14
翌日、いつも通り学園に登校した修太は、校舎の前でリュークに呼び止められた。
「おはよう。ツカーラ、君、アレンさんとも親しいのか! 手紙をもらって驚いたよ」
「知り合いといえば知り合いだけど、あいつの奥さんが俺の仲間なんだ。ええと、こんなことを頼んですみません。すごく心配してくれてて」
こう改まると、なんだかリュークに申し訳ない。修太はぺこっと会釈した。
それにしても、アレンは仕事が早い。昨晩、帰宅したらすぐに手紙を出すと言っていたのだ。
「冒険者ギルドを通して、依頼という形にするんだろう? 私のパーティの実績にもなるから構わないよ。アレンさんには前に助けてもらった借りもあるからね。ああ、アレンさんには朝のうちに返事を出しておいたから」
「分かりました。報酬はもちろんお支払しますんで」
「いらないよ。代わりに、アレンさんに一ヶ月ほど稽古をつけてもらおうと思ってるんだ。君からも口添えをよろしく」
「はぁ……」
「貴族相手に、そういうあいまいな返事は良くないよ。『はい』か『いいえ』だ」
リュークは落ち着いた態度で注意をしたが、不思議と空気がピリッとした。修太は思わず背筋を正した。
「はい! 後で相談して、連絡します」
「うん、よろしくね」
リュークはにこにこしている。アレンのうさんくさい雰囲気と似ていて、やっぱり貴族には関わりあいになりたくないなと修太は心の内で溜息をついた。
「アレンさん、大物のモンスター退治のプロだから、ダンジョンで冒険するならできるだけ学んでおきたいんだよ。二年の課外授業で、外部顧問になってくれたらいいのにな」
「課外授業? 外部顧問?」
なんのことやら、である。
「戦闘学のほうでね。紫ランクを招いて、直接指導してもらえるんだ。騎士科も冒険者科も関係なくてね、この学園に通いたかった理由の一つだよ」
「貴族の学校ではないんですか?」
「王宮付きの騎士団から出張してきた顧問ならいるけど、基本的に冒険者は招かないよ。騎士や兵士からしたら、冒険者は格下だからね」
「……ああ、世間じゃそんなでしたね、そういえば」
周りに冒険者が多いので、面白くない気分になった。
「そういう差別をこの都市でするのはアウトだから、表だってする人はいないと思うよ。王都は騎士団が強いから、気を付けないとね」
「あのー、さっきの件。アレンが引き受けないって言ったら、報酬でいいですか?」
「口添えしてくれ」
「いや、あの」
「た、の、む、よ?」
「…………はい」
修太はリュークの圧力に負けて頷いた。笑顔でごり押ししてくるところ、アレンとそっくりだ。貴族に何かをお願いすると、高くつくということを学んだ修太だった。
学園にいる間、リュークはセレスやライゼルとともに、ちゃんと傍についていてくれた。昼休みにクライブがやって来たが、難なく追い払ってくれたので、感謝である。
戦闘学の間は無理だが、生徒からの横槍を気にしたセヴァンが、自習時間になるとわざわざ迎えにきた。研究棟に向けて廊下を歩きながら、セヴァンは言う。
「俺が授業の時は、アンソニーに頼んでるから、そっちの手伝いをしろよ」
「まじっすか……。早く、この件、解決して欲しい!」
アンソニー・シュタインベルの名に震え上がる修太を、セヴァンは笑い混じりにたしなめる。
「そんなに苦手か? 本への愛が強いし厳格だけど、アンソニーはよっぽどまともな教職者だよ。ベネットさんのほうが苦手だな」
ベネットというのは、算術の教師だ。レステファルテ人で、普通な人という印象しかない。四十代前半だから、三十代半ばほどのセヴァンよりは年上だ。
「っていうか、先生って、アンソニー先生のことは呼び捨てなんですね」
「アンソニーは俺より年下だし、ここの教師では後輩だからな。固いけど、良い奴だぞ」
「後輩なんですか」
「あいつが教師として入ってきた時に、俺が指導係だったんだよな。校長先生は身内でもひいきしねえから」
「へー」
内輪話を聞くのは面白い。
「今のところ、どうだ?」
「嫌がらせをされてますね」
玄関先に動物の死骸が置かれていることを話す。セヴァンは目つきを鋭くした。
「薬師の衛生観念を、そういうのに使うなんて腹が立つな。共同体から締め出そうってのも、腹黒すぎる。お前が謝って手下になるなら、許してもらえるようにとりなしてやるってとこか」
