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「へえ、それでうちのケテケテ鳥がいなくなったのか」
孤児院に謝りに行くと、ちょうど診療所から帰ってきたイスヴァンと出くわした。事情を話して、代わりのケテケテ鳥――ちゃんと卵を産む雌鶏だ――を差し出すと、籠ごと受け取った。
「そいつらが悪いんだろ。シューのせいじゃない。でも、ありがたくもらっとくよ。チビ達、ケティーがいなくなったって泣いて困ってたんだ」
「ケティー?」
「ケテケテ鳥のことをそう呼んでるんだ。あれもこれもそれも、全部ケティー」
「区別してないのかよ」
思わずツッコミを入れる。
ケテからとったのだろう。いったい誰が付けたんだろうか。
「え? ケティーが帰ってきたの?」
耳ざとく聞きつけた女の子が顔を出し、あっという間にちびっこが増える。わっと駆けてきた。
「シューにーちゃだー!」
「ケティー!」
「おかえりー!」
「ごはんー!」
カオスである。
修太がたまに食べ物を差し入れするからか、子ども達に「ごはんの人」と呼ばれてるのは知っていたが、改めて呼ばれるとちょっと切ない。冒険者ギルドの医療部でも、「お菓子の子」呼ばわりだし……普通に名前で呼んで欲しい。
わらわらと子ども達に囲まれて、彼らに怪我をさせないように踏ん張っていると、イスヴァンが彼らにケテケテ鳥の籠を差し出した。世話係の子がケテケテ鳥を出して、すぐに小屋に連れていく。
「ありがとね、お兄ちゃん!」
「やった、ケティーがいるから、明日も卵を食べられるかも!」
あっという間に小屋のほうにいなくなった子ども達を、修太は唖然を見送る。
「なあ、いなくなったケティーじゃないんだけど……」
「区別はついてないから、いいんだよ。ケテケテ鳥がいないと、卵の取り分が減るんで泣いてたんだ」
「たくましいな……」
この孤児院は潤沢な資金がないので、成長ざかりの子ども達には、食事の量が物足りないのだろう。
「また差し入れするよ」
「助かる。だけど、そんな状況なんてなあ。シューの持病には、あんまりストレスは良くないんだぜ。ガムル先生に言っておくよ」
修太の主治医であるガムル・マーシーの名を出して、イスヴァンは眉をひそめた。
治療師を目指しているだけあって、イスヴァンは体調管理には厳しいところがある。
「俺のせいじゃないんだけどな。それに、専属採取師になってこき使われるほうがストレスだろ」
「まあ、そうだな。でもお前ってそんな特技があるんだな。薬師ギルドが欲しがるほどかあ。薬草については先生にも習ってるけど、シューからも教わりたいくらいだよ」
「ん? 別に構わねえぞ。うちの畑の手入れを手伝うなら、そのついでに教えてやるよ」
「そんな簡単に、何言ってんの!」
安請け合いしたら、夕日に負けないくらい真っ赤な顔をして、イスヴァンが怒った。
「知識は宝なんだぞ! お金をとるくらいでちょうどいいのに。そんなんだから、そんな悪い奴に目をつけられるんだろーが。本当に俺より年上か?」
「彼が正しい」
「リックまで!」
味方からの思わぬ攻撃に、修太はのけぞった。
ササラとアレンは夕食の準備で先に屋敷に行き、リックだけ護衛でついてきてくれている。
「勘違いすんなよ、イスヴァン。うちの庭で育てている程度の薬草なら、簡単に手に入るよ。代価は畑の手入れの手伝い。悪くないだろ?」
「そうかもしんないけど……」
「なんなら、孤児院で育てるか? よく使う薬草を育てて売れば、少しは足しになるだろ」
修太は思いつきで言ったが、リックが口を出した。
「待った、シューター。ここ、冒険者ギルドの管轄だろ? うちのギルドは、孤児院にいる年齢の子どもを労働させないようにって、そういうことは禁止してるよ」
「は? もしかして、そういう悪い奴がいたとか?」
「そうなんだよ。子ども達はガリガリにやせてたのに、院長だけ太ってたって聞くぜ。ただ、育て方を教えるだけなら大丈夫だ。孤児院で使う分の薬にすればいい。ただ、それを売ると院長が捕まるからな」
リックの注意を、イスヴァンは神妙な顔で聞いている。
「知らなかったよ。お金に困ってる時に、どうしてそういうことをしないんだろうって不思議だったんだよね」
「俺は孤児院の運営はよく分からないが、よほど困ってるなら、ギルドに相談に来たほうがいいぜ。ま、でも、育て方を教わるのはいいと思うぞ。ここを出た後、困った時に、何が金になるかを知ってると、少し生きやすくなるだろ」
「ああ、そうだね。院長先生にも話してみるよ。シュー、また相談していい?」
イスヴァンの問いに、修太はもちろんと返す。
「俺から言いだしたことだし、いつでもいいぜ。それから不審者には気を付けてくれ」
「分かった。しばらくケテケテ鳥の小屋には鍵をかけておこうかな。本当は院長先生と話したほうがいいと思うんだけど……」
建物のほうを気にするイスヴァンに、シューターは手を振って返す。
「今は夕食の準備で忙しい頃だろ? 構わないよ。こっちこそ、迷惑をかけて悪かった」
ぺこっと頭を下げると、イスヴァンが慌てる。
「そんなに謝らないでよ。近所のことは気にしておくから、そっちもがんばって」
「ああ」
大きく頷くと、修太は孤児院を後にする。
最初のツンツンしていたイスヴァンを知っているだけに、親しくなると素直なものだなと感心する修太だった。




