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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
薬師ギルドでの騒動編
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 手当てという大義名分(たいぎめいぶん)で薬師ギルドに連れて行かれたが、何も知らない善意の治療師(ヒーラー)が駆けつけたおかげで、トリトラへの危害を回避した。


「頭の怪我だけでなくて、足や脇腹に分厚いガラス片が刺さってるわ。他にも細かいのがあるかも。ちゃんと取り除かないと命が危ないから、連れて帰って手術しますね」


 トリトラは鎮痛剤のせいで眠っており、ベテラン治療師の女性は部下に指示をして、たんかに乗せる。


「君は打撲(だぼく)だけだわ。はい、治療できた」

「御者の人がどうなったか知りませんか?」


 自分達のことで手いっぱいだったが、あの事故だと御者も危ない目にあったはずだ。修太の問いに、治療師はすんなりと答える。


「彼も打撲だけだったわ。でも、馬は足を痛めたみたい。治療してから来たから、あっちは問題ないわよ」

「そうなんですか、ありがとうございます。あの……それで、兄さんは?」


 薬師達の手前、うかつなことは言えない。だから修太は、義理の兄弟のふりをした。ここで彼らに治療を邪魔をされたら、トリトラが失血死しそうだ。


「あら、弟さんなの? 人間だったら少し危険だけど、黒狼族だから大丈夫よ。でも、早めに手術しないと、小さなガラス片が血管に入ると、心臓まで行っちゃう危険があるのよね。ほら、一緒においで」


 治療師に手招きされたが、薬師がそれを阻んだ。


「待ってください。事故の件で、衛兵が事情聴取に来るんですよ。彼に命の危険がないなら、こちらの方にはいてもらわないと困ります」

「ああ、そうね。結構な事故だったし……。終わったら、治療師ギルドに来なさいね」


 のんびり話している暇はなかったようで、治療師はそれで会話を切り上げ、配下とともに慌ただしく出ていった。

 彼らを見送り、とりあえず、修太はほっとした。

 身動きのとれない怪我人を盾にとられたら、見捨てられない修太は、書類でもなんでもサインしていただろう。人質がなくなったら、彼らとのさしでの耐久戦だ。


「ちっ。人前での事故じゃあ、こうなるか。治療師ギルドめ、邪魔しやがって」

「坊主、悪運がいいな。あの黒狼族、馬車同士の事故だったから、あの程度で済んだんだぜ」


 男達の話に、修太は唖然とする。


「それじゃあ、まさか……」

「歩いているところに、馬車を突っ込ませるって案もあったんだ。もしくは他の事故」

「そうそう。通りがかりの荷物がいきなり爆発……とかな」


 彼らは楽しげに、他の予定を話す。


「それって俺が死んでも良かったってこと?」


 慎重に問う修太に、一人が否定を返す。


「まさか! 最悪、手足がなくてもどうにかなるって意味だよ。マスターが欲しいのは、君の知識だ。ああ、そう構えなくても大丈夫だよ。君、魔力欠乏症なんだろう? 血が流れると命にかかわるから、護衛だけ排除するつもりだったんだ。別に、お供の怪我で、ここに運び込んでもいいわけだしね」


 そう言うわりには、前者も本音なんだろう。あんな無茶な事故を引き起こしたのだから、何をしてもおかしくない。

 だが、安心はできない。どうしてか修太の持病が漏れている。


「かわいそうになあ。マスターに逆らわなきゃ、こんな目にあわずに済んだのに」


 うさんくさい同情は黙殺して、修太は気になることを問う。


「どうやって俺の行動を把握を? 今日の早退は偶然だったのに」

「学園にも見張りがいるってだけだ。馬車を使わなくても、君が懇意にしている屋台や飲食店で騒ぎを起こしても良かったしな。火災を出したら、店はつぶれてただろうなあ」


 これで済んで良かったな、と薬師達は嫌な笑い方をした。


(この都市にいられないようにしてやるって、そういうことかよ)


