第六話 騒乱の薬師ギルド 1
光も差し込まない真っ暗な部屋の中で、修太はベッドに横たわって、溜息をこぼす。
旅人の指輪に残っている薬が、もうあと三日分しかない。
ここで体調を悪くしたとして、きちんと対応してもらえるのだろうか。
(下手な演技をするな、くらい言いそう)
傲慢な男の顔を思い出して、また溜息を一つ。
グレイが任務から帰ってきて、この状況を知ったら、きっと怒る。
(血の雨が降る……。どうしよう……)
修太のせいではないし、閉じ込めたあの輩が悪いのだが、自分が原因で死傷者が出るのは嫌だ。
それ以外にも、ある。
遠方に仕事に出かけた父親を、家で「お帰り」と出迎えたい。
(なんでこんなことになっちまったかなあ)
うめきながら寝返りを打った時、扉の鍵が開く音がした。薄く光が差し込み、闇に慣れていた目に突き刺さる。
起き上がりながら、目の上に手をかざした修太を、あの男がじろりと見る。他人を蟻か何かと思っているような、見下した温度の無い目だ。
「お前がこの書類にサインするなら、ここから出してやろう」
自分で閉じ込めておいて、選ぶのはお前だと言う。この男の本性は残酷だ。
窓がなく光が差さないことを除けば、朝と晩に食事は出るし、部屋の隅にトイレもある。しかし人間というのは、暗闇に居続けると精神的に病むものだ。生かさず殺さずで、根を上げてサインすれば、奴隷みたいに働かされるというわけだ。
レステファルテ国の奴隷の扱いのほうが、衣食住はしっかりしているだけ、まだマシな気がする。
「何度来ても、お断りだ」
「強情な奴だ」
ちっと舌打ちをして、男は出て行った。
また部屋は黒に閉ざされる。
「ピイチル君を部屋に置いてきちまったのが痛いなあ」
啓介にもらった電話もどきを思い浮かべ、修太は頬をかく。
自分の部屋で啓介と電話していて、その後、ベッドに入って寝てしまったので、忘れてしまったのだ。いつもは旅人の指輪に入れているから、本当にうっかりしていた。
ここに入れられた時から衣類や装飾品はそのままだ。おかげで、修太には旅人の指輪がある。暗闇がおっくうなら、明かりをつける魔具を使っていた。
ここに誰かが近付くのは、食事を運ぶ時とトイレを掃除する者が入る時、それからあの男が交渉に来る時だ。
「風呂に入りたいし、洗濯したい……」
そろそろ三日が経つ。清潔好きな修太には、なかなか気が滅入ることだ。さすがに着替えると誤魔化しがきかない。連中は物を大きさや重さに関係なく保管できる保存袋がないかは調べていた。
再び寝転がった修太は、この事件が起きる数日前のことへと、意識を傾けた。
短いけど、初めだけ書いたのでアップしておきます。
起承転結の「転」から始めるの、久しぶりですね。最初に謎を置いておいて、ストーリーを追いながら謎を解決していく感じもたまにはいいかも。
番外編の目次のほう、「迷惑を気にするトリトラの話」にちらっと出てた話なんですが、あれとはちょっと展開を変えることにしたので、あの短編はパイロット版ということでお願いします。




