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放課後、校舎を出た修太は、またもや正門前に女生徒が集まっているのを見つけた。
(あそこか……)
とても分かりやすい。トリトラの居場所に当たりをつけてそちらに向かうと、予想通りだった。彼女達に名前やランクを訊かれるのを、適当にかわしている。
「トリトラ!」
修太が呼ぶと、トリトラはちらっとこちらを見て、返事をしない。修太はため息をついた。
「……お兄さん」
「やあ、やっと来たね、シューター。ごめんね、君達。彼を待ってたんだ。それじゃあ」
苦笑まじりに女生徒達に謝り、輪を抜けてこちらにやって来る。
「誰、あれ。地味ね」
「でも黄色よ、うかつに近づくと危ないわね」
ヒソヒソとささやく声が聞こえて、修太はフードの下で眉をひそめる。
(地味で悪かったな!)
しかし彼女達はたくましく、彼女がいないのなら脈ありだと言いあって、トリトラに秋波を送っている。トリトラは気にしていないようだ。
修太が門の外に出ると、トリトラとそのまま広場を右へと歩きだす。修太は後ろを気にして、左側を歩くトリトラを見上げる。この広場は馬車のロータリーにもなっているので、護衛のトリトラが車道側を歩いていた。
「トリトラお兄さんさあ、あの子達と付き合うの?」
「んー? しばらくはいいかな。ほら、君の護衛をちゃんとしないと、師匠に大目玉をくらうからね」
「その後は?」
「残念だけどね、シューター。僕はだいたい三日でふられるんだ。面倒くさいよ。でも、騒がれるのは嫌いじゃない」
ふふっと笑うトリトラの顔は、ちょっと腹黒い。ちやほやされるのは楽しいらしい。女性にモテたことがない修太には分からないことだ。
「黒狼族と付き合えばいいのに」
「まあ、そのほうがお互いに理解する手間がはぶけて楽だよね。それで、家に直進でいいのかな? それとも市場に寄る?」
「冒険者ギルドに寄りたい」
「分かった」
冒険者ギルドは目と鼻の先くらいだが、学園でのことを簡単に話しておいた。
トリトラはよく分からないと言いたげだ。
「権力者の子どもがクラスに多いってこと? 味方になったんなら、良かったね。師匠が引っ越したら困るって意見には納得だよ。都市はもちろん冒険者ギルドも、できるだけ紫ランクにいて欲しいらしいんだ」
「父さん、強いからな」
「そうだね。信頼されていないと、紫ランクにはなれない。人格者ってことらしいよ。師匠は怖いけど、表向きは人間のルールは守るし……」
「え? 表向き?」
トリトラが声をひそめ、歩調を緩めた。
「こんな表で言わせないでよ。冒険者ギルドだって、後ろ暗い仕事はあるんだ。犯罪をした冒険者やギルド幹部を内密に追って始末とかね。公にすると痛手になるから、こっそり闇に葬るわけ。師匠は紫ランクだから現行犯なら逮捕できるし、やろうと思えば捜査もできるから」
「ギルドの秘密をにぎれるくらい信頼されてるって意味?」
「そ。それでいて、都市防衛も任せられるし、他の冒険者に怖がられてるから、無茶する奴は減る。紫ランクがいると、良いことばっかりだ」
「なるほどな」
そして玄関に着くと、何食わぬ顔でトリトラは扉を押し開ける。天井から気温調整の魔法陣が描かれた布が下がっており、中はひんやりとして涼しい。
奥のカウンターにいたリックが手を上げた。
「よう、シューター、トリトラも。どうしたんだ? 親父さんの出張中に来るなんて珍しい」
「リック、ちょっと相談があるんだけど……」
修太が言葉をにごしたことで、なんとなく厄介ごとを察知したらしい。
「分かった。応接室に通すよ。おーい、誰か受付を代わってくれ」
すぐに代理の職員を呼ぶと、リックは鍵を取って二階の応接室へと案内した。
こぢんまりとした応接室は、ローテーブルと長椅子二脚でいっぱいになる。手早く茶菓子をテーブルに並べると、リックは長椅子に座った。修太とトリトラは並んで座っている。