 修太のせいでなくても、原因が自分だと分かれば、修太の良心は痛む。それで都市の住人ともめごとになって居心地が悪くなった時、薬師ギルドのマスターが良い顔をして仲裁に出てきたら? それをこちらが拒否したら、ますます周りからの修太達の印象が悪くなる。泥沼だ。


 今まで事が露見しなかった程度には、マスターの外面(そとづら)はいい。

 ギルドの長と、外から引っ越してきた得体の知れない人間達より、周りはギルドの長を信じるはずだ。

 引っ越しするのは構わないが、この悪評を他の都市でもささやかれたら、当然、周りから距離を置かれるだろう。そんな地味な嫌がらせがずっと続いたら、普通は降参するしかない。


 しかし、彼らが分かっていないのは、修太や義父がグレイでなければという条件が付くことだ。この嫌がらせにはほころびがある。共同体にいなければ生活できない人間ならば耐えきれないのであって、どこでも暮らせるタイプは、そこから離れるだけだということだ。

 修太は持病があるので医者にかかる必要はあるが、それ以外なら、別にどこだっていい。モンスターに頼んで、住処の端っこを分けてもらうこともできる。修太は野草を見分けるのが得意で、グレイは狩りが得意なのだから、最悪、森でも暮らせる。

 そんな窮地に立たされる前に、グレイが調査をして引導(いんどう)を渡しそうでもある。


(やるべきことは全部したけどさ……。俺だけで解決できれば良かったんだけど)


 グレイの激怒を予想して、修太の気持ちはどんよりした。学園を辞める事態になったら、さすがに泣きそうだ。

 修太が黙り込んだので、へこませるのに成功したと確信したのか、薬師達はにやにやしている。

 底意地が悪すぎるだろう。ウィルとブランドンで、派閥にいる人間が正反対すぎるのではないだろうか。ウィルに声をかけてもらえなかったら、修太の人間不信は加速していたこと間違いなしだ。


「さて、マスターがお呼びだったな。行くぞ」


 彼らに囲まれるようにして、マスターの部屋に向かう。


「来たか。お前達、よくやった。そこに褒美を置いているから、持っていけ」

「ありがとうございます!」


 男達は礼を言ってお辞儀をし、ほくほく顔で革袋を持って部屋を出ていく。ブランドンの傍には、若い男が残った。鋭い視線を向けてくるので、修太がおかしな真似をしないか見張っているようだ。

 ブランドンは執務机から動かないまま、鷹揚に椅子を示す。


「座ってくれたまえ」


 男が用意した椅子に座ると、ブランドンは書類を差し出す。


「まったく、お前は強情だな。養父が不在のうちに済ませたかったのに、周りを巻き込み始めたから、少し焦ってしまったよ。それにサインしたら、無事に帰らせてやろう」


 修太はちらりと書類を見た。

 専属の薬草採りとなること。ギルドや店、個人におろすのは不可。買い取り価格はブランドンが指定。経費は修太が持つが、護衛が必要ならば薬師ギルドから出す。ただし、その分を価格から引く。任期は三年。などなど、とんでもない内容が書かれている。

 多少の給与は出るようだが、これでは自由業として働くほうがよっぽどマシだろう。

 呆れを込めて、修太は問う。


「こんな内容で、引き受ける人がいるんですか?」

「ギルドマスターと取引できるというのは、それだけ価値のある薬草だと印象づけるからな」

「あなたと取引しながら、別の所とも取引できるから利益になるんじゃないですか?」

「よそと仕事をして、こちらをおざなりにされると困るのでな」


 もっともらしいことを言うが、言いなりの働き手が欲しいだけだろう。


「お断りします」

「……養父が帰りに事故にあっても?」

「父さんはその程度でやられるたまじゃありませんよ。あんまり父さんを当てにすることは言いたくないですけど、俺に危害を加えたら、火に油を注ぐだけなんでやめたほうがいいですね。黒狼族が激怒すると怖いですよ。あの人達には、人間の法律(ルール)なんて関係ない」

