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「ただいまー」
自宅――ちょっとした屋敷くらいはある家に戻ってくると、玄関前で昼寝していたコウがじゃれついてきた。
「ワフッ」
なんで? と言いたげなので、コウの頭を撫でながら教える。
「事件が起きて、もろもろが延期になったんだ。明日は夕方くらいに、今日行った所の門まで来てくれな?」
「オンッ」
グレイとの約束があるので、コウには迎えも頼んでいた。
モンスターであるコウは、修太の言うことを理解しており、だいたいの時間を告げておけばそうしてくれる。
玄関扉を開けると、コウも中に入ってきた。玄関脇に置いている雑巾で、綺麗に足裏を拭う。
修太は靴をスリッパに履き替えると、居間へ入る。
暖炉の前には、毛織のラグと長椅子やローテーブルといった応接セット、十人は座れそうな長テーブルと椅子、他には本棚やチェストがある。
長テーブルは以前の住人が置いていったものだ。それ以外は買い揃えた。気が向いたら買い足す感じだ。
「早かったな」
長椅子で煙草を吹かしていたグレイは、灰皿に煙草の先を押し付けて、火を消した。
前に煙草が体に悪いことを教えたからか、修太が調子を悪化させて以来、あまり修太の前で煙草を吸わなくなった。吸っても窓の傍だ。
「別に気にしなくていいけど」
「ちょうど吸い終わっただけだ。その顔を見るに、あんまり状況は良くなさそうだな」
「面白がってるだろ」
修太はいっと歯を見せて威嚇する。
この屋敷は高い塀に囲まれているから、外から覗かれることもない。室内ではフードを外している。
「本当にお前は、トラブル体質だな。ケイはトラブルに突っ込むタイプだし、似た者同士だ」
「うれしくねえ」
やれやれと思いながら、旅人の指輪から弁当と水筒を取り出す。
いったん奥の洗面所で手を洗い、昼食をとることにした。
「そういや、夕方に戻るんじゃなかったか?」
「今日の事件で、入学式が明日に延期になったよ。クラスメイトは全部で五十人なのに、七人くらいが早退したから、説明しなおしなんだ」
「ご苦労なこった」
グレイはこちらにやって来て、けげんそうに弁当を見つめた。
「お前、そんなに持っていってたのか?」
「え? うん。だって、指輪に入れておけば色々食えるだろ」
パン、スープ入りの鍋、焼いた肉と野菜を皿に大盛り。
修太はパクパクと食べていく。旅人の指輪のお陰で、朝に作ったのに、まだ温かくておいしい。
「相変わらず、どこにそんなに入るんだか」
不思議そうにしながら、台所に行き、茶を淹れて戻ってくる。そして、グレイは斜め向かいに座った。
「そういやグレイ、クラスに一人、黒狼族がいるんだ。珍しいよな」
「へえ、イェリみてえな変わり種だな。名は?」
レステファルテ国に住む、薬師を営んでいる黒狼族の名をあげて、グレイは問う。
「知らないよ」
「そうか。冒険者ギルドで見かけた奴のどれかだろ。――女じゃないよな?」
「男。十七か八くらいじゃねえかな」
グレイはひらひらと手を振る。
「それならどうでもいい。余程困ってそうな時以外は放っとけ」
「いいの?」
「男だろ?」
「相変わらずだなあ」
黒狼族は女尊男卑なので、男には厳しい。というのも黒狼族は、母親が一族の女でなければ、黒狼族の子孫が生まれないせいだ。男は力を持て余して争いになるからと、十三歳で成人すると集落の外に出なければいけない。
その後、一年だけ、父親や同朋の男の元で修業して旅立つ。
グレイは父親と縁のない同朋の子どもを、弟子として四人育てていた。そのうち二人とは修太も共に旅をしていたので、ここに定住してからは、たまに顔を出す。
「シューター、お前、今日は家にいるか?」
「ああ。特に買い物もないし」
「そうか、じゃあ俺は出てくる。遅くなるから、戸締りはしとけよ。――それから」
「知らない奴には扉を開けるな、だろ?」
旅をしていた時から、毎度同じことを聞いている。修太の問いに、グレイは頷いて、カップを手に台所に行き、その後、すぐに家を出て行った。
行先は恐らく、冒険者ギルドか酒場だろう。
だが修太はいちいちどこに行くかなど聞きはしない。黒狼族は自由な性分だ、どこで何をしていようと、彼らの勝手なのである。
「せっかく時間があるし、庭の手入れをすっかな」
台所の左側、外へ続く扉がある。裏には広々とした庭があり、ガラス製の温室もある。
風呂付の物件を探したら、ちょっとした屋敷しかなくて、ここに決めたのだ。セーセレティーの一般庶民の家には風呂はなく、大衆浴場に行く。水だけは豊富な国なので、入浴の習慣はある。
(ここに決めるまでも大変だったんだよな)
もぐもぐと肉野菜いためを頬張りつつ、修太は遠い目をした。
グレイが安全面にこだわっていたのだ。人の多い通りに面していて、塀に囲まれていて、裏路地は清潔で、隣家は塀より低い……などなど。グレイは留守がちだからと、家に修太が一人でも大丈夫なように考えてくれていた。
というのも、グレイは今までに、盗賊をたくさん殺してきた。冒険者ギルドに依頼のきた悪党といえど、恨みを買っている。加えて修太は〈黒〉なので、白教徒に狙われると襲撃されることもある。
だから修太も、グレイがいない時は、信用できない他人を家に入れない。入れるとしたら、通いの家政婦や元旅仲間くらいだ。
「ごちそうさま!」
「オンッ」
足元に寝そべっていたコウが返事をする。お粗末様とでも返したのだろうか。
