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放課後、修太は冒険者ギルドに顔を出した。
修太には女心なんて分からない。日本にいた頃ははっきりと物を言うせいで、女生徒を泣かしてしまうことがあったくらいだ。
というわけで、相談料としてケーキを手土産に、医療部部長のヘレナ・アンブローズに、女性の意見を聞きに来たのだ。薬師のことについても詳しいし、第三者のほうが冷静に指摘してくれるだろう。
修太が訪ねた時、ちょうどヘレナが毒の解析中だったので、助手に薬草園のほうの温室に通された。ガラス張りで、出入り口の傍に木製のテーブルと椅子が置いてある。休憩所代わりだ。
「どうしたの~、ツカーラ君。私に相談って?」
三十分ほど待つと、青いシャツと白いロングスカート姿のヘレナが、いつものゆらゆらした独特な動きで現れた。灰色の髪をゆるく束ね、藍色の目を眠たげにしている。助手の女性がお代わりのお茶をついで、ヘレナ用に切り分けたケーキを置いて温室を出て行った。
修太が来ると、お土産で菓子を持ち込むことが多いので、女性達には好評だ。「お菓子の子」と呼ばれているようなので、修太がというよりお菓子がという気はしている。
「ヘレナさん、このこと、どう思います?」
イミルのことを話すと、ヘレナは眠そうな顔から、きりっとした表情に戻った。
「はあ? 指導不足で薬草を枯らしておいて、弟子のせいにするの? なんなの、そいつ。薬草愛をなめてんの!?」
ヘレナは語気を強めて言い、ケーキをむしゃっと頬張った。
弟子のことというより、薬草愛のほうで怒っているみたいだ。
(ああ、ヘレナさんってウィルさんと外見は全然似てないけど、ウィルさんと従兄弟だ。間違いない)
ウィルは薬草を可愛いと言い、薬草への愛が強い。
「女性から見ても、そういうサポートは助かるから、いいんじゃない?」
ヘレナはそう言ってから、テーブルに置いている呼び鈴を鳴らした。少しして、助手がやって来る。助手に何か言いつけ、しばらくして戻ってきた助手の手には書類があった。
「はい、これ。その子に渡しておいて」
「なんですか、これ」
「薬草園を管理する助手が、今度、遠方に嫁ぐんで辞めるのよ。やる気があるなら、試験を受けにおいでって言っておいて。そう高い給料ではないけど、冒険者ギルドの宿舎に住み込みだし、ぜいたくしなければ貯蓄できるくらいの額よ。経験不足だろうし、勉強熱心なら教えてあげるわ。やる気ない奴は嫌いだから、クビにするけどね」
初心者でいきなり仕事を探すより、ここで経験を積んでからのほうが、良い仕事につきやすいはずだとヘレナは言った。
「で、師匠を変えるなら、私が面倒見てあげる。卒業前でもいいわ。試験次第ね」
「そんなにしてもらっていいんですか?」
「いいわよ。私は実家が薬師や治療師をしてるから、そういう子みたいな苦労はしてないの。でも、今までも弟子や助手を見てるから、泣く目にあった子がいるのも知ってるのよ。手助けしてあげたいとは思ってるわ。――でも、勘違いしないでよ。試験は公正に見るからね? 落ちても、恨まないでちょうだい」
修太は書類の入った封筒を旅人の指輪にしまった。
「ありがとう、ヘレナさん! ちゃんと伝えておくよ」
チャンスさえあれば、イミルはきっとうまくやるはずだ。あの双子は、独学で学園に合格したくらい努力家なのだ。
「あとは証拠をガツッとつかんで、蹴り落としてやんなさい。ふふふ。ところでツカーラ君、やけに一生懸命だけど、ほの字なの?」
「ホノジ?」
初めて聞いた言葉だ。修太が首を傾げて返すと、ヘレナはごほんと咳払いをし、気まずげにお茶を飲む。
「そ、そっか、若い子には伝わらないのね……。惚れるの『ほ』よ。惚れてるのかって聞いたの」
またその勘違いかと、修太は内心でうんざりした。