「とりあえずできることは全部したんで、あとは犯人を捕まえるしかないですね。はあ、結局、周りに助けてもらってばっかで情けないです」
「伝手があるってのも強みだろ。胸を張っておけ」
おおらかに笑っているセヴァンを見ていると、それでいい気がしてくる。修太はひとまず頷いた。
リュークに頼まれたのもあって、アレンの屋敷を訪ね、稽古の件を話した。
「稽古の件? ええ、手紙を受け取りましたよ。面倒くさいですが、了承しました。はあ、面倒の極みですねえ」
「……う。ごめん。俺はどうしたら?」
「お代はもらってるんで、あとは僕が片付けるだけですよ。あんまり人間の相手は得意じゃないんで、モンスター退治についてレクチャーすればいいんでしょうかね」
ちょうど風呂上りだったみたいで、濡れた髪をタオルでぬぐいながら、首をひねっている。一応、修太は客なのだが、まったく遠慮がない。
「対人戦術なら、君の養父が一番ですよ。僕は向いてないんですよねえ、手加減が苦手で。ヒヨッコ相手だと、大怪我をさせそうです」
「父さんも、弟子が黒狼族だから大丈夫なだけだよ。トリトラ達への稽古を見たことがあるけど、川に投げるわ、その辺に穴をあけるわで見てらんねえ」
「そんなもんですよねえ。紫ランクまで行くくらいになると、基礎から違うんで。化け物じみてるって言われます」
「ははは……」
笑うしかない修太である。
「それと、稽古ですけど、一ヶ月ではなく、君の用心棒をした日数分だけに変更したので、君も分かっておいてくださいね。僕も暇じゃないんで」
「そうだな、紫ランクの稽古なら、それくらいが妥当かな?」
「安いくらいですよ。最短で二週間なのに、一ヶ月はぼったくりです。金で片付くほうが楽だったんですけどね。さすがは貴族。何が一番価値があるか、よく分かってる。将来有望ですねえ」
「俺にはおっかねえよ」
リューク・ハートレイ。本当に、できれば関わりたくない。
「困りましたねえ。ダンジョンに連れてって、実戦させながら教えたほうがいいんでしょうか」
「ディドさんにはどうしてたの?」
「ダンジョンやモンスターの巣に放り込んでましたよ? でもほら、相手は貴族の子息子女じゃないですか」
「ディドさん、かわいそうに……。ええと、それじゃあ、お前の実家では?」
「騎士から直接指導を受けましたが、僕の場合、学校を卒業した後、家出したんです。それからはダンジョンに一人で挑んでましたよ。最初のうちは、モンスターに勝つよりも、生計をたてるためのお金の使い方に苦戦しましたね」
なるほど。貴族の家で育って、自分で生活資金をかせいだことがなかったのなら、それは苦労するだろう。
「そういうの、日にちを分けて教えてやりゃあいいんじゃねえの? あのお坊ちゃんお嬢ちゃんが、宿代、食事代、武器や防具の手入れだとか消耗品の代金とか、分かってるとは思えねえし」
「そうですね。最初は、生活をできないとどうしようもないですし。学園を卒業したら、彼らは家出する予定みたいですしねえ。はは、これでは僕も共犯になっちゃいますね。ハートレイ子爵ににらまれそう」
アレンは笑ったが、顔はものすごく嫌そうにしかめられている。面倒くさいようだ。
「今のうちに失敗しておいたほうがマシだろ。武器や防具の手入れをおこたって、死んだら意味がねえし。それに慣れない奴が節約すると、最初に食費を削ろうとするだろ? 体が資本の冒険者にとっちゃ、最悪の考えだな」
「ああ、やらかしそうですね。では、今度の休みにでも、一週間くらい決まった金額の中で生活させてみましょうか。それでダンジョンの下層も通わせる。学園では似たような授業がないんですか?」
アレンの質問に、修太は首を傾げる。
「さあ。二年になったら、紫ランクの外部顧問を呼んで稽古をつけてもらうって授業があるらしいけどな。アレンはそういうのはしねえの?」
「そんな面倒くさいこと、絶対にお断りです。ダンジョンのモンスターと戦うほうが楽しいですよ。だから、そういうのは君の養父のほうが得意分野ですってば」
アレンはため息を吐き、憂鬱そうに返す。
「僕はですね、他人を指導して、尊敬されたり恨まれたりとかの感情を向けられるのが嫌なんですよ。それに比べて、あの人はどう思われようが興味ないでしょ。自分が思ったことを言うだけで。僕はくよくよするんで、ほんと駄目です」