「薬師ギルドのマスターに目をつけられた? あの人にそんな噂があるなんて、初めて聞いたな」
リックが意外そうに顎を右手でなでる。
「内輪の話だしな」
「シューターにもすごい才能があるんだな。賊狩りの兄さんに保護されてる一般人認識だったけど、改めよう。ヘレナさんに好かれるだけあるよ」
「え……? それ、どういう意味?」
まるでヘレナみたいに変わっていると遠回しに言われた気がする。リックは軽い調子で笑い飛ばす。
「ははっ、良い奴だけど変わってるだろ。それで、調査と護衛の相談ってことか?」
「調査もしてくれるの?」
「ギルドマスターっていうのは、都市の顔役だ。他に紫ランクがいないからって、好き勝手していいわけじゃない。ただ、問題は巡察使も見逃す内容ってことだな。衛兵が彼を捕まえたとしても、被害者がそんな被害はないって言ったら、そこに罪はないってことになる」
難しい顔でそう話すと、リックは修太を見た。
「『都市にいられないようにしてやろうか』って、賊狩りの兄さんに言ったんだってな? 下の人間がそんなことを言われてみろよ。震えあがるだろ」
「行方不明になっていた間に何をされたか知らないけど、解放後に口外したら追放するって脅しをかけられたら、口をつぐんでいてもおかしくないってことか」
「まだ推測だよ。調べてみないとな。一方の意見だけで判断はできないから」
一歩引いた立場でそう言って、リックは決めつけないようにと釘を刺した。トリトラは首を振る。
「人間って面倒くさいね。嫌ならよそに行けばいいだろうに」
「トリトラ、お前みたいに強い奴ばっかじゃないんだ」
リックが返すと、トリトラは頷く。
「分かってるよ。よく言われる」
「自覚してるのに、しょっちゅうもめてるのかよ」
「うるさいな。今はその話じゃないだろ」
すっぱりと言い返し、トリトラは話を戻す。
「まさかシューターを疑ってるんじゃないだろうね?」
「それはないけど、派閥争いってのがあるから、誰かが故意に流した噂って線もある。相手はギルドマスターだぞ? ほいほいと喧嘩を売れる相手じゃないんだ。領主や市長のご子息も調べてくれるみたいだから、こっちも探りを入れてみよう。まず、マスターに話しておくよ」
妥当なことを言い、リックは右手を挙げる。
「で、一応、護衛もつけたほうがいいんだが……。冒険者ギルド内部の不祥事ならともかく、この件は金をもらわないと動けない。権力者を敵に回すってことは、こっちも何かしら言い訳が必要なんだ」
「お金は問題ないけど……そう聞くと頼るのが申し訳ないな」
「『依頼されたから護衛している』。この言い分があれば大丈夫だ。貴族相手だと厄介だが、この件はギルドマスターとはいえ平民相手だからな。貴族相手だと死を覚悟しないといけないんで、誰も引き受けたがらない」
「貴族が相手だと、最悪、一緒にしょっぴかれる?」
「そういうこと。あの連中、平民が楯突いたってことを問題視するからな」
リックは目を細め、渋い表情を見せた。気になった修太は口を挟む。
「なんか嫌なことでもあったの?」
「受付やってると、いろんな人間と会うからな。この土地の領主は問題ないけど、よそからの客が面倒だ。学術都市だから、身分の高い人も来るんだよ」
「貴族ってどこでも面倒だよねえ」
トリトラが珍しく同情して、何度も頷く。それには修太も同意だ。
「依頼として出してくれるんなら、こっちは引き受けるだけだ。どうだ?」
「何人くらい? 俺、あんまり知らない奴を家に入れたくないんだが」
「トリトラの他にはいないんだよな」
「ああ」
「できれば、あと三人いるほうが楽になるが……」
修太が警戒するのを見て、リックは困ったように言う。
なんでも、護衛というのは二人ずつで行動するのが鉄則なんだそうだ。一人で行動すると、何か起きた時に対処できない。二人なら、一人がピンチならもう一人が助けられるし、無理でも逃げて報告はできる。
