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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園生活スタート編
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 4



「ただいまー」


 自宅――ちょっとした屋敷くらいはある家に戻ってくると、玄関前で昼寝していたコウがじゃれついてきた。


「ワフッ」


 なんで? と言いたげなので、コウの頭を撫でながら教える。


「事件が起きて、もろもろが延期になったんだ。明日は夕方くらいに、今日行った所の門まで来てくれな?」

「オンッ」


 グレイとの約束があるので、コウには迎えも頼んでいた。

 モンスターであるコウは、修太の言うことを理解しており、だいたいの時間を告げておけばそうしてくれる。

 玄関扉を開けると、コウも中に入ってきた。玄関脇に置いている雑巾で、綺麗に足裏を拭う。

 修太は靴をスリッパに履き替えると、居間へ入る。

 暖炉の前には、毛織のラグと長椅子やローテーブルといった応接セット、十人は座れそうな長テーブルと椅子、他には本棚やチェストがある。

 長テーブルは以前の住人が置いていったものだ。それ以外は買い揃えた。気が向いたら買い足す感じだ。


「早かったな」


 長椅子で煙草を吹かしていたグレイは、灰皿に煙草の先を押し付けて、火を消した。

 前に煙草が体に悪いことを教えたからか、修太が調子を悪化させて以来、あまり修太の前で煙草を吸わなくなった。吸っても窓の傍だ。


「別に気にしなくていいけど」

「ちょうど吸い終わっただけだ。その顔を見るに、あんまり状況は良くなさそうだな」

「面白がってるだろ」


 修太はいっと歯を見せて威嚇する。

 この屋敷は高い塀に囲まれているから、外から覗かれることもない。室内ではフードを外している。


「本当にお前は、トラブル体質だな。ケイはトラブルに突っ込むタイプだし、似た者同士だ」

「うれしくねえ」


 やれやれと思いながら、旅人の指輪から弁当と水筒を取り出す。

 いったん奥の洗面所で手を洗い、昼食をとることにした。


「そういや、夕方に戻るんじゃなかったか?」

「今日の事件で、入学式が明日に延期になったよ。クラスメイトは全部で五十人なのに、七人くらいが早退したから、説明しなおしなんだ」

「ご苦労なこった」


 グレイはこちらにやって来て、けげんそうに弁当を見つめた。


「お前、そんなに持っていってたのか?」

「え? うん。だって、指輪に入れておけば色々食えるだろ」


 パン、スープ入りの鍋、焼いた肉と野菜を皿に大盛り。

 修太はパクパクと食べていく。旅人の指輪のお陰で、朝に作ったのに、まだ温かくておいしい。


「相変わらず、どこにそんなに入るんだか」


 不思議そうにしながら、台所に行き、茶を淹れて戻ってくる。そして、グレイは斜め向かいに座った。


「そういやグレイ、クラスに一人、黒狼族がいるんだ。珍しいよな」

「へえ、イェリみてえな変わり種だな。名は?」


 レステファルテ国に住む、薬師を営んでいる黒狼族の名をあげて、グレイは問う。


「知らないよ」

「そうか。冒険者ギルドで見かけた奴のどれかだろ。――女じゃないよな?」

「男。十七か八くらいじゃねえかな」


 グレイはひらひらと手を振る。


「それならどうでもいい。余程困ってそうな時以外は放っとけ」

「いいの?」

「男だろ?」

「相変わらずだなあ」


 黒狼族は女尊男卑なので、男には厳しい。というのも黒狼族は、母親が一族の女でなければ、黒狼族の子孫が生まれないせいだ。男は力を持て余して争いになるからと、十三歳で成人すると集落の外に出なければいけない。