「ただの友達ですよ。旅してた時に知り合って。どっちかというと、イミルの兄貴と親しいんです。双子なんですよ」
「ああ、そういうこと。友達の妹だから親身になってるのね。そういう仲間への手厚さも、黒狼族と親しい理由になるのかしら」
ふーんと言いながら、ヘレナは椅子を立つ。
「さってと、報告書を書いたら帰るわ」
「ありがとうございました、ヘレナさん」
「いいわよー。代わりに今度、薬草園の草とり手伝ってね。バイト代は出すわよ」
ゆらゆらと歩きながらヘレナが去ると、入れ替わりに助手が入ってきた。二十代半ばくらいで、落ち着いた雰囲気の女性だ。彼女はにっこりと笑った。
「外で聞いていたのだけど、ここの職場、女性にはおすすめよ。ヘレナさんは変わってるけど、無茶ぶりするタイプじゃないし。それに冒険者ギルド自体が、いろいろと差別に厳しいのよ。種族差別、性差別、そういうのはほとんど無いわ。代わりに実力主義なんだけどね」
「そうなんですか、あわせて伝えておきます!」
女性の助手の意見も聞けて、修太は明るい気持ちになった。
「また報告に来ますね。あ、お茶、ごちそうさまでした。おいしかったです!」
「君も卒業したら、ここで働きなさいよ~。君なら、薬草園の管理だけなら、試験なしで一発採用よ」
「でも俺、家でできる仕事をって考えてるんですよね。日勤だと迷惑をかけるんで……」
たまに体調を崩すので、修太は毎日働くような職場は無理だと思っている。セーセレティーの民は週末に聖堂へお祈りに行くので、週に一度は休みがある。それでもどうだろうかと思うのだ。修太の事情を知っている助手は、問題ないと首を振った。
「急に休んでも、君ならお釣りが出ると思うわよ。ね! 考えてみて!」
「ええと、まだ一年生なんで」
「ああ、そうだった。でも早くつばつけとかないと、薬師ギルドにとられちゃうからね。いいじゃない、お父さんと同じ職場だし、受付のリック君と友達なんでしょ? ヘレナさんにも気に入られてるから良いと思うよ~。どんなに条件が良くても、最後は人間関係だからね」
達観したことを言い、助手はごり押ししてから、盆にささっと茶器を回収した。
(ああ、うん。それは分かる。すっごく……)
コンビニでバイトしていた時に、バイトのおばちゃんによく言われていたし、旅をしていた間に、人間関係って大事だなとよーく学んだ。
冒険者ギルドは居心地が良いが、順当に行けばグレイのほうが先に死ぬのだし、一人で生きていくのだから、そんなに甘えていていいのだろうか。
とりあえずすぐには答えが出ないので、修太はヘレナの助手に会釈をし、冒険者ギルドを出た。その足で薬師ギルドに入り、薬草園に寄り道する。思った通り、イミルが薬草園の一角にいて、雑草抜きをしていた。
修太はイミルのほうへ歩み寄り、近くにイミルの師匠がいないことを確認してから、ヘレナからの書類を渡す。けげんそうに書類を読んだイミルは、びっくりした様子だ。
「シューター君、昨日の今日なのに、こんなにしてくれたの?」
「お節介だったか?」
一応、年長者に相談してみたが、修太はこれで良かったのか自信がない。頭をかきながらの問いに、イミルはぶんぶんと首を振る。
「ううん。ありがとう、うれしい。冒険者ギルドの医療部部長さんと知り合いなんて、すごいわね。私、試験を受けてみる。がんばるね!」
「あ、でも、落ちても恨まないでくれって、ヘレナさんが……」
「分かってるわよ。シューター君を恨んだりもしないわ。こういうのって情報が命だから、仲間がいるほうがいいの。でも私、人見知りするからあんまり友達がいなくて……。チャンスをもらえてうれしいの」
宝物みたいにぎゅっと封筒を抱きしめるイミルを見ていると、修太も口元がほころぶ。相談して回って良かった。
「あと、ついでに、これもやるよ。啓介の試作品なんだけど、防犯グッズ。多めにやるから、ラミルにも分けてやって。あいつも〈黒〉だから、護身できるといいだろ」
