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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園生活スタート編
7/178

 5



 ――自分は満点だったのだから、同点で一位でなければおかしい。

 セレスがそう抗議したのに対し、セヴァンはうんうんと頷いた。


「ああ、分かる。お前さんの言うことも正しい。確かに試験は百点満点だった。だが、世の中には例外ってものがある」

「……え?」

「ツカーラの薬草学の点数は百六十点だ」


 セヴァンの発表に、教室が今度は静まり返った。

 皆、唖然とこちらを見ている。修太は居心地が悪くて肩をすくめた。


「いや、おかしいですよ! どうしてそんな点数になるんです?」


 リュークが立ち上がって、セヴァンに噛みつく。こればっかりは周りも同じように頷いている。


「それはな、彼が試験の答えに、今までなかった薬草の使用法を、六つ書いたからだ。一つプラス十点で、合計百六十点」


 セヴァンはやれやれと息をつく。


「まさか検証のために、薬師ギルドで会議が開かれるはめになるとはな」

「はあ、手紙でも読みましたけど、俺はそう教わってたのでよく分かりません。褒められるべきは、俺の師匠かと」

「でも師匠の名前は明かせないんだろ?」

「ええ。そういう約束でしたから」


 サーシャリオンを思い浮かべて、修太は少し寂しくなった。

 旅の間、食べられる野草を教えるついでに、薬草についても教えてくれたのだ。修太は素直に教えを全て飲み込んだだけだったので、まさか貴重種もごろごろ混ざっていたとは知らなかったから、知らずに売りに行ってたまに騒ぎになる。


「というわけで、学会に功績が六つ追加されたからな、加点しないわけにいかない」

「でも待ってください、そんなに成績が良いのに、どうして先程の十位に彼は入っていないんです?」

「それは……言っていいか、ツカーラ」

「はい」


 修太が頷くと、セヴァンは答えを明かす。


「それはな、歴史が壊滅的だったからだ」


 思わぬ理由だったのか、セレスが固まった。


「え?」


 周りも似たような感じで、けげんそうにしている。


「他の試験は八十点以上か、満点プラスだったんで、流石にその科目だけ見て落とすわけにもいかなくてな。ええと、他は地理とエターナル語が優秀だな。試験作成者のミスを指摘したんで、加点だ」


 エターナル語については、オルファーレンから飲まされた霊樹リヴァエルの葉のおかげなので、ある意味、ずるである。地理は旅していたから、各地のことを答えるのは簡単だ。人口や面積などは問われなかったから、楽勝だった。――この世界で、人口や面積なんてそもそも公開していない。防衛に関わる極秘事項だ。


「俺は外国人なんで、ここの歴史はよく分からなくて。変な名前の王様ばっかりだし、王朝もなんかややこしいし……」


 一応、言い訳をする。

 本気で意味不明な名前ばっかりなのだ。イフォテルニミカ・レンゲステ・ローリド……とか。ちなみに現在の国王の名前だ。


「外国人には難しいよな。俺、この国の人間なのに、わかんねえもん」


 隣でアジャンが理解できると呟いた。気のせいか、他の生徒も何人か似た反応を示している。


「総合順位にすると、十五位ってところだな」

「なんてめちゃくちゃなの」


 セレスが思わずというように呟く。セヴァンも同意する。


「おう、俺もそう思うぞ。ま、薬草学を専門としてる俺からすりゃあ、興味深いけどな」

「でも俺、薬師の仕事は全然分からないので、先生の授業は楽しみにしています」


 変に誤解されても困るので、修太は自分からそう言った。

 薬草だけは詳しいが、そこから先は分からない。食べ方は分かるが、薬の作り方になると素人だ。


「聞いたか? お前らもこれくらいの素直さを持って、勉学に当たれよ。熱心な奴は好きだからな、よろしく頼むぜ。――ああ、そうだ、お前らにも言っておくが、俺は授業以外では研究棟の一階にいるからな。薬草園と温室が近いから分かりやすいはずだ。パンフレットで確認しておけ。それじゃあ三位は……」


