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朝、ホームルーム前に、修太は悩んでいた。
イミルのことである。薬師になるためとはいえ、あんな乱暴者を師匠をあおがなければいけないなんて、絶対におかしい。
師匠を変更するとか、ギルド側が師匠を指導するなんてことはできないのだろうか。
「うーん、やっぱりどうにかしてやりたいなー。なんかいい方法はないものか」
「なーにをぶつぶつ言ってるんだ、ツカーラ。隠者っぽくて怖いぞ」
隣のアジャンが明るい声で、失礼なことを言った。
「うるせえなあ」
悪態を返した時、クラスメイトに呼ばれた。三年生が来ていると言われて廊下に出ると、赤い髪と黒い目を持った青年が立っていた。少し鋭い目をしているが、爽やかな好青年といった雰囲気だ。薄手のフード付きマントを肩にかけており、左腕には黄色い腕章がある。
「シューター、久しぶり!」
「ってことはやっぱりラミルか! うおおお、久しぶりだな!」
数年ぶりの再会に、修太はラミルとガシッと握手をかわす。会わない間に背が伸びて、しなやかな体つきになっている。少し鍛えたようだ。
「背が伸びたなあ。おい、目元をさらして大丈夫なのか?」
「ああ、学園にいる間はな。外では気を付けているけど、ここでは平気。黄色の腕章持ちは安全なんだ」
ラミルは笑い返し、修太の腕章に目をとめる。
「お前も黄色なら、大丈夫だと思うぜ。うーん、そっちも背は伸びたけど、あんまり変わってない?」
「お前が伸びまくっただけだよ。俺も成長したからな! イミルから話を聞いたよ、ラミル、王宮の文官になるんだって? おめでとう」
「ありがとう。でも、王宮といっても広いからな。俺みたいな平民の下級文官は、王様のいる宮殿付きには滅多とならないよ。良くて王子様の宮だけど、最初は使用人か騎士団のほうだろうな」
「へえ、そんなに色々とあるんだ」
そこで予鈴が鳴り響いた。ラミルは人懐こく笑って手を振る。
「それじゃ、会えて良かったよ。また、昼でも一緒に食べようぜ」
「ああ。わざわざ、ありがとう」
三年生の教室は二階にあるので、ラミルは廊下を小走りに去っていく。すれ違いになった担任のセヴァンが意外そうに問う。
「お、三年の文学科と知り合いか?」
「はい。旅の途中で友達になって……。昨日、妹のイミルに薬師ギルドで会ったんですよ」
「へえ、縁があるんだな」
「あの、先生。後で相談してもいいですか?」
「ん? 何か知らんが、分かった。戦闘学の時間にでも、研究室に来るといい」
セヴァンはそう返すと、修太に席につくように促した。
午後、研究室を訪ねた修太は、すぐにセヴァンに相談した。
「なるほどなあ」
セヴァンは難しい顔をしている。
「師匠のことは運だ。薬師は個人でやってるだろ? これが聖堂だったら、精霊と祖先の霊に仕える見本となれと説けるが、薬師は違う。薬師としての腕が良くても、教師に向いてるかは、また別だ」
例えばとセヴァンは自身を示す。
「俺の師匠は、怒るとカップを投げる人でね。熱い茶を淹れた時なんか、やけどしたもんだよ。そのうち慣れて、最初の一杯目はぬるくしておいた。でも、弟子をやめようとは思わなかった。どうしてだと思う?」
その問いに、修太は考え込む。
どうして? すぐに辞めるところだ。だが、それは金銭に余裕があるからだ。
「生活に困るから?」
「それもある。食っていくためなら、多少の我慢はできるもんだ。ここでの答えは、弟子をとる薬師が少ないせいだ」
「そうなんですか?」
「ああ。青ランク以上でも、自分か家族を養うので手一杯。弟子に教えていると、時間も手間もとられるだろ? 責任の重い仕事だから、精神的な負担にもなる。弟子をとる場合は、一人前になった後も、自分の店の手伝いとして働くような者くらいだな。ウィルの兄貴は、ちょっと別格だ。あれは珍しいタイプだぞ」
まさかのウィルが違うタイプだったことに、修太は面食らった。修太の運が良かったということらしい。
