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・グレイ視点
それから数日後、二週間としないうちに裁判が終わり、衛兵の予想通り、懲役三年に決まった。
グレイは一人、騎士団の本舎にやって来た。
途中、店で買い物をし、店員らの手で、長剣や短剣、酒や食べ物、任務に使いやすいアイテムが木箱に積まれて運び込まれた。
「ええと、グレイ殿? こちらはいったい……」
騎士団長が戸惑いを込めて、玄関に並んだ木箱を見る。配下も困惑という表情で、団長の後ろにひかえている。
突然の訪問だったのもあり、グレイは煙草を吸いながら待っていた。
「礼だ」
「こちらが言うのもなんだが、あなたの息子さんの件は、我々はたいしたことはしていない。申し訳ないが、わいろは受け取らない決まりでね」
人当たりの良さそうな笑みで、騎士団長は固辞した。グレイはちらりと配下の騎士を見る。
「何についてかは、これから話す」
グレイの仕草で、配下に聞かれていいのかという問いが伝わったようだ。騎士団長は右手を挙げた。直属の部下二名を残し、全員が玄関ホールから立ち去る。
グレイは頼みたいことがあり、まずは対価を見せた。受け取るかどうかは、相手次第だ。清廉さをかかげる騎士団だって、ある程度は融通がきくものだ。
騎士団長は頷いて、話を促した。
「暗殺しろなんて頼むつもりはねえよ。例の奴の移送、五日程度なら、遅れても構わんだろう」
「……ふむ」
騎士団長は顎に手を当て、考え込む仕草をする。背後の部下を一瞥すると、部下は首肯した。
「問題ありません」
「だそうだ。何がお望みかな?」
騎士団長の問いかけに、グレイはふうと煙を吐いてから、短く答える。
「あいつが倅にしたことと、同じことを」
「……いいでしょう。牢屋を間違えるような手違いは、よくあることですし」
くえない笑みとともに、騎士団長は頷いた。彼らにとっては、融通がきく範囲だったようだ。グレイだって痛めつけろとは言っていない。飲食はさせて、暗闇に五日だけ閉じ込めるように言っただけだ。
「ふふ。賊狩り殿は冷酷無慈悲という噂だが、そんなに息子さんが可愛いかね」
「倅だからという以前に、あの野郎は仲間に手を出した。その落とし前は付けさせる」
「怖いですなあ。黒狼族の逆鱗に触れましたか。こんなことをしなくても、あの男は恨みを買っている。そう長生きできないと思うが」
「それとこれとは別の話だ」
グレイはきっぱりと断じて、騎士団長に小瓶を差し出す。
「ついでに、一日目だけこいつを飲ませろ。牢番もうるさいのは迷惑だろう」
「……何かな、これは」
「半日だけ、声を出なくする薬だそうだ」
「まったく。こんな違法薬物、どこで手に入れたんだ?」
「細かいことは気にするな。倅にしたことと、同じことをと言っただろう」
騎士団長がうるさいので、グレイは追加で金貨の入った袋を、木箱の上に落とした。騎士団長は肩をすくめる。
「しかたない。これっきりでお願いしますよ」
「ああ、よろしく頼む」
「ええ。あの男がもう少し反省していたら、お断りしていたんだが。まったく反省の色がなく、こちらも煮え湯を飲まされているんだ。あんな犯罪が横行していたのに気付きもしなかったと、世間では騎士団を間抜け呼ばわりだよ」
騎士団のプライドに傷をつけたから、その意趣返しもあるのだと言外に言い、騎士団長は小瓶を配下に渡す。
「では、ご子息が元気になりますように、お祈りしておりますよ」
グレイは一つ頷いて、騎士団を後にした。
帰宅すると、庭から笑い声が聞こえてきた。
横道を通り抜けて庭に回ると、修太とトリトラがコウを洗っているところだった。泡だらけになったコウが身震いして泡を飛ばしては、修太とトリトラが笑う。
「あはは、兄さん、顔が泡だらけだよ!」
「そっちだって、髪がそうだよ。ぶっ。こら! 少しは大人しくしろってば」
トリトラがコウを捕まえようとするが、コウがその手をかいくぐって逃げ回る。二人は泡を飛ばされて迷惑しているのに、つい笑ってしまうから、コウは遊んでいるのだと思っているようだ。
「師匠、お戻りですか」
