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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
薬師ギルドでの騒動編
71/178

 19 トリトラ視点

 トリトラ視点



 治療師ギルドで目を覚ましたトリトラは、どこにいるか分からなくて戸惑った。


(なんだ? 消毒薬くさいな……)


 すると三十代くらいの女治療師がベッドに駆けつけてきた。


「起きたのね、お兄さん! 良かったわ~。弟君も喜ぶわよ」

「弟?」

「あら、混乱してるのかしら。黒いフードをかぶった少年のことよ」

「シューターはどこに!」


 慌てて起き上がると、頭がくらっとした。そのままベッドに戻る。


「駄目よ、思ったよりも血を流してて、貧血なんだから。怪我は治したし、小さなガラス片も取り除いておいたわ。増血剤(ぞうけつざい)を飲んでゆっくりしてたら、夜には帰れるわよ。それから、治療費なんだけど」

「金なら払うから、それよりシューターだよ!」

「ああ、そうよね。一緒に事故に巻き込まれたんだものね」


 この治療師ときたら、のらりくらりとしていて会話の要領を得ない。トリトラはものすごくイライラした。


「彼なら打撲だけだったから、治療しておいたわ。今は薬師ギルドよ。事故の件で、衛兵から事情聴取があるらしくて。そういえば、来ないわね。あなた、この人の弟さんを知らない?」

「まだ来てませんよ」

「おかしいわねえ。あんなに心配してたのに」


 助手の返事に、治療師は首を傾げている。


「薬師ギルド……!」


 最悪だ。結局、連れて行かれたらしい。治療師に渡された増血剤を飲むと、トリトラはいったん目を閉じて、思考を巡らせる。

 ここで単身で乗り込んでもしかたがない。それこそ、傷害罪という大義名分をあちらに与えることになる。


「悪いんだけど、冒険者ギルドに行って、リックにトリトラがここにいると伝えてもらえないかな」


 暇そうな助手を手招きして、駄賃を渡す。少年はにこっとして駄賃を受け取った。


「いいですよ、すぐに行ってきます」


 冒険者ギルドに伝えれば、修太の家まで行ってリックを呼んでくれるだろう。やがてリックが駆けつける頃には、トリトラの貧血は良くなっていた。


「トリトラ、なんでまた治療師ギルドに?」

「してやられた。迎えの馬車に他の馬車を激突させられて、僕はこのザマ」

「ええっ、シューターは?」

「ここにいないんだから、分かるだろ。怪我はないって」


 リックは胸をなでおろし、深い溜息を吐く。


「そうか、良かった……。いや、良くないけど、でも」

「言いたいことは分かるけどね。たぶん例の奴の所だろうけど、僕一人じゃ罠にはめられそうだ」

「それならシューターの師匠を頼ろう。いや、その前にヘレナさんがいいな。まず冒険者ギルドで簡単に報告して、ヘレナさんとウィルって人の所に行くんだ。何か用事を作って、堂々と正面から訪ねる」

「オッケー、そうしよう。僕ももう動ける」


 トリトラはベッドを降りて、治療師に治療費を払った。ガラス片を取り除く手術をしただけあって、結構高くついたがしかたがない。


「黒狼族って本当に頑丈ね。もう大丈夫だなんて驚くわ」


 最後に簡単に診察を受け、治療師は帰宅許可を出した。


「念のために言っておくけど、あの怪我は人間だとまずかったからね。あまり無茶しないように」

「ありがとう。急ぐから失礼するよ」


 お節介な注意にお礼を言うと、トリトラはすぐに治療師ギルドを出る。下手に言い返すより、説教が短く済むのだ。


「さっきの治療師、お前の顔を見てポーッとなってたな。うらやましいことで」

「いつものことだよ」

「嫌味だなあ」


 リックがぼやいているが、トリトラは気にせず冒険者ギルドに移動する。リックがマスターに報告している間、トリトラは医療部に駆け込んだ。驚いているヘレナに事情を話すと、眠たげな顔がキリリとなった。


