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※少し暴力的な表現がありますので、ご注意ください。
一週間後。
ホームルーム前に、ラミルとイミルが修太を訪ねてきた。
「おはよう。どうしたんだ、二人と……わ!?」
「ありがとなあ、シューター!」
感極まった態度のラミルは、修太の手をがしっと握り、ぶんぶんと振り回す。その勢いで前につんのめり、修太は足を踏ん張った。
「イミルに仕事の試験情報を教えてくれたの、お前だって聞いてさ」
「その喜びようは、もしかして」
修太がイミルのほうを見ると、彼女は明るい顔でこくこくと頷いた。
「合格したの! まだ経験や知識不足はあるけど、基礎はできてるから充分だって。来年の春からが本採用で、それまで冒険者ギルドにバイトで出入りすることになったわ」
「おおー、すげえじゃん! イミル、がんばったな!」
修太が右手を挙げてみせると、イミルは首を傾げる。
「何、それ」
「手を叩きあうんだ。ハイタッチ。俺の故郷の、喜びを分かち合う動作っていうのかな」
修太の説明を聞いて、ラミルは手を叩き返す。
「へー! よく分かんねえけど、たしかにうれしい!」
「そうね、ラミル!」
三人でペチペチと手を叩きあって歓声を上げていると、セヴァンがぬっと顔を出した。
「なんだ、うるせえぞ」
「あ、先生! この間はありがとうございました!」
「ん? ってぇことは、その子のことか」
修太とセヴァンのやりとりで察したのか、イミルが少し困った顔をして、セヴァンにぺこっと会釈した。
(この感じだと、ラミルには師匠のことを言ってねえな)
イミルが言わないのなら、修太もばらさないようにしなければ。
「あの……先生、私、来年からの職場、内定をいただいて。冒険者ギルドの薬草園で、管理の仕事を……。ええと、シューター君が、医療部の方から試験の情報を教えてもらって、それで」
急に説明がもたもたし始めたイミルだが、セヴァンには伝わったようだ。
「ああ、それで喜んでるのか。お前さんは薬草学の成績は良いほうだから、安心だな。がんばれよ」
「はい!」
照れ交じりに微笑んで、イミルはラミルと連れ立って帰っていった。
「イミルのことで、兄のほうも来たのか。相変わらず、あの双子は仲が良いな」
「先生って三年生にも教えるんですか?」
「ああ。薬草学の教師は俺一人だからな。二年生からは選択科目になるから、そんなに大変でもねえよ」
「俺には大変そうに見えますけどね」
「教えるのは好きだからな。しかも薬草園をまるごと使わせてもらえて、研究もできるんだぜ。給与も良いし、ここの仕事は結構良いぞ」
どう見ても不良な雰囲気の教師だが、教職者に向いているらしい。
「で、解決したのか?」
「まだ分かりません。イミルが師匠を変えたら、俺も安心できるんですけどね」
「なんだお前、あいつらより年下のくせに、兄貴みてえだな」
イミルと同じようなことを言って、セヴァンは修太に席に着くように言った。
*
イミルは緊張していた。
冒険者ギルドの薬草園管理、それの合格通知をもらった。ヘレナには励まされ、師匠の変更届にサインしてもらえた。あとは元の師匠にサインをもらい、自分の道具を持って出て行くだけだ。
見習いを卒業するまで、あの師匠の傍にいないといけないと思って、毎日、放課後や休日になると気が滅入っていた。今は、怒らせるだろうことに不安でいっぱいだ。
(やっぱり、ラミルに相談して、一緒に来てもらえば良かったかな……)
イミルはぶんぶんと頭を振る。
(駄目よ。春から、ラミルとは別々に暮らすのに。いつまでも頼ってたら、ラミルを心配させちゃう)
自分で解決して、ラミルを堂々と見送るのだ。