「休憩を交代する時も、二人ずつ変わるんだ。これだけでかなり労力が減る。でもまあ、シューターの家だろう? あの兄さんが守りを固めてるんなら、家は安全かな? それなら危ないのは通学路か薬師ギルド、学園内かな」
「あ、家は大丈夫。僕もいるからね」
トリトラが素早く口を挟み、修太はリックに返す。
「だって」
「……なんかやばそうなのを仕掛けてそうだな。じゃあ、最小単位であと一人かな? シューターがいいなら、俺がつこう」
「えっ」
「なんだ、俺じゃ不満か? これで藍ランクだ」
リックはけげんそうに返すが、修太はもっと驚いた。
「藍!? めちゃくちゃ強いじゃないか。いや、そういうことじゃなくて、受付はいいのか?」
「受付は代理がいるから平気だよ」
「そんな幹部が受付をしてるのか?」
「冒険者ギルドの受付は、誰でもできる仕事じゃないんだ。冒険者の素質を見極められて、依頼が合っているか判断しないといけないし、冒険者同士のもめごとがあったら仲裁もする。補佐はともかく、正職員ならだいたい高ランクだぞ」
リックいわく、経理や事務といった裏方のほうは、一般人も勤めているんだそうだ。つまり受付裏の奥の部屋である。
「俺は救出依頼なんかあったら、ダンジョン入りしてることも多いよ。受付にいる時は、平和な証拠」
「そうなんだ……。トリトラは驚いてねえな」
「実力があるのはなんとなく分かってたからね。だからって、別に彼のことは特に好きじゃないけど」
「お前、それ、本人の目の前で言う?」
修太のほうが慌てるが、リックは気にせず笑っている。
「いつもこんなんだから、もう慣れたよ。面と向かって言うだけマシだって」
「リックが構わないならいいけど……」
なんて心が広いんだろう。実力者だけあって余裕があるのかもしれない。しかしこの若さで藍ランクとは、才能っていうのは恐ろしい。
「そんだけ高ランクなのに、友達いないんだ?」
「パッと見、強そうに見えないみたいでなめられるか、高ランクって分かるとこびられるか、どっちかが多いな」
「はあ。好青年にも苦労があるのか……」
「好青年ってなんだよ。年寄りか」
思わずという調子でリックがツッコミ、トリトラが笑い出した。
「うるさいぞ、トリトラ! ここぞと笑いやがって」
「君、どこでも年寄りくさいって言われるんだね。面白すぎるよ」
修太はトリトラを白い目で見て、リックに視線を戻す。
「とりあえずマスターに相談してみて、問題なかったらリックを雇いたい」
「分かった。それじゃあ、しばらくここで待っててくれ。マスターに話したら、いったん戻ってくるよ」
それから、マスターが事態を重く見て、ブランドンを秘密裏に調査しつつ、グレイが帰るまでリックを護衛につけることに決まった。
「心配なら、ここの三階にある客室に泊まってもいいって。二階より上の出入りは制限されてるから、冒険者が近くにいるだけ、むしろ家より安全かもな」
戻ってきたリックの言葉に、修太は目を丸くする。
「えっ、そこまでしてくれるなんて、どうして?」
「シューターは賊狩りの兄さんの唯一の弱点だし、将来、うちの医療部で働くかもしれないからってさ」
「いや、ここで働く気はないんだけど……。俺、よく寝込むから」
「いやあ、かなりガチなトーンだったぞ。ヘレナさんが猛烈にプッシュしてるからかもね」
「何してんの、あの人!」
マスターに推薦してるほどとは知らなかった。
「たまにバイトで手紙の代筆とかをしてくれてるのも、高評価だな。シューターは自覚がないだろうけど、書類を作れる程度に読み書きできる人材は貴重なんだ。冒険者ギルドに出入りするとなると、もっと少ない」
だから自分が受付にいるのだと、リックは断った。
「非常勤でもいいから、うちに来いよ。俺も推薦しておくな」
「ちょっ、勘弁してくれ!」
こんな状況で、冒険者ギルドに泊まる勇気もなく。
よほど危険を感じでもしない限り、自宅で生活すると伝えた。