食事を終えると、修太はさっそく、庭で育てている野菜や薬草の世話に精を出すことにした。
*
翌日、広々とした集会堂で、入学式が執り行われた。
何か催しものがあると、たいていここで行われるらしい。
「新入生代表、ローズマリィ・メルヴィータ」
司会に呼ばれ、赤銅色の髪を綺麗に結い上げた少女が壇上へ登った。
(へえ、首席は女の子なのか)
試験で最高得点をとった者が挨拶をする。青色の腕章なので、騎士科だ。戦闘学の試験でも上位だったのだろう。
「――以上をもって、代表挨拶とさせていただきます」
ローズマリィがお辞儀をして下がると、誰かがひそひそと話しているのが聞こえてきた。
「今年ははずれ年だな」
「ああ、今の、メルヴィータ伯爵の娘だろ? 貴族は他の学校にも行けるんだから、他所に行ってほしいぜ」
「本当だよ」
愚痴の声に、確かにと修太も同意した。しかし彼らなりの理由もあるだろうからと、何も聞かずに否定するのもどうかなとも思った。
(というか待てよ、もしかして今のが要注意人物五人目? あと一人は誰なんだろうな)
そんなことを考えているうちに、気付けば入学式が終わっていた。校長のあいさつが短かったので、あっさりした印象だ。
そして教室へ移動となった。
教室では、昨日と同じく担任のセヴァンがあいさつをして、不在だった生徒に、まずロッカーの使い方を教えた。
そして全員が席につくと、セヴァンは話を切り出す。
「それじゃあ、ようやく全員がそろったってことで。前から順番に自己紹介してくれ。名前と特技とあいさつな。はい、スタート」
いきなりのことに、最初の少年は動揺していたが、名前と得意な戦闘スタイル、よろしくと手短にあいさつした。
全員の自己紹介が終わると、セヴァンは次の話題に移った。
「あとは適当に仲良くやってくれ。――さて、じゃあ、恒例行事、試験の結果発表といきますかね。一位から十位まで発表する。入学式でも見たから分かるだろうが、一位はローズマリィ・メルヴィータだ。メルヴィータ、起立」
「はい」
「皆、拍手なー」
なんとも気の抜けるセヴァンの声に、教室で拍手が起きる。
二位はリューク・ハートレイ、三位はセレス・オルソニア、四位はライゼル・ケイオンときた。
(うわあ、ただ面倒くさいだけじゃなくて、優秀で面倒な奴らなのか……)
どちらにしろ憂鬱でしかない。
更に五位から下も呼ばれ、最後に十位でレコンと呼ばれた。右斜め後ろの席で、黒髪の少年が無言で立つ。
「レコン、次からは名前を呼ばれたら返事しろよー?」
「……分かった」
「分かりました、な。教師には丁寧に」
「はい」
仕方なさそうに返し、着席する。
一人だけ見かけた黒狼族だ。黒い髪と氷のような水色の目をしている。日焼けしてはいるものの、肌は白く、美貌もあって冷たそうだ。
(確か、得意武器は刀剣って言ってたっけ? 居あい抜きとか出来るのかな)
しかし十位とは驚いた。
(すげえな。勉強、頑張ったんだろうなあ)
黒狼族には親近感があるので、なんとなく親戚みたいな気分でレコンを見ていると、レコンにじろりとにらまれた。修太はパッと前を向く。ものすごく怖い。
「今年のキングスは、あの上位四人って感じだな。権力者の子ども揃いだし」
隣のアジャンが、面白そうにささやいてきた。
「キングスって?」
修太の問いに、アジャンは目を丸くする。
「お前、本当になんにも知らないのな。キングスって、うーん、クラスの人気者的な位置のことをそう呼ぶんだよ。天才的で、カリスマ性のある奴ら」
「へえ」
スクールカーストのトップのことかと、修太は感心した。どこの世界でも、学校では似たようなランク付けがあるのか。
「ちなみに俺は落ちこぼれだな。結構、ぎりぎりで入学したんだ。勉強は苦手でさ」
「戦うのは上手いのか?」
「まあな。うちの父さんが冒険者でさ、仕込まれてるからそれなりに。むしろそっちで点数稼いだ感じだな」
「すごいじゃん。頑張れよ」
アジャンと話していると、セヴァンに注意された。
「こら、そこ。私語は禁止なー。――さて、じゃあお次は、試験ごとの上位三名の発表だ。――試験のたびに、毎回こうやって発表するからな、皆、励みにしろよ?」
セヴァンは手元の用紙を見て、頷く。
「まずは俺の担当、薬草学から発表する。名前を呼ぶから、順に返事をして立つように。一位は、シューター・ツカーラ」
「はい」
修太は席を立った。試験結果は手紙で届いたから知っている。
「二位はセレス・オルソニア」
「ちょ、ちょっと待ってください、先生!」
名を呼ばれたセレスは立ち上がったが、けげんそうにしている。
リュークが幼馴染だからと気にしていた少女だ。白金の髪は腰まで長く、深い青の目はおっとりしていて、見るからに優しそうな美少女だ。すらりとした体躯に、白いワンピースがよく似合っている。
ぽっちゃりが正義なセーセレティー精霊国ではモテないだろうが、他国に出ればもてはやされるだろう。
「おかしいです。だって、私は満点だったんですよ? どうして彼が一位なんですか。同点では?」
セレスの指摘に、教室はざわめいた。
現実では嫌だけど、学園ものを書く時は、スクールカーストはとても楽しい。
スクールカースト上位の面々をめんどくさがってる、外れたところにいる主人公とか好き。
王みたいな感じで、「Kings」ってしたんだけど、意味あってるのかね。(王家の谷とか列王伝はこっち使うみたいだけど、普通はロイヤルで使うみたいですね。英語わかんない)




