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グレイに相談してから、屋敷の庭をウィルに見せた。
「どうなんだ、倅は何かやらかしてるか?」
グレイがウィルに問う。
修太ははらはらと落ち着かない。オランジュ造園商会から買ったハーブや薬草は大丈夫だろうが、森に出かけた時に適当に引っこ抜いてきた「おいしい野草」がちょっと心配だ。
幸い、そんなに量がなかったが、念のために他の作物も確認して、ウィルは笑顔を向けた。
「大丈夫。セーフ」
「はあ、助かった」
無意識に詰めていた息を吐いて、修太は心底ほっとした。グレイが修太の肩を叩く。コウも緊張したのか、ぺたっと地面に伏せた。
「ご禁制の薬草なんてものがあるんだな」
グレイの問いに、ウィルは裾を払って立ち上がり、こちらに来て説明する。
「毒は少量なら薬にもなります。そういった毒草に分類されている薬草と、保護指定されている薬草、保護指定されているけれど、許可があれば採取と栽培ができるものなど、色々とあるんですよ。『食べられる、おいしいもの』に限定されていただけあって、よく食卓に上がる野草ばかりですね」
ウィルがそう教えてくれたが、詳しくない修太とグレイは「ふーん」と気の無いものだ。グレイは他のことを問う。
「もしご禁制だったらどうしていた