「なんですって、うちで将来働く子に!」

「予定だろ」

「駄目よ。先にツカーラ君に目をつけたのはこっち! 薬師ギルドにはやらないわよ!」

「そういう問題じゃないんだけど」


 ヘレナは、トリトラの予想とは違う方向で切れている。協力してくれるなら、なんでもいいと割り切って、待合室に戻った。すると、ギルドマスターのダコン・セリグマンが浮かない顔をして、階段を下りてくるところだった。


「トリトラ、聞いたぞ。あの事故、お前と坊主のだったんだってな。それで、お前の怪我はいいのか?」

「親切な治療師のおかげでね。薬師ギルドに担ぎ込まれた所に乗り込んで、治療師ギルドに連れて帰ってくれたんだってさ。おかげでこの通り、全快だ」


「ぶるっときたぜ。そのままだったら、お前、死んでたかもな」

「怪我の治療と引き換えに、シューターに交渉したんじゃない? 僕の運のほうが良かったね、ざまあみろって感じ」


 トリトラは鼻で笑ったが、いらだちで目をすがめる。


「それより、シューターのことだよ。彼は持病もあるし、体が弱いんだ。拷問(ごうもん)でもされたら耐えられない。堂々と乗り込んで、あの連中をボコるしかないね!」

「落ち着け。あの件についてはこっちでも調べたんだが……」


 ダコンは待合室にいる冒険者がこちらに注目しているのに気付き、二階に場所を移すことにした。応接室に入り、扉を閉めてから話を続ける。


「これまでの薬草()りを調べて、嫌がらせを受けた様子のある者に、秘密裏に話を聞いたんだ。金に困ってるみたいでな、薬師ギルドには黙っているという条件で、金をやればすぐだったよ」

「やっぱり被害者がいるんですね」


 リックが確認すると、ヘレナが青筋を立てて椅子を立つ。


「許せーん! 薬師の風上(かざかみ)にも置けない奴! 我が一族の誇りにかけて、あいつを引きずり落としてやる!」

「やめんか! あっちのマスターとお前の親戚は仲が悪いだろ。ただの私怨(しえん)ととられるぞ!」

「むううう」


 ダコンに頭をはたかれ、ヘレナは頭を押さえて座りなおす。ちょっと涙目だ。そのまま(ひざ)を抱えてすね始め、ダコンを恨みたっぷりににらむ。ダコンはばつが悪そうに謝る。