「あの人は薬師を増やしたいから、教育熱心なんだよ。薬師ギルドでのし上がろうなんていう野心は特に持ってないが、弟子が多いから、自然と派閥が出来ちまったタイプだな。俺の師匠とも知り合いでな、その流れで、俺は兄貴って呼んでんだ」
「それじゃあ、辞めるのは難しいんですか?」
「代理の師匠を見つけられれば、問題ないが……。今の師匠は面白くないだろうな。卒業した後、元弟子に嫌がらせをするかもしれない。薬が売れないように噂を流したり、薬草を採りに行けないように邪魔したり、とかな。引っ越すしかなくなるぞ」
「小さい奴だな!」
憤慨する修太に、セヴァンは淡々と返す。
「それくらい、薬師って仕事は、客の取り合いな面もあるんだよ。最初は薬師だけじゃあ無理だから、仕事を掛け持ちしている奴が多い。家業として受け継いでる奴のほうが多いよ。店も道具も、学ぶ環境もそろってるからな」
「そうですか……」
イミルの助けになれなさそうで、修太は少し落ち込んだ。
「まあまあ、話は最後まで聞け。これは師匠に表立った非がなく、弟子が師匠を鞍替えした場合の話だ。その子の師匠は乱暴者なんだろ? 身分を盾にして、暴力をふるうのは犯罪だ。女の子には怖いかもしれないが、その現場を押さえて、明るみにしちまえばいいわけだ」
「つまり、騒ぎにして、言い逃れできないようにするわけか。ついでに、イミルに非がないことが周りに分かれば、その後も邪魔されず、助けてもらえるかもしれない」
「そういうこと」
「でも、怖い目にあうのは良くないですよ。……あ! そうだ!」
修太は良いことを思いつき、旅人の指輪から、啓介にもらった防犯グッズの魔具やアイテムをテーブルに並べる。
「先生、俺、分かりました。イミルにこれをあげて、もしもに向けて対策するように言います!」
「ん? なんなんだ、これは」
「防犯グッズですよ。これは相手をしびれさせる魔具で、こっちは大きな音がして、そっちは光ります」
「猛獣脅しの改良版か。音はいいぞ、人が集まる」
猛獣脅しは、モンスターをおどかして追い払うのに使う魔具だ。弱いモンスターなら逃げるが、強いモンスターだと怒るので、使いどころが難しい。冒険者の多い都市では、おもちゃ向けの改良版が出回っていることがあった。紙の飛び散らないクラッカーみたいなものを見たことがある。
「証拠がないといけないなら、何かあった時はこうしたら解決できるって教えておけばいいんですよ。泣き寝入りせずに済むでしょ!」
「まあ、それはいいんだがなあ、ツカーラ。誰もがお前みたいに、戦おうって気概のある奴ばかりじゃないんだ。女性だと、変に名前が広まると、嫁ぎ先がなくなるって嫌がることもある。その子を助けてやりたいのは分かるが、その子にとって何が一番大事なのか、ちゃんと考えてやるんだぞ」
セヴァンは教師らしくたしなめる。相談には乗ってくれるし、薬師事情も教えてくれるが、最後はイミルの問題だとはっきり指摘した。
「そうします。俺、おせっかいですか? 余計なお世話? 友達がひどい目にあうなんて、見てられなくて」
「それが悪いかどうかを決めるのは、俺じゃなくて、その子だろ。他人を助けるってのは、そう簡単なことじゃない。お礼を言われたいだけなら、やめておけ。良かれと思ってやったことで恨まれることも、何げなく助けただけで感謝されることも、この世にはあるもんだ。恨まれてもその子のためになるんだと信じてるなら、そうすりゃあいい。だが、どんな反応が返ってきても、恨まない覚悟はしておけよ」
思った通りにいくとは限らない。助けようとして恨まれる。そんなこともあるのかもしれない。これまで旅でいろんな人を見てきたから、修太にはセヴァンの言うことが、すっと飲みこめた。
「それから、俺の言うことも、一意見に過ぎないからな。結局、自分で決めるしかねえよ」
「はい……。そうですね」
修太は頷いて、セヴァンをまじまじと眺める。
セヴァンの言うことは、どこかグレイと似ていた。
「先生、かっこいいっすね」
「ふっ、そうか? おっさんだのなんだの、失礼なことばっかり言うが、やっと俺の良さが分かったか! はっはっは」
セヴァンは褒めると調子に乗るらしい。上機嫌で、魔力吸収補助薬のお茶を淹れてくれた。ちょっとちょろすぎるのではないだろうか。