 そしてようやく修太は着席できた。

 それから何度か名を呼ばれる頃には、二時間目が終わって昼休みになった。




 昼休みに入ると、昨日は遠巻きにしていた生徒が何人か集まって来た。

 声をかけてくる彼らと、修太も受け答えする。


「いやー、すごいな、お前」

「君って平民なんだろ? へえ、前は旅をしてたのか。だから地理に詳しいんだな」


 褒めた後、皆、口をそろえてなぐさめてくる。


「歴史、難しいよな。分かる」

「王様の名前、あんなに噛みそうなのばっかりなのは、悪霊から守るためなんだぜ。でもあれはひどいよなあ」


 どうやら自国の歴史の難しさを嘆いている面子の心に響いたようだ。お互いに頑張ろうと励まし合い、それぞれ去っていった。


(昨日から逆転して、復活か? 苦手な教科もあるといいもんだな)


 たぶん全部が良い成績だったら、こんな反応はなかったのではないだろうか。短所を見て、親しみを覚えるものだ。

 ふと前を見て、修太はぎくりとした。


(うわ、見てる!)


 リュークがじとっとにらんでいる。彼だけではない、幼馴染のライゼルとセレスもじっと観察しているようだ。


(絡まれる前に逃げよう)


 面倒事の気配を察知したらとっとと逃げるように。グレイから口をすっぱくして言われていたことを思い出し、修太は教室をそそくさと後にした。




 今日も弁当を持ってきているのだが、教室や食堂周辺で食べるとリューク達に絡まれそうで、修太は適当に静かな場所を探してうろついた。

 校舎を通り抜けると、渡り廊下を通った先に、研究棟がある。そちらは教師の領域だから安全かもしれないと、結局、裏の通用口周辺に決めた。建物の陰で涼しいし、雑草も無い。

 うかつに草むらに入るのは危険だ。蛇や毒虫がいることがある。そうでなくても、ヒルなんていたら悲惨だ。

 適度に踏みしめられた地面に、旅人の指輪から敷物を出し、ローテーブルとクッションも取り出す。根菜スープの入った鍋と籠に積んだ丸いパン、オーブンで焼いたハーブソルトで味付けした鳥肉が山盛りになった皿を出し、水筒の水で手を洗ってから食べ始める。


「うまうま」


 食事していると幸せだ。

 あんまり凝った料理は出来ないから、今度は食堂も使ってみたい。

 通いの家政婦には掃除と洗濯だけ頼んでいるから、料理に飽きたら、食堂に食べに行くか、屋台から買い込む。

 ダンジョンにより栄えている都市なので、冒険者が多い。彼ら向けに、夜遅くまで開いている食堂や酒場が多いのは便利だ。


 ――ぐうううう。


「ん?」


 なんか変な音がしたなとそちらを見ると、建物の陰にアジャンがいた。ちょっと泣きそうな顔でこちらのテーブルを見ている。


「……アジャン? そこで何してるんだ」

「へあっ!? え? 隣のツカーラか」


 飛び上がらんばかりに驚いて、アジャンは初めて修太だと気付いたようだった。

 恥ずかしそうに頭をかきながらやって来る。

 

 ――ぐぎゅるるるる。


 またもや音が響いた。アジャンの腹の音らしく、彼は情けなさそうに言い訳した。


「実は食堂で買う金がなくて、水でも飲んでまぎらわそうって思ってたんだ。この辺なら、誰もいないかなって。いいにおいがしてるとつらくなるから」

「え? 弁当を忘れたとか?」


 修太は首を傾げたが、そんな話を聞いては無視も出来ない。弁当を示す。


「食う? 俺の手製なんだけ……」

「食うっ!」


 修太の言葉は、元気の良い返事にかき消された。ちょっとあっけにとられたものの、敷物を示す。


「まあ向かいに座れよ。その辺でまずは手を洗えよな。水筒はあるんだろ?」

「ああ」


 素早く水筒の水で手を洗い、靴を脱いで敷物に上がった。そして、アジャンはうっとりと弁当を眺める。


「すげえ、鍋にパンに鳥肉まで」

「皿によそっちまうな? フォークでいい?」

「ああ。準備いいな」

「旅をしてたからな、いつも物はそろえてる」


 旅人の指輪から食器を追加で出して、アジャンにそれぞれ取り分けてやった。


「こんなにいいのか?」

「ああ」

「ありがとう。うわーすげえ美味い。料理上手いなあ」

「ハーブと塩を振って焼いただけだよ。鍋も煮込んだだけだし」


 ガツガツと肉を食べるアジャンは涙ぐんでいる。そこまで喜ばれると悪い気はしない。

 ある程度アジャンが落ち着いたのを見計らい、修太は再び疑問をぶつける。


「で、どうしたんだよ。そんなに家が貧しいの?」

 