「叩いて悪かった。あー、お前が言っていた薬、取り寄せていいから」

「しかたないわね、許してあげる」


 現金なヘレナはあっさりと許し、姿勢を正す。


「それで、続きは?」


 トリトラが促すと、ダコンは気を取り直して話し始める。


「その被害者の話だとな、怪我をさせられることはないんだそうだ。証拠が残るとまずいってことで、嫌がらせ以外は何もしないらしい」

「それじゃあ、どうして行方不明になった後、あのマスターの言いなりになるんだよ」


 トリトラはイライラと突っ込む。本当は話し合いをするより、行動に移すほうが楽だ。それでもここにいるのは、あっちのほうが知恵が回る分、厄介なのを分かっているからだ。


「窓のない部屋に監禁されたそうだ」

「それがどうしたのさ」


 ダコンは深刻な顔をしているが、トリトラには意味が分からない。ヘレナが口を挟む。


「あのね、トリトラ。あなた達は夜目がきくからあんまり関係ないでしょうけど、人間だと暗闇に放置っていう拷問があるのよ」

「水や食事抜きで餓死(がし)させるってこと?」


 トリトラがダコンを見ると、ダコンは首を振る。


「朝と晩に食事をくれるって話だな」

「へえ。飲食付きで眠り放題だね」


 どこが問題なんだ。トリトラには謎なのだが、ヘレナが再び口を出す。


「だーかーら! 普通は精神的に追い詰められるのよ。その弱った状態だと洗脳しやすいの」

「じゃあ、その連中は洗脳されたってこと?」

「そうかもしれないし、精神的に参って、部屋から出たくてサインしたのかも」

「なるほど。暴露したら、また部屋に閉じ込められるかもしれないから、被害者は何もしゃべらないってことか。暗所(あんしょ)恐怖症には最悪だろうね」


 トリトラはやっと納得できた。


「それなら、シューターはひとまず大丈夫かな。旅人の指輪を取り上げられてなければ……だけど」

「何だ、それ」


 リックが問うので、トリトラは口を滑らせたことに気付いた。しかし説明しないとどうしようもないので、簡単に話す。


「ツェルンディエーラの古代遺産。保存袋みたいなやつで、親の形見なんだって」

「そんなものを持ってたのか。シューター、育ちが良さそうだから、本当の両親もそれなりだろうな。なんか納得」

「シューターの魔力の波長じゃないと使えないらしいよ。あれが分かる目利きはそういないけど、持ち物を取り上げられていたらまずいな……。シューターは精神的にはタフなほうだから、暗闇程度ならしばらくはもつだろうけど、心配だな。仲間には甘いから、僕のことで脅されてないといいけど」


 案外、あっさりと命を差し出すところがあるので、そこが気がかりだ。

 うーんとうなっていると、なぜか部屋が静かになった。

 皆、驚きに息を飲んでいる。


「嘘でしょ、あなた達でも心配することがあるのね!」

「ごめん、俺もびっくりしてる」

「本当にあの坊主、賊狩りといい、対応が規格外だな」


 その反応に、トリトラは気を悪くした。


「あのね、僕らだって仲間の心配くらいするよ? 彼は僕にとっては仲間だからね。その()とは違う。君達はその他だけど」

「お前さあ、その一言多いところをどうにかしろよ。だからもめるんだろ」


 リックが苦言を口にするが、トリトラは首を傾げる。


「え? ただの事実だよ」

「そういうとこだぞ!」


 何を怒ってるんだか、意味不明だ。


「リック、無駄よ、黒狼族だから」


 ヘレナが諦めろと首を振り、ダコンも付け足す。


「そうだぞ、まともに相手をしてもらいたかったら、認められるしかない」

「いや別に、トリトラと仲良くする気はねえけど」

「お前ら、なかなかいい勝負だぞ!」


 リックの返事に、ダコンがツッコミを入れた。


「とりあえず、だ。いったん落ち着いて、様子見で乗り込もう。あっちのマスターのとこにいるか分からねえしな。監禁場所が分かれば助けやすいだろ」

「ちょうど学会の件の報告があるから、ウィル兄さんと行くわ。トリトラはこれを着て、私の助手のふりね」


 医療部の制服で、フード付きの外套だ。ひとまず受け取ったものの、トリトラは何故かと問う。


「あなただって分からないほうが油断するかもしれないでしょ。においで分かることがあったら、後で教えてちょうだい。でも、お願いだから、大人しくしていてね」

「シューターがいたら別だよ?」

「それは私も同じよ。ツカーラ君は、将来、うちで働くんだから、それこそはりきって保護するわ!」

「いや、それは予定だろ」


 トリトラは言い返したが、ヘレナは話を聞いていない。


(シューター、この調子で押し切られそうだな)