 その後、一年だけ、父親や同朋の男の元で修業して旅立つ。

 グレイは父親と縁のない同朋の子どもを、弟子として四人育てていた。そのうち二人とは修太も共に旅をしていたので、ここに定住してからは、たまに顔を出す。


「シューター、お前、今日は家にいるか?」

「ああ。特に買い物もないし」

「そうか、じゃあ俺は出てくる。遅くなるから、戸締りはしとけよ。――それから」

「知らない奴には扉を開けるな、だろ?」


 旅をしていた時から、毎度同じことを聞いている。修太の問いに、グレイは頷いて、カップを手に台所に行き、その後、すぐに家を出て行った。

 行先は恐らく、冒険者ギルドか酒場だろう。

 だが修太はいちいちどこに行くかなど聞きはしない。黒狼族は自由な性分だ、どこで何をしていようと、彼らの勝手なのである。


「せっかく時間があるし、庭の手入れをすっかな」


 台所の左側、外へ続く扉がある。裏には広々とした庭があり、ガラス製の温室もある。

 風呂付の物件を探したら、ちょっとした屋敷しかなくて、ここに決めたのだ。セーセレティーの一般庶民の家には風呂はなく、大衆浴場に行く。水だけは豊富な国なので、入浴の習慣はある。


(ここに決めるまでも大変だったんだよな)


 もぐもぐと肉野菜いためを頬張りつつ、修太は遠い目をした。

 グレイが安全面にこだわっていたのだ。人の多い通りに面していて、塀に囲まれていて、裏路地は清潔で、隣家は塀より低い……などなど。グレイは留守がちだからと、家に修太が一人でも大丈夫なように考えてくれていた。

 というのも、グレイは今までに、盗賊をたくさん殺してきた。冒険者ギルドに依頼のきた悪党といえど、恨みを買っている。加えて修太は〈黒〉なので、白教徒に狙われると襲撃されることもある。

 だから修太も、グレイがいない時は、信用できない他人を家に入れない。入れるとしたら、通いの家政婦や元旅仲間くらいだ。


「ごちそうさま!」

「オンッ」


 足元に寝そべっていたコウが返事をする。お粗末様とでも返したのだろうか。

 食事を終えると、修太はさっそく、庭で育てている野菜や薬草の世話に精を出すことにした。



      *



 翌日、広々とした集会堂で、入学式が執り行われた。

 何か催しものがあると、たいていここで行われるらしい。


「新入生代表、ローズマリィ・メルヴィータ」


 司会に呼ばれ、赤銅色の髪を綺麗に結い上げた少女が壇上へ登った。


(へえ、首席は女の子なのか)


 試験で最高得点をとった者が挨拶をする。青色の腕章なので、騎士科だ。戦闘学の試験でも上位だったのだろう。


「――以上をもって、代表挨拶とさせていただきます」


 ローズマリィがお辞儀をして下がると、誰かがひそひそと話しているのが聞こえてきた。


「今年ははずれ年だな」

「ああ、今の、メルヴィータ伯爵の娘だろ? 貴族は他の学校にも行けるんだから、他所に行ってほしいぜ」

「本当だよ」


 愚痴の声に、確かにと修太も同意した。しかし彼らなりの理由もあるだろうからと、何も聞かずに否定するのもどうかなとも思った。


(というか待てよ、もしかして今のが要注意人物五人目? あと一人は誰なんだろうな)


 そんなことを考えているうちに、気付けば入学式が終わっていた。校長のあいさつが短かったので、あっさりした印象だ。

 そして教室へ移動となった。


 


 教室では、昨日と同じく担任のセヴァンがあいさつをして、不在だった生徒に、まずロッカーの使い方を教えた。

 そして全員が席につくと、セヴァンは話を切り出す。


「それじゃあ、ようやく全員がそろったってことで。前から順番に自己紹介してくれ。名前と特技とあいさつな。はい、スタート」


 いきなりのことに、最初の少年は動揺していたが、名前と得意な戦闘スタイル、よろしくと手短にあいさつした。

 全員の自己紹介が終わると、セヴァンは次の話題に移った。


「あとは適当に仲良くやってくれ。――さて、じゃあ、恒例行事、試験の結果発表といきますかね。一位から十位まで発表する。入学式でも見たから分かるだろうが、一位はローズマリィ・メルヴィータだ。メルヴィータ、起立」

