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セヴァンと修太が教室に入ると、ざわついていた生徒達が瞬時に静かになった。
痛いほどの視線が集中して、修太は気まずさに首をすくめる。
教室は後ろが高くなっているすり鉢状の造りになっていた。細長い机とベンチがセットになった備え付けのようだ。
セヴァンはひょうひょうとした態度で教壇へ行くと、修太をちょいちょいと手招いた。
「待たせて悪かったな。俺はセヴァン・レノワール。この学年の担任だ。薬草学を教えている、よろしく」
けだるげにあいさつして、セヴァンは修太を示す。
「それからこいつは――」
「先生っ、なんで犯人を連れてくるんですか!」
前の席にいた男子生徒が席を立ち、怒りをこめて言った。
事件の時、修太を犯人呼ばわりした金髪の少年だ。
セヴァンは面倒そうなのを隠しもせず、溜息をつく。
「うるせえぞ、リューク・ハートレイ。これから説明するんだ。ったく、待ても出来ねえのか?」
「なっ」
色白な顔が、あっという間に真っ赤になった。
「私を侮辱してるんですか?」
「そういう態度は頂けねえな。この学園では差別は一切しない、それがルールだ。身分、年齢、性別、出身、種族、家。何も意味を持たないと知れ。宣誓書を提出したはずだ。――それが出来ないなら、とっとと出て行け。退学しようが止めねえよ」
セヴァンは冷たく言い放った。
リュークは怒った顔のまま、悔しそうに座り直した。セヴァンは頷く。
「それじゃあ、話を続ける」
くたびれた雰囲気なわりに手練れっぽいなと、修太はセヴァンの様子を伺った。これまでにも、冒険者には多く会ってきた。場馴れしている者特有の落ち着きを感じる。
セヴァンは分かったことを生徒達に説明した。
「――というわけで、犯人も動機も不明だ。倒れた生徒は皆、貴色持ちばっかりで、今日は早退させた。気になるなら、付きあいのある医者のところに行くように言ってある。こちらも犯人探しはするということで、入学式は明日に延期。簡単なオリエンテーションの後、ロッカーの使い方だけ説明して、今日は解散だ」
クラスメイト達はざわめいた。
セヴァンはパチパチと手を叩いて、生徒らを静かにさせる。
「それから、今、説明した通り、シューター・ツカーラはノン・カラーなので魔力の暴走には影響されなかった。顔に怪我があって、入学前から顔を隠す許可証もとっている。無理に見ようとしたりすんなよ。うちのクラスで唯一の黄色――文学科ってことを忘れんな」
セヴァンはリュークを見やる。
「特にリューク・ハートレイ。赤色や青色の腕章持ちが、黄色に怪我をさせたら退学だ、覚えておけ。騒ぐなら証拠を用意しろ、いいな?」
「……はい」
リュークは渋々返事をした。
「ついでに付け足すと、彼は少々体が弱い。体調を崩すこともあって、たびたび休むかもしれない。だが、勉強したいと願う平民を、この学園は拒まないからな。くれぐれも機会を奪うような真似をするんじゃねえぞ」
遠回しに、弱い者いじめをするなよというセヴァンの言葉に、生徒らは「はい」と返事をする。
だが修太はといえば、コンプレックスを発表されて、ものすごく気まずい。うつむいていると、セヴァンが笑った。
「悪い悪い、そう落ち込むな。えーと、こいつの席はどこだったかな」
すると真ん中から少し後ろあたり、窓の傍の席で、赤い髪の少年が手を挙げた。
「はい! 俺の隣です」
「そうか、助かる。ほら、行った行った」
修太はセヴァンに会釈して、そちらへ小走りに駆け寄る。確かに、机に名前を書いた紙が貼られていた。
「教えてくれてありがとう、よろしく」
「いいんだ。初っ端から大変だったな。俺はアジャン・レリオット。アジャンって呼んでくれ。隣のよしみでよろしくな」
赤い髪と真紅の目を持ったアジャンは、人懐こく笑った。頬にあるそばかすが印象的だ。立ち上がって、奥の席に行けるようにずれてくれた。
「俺もシューターで構わないよ」
返事をしながら、窓際の席につく。アジャンも座り直し、右手を差し出したので、握手をかわした。
(隣の奴は良い人そうだ。助かったぜ)
修太が座ったのを見て、セヴァンがまた話しだす。
「こちらで適当にくじで決めたが、もし黒板が見づらいといったことがあったら教えてくれ。ツカーラ、お前さん、目は良いのか?」
「大丈夫です」
「よし。他は? ――前の奴ががたいが良くて見えないとかあったら、明日の夕方までに申告しろよ。勝手に席を移動するのは許さんからな」
セヴァンは釘を刺すと、席を覚えるまではラベルはそのままにしておくように言い、校則や学園内の施設について話しだした。
・学園内では、授業以外での攻撃魔法の使用の禁止。
・学園に許可を得ている生徒以外、〈四季の塔〉への挑戦は禁止。戦闘学が進んで、担当教師の試験に合格しなければ、冒険者ギルドで入場を止められる。
・文官向けの文学科への、冒険者科と騎士科の攻撃行動は禁止。怪我をさせたら即退学。
「特に重要なのはこの三つだな。どれも安全にかかわるから禁止されている。中には、とっくに冒険者ギルドに入って、ダンジョンで稼いでる奴もいる、そういう許可証持ち以外は気を付けること。――この学校の目的はダンジョンを攻略することじゃねえ、生存率を上げることだって忘れんなよ」
口をすっぱくして注意するセヴァン。