「おかえり~」
頬についた泡をぬぐいながらトリトラが声をかけ、修太も振り返る。頭に泡がついていた。楽しげに笑っているのを見て、やっと落ち着いたのだとさとった。家に帰ってきてから、数日は夜中にうなされていたし、昼寝をしていても目が覚めると周りを確認していたから、そのたびにブランドンに対してもやっとしたものだ。
しっかり仕返しへの布石も打ったので、グレイの気分は晴れやかだ。事件に区切りがついたと感じられる。
「師匠、なんだかご機嫌ですね」
「面倒な件が片付いてな」
「ああ、そういうことですか。ざまあみろ、ですね」
遠回しの表現で察したトリトラが、ものすごく楽しそうに、邪悪に笑った。
「なんの話?」
修太は尻もちをついた格好で、こちらを見上げる。しゃがんだ拍子に、泡だらけのコウが飛びついてきたせいだ。トリトラはなんでもない顔に戻る。
「こっちの話。それより、師匠、聞いてくださいよ! シューターが、やっと僕を兄と呼んでくれるようになったんですよ! ……ん? ということは、師匠が僕の父親ということになるのでは?」
「や、め、ろ」
ぞわっと鳥肌が立ったので、グレイは強めに言い返す。
「だいたい、お前の父親はまだ生きてるだろうが」
「あっちは僕を認知してませんよ。息子なんかいないって世話を断られたの、師匠も知ってるでしょう。だから僕の師匠になったんですし」
「イェリに押し付けられただけだ」
一番目と二番目の弟子よりは面倒を見やすかったが、弟子に親呼ばわりされても、全くうれしくない。
「まあ、シュレインよりましだが」
「そうに決まってるでしょ! あんな奴と一緒にしないでくださいよ!」
一番目の弟子の名を出すと、シュレインを毛嫌いしているトリトラは眉を吊り上げる。
「シュレインって一番目の弟子だっけ? ――ほら、コウ」
修太は思い出したように訊いてから、両手で輪を作ってコウを呼ぶ。逃げ回っていたコウだが、それを見ると駆けてきて、輪の中にスポンと鼻先を突っ込んだ。
「ははは、捕まえた! 馬鹿め!」
「わふっ」
馬鹿呼ばわりされても、修太が首に抱き着いたので、コウはうれしいみたいだ。ぶんぶか尻尾を振っている。
「トリトラ、今だ。水!」
「オッケー」
トリトラが水を汲んで、コウにかける。泡を洗い流すと、また身震いをした。水しぶきが飛んでくる。
「ふう。今日が夏日で助かった」
「本当だよ、もう。汚れちゃったよ」
修太やトリトラも、桶の水で泡を洗い流し、自分達の汚れ具合に呆れかえっている。
「それで、シュレインってどんな人なんだ? 明るい腹黒って前にシークが言ってたよな」
「ああ、だいたい合っている。トリトラが『性格が悪い』なら、シュレインは『狂犬』って感じか」
「何それ、どういう人だよ。想像できない」
「お前は不用意に近づくなってことだ」
「そんな危険人物なの? 分かったよ。つっても、顔も知らないけど」
首を傾げる修太に、トリトラが任せておけと胸を張る。
「大丈夫だよ。その時はお兄ちゃんが守ってあげるから!」
「調子に乗んなよ。何がお兄ちゃんだ、気持ち悪い!」
「ひっどー! ――いやでも、ガチな話、あいつには近付くなよ。遊びで蟻に火をつけて燃やすタイプだから」
トリトラがすっと真顔になったので、修太は身を引いた。
「だいたい分かったよ、こわっ」
そこにコウが枝をくわえてきて、修太の前に座った。パタパタと尻尾を振り、遊んでくれとキラキラした目で見つめる。
「俺はもう疲れたよ。トリトラ、パス」
「しかたないなあ。そーれ! あ、投げすぎた」
トリトラが枝を投げたが、力が強すぎて、塀を飛び越えて孤児院に飛んでいった。あっちから「わっ」という声がしたので、子どもに当たったかもしれない。
「げっ。ちょっと謝ってくるよ」
「おう」
トリトラが駆け去ると、修太はコウにじっとしているように言い聞かせ、タオルで水気をぬぐい始めた。
ただの日常の光景だが、影を生きてきたグレイには、この平穏さはほんの少し居心地悪く感じる。それでもこの陽だまりは、悪くはないものだった。
*****
・ブランドン視点
――くそ、くそ、くそ!
