうだ? あれから、まったく冒険者ギルドに顔を出さねえから、皆、心配してるぞ」
こんな話をするくらいなので、ダコンも案じているようだ。職員でも冒険者でもないのに、修太はすっかり冒険者ギルドの仲間扱いされているらしい。
「夜中にうなされることも減ったし、大丈夫だと思うが。念のため、休みの間は家から出ないように言ってる」
「もう残党の心配もねえが、薬師ギルドもばたばたしてるし、そのほうがいいだろうな。しかしお前、相変わらず黒狼族にしちゃあ過保護だな」
感心混じりに言って、ダコンはグレイの尻尾を確認する。たまにグレイが黒狼族だと自信がなくなるらしく、こうして尾を見ては変な顔をする。
「人間のことはよく分からねえんだよ。からかうな」
「馬鹿にしたわけじゃねえって。悪かった! そんなに怒るなよ」
事件のことを気にしているダコンはすぐに謝ると、グレイに焼き菓子の入った箱を押し付けてくる。
「もらいもんだが、持って帰ってくれ。じゃあな」
これ以上、グレイのピリピリした空気を浴びるのはごめんだとばかりに、ダコンはグレイを執務室から追い出す。
呼び出しておいてその対応はなんなんだ。グレイが面倒くさく思いながら箱を持って一階に下りると、ヘレナやリックが駆け寄ってきた。
「賊狩り、はいこれ、ツカーラ君にお見舞いね。気持ちを静めるハーブティーだから、寝る前に飲むように言っておいて」
「これ、美味そうなのを見つけたから、あいつにやってくれよ」
グレイの持つ箱に、勝手に茶箱と菓子を放り込むと、二人はささっと離れていった。
「おい」
見舞いの品を押し付け、グレイが何か言う前にいなくなるので、さしものグレイも溜息をつく。
しかも待合室にいた冒険者達も、ちょっとした菓子や食べ物を箱に入れて立ち去るではないか。
気付けば箱に食べ物が山になっており、グレイはうんざりした。
(お前ら、あいつに食べ物をやっておけばいいと思ってるだろ)
実際、そんなところがあるので否定はできないが……。
せめてグレイに一言断ってから入れていけよと思うのは、自分がおかしいのだろうか。
「おかえり。わあ、何それ。またもらいもの?」
グレイが帰宅すると、修太が山になった食べ物を見つけて、目を輝かせて寄ってきた。
グレイは居間のテーブルに箱を置く。
「お前に見舞いだそうだ。冒険者ギルドの奴ら、心配しているらしい」
「そうなの? 皆、良い人だね。なあ、これ、食べていい?」
「ああ」
特に変なにおいはしないので、グレイは頷いた。修太は箱から食べ物を取り出して、テーブルに並べる。どれを食べようかと真剣に吟味して、いくつか選んだ。
「お茶にしようぜ。父さんも飲む?」
グレイが頷くと、台所からトリトラが顔を出した。お湯が沸いたと言うので、ちょうどおやつを食べようとしていたんだろう。
三人でテーブルを囲むと、グレイはダコンの話をした。
「パーティーの招待? おいしい料理にはひかれるけど、そんな所に出て、大丈夫かな」
「一応、礼という形だから、多少不作法でも構わんそうだ」
「そうじゃなくて、父さんの仕事に影響しない? 仕事を引き受けてもらいたいからって、接待が増えて面倒くさいとか……」
「そういう連絡は全てギルドに来るし、ギルドから断りを入れるから、俺が面倒になることはねえよ。まだ雨季休暇はあるんだろ」
「うん。あと、十日だよ。宿題を終わらせて、暇してたとこ。王都か、久しぶりだな。アイテムストリートと、大衆劇場に行ってみたかったんだよな」
グレイは修太とコウとともに旅をしていた時期があるが、そういえばセーセレティー精霊国の王都は通過する程度だったと思い出した。
レステファルテを少しと、セーセレティー精霊国を一周したが、グレイには紫ランクとしての仕事があるので、ダンジョン都市に多めに滞在していた。グレイの父親、フレイニールと暮らしていた場所なので、なんとなく迷宮都市ビルクモーレにいる期間が長かった。
フレイニールの事件を片付ける前は寄りつきもしなかったのに、恐らく愛着というものがあるんだろう。あのほんの数年が、マエサ=マナで暮らした日々より濃密だった。
それに、ビルクモーレの冒険者の連中は、ギルドマスターのベディカ・スースを筆頭に、修太に目をかけているから、見知らぬ者が多い町よりよほど安全だ。グレイが仕事で留守にする時など、受付のレクシオンが修太を自宅に泊めてくれていたくらいだ。もちろん、宿泊費はこちらで出しておいたが。
「そうか、分かった。お前がグラスシープに乗るなら、往復で六日程度で済むから、滞在は三日というところだな。マスターに参加すると返事しておく」
「うん。でも……服ってどうするんだ? たぶん、ちゃんとしたのを着ないといけないだろ?」
「それも相談してくる」
お互い、セーセレティー人の礼儀など知らない。
「セーセレティーの人達の正装って、どんなんだろ。あんまりヒラヒラしたのは嫌だなあ」
「俺だってごめんだ。場合によっては断るぞ」
「ぜひとも、そうしてくれ」
すると、話を聞いていたトリトラが挙手をした。
「師匠、もし王都に行くんでしたら、僕はまた旅に出ようと思います。そろそろ余所に行きたかったんですよね」
「えっ、そうだったのか。なんかごめんな、兄さん」
修太に兄さんと呼ばれ、トリトラは頬をゆるめる。
「心配だったし、いいんだよ。でもほら、旅行に行くなら、僕はいなくてもいいでしょ? 南のほうにひよっこ冒険者向けのダンジョンがあるらしいから、ちょっと見てこようかなって」
「そんなダンジョンがあるの?」
「しょぼすぎて、ダンジョン都市でもないし、村と冒険者ギルドで管理してるんだってさ。そこの村で作ってる果実酒がおいしいって噂を聞いて」
酒と聞いて、修太は呆れ顔になる。
「トリトラ、酒が好きだよなあ」
「面白い酒を探すのが趣味なんだよね」
「他にないのかよ、趣味」
「……獲物の解体?」
「一気に物騒になったな!」
首を傾げるトリトラに、修太がツッコミを入れる。
グレイも酒と煙草くらいしか金を使うところがないので、トリトラの言うことは理解できる。
茶を飲むと、グレイは椅子を立つ。
「それじゃあな、俺は出かけてくる」
「父さん、帰りに屋台でケテケテ鳥のハーブソルト焼きを買ってきてくれよ」
「分かった」
修太が珍しく頼みごとをするので、グレイは頷いた。
おやつを全てたいらげたばかりなのに、よくもまあ、夕飯のことを考えられるものだ。
冒険者達が見舞いにと食べ物をよこしたのは正解だったんだろう。
我慢できなくて少し書いちゃったけど、本編の夢を見る町編のほうを優先しますね。