 苦い顔を思い浮かべながら、トリトラは外套を羽織って、しっかりとフードを下ろした。




 ウィルも巻き込んで、一緒に薬師ギルドのマスター、ブランドンの執務室に行ったら、これといった収穫はなかった。

 ウィルの研究室に行き、トリトラは分かったことを話す。


「うっすらとシューターと僕のにおいがしたから、あそこに運び込まれた可能性もあるし、分からないな」

「君のにおい?」

「ああ、僕、怪我をして血まみれだったからさ。シューターが止血しようとして、ハンカチで押さえてくれたんだよ」


 正直、自分の血のにおいのほうが強くて、修太のにおいはあまりよく分からなかった。それからトリトラを取り押さえたムカつく薬師のにおいもした。


「薬師ギルドのマスターが関係してるのは間違いないけど、一度、怪我で運び込まれたから、あのことを出されたら何も言えないね」

「でも、ツカーラ君は帰ってないのに?」


 納得がいかないと主張するウィルに、トリトラは推測を返す。


「薬師ギルドから帰ったけど、後は知らないって言われるだけだろ」

「衛兵からの事情聴取は?」

「受けたか知らないよ。そっちは受付君が……」


 ちょうどリックが研究室に顔を出した。


「その件だけど、御者からの分で済ませたみたいだよ。事故相手は、馬が暴走して言うことを聞かなかったって言い張ってる。示談(じだん)にしたって」

「は? 示談って、大怪我したのは僕だけなのに。治療費は出してくれるって?」

「治療師ギルドからいなくなったから、探してたんだって。俺が御者を訪ねたことで冒険者だって分かったから、冒険者ギルドに治療費を預けておくってさ」

「ちっ、根回しが良いな」


 その仕事の速さを他に使えよと、トリトラは舌打ちする。それからウィルにずばり問う。


「そういえば、このギルドの中で、窓がない部屋ってどこにあるの?」

「地下室かな。薬草と薬品の保管部屋。でも、大きな荷物を運び込んだ様子はなかったけどな。職員の出入りもあるし、人を閉じ込めるスペースなんてないよ」

「このギルド、地下(ろう)は? ギルド法違反者や犯罪者の留置所は?」

「半地下だから、光は入るよ。ちょっと待ってて、一応、見てくるから」


 ウィルは即座に研究室を出て行き、すぐに戻ってきた。首を振る。


「そんな分かりやすい場所にいるわけないか。くそ、ムカつくな。居場所が分からないんじゃ、忍び込んでも無駄だし……。そもそも薬師ギルドっていろんなにおいが混ざってて、鼻のききが悪いんだよな。もう!」


 いろんな意味で不利すぎて、腹が立ってしかたがない。

 ヘレナやリックがお手上げだという顔をしている前で、ウィルは何か考えこんでいる。トリトラはウィルの顔の前で手を振った。


「ねえ、君、もしかして寝てるの?」

「起きてるよ!」


 ウィルは驚きとともに言い返し、急に椅子を立つ。


「そうだよ、そうしよう。トリトラ君、酒場に行こうか!」

「は? なんなの、急に。真面目にやってくれる?」

「ウィル兄さん、思い立ったら説明を省くところ、悪い癖よ。どうしたのよ」


 こぶしを固めるトリトラを止め、ヘレナがウィルに問う。


「ブランドンの配下はたまにはぶりが良くて、酒場で散財するんだよね。僕なんて、残業で遅くなりすぎて、しかたなく食事に寄るだけなのに。いつも元気だなーって思ってたんだけど、なんか急に()に落ちた。あいつの仕事を手伝う利点って、お金なんじゃないかなって」

「なるほどね。トリトラ、他に変装できそうな服を持ってないか? フード付きのやつ」


 リックの問いに、トリトラはベルトポーチを示す。灰色のマントを保存袋に入れている。


「持ってるよ」

「じゃあ、ここを出てから、物陰で着替えて、ウィルさんと合流な。どこの酒場が多いんですか?」


 リックはウィルを見る。


「ここのすぐ近くだよ。南のほう。トリトラ君、僕は広場の端で待ってるから、合流ってことで。ヘレナとリック君は、今日は帰ってくれるかな。あんまり一緒にいると怪しまれるからね」


 ヘレナは唇をとがらせる。


「ええー。私も一緒に行きたかったな」


 リックがすかさず止めた。


「駄目ですよ、ヘレナさんは目立つんですから」

「美人だから?」

「変人でしょ。いたっ」

「あんた、モテないでしょ! このっこのっ」

「痛い! 蹴らないで! いたた! 小指を狙って踏まないでくださいよ!」


 ヘレナに攻撃され、リックは逃げながら研究室を出ていく。ヘレナはその後を憤然と追いかけた。


「いいなあ……」


 閉まった扉を見つめ、ウィルが呟く。トリトラはそんなウィルにうろんな視線を向ける。


「え? ()られたいの? 君ってそういう趣味の人?」

「違うよ!」


 ウィルは慌てた様子で否定した。


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