ブランドンは牢の中で、悔しさに歯噛みしていた。
宮廷付きの薬師も擁するガーランドの一族は、特別なのだ。
大叔父は常々言っていた。
『お前は特別だから、私の後を継ぐべきだ』
期待にこたえて、紫ランクにまで上りつめた。
特別なのだから、大叔父と同じことをしても許されるはずだった。それなのに。
「あの小僧め、許さん! 三年の労役を終えた暁には、絶対に復讐を」
よそ者のくせに、突然やって来て、薬草学の歴史を書きかえていく存在は、ブランドンには許せないものだった。
薬師として最先端にいるという、自分の特別さがおびやかされる。
だが、利用するには格好の標的でもあった。
赤ランクなんて見習い身分、ギルドマスターならどうとでもできる。
師匠となったウィルが邪魔をしたり、養父だという黒狼族がでしゃばらなければ、ブランドンは薬草を吐きだす良い小間使いを手に入れられていた。
「ウィル・クリーバリーめ。あいつもいつか、追い出してやる!」
気に入らない。
思い通りにいかないことが。
あの闇に放り込んだら、どんなに反抗的な者も大人しくなったのに。大叔父がそうやって弟子をしつけるのを見て、なんて素晴らしい魔法だろうかと、ブランドンは感動したものだった。
独房で怒りをまき散らしていると、看守がやって来た。
水とふかしたモルゴン芋に塩をかけたものを二つだけ置いて、部屋を出て行く。
こんな粗末な食事を出されて、また怒りにとらわれる。だが、腹はすくので、芋を頬張り、水を一気に飲んだ。
「……ん?」
変な味がしたことに気づき、ブランドンは青ざめた。この味は。
「あの、薬を……っ」
慌てて吐きだそうとしたが、もう遅い。すぐに声が出なくなり、喉を押さえる。
(なんだ? 私をどうするつもりだ?)
わざわざ声を封じたのだから、それなりのことをするはずだ。
少しして、看守が騎士二人とともに現れた。
「おお、飲んだか。薬師のくせに、警戒心がないのかね」
「こんな下種におびやかされて、あの少年もかわいそうになあ」
騎士は、修太の家に事情聴取にきた二人組だ。
「いったい何故? これからどうなる? そんな顔をしているな」
「あの黒狼族の彼に頼まれたんだよ。お前にお仕置きして欲しいってさ」
「大丈夫、何もしないさ」
「そうそう、お前がしたように、闇に放り込むだけだ」
世間話でもするようにペラペラとしゃべりながら、騎士達はブランドンを連行して、地下牢の更に奥に行く。
「あの壁際がトイレだ。それで、そこがベッド。お前がした通りにというんで、食事は与えるよ。良かったな」
看守が手かせを外し、騎士がブランドンの背中を押す。ベッドのほうへ転げ、急いで扉に戻るが、すでに閉まった後だった。
手も見えない暗闇に放り出され、ブランドンの心臓はバクバクと騒ぎ始める。
恐怖に騒ぎたいのに、声が出ない。
それから五日後。
牢から出されたブランドンはすっかり憔悴していて、うわごとのように「許してくれ」と呟くばかりだった。
*****
修太は居間のテーブルで、長期休暇の課題をしていた。見舞いがてら、セヴァンがわざわざ届けに来てくれたのだ。この時期は祭祀の手伝いで忙しいからと、課題があるのは薬草学と歴史だけだ。
さっき誰かが訪ねてきて、グレイが玄関に行った。
しばらく立ち話をしていたようなので、戻ってきたグレイに問う。
「父さん、さっきの人、なんだったの?」
「ただのセールス」
「なんの?」
「くだらないアイテムだ。少しからかってやった」
「お気の毒に……」
グレイが楽しげに思えたのは、そのせいだったのかもしれない。
修太は納得して、歴史の教科書に目を向ける。コウが足元で、くあっとあくびをした。
平和な昼下がりだ。
グレイは窓辺の長椅子に座ると、煙草に火をつける。騎士団から届いたカードには、頼みごとの結果が書いてあった。
カードをくしゃりと握りつぶし、灰皿に放り込んでジッポで燃やす。あっという間に灰になり、これで真相は闇の中となった。
長椅子にもたれ、天井に向けてふーと煙を吐きだす。
ひっそりと、薄く笑った。
第六話、終わり。
ササラさんたちとかまで出す余裕がなかったので、そこだけさらっと流しました。
グレイ、怖いのにかっこいいって感じに書けていたらいいです…。修太には見せないけど、裏でしっかり仕返ししてますよ。
今度は本編の更新に戻りますが、アフターの続きは、急に思いついたので、王都に旅行に行く話とか書こうかなーとか思ってますね。
グレイが盗賊団で助けた一人が、有名ホテルのオーナーの親戚で、快気祝いのパーティーに招待される。料理がおいしいと聞いたので、招待を受け、王都に旅行に行く。…って感じですかね。
とりあえず、しばらくは本編のほうで、夢を見る町編を進めるつもりです。