「傷はつけないさ。私が疑われる証拠になるだろう?」


 利己的なことを口にして、ブランドンはやれやれと溜息をつく。


「肉体に傷をつけなくても、お前からイエスと引き出す方法はある」


 ブランドンは席を立ち、執務室の奥にある本棚へ近付いた。そのうち、一冊の本を手前に引くと、カチリと音がして、本棚の一つが奥へと開く。


「暗闇に放置する。そういう拷問(ごうもん)があるのを知っているかね?」


 男が修太の腕を掴んで、無理矢理立たせた。そのまま引っ張っていかれる。その入口から中が見えた。窓はなく、ベッドとトイレしかない暗闇があった。


「ここは、元はマスター専用の仮眠室だったのだが、前の代のマスターがこんなふうに改造したんだ」

「……つまり、薬草採りの件は引き継がれたものだって?」

「さあ、どうだろう。弟子をいたぶるのに使っていたのは知っているが」


 おいおい、とんでもないな、薬師ギルド!


「ここに入れられると、どんなに反発していた弟子でも大人しくなっていたよ。暗闇は精神的に弱らせるからな。どうだ、考えが変わったか?」

「断るって言ってるだろ」

「子ども相手に、あんまりかわいそうなことはしたくないが、しかたないな。お前が悪いんだ。これはしつけだからな」


 子を思う親みたいなことを言って、ブランドンは頷いた。男に背中を突き飛ばされ、修太は部屋の中に転がりこむ。

 バタンと音がして、真っ暗になった。自分の手すら見えない。


「くそ……っ、開けろ! この馬鹿!」


 扉の裏を叩いてみたが、どうやら石を貼り付けているらしく、手が痛んだだけだった。記憶を頼りに手さぐりで移動し、ベッドに腰かける。この短時間でいろいろとあって疲れた。


「こういうの、映画で見たことがあるな……」


 音まで遮断されていないからまだ大丈夫だろうが、暗闇で弱って幻覚を見始めるとやばい。

 しかし幸運にも、修太には旅人の指輪がある。啓介作の媒介石を燃料にしたランプがあるから、これがあれば平気だろう。


「あっ、ピイチル君!」


 そういえば啓介から預かっていた。

 急いでランプに明かりをつけ、修太は旅人の指輪から電話もどき――ピイチル君を出そうとして、頭を抱えた。


「そうだった! 昨日、あいつとしゃべってて、そのまま部屋に置いてきたんだ」


 嫌がらせのことを愚痴(ぐち)ろうと思ったのに、啓介が妻子のことでのろけ始めて笑ってしまい、相談のことを忘れたのである。思い出して噴き出す。

 一応、旅人の指輪に入れていたものを取り出して確認する。食料や薬は入れっぱなしだ。魔力混合水もある。


「グレイが戻るまであと一週間……なんとかもつか?」


 結局、グレイ頼りになってしまって情けない。あいにくと、啓介からもらった防犯グッズはここでは役に立たなさそうだ。

 音を鳴らす魔具を使ってもいいが、それで旅人の指輪の存在がばれて、他の物も取り上げられたら死活問題だ。うかつには使えない。


(電気のやつでバチッとやって……。それで外に出られても、他の薬師に取り押さえられたら意味がないか)


 現状、助けを待つのが無難だろう。

 あまりにおいがしない食べ物を選んで食べることに決め、修太は腹をくくった。

 心配なのはトリトラのことだ。


「怪我が治った後、無茶をしないかなあ、あいつ……」


 他人にはまったく興味がないくせに、修太のことになると弟分扱いして世話を焼くトリトラの姿を思い出す。おかげで、だいぶほだされた。


「しかたないなあ。今度から兄さんって呼んでやるよ。ったく」


 お礼に物や金をあげるより、そのほうがずっと喜びそうだ。


(兄さん? トリトラ兄さん? うーん、お兄さんよりは呼びやすいけど、なんかもやもやするなあ)


 どうも照れのほうが勝つが、ここにいる間に練習しておこう。特にすることがないので、ちょっとは気がまぎれる。


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