修太からもらった防犯グッズはしっかり携えてきた。師匠に平手で叩かれたことは何回かあるが、今日は殴られるかもしれない。
薬師ギルドに入り、師匠の研究室に入ったイミルは、思いきって書類を差し出し、事情を告げた。意外にも、師匠はあっさりとサインしてくれた。駄目だと言われて書類を破られる想像までしていたイミルは肩透かしをくらった気分だ。
「ふーん、そうか。だが、今日は仕事していけよ」
「は、はい」
怒られなかったことにほっとして、指示された雑用をこなす。
そして少しすると、師匠に倉庫から薬草を取ってくるように言われた。同じ部屋に一緒にいるのが気まずくてしかたなかったので、イミルはすぐに倉庫に向かう。
「えっと……あれ? いつもの場所にないわね」
頼まれた薬草を探すが見当たらない。焦り始めた頃、師匠がやって来た。
「おい、いつまでかかってるんだ!」
「すみません。でも、見当たらなくて……」
おどおどと振り返ったイミルは、師匠が倉庫に鍵をかけたのを見て凍りついた。
「え? あの、な、なんで」
師匠の顔を見た瞬間、恐れていたことが起きたのだと悟った。意地悪でゆがんだ笑みが、その口元に浮かんでいた。
「なんでだって? それはこっちの台詞だ。午前中、冒険者ギルドからヘレナ・アンブローズが来たぞ。あと少しで卒業って時に師匠を変更するなんて、この恩知らずめ!」
薄暗い倉庫でも、師匠の顔は怒りで真っ赤になっている。
薬師のランクアップへの評価には、弟子の育成も影響すると聞いたことがある。自分や家族を養うので手一杯で、あまり弟子をとりたがらない者が多い中、小遣い稼ぎをしながら弟子をとる者が少数ながらいるのは、その辺りに由来するらしい。
だからイミルは、師匠を変えると言ったら、彼が怒るだろうと思っていたのだ。もしかしたらと思ってはいたが、本当にこんな暴挙に出る人だとは信じたくなかった。嫌な人だが、師弟として過ごしたので、少しくらい情はある。それもこれで消え去ったけれど。
イミルは後ろに下がったが、狭い倉庫内ではすぐに追い詰められた。師匠はイミルの腕をつかんで、床に乱暴に突き飛ばした。
「きゃあっ」
床に倒れた拍子に、豆を入れているざるに腕が当たって、バラバラと床に飛び散る。
「お前みたいな生意気な奴は、きっちりしつけしないとな……」
「や、やめてっ」
師匠がマントとめを引きちぎって、シャツに手をかける。イミルの真っ白になった頭に、防犯グッズのことが浮かんだ。いつでも手に取れるように、ベルトにかけておいたのだ。
無我夢中で防犯グッズの紐を引っ張ると、けたたましい音が大音量で鳴り響いた。あまりのうるささにイミルの心臓が飛び跳ねたが、それは師匠も同じようだ。
「な、なんだこの音は! まるでモンスターの出す警戒音みてえな」
師匠が動きを止めている間に、イミルはスカートのポケットから小さなクッキーみたいなサイズのアイテムを取り出した。真ん中のボタンを押し込んで、師匠に押し付ける。
「嫌ーっ!」
「ぎゃああああ」
イミルの悲鳴と、師匠の声が重なった。
ちょうど音を聞きつけて駆け付けたらしい薬師達が、倉庫の外で動揺の声を上げる。
「今の悲鳴!」
「まさかモンスターがいるのか?」
彼らが扉を叩き壊し、武器を構えたまま恐る恐る中を見る。しびれたせいで倒れてきた師匠に覆いかぶさられて、イミルがもがいているのを見て、状況を察したようだ。
「なんてことを!」
「大丈夫か、君。おい、その不届き者を引きずり出せ!」
それから少しして音が止み、イミルは助けられて、気付けば薬師ギルドの医務室にいた。
決定的現場を見た証人が何人もいて、イミルを気遣う者がいてもなじる者はおらず、師匠は暴行罪で衛兵にしょっぴかれたから安心するようにと教えてもらったが、イミルは現実感がなくて、ただ防犯グッズを握りしめていた。