 遠慮のない問いに、アジャンは呆れ顔をした。


「清々しいなあ、お前。まあ、そうだな。うちは兄弟が多いんだ。俺が長男でさ、足りないからダンジョンで稼いで、自分の飯はそれで間に合わせてるんだけど」

「だけど?」

「弟達が腹を空かせてるのを見たら、つい譲っちまって」

「それで昼食代がないってことか」


 面目ないと、アジャンはうなだれた。


「ああ、いつもはちゃんと金はとってあるんだけど、ここ最近、チビの一人が風邪引いてて、そっちの面倒を見てたらダンジョンに行く暇がなくってさ。母ちゃんもてんてこまいだから、俺も手伝わねえと」

「なるほどね、良い奴だなあ」

「こんなんだから、ライゼルに馬鹿にされるんだよなあ」

「あっちは金持ちなんだろ? 言わせておけばいい。そうだ、店で買った菓子もあるんだけど、食べるか?」

「食べる!」


 アジャンは食べ物に関しては一切遠慮が無いようだ。

 修太も食べ物への愛は深いから、とても親近感が湧く。

 ぶどうの粒に似た果物がのったタルトを出して、切り分けて差し出すと、アジャンは真紅の目をキラキラと輝かせる。


「ふわあー、すげえご馳走だ。なんて綺麗なんだ、宝石みたいだ!」

「ははっ、俺もそう思うよ」


 菓子屋で初めてこのタルトを見た時、同じことを言って、店員が喜んでおまけしてくれたのを思い出した。以来、たまに通っているので常連だ。


「なあ、兄弟って何人?」

「俺を含めて、八人だ」

「すげえ! 多いな!」

「まあ多いほうだけど、十人兄弟のとこもあるからな」

「へ~」


 タルトを頬張りながら、合槌を打つ。


「お前は一人っ子だろ?」

「なんで分かった」

「兄弟がいる奴なら、うちは何人だって返すからな」

「そうなのか」


 修太が感心すると、アジャンはにやりと笑った。


「なんか俺、お前となら仲良くやれそうだ。こんな話をしたら、だいたいの奴はこう言う。『お前の両親が考え無しなんだ』ってな」

「考え無し……? ああ、なるほど。そうだな、この国の住民税って、家の大きさと住む人数で決まるもんな。考えて子どもを作れよって意味か」

「声に出して全部言うとか! 本当に遠慮ない奴だな! まじで失礼!」


 アジャンは敷物に倒れて、笑い転げる。

 確かに失礼だったなと思ったものの、アジャンは気にしていないようなので、修太はほっとした。

 アジャンは腹筋を使ってひょいと起き上がると、本当に不思議そうに修太を見る。


「お前、変わってるって言われねえ?」

「アジャンのほうこそ失礼だろ」


 ……よく言われるけど。

 修太は心の中で付け足した。


「そろそろ教室に戻るか。ここ、ちょっと離れてるからな」

「あ、食器は洗って返そうか?」

「いいよ、別に。これくらい」


 流石は気遣いのしかたが家事をしている人のそれである。

 修太は手をひらひら振って、鍋の蓋をして食器を固めると、まとめて旅人の指輪に収納した。ローテーブルやクッション、敷物も消える。

 タルトも含めて、完食だ。


「よし、行くか」


 二人そろって校舎のほうへ移動した時、予鈴が鳴った。五分後に授業が始まるので、教室へと走った。





 修太君には一部でいいから無双して欲しい親心ならぬ作者心がありますので、こんな感じにしましたよ。


 目次にも書いてますが、(折りたたまれてます)、あのキャラはどうなったの? 系の質問にはお答えしていませんー。本編が進むか、こちらで出てくるのをお楽しみに。

 どうしてもネタバレしたくない範囲があって、そこには触れません。におわせる表現はするけど、核心は書かない感じですよ。よろしくねー。


 疲れたので、ここからはスローペースに移ります。

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