「はい」

「皆、拍手なー」


 なんとも気の抜けるセヴァンの声に、教室で拍手が起きる。

 二位はリューク・ハートレイ、三位はセレス・オルソニア、四位はライゼル・ケイオンときた。


(うわあ、ただ面倒くさいだけじゃなくて、優秀で面倒な奴らなのか……)


 どちらにしろ憂鬱でしかない。

 更に五位から下も呼ばれ、最後に十位でレコンと呼ばれた。右斜め後ろの席で、黒髪の少年が無言で立つ。


「レコン、次からは名前を呼ばれたら返事しろよー?」

「……分かった」

「分かりました、な。教師には丁寧に」

「はい」


 仕方なさそうに返し、着席する。

 一人だけ見かけた黒狼族だ。黒い髪と氷のような水色の目をしている。日焼けしてはいるものの、肌は白く、美貌もあって冷たそうだ。


(確か、得意武器は刀剣って言ってたっけ? 居あい抜きとか出来るのかな)


 しかし十位とは驚いた。


(すげえな。勉強、頑張ったんだろうなあ)


 黒狼族には親近感があるので、なんとなく親戚みたいな気分でレコンを見ていると、レコンにじろりとにらまれた。修太はパッと前を向く。ものすごく怖い。


「今年のキングスは、あの上位四人って感じだな。権力者の子ども揃いだし」


 隣のアジャンが、面白そうにささやいてきた。


「キングスって?」


 修太の問いに、アジャンは目を丸くする。


「お前、本当になんにも知らないのな。キングスって、うーん、クラスの人気者的な位置のことをそう呼ぶんだよ。天才的で、カリスマ性のある奴ら」

「へえ」


 スクールカーストのトップのことかと、修太は感心した。どこの世界でも、学校では似たようなランク付けがあるのか。


「ちなみに俺は落ちこぼれだな。結構、ぎりぎりで入学したんだ。勉強は苦手でさ」

「戦うのは上手いのか?」

「まあな。うちの父さんが冒険者でさ、仕込まれてるからそれなりに。むしろそっちで点数稼いだ感じだな」

「すごいじゃん。頑張れよ」


 アジャンと話していると、セヴァンに注意された。


「こら、そこ。私語は禁止なー。――さて、じゃあお次は、試験ごとの上位三名の発表だ。――試験のたびに、毎回こうやって発表するからな、皆、励みにしろよ?」


 セヴァンは手元の用紙を見て、頷く。


「まずは俺の担当、薬草学から発表する。名前を呼ぶから、順に返事をして立つように。一位は、シューター・ツカーラ」

「はい」


 修太は席を立った。試験結果は手紙で届いたから知っている。


「二位はセレス・オルソニア」

「ちょ、ちょっと待ってください、先生!」


 名を呼ばれたセレスは立ち上がったが、けげんそうにしている。

 リュークが幼馴染だからと気にしていた少女だ。白金の髪は腰まで長く、深い青の目はおっとりしていて、見るからに優しそうな美少女だ。すらりとした体躯に、白いワンピースがよく似合っている。

 ぽっちゃりが正義なセーセレティー精霊国ではモテないだろうが、他国に出ればもてはやされるだろう。


「おかしいです。だって、私は満点だったんですよ? どうして彼が一位なんですか。同点では?」


 セレスの指摘に、教室はざわめいた。



 現実では嫌だけど、学園ものを書く時は、スクールカーストはとても楽しい。

 スクールカースト上位の面々をめんどくさがってる、外れたところにいる主人公とか好き。

 王みたいな感じで、「Kings」ってしたんだけど、意味あってるのかね。(王家の谷とか列王伝はこっち使うみたいだけど、普通はロイヤルで使うみたいですね。英語わかんない)

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