「この話は明日もする。大事なことだからな。――後は施設だが……。それはパンフレットを読んで、自分達で回ってくれ。昼食は食堂か弁当持参だ。今日も開いてるから、食べて帰ってもいいぞ」
そこでセヴァンは思い出したように付け足す。
「そうだ、これは言っておかないとな。図書室は司書で、戦闘学の魔法部門担当の、アンソニー・シュタインベル先生の聖域だ。本を汚したり、返却期限に遅れるとおっかねえからな、気を付けろよ。授業でぼこぼこにされても知らねえからな」
ふっと笑う。
「ま、怪我したら医務室に行って、治療師に治してもらうこった。医務室の場所は把握しておけ」
それじゃあとセヴァンは話を切り上げ、全員に廊下に出るように言う。
「前から順に俺のところに来い。廊下にあるロッカーの鍵を渡すからな。失くしたら鍵代は弁償だから、気を付けろよ。確認が済んだら今日は解散! 明日は二の鐘が鳴るまでに登校だ」
一の鐘は日の出とともに鳴る。一の鐘と二の鐘の間は約二時間。朝六時に鳴ったとしたら、八時までに登校ということになる。
魔法の光があっても、この世界のほとんどどこでも、日が沈んだら酒場くらいしかあいていない文化だ。活動時間のほとんどは昼である。
そして、ロッカーの鍵をもらい、自分のロッカーの使い方を覚えたら、修太は帰ることにした。
しかし帰り際、廊下の壁にもたれかかって、リュークが待っていた。
「ツカーラだっけ? いいか、私はお前がおかしな真似をしないように、見ているからな。セレスの敵は取ってやる!」
二本の指を立て、自分の目に向けてから、こちらへと指の先を向け、「見てるぞ」というジェスチャーまでしてリュークは警告した。
「だから俺は何もしてないって」
ここで適当に流すと、後ろで聞き耳を立てているクラスメイトからの印象がガタ落ちになる。修太はうんざりしつつも、冷静に返す。
「ふん、どうだかな」
――くっそ、こいつ、背が高い。
リュークに見下ろされて、修太はイラッとした。
そこへ、さらりとした銀髪に、暗みがかった銀の目を持った少年が近付いてきた。
ちゃらそうな雰囲気で、耳にピアスをして、首にもアクセサリーをじゃらじゃら付けている。セーセレティーの民は魔除けとしてアクセサリーを付ける風習があるが、戦うには邪魔なので少ないほうだ。冒険者の卵にしては多い。
「リューク、もういいだろ。時間の無駄だ、行こうぜ」
「無駄? ライゼル、仮にも幼馴染の危機に、それはないんじゃないか」
リュークは、今度はそちらの少年に怒った。ライゼルは眉をひそめ、仕方なさそうになだめる。
「おいおい、俺にまで噛みつくなよ。見舞いに行こうって言ってるんだ」
「あ……そうだな、すまない」
最後にキッと修太をにらんでから、リュークはライゼルとともに立ち去った。
「うわあ、入学初日からあいつらに目を付けられるなんて、災難だな」
「わっ」
後ろから声がして、修太は不覚にも飛び上がった。振り返ると、隣の席のアジャンが立っている。彼も背はあるが、修太より若干上くらいなので威圧感がなくてちょうどいい。
「わりいわりい。なんかお前、なんにも知らないっぽいから一応教えておくけど」
「え?」
「リューク・ハートレイは子爵家の三男坊で、さっきのライゼル・ケイオンはこの都市の市長の一人息子なんだ。ほら、なんか威張ってるだろ?」
アジャンは刃先に皮袋をつけた槍を担ぎながら、くいっと顎で彼らの後ろ姿を示す。修太は担任のセヴァンを思い浮かべた。
「だからさっき、先生はここでは差別しないって言ってたのか」
「そういうこと」
「なんで詳しいんだ? というか、どうして教えてくれるんだ?」
「え? だって知ってたほうが良いと思って」
アジャンはきょとんとして、後ろ頭をかく。
「あ、またやっちまったかな。俺、兄弟が多いから、つい世話を焼いちまうんだよ。とにかく市長の息子には気を付けたほうがいいぜ。あいつと家が近くてさ、ガキん時は……というか今もか、馬鹿にされてるもんで」
「へえ、見た感じそのままの嫌な奴なんだな」
修太の遠慮のない指摘に、アジャンは噴き出した。
「あははっ、そうそう。言うねえ。ついでに教えておいてやるけど、この都市は子爵家の領地にあるんだ。それで、あの二人は幼馴染ってわけ。いや、セレス・オルソニアと三人で、だな。ちなみにセレスは、この都市の第一聖堂、そこの祭祀長の次女な」
「貴族の子息に、市長の息子、それから聖堂の権力者の娘……か」
修太はうなるように呟く。
セヴァンが言っていた、他に五人いる要注意人物のうち、三人が埋まった気がする。
「ここで差別がないって言ったって、生活があるんだから、立ち回りには気を付けろよって話な。卒業後にくいっぱぐれるのは嫌だろ?」
アジャンは快活に笑い、修太の背中を軽く叩いて歩いて行った。周りも修太をちらちらと気にしつつ、どこか遠巻きにして去っていく。
平民の彼らにしてみれば、権力者の息子と初っ端からもめている修太には、あんまり関わりたくないのだろう。
(グレイのことを隠す以前に、友達が出来そうな感じじゃなくなったんだけど!)
担任や隣席のアジャンが良い人っぽいのだけが救いみたいな状況だ。
修太はがっくりと肩を落とす。
(これなら啓介と同じクラスのほうが楽しかったかな。……いやでも、あいつのファンに邪魔扱いされるよりマシか?)
共にこの異世界へ迷い込んだ幼馴染を思い浮かべ、どっちもどっちな気がして、溜息をついた。