あらかじめ袋に分けておいた防犯グッズを旅人の指輪から取り出して、イミルに差し出す。一つずつ使い道を説明した。
「このボタンを押して投げつけるとしびれるやつと、紐を引くと大きな音が鳴るやつはすぐに取り出せるところに持っておけよ」
こまごまと世話を焼く修太に、イミルがプッと噴き出した。
「もう、おかしい。シューター君てば、ラミルみたい。年下なはずなのに、お兄ちゃんが増えた気分よ」
「せめて友達で止めておいて」
「ごめんなさい。でもいいのかしら、こんな高価そうなアイテムをもらって」
「いいよ、俺も啓介からタダでもらったやつだし。俺の分はまだあるからな。啓介のことだ、女の子を守るためにあげたって言ったら、むしろよくやったって言うだろ」
「ああ、確かに、あの人はそう言いそうね。それなら甘えていただくわ。ありがとう」
袋の口をぎゅっと握りしめて、イミルは急にうつむいた。その手にポタポタと雫が落ちる。
「お、おい、大丈夫か?」
「本当はね、怖かったの。だからほっとして……。私達には親がいないし、私の運が悪かったから、どうしようもないんだって思ってたの。我慢してればいつかは良くなるって。でも、いつ良くなるか分からないし、怒鳴られるのも馬鹿にされるのも、すごくこたえるのよ」
イミルは口をわななかせる。
「あの師匠の傍にいると、自分がゴミみたいに思えるの。世の中、そんな人ばかりだって思ったら、学園を卒業した後、仕事につくのも怖かった。毎日、寝る前に不安になるのよ。でも、こんなふうにチャンスをくれる人もいるのよね……。教えてくれてありがとう」
イミルは普通の女の子だ。
修太は冒険者と知り合うことが多いせいか、強い女性と会うことが多い。だが、怖くても我慢するしかない女性もいるのだ。
「なあ、ラミルに世話をかけたくないのは分かるけど、あいつにも相談したら? たった一人の家族に遠慮されたら、ラミルが落ち込むと思う」
「でも……」
「無理なら、他の奴でもいいし。とにかく、この状況を知ってる人を増やしたほうがいいよ。俺が思いつかない対処法とか、教えてくれるかもしれないだろ。ばれない仕返しのしかたとか」
「何それ」
思いもよらない返事だったのか、イミルは少し驚いた後、小さく噴き出した。
「あはは。そうね。ばれない仕返しね……それもいいかもね。実際にするかはともかく、想像してみると楽しいわね」
イミルは気を取り直し、修太にぺこっと頭を下げる。
「ありがとう、シューター君。今度、お礼にクッキーでも焼いてくるね」
「楽しみにしてるよ」
「実は私のストレス解消法なの。生地をこねたり叩いたりしてると、すっきりするから。おかげでクッキー屋でも開けそうなくらい腕が上がったわ」
「それならハーブクッキーとか、体に良い材料でクッキーにして、ボックス販売したら? 日持ちするだろ」
「栄養補給できるクッキー? 面白いわね。保存食として販売しようかしら。研究してみるわ」
趣味と仕事がかけあわさったからか、イミルの声が弾み始めた。
師匠が悪かっただけで、薬師の仕事は好きなんだろう。
もう大丈夫そうだと察して、修太はイミルとあいさつして薬草園を出る。すると薬草園の外にウィルと助手のエスターがいた。ウィルが微笑ましげに、修太の肩を叩く。
「いいねえ、青春って感じで。応援してるよ」
「がんばってください」
いったいいつから覗き見していたのだろうか。微妙な勘違いをしている二人に、修太は口元を引きつらせる。
「そんなんじゃないんで」
「照れなくていいって。さあ、今日の仕事をしよう」
「今日は鞘から豆を取り出して、良いものを選別してもらいますわ。はい、これ、運んでください」
倉庫の軒下で干していた鞘付きの豆を抱えていたエスターは、半分を修太に渡す。食用にもなるし、使い方次第では薬にもなる豆だ。粒が小さいので、結構根気がいる作業になりそうだ。
それから研究室に入り、作業に没頭した。