「意外とメンタル弱いのな?」
「そうですよ。そういうのが強かったら、今もパスリルで貴族をやってましたよ。あそこの慣習は本気で合わなかったんですけど、社交界なんて、対人関係がドロドロしていて気持ちが悪かったです」
アレンがそれだけ言うなら、修太なんて絶対に無理そうだ。そこで、修太は良いことを思いついた。
「なあ、他人を稽古するのって苦手分野なんだよな? お前、今こそササラさんを頼るべきだよ」
「え? ササラに?」
「お前のことだから、格好つけて頼ったりしてないだろ。でもな、ササラさんは世話を焼くのが趣味なんだ」
「それ、君限定だと思いますけど……」
じとっとにらまれて、一瞬、そうかもと思った修太だが、手を上げて止める。
「チャレンジするくらいはいいだろ? 苦手なところを助けてって言ってみろよ。なんだかんだ、結婚はしたんだし、頼りにされたらうれしくなるんじゃないか? いいか、ササラさんは護衛と使用人のプロなんだ。俺が教えてって頼むとめちゃくちゃうれしそうにして、丁寧に教えてくれるんだ。それが分かりやすくてさ。だから、お前が教えてって言っても通じると思うんだよ」
「そうですか~?」
ものすごく疑ってかかるアレンを、修太もにらむ。
「じゃあ、お前、今まで何をしてきたんだよ? どうせ、自分で屋敷とか決めて、プレゼントとか言って、一方的に物を与えてたんじゃねえの? 事前に相談ってしたことあんのかよ」
「ぐ……っ」
アレンは苦しげにうめき、テーブルに手をついた。図星だったようだ。
「まさか相談もしてないのか? アホか! お前、ほんっとなんなの、こじらせすぎ! だいたい、ササラさんもお前も、みつぎ体質なの? なんでそこだけ似た者夫婦なんだよ」
「ええっ、ササラもって……。ハッ、そういえば、君の部屋にいろいろと物を買ってましたよね。あのお金……」
「ササラさんの貯金らしいよ」
「僕にも買ってくれたことがないのに!」
アレンは本気でねたましそうにするが、修太はピンときて、手を上げた。
「待て。この流れでいくと……お前、ササラさんが何かくれるって時に断ったんじゃないか?」
「え……?」
考え込んだアレンの顔から、サーッと血の気が引いていく。
「『別にいいです、自分で買うんで』って言いましたねえ。はははは」
「あー、駄目だ。ササラさんの歩み寄りを、自分でふいにしてるよ。馬鹿じゃねえの」
「とどめを刺さないでください!」
アレンは頭を抱え、テーブルに突っ伏した。なんという哀れな男だろうか。道化師みたいだ。修太は笑うのを必死に我慢して、せき払いをする。
「今回の件は、ササラさんに応援を頼むこと。いいな?」
「やってみます」
「お前さ、自分が頭が良いと見せようとするなよ? 『馬鹿な男』でいけ! 謙虚に教わるんだぞ!」
「くっ、馬鹿のふりなんて屈辱ですが、それでササラともう少し仲良くなれるなら!」
すでに結婚してるくせに、何がもう少し仲良くなりたいなのだと、修太は呆れた。
「ササラさんがからむと、本当に駄目駄目のぐだぐだだよなあ、お前……」
「追い打ちをかけないでくれます!?」
ぎゃあぎゃあと言い合いをしていると、ノックの音がして、ササラが顔を出した。
「旦那様、失礼します。シュウタさん、せっかくだから夕食を召し上がっていかれません? 護衛の分も用意しますわ」
「えーと」
またアレンが嫌がるかなとそちらを見ると、アレンは修太の背を押した。
「それはいいですね。ちょうど王都からサラマンダーの肉を買い付けたところなんですよ、食べていけばいいんじゃないですか」
「いいの? あのトカゲ、めちゃくちゃおいしいよな!」
修太がぱあっと明るい顔になったので、ササラの機嫌も格段にはね上がった。
「まあ、好物ですの? 旦那様、ありがとうございます」
「どういたしまして。ササラ、食後でいいので、ちょっと相談が……」
アレンの切り出しに、ササラが赤い目を真ん丸にした。
「え!?」
「……え?」
「旦那様が、わたくしに相談! いったいどういう風の吹き回しですの? いつも好きだの愛してるだの歯がゆいことは言うくせに、わたくしの意見なんてどうでも良さそうでしたのに。体調でも悪いんですか?」
ササラの本気の心配に、アレンはうなだれている。
(ササラさん、アレンは虫の息だ! その辺にしてやって!)
修太ははらはらと両者を見比べる。
「すみません。僕は男がリードすべきだと思ってて……、家族もこうだったので、シューターに言われるまで気づきませんでした。ササラみたいに自立している女性に、そういうのは苦痛ですよね……」
「リードするというのは、独断専行のことではなくて、提案と相談ですわよ、旦那様。わたくしの意見も聞いてくださるようにお願いしても、意味を理解していただけてなかったので、あきらめてましたわ。ギリギリ許容範囲でしたしね」
「面目ない……! すまない! 僕は君が嫌だと言うなら直すから、チャンスをくれ!」
アレンの謝罪に、ササラは驚いている。
必死かよと、修太は遠い目をした。面倒なことに、部屋を出るタイミングを逃した。
「そうですね。何か決める前に、まずはご相談くださいな。お部屋の家具だとかも、わたくし、好みというものがあるんですよ。質の良いものをと思うのは分かりますけど、うれしくないですわね。それから、もう少し家のことを采配させていただきたいの。あんまり仕事を取り上げないで欲しいわ」
ここぞとばかりにササラは自分のしたいことを言って、にこりと微笑む。
「でも大丈夫ですわよ、わたくし、他人に期待しておりませんの。旦那様をどうこうしようと思ってませんから」
え……! これは修羅場!? なんでここにいるの、俺!
修太は緊張のあまり身を縮め、かたずを飲んで見守る。
「そ、そんなに呆れて……?」
「旦那様も含めて、他人全般のことですわ。だいたい、自分のこともままならないのに、他人をどうこうなんておこがましいでしょう。――まあ、面倒だったら、離縁して出ていくので大丈夫ですわよ」
「全く大丈夫じゃない!」
アレンは頭を抱えて叫ぶ。
「ふふふ。でも、その全力でわたくしが好きみたいなところは、嫌いじゃありませんわよ。しつこすぎて折れましたもの。数年くらいは一緒にいてさしあげてもいいですわ」
「努力するから、頼むから出ていくなんて言わないでくれ!」
思い余ったアレンがササラを抱きしめると、ササラは顔を真っ赤にした。
「きゃっ。ちょ、ちょっと、シュウタさんの前で抱き着くなんて、最低です!」
するりと腕から抜け出したササラは、アレンの腕をつかんで背負い投げをした。ドターンと音が響き、アレンが床に倒れる。
「ぐっ。……油断してたから、背中っ。げほっ」
「おい、大丈夫かよ、アレン!」
修太は慌ててアレンの傍にしゃがむ。アレンは大丈夫と言いたげに右手を挙げた。ササラは真っ赤になって部屋を出ていく。しばらくして〈青〉のメイドが駆けつけ、アレンを治癒した。
「お前らってさあ、夫婦なんだよな?」
「そうですよ……。スオウの民は奥ゆかしいんです」
起き上がったアレンはそう言ってササラをかばう。まったく悪く言わないあたり、本当にササラにベタ惚れしているので、いっそ見直した修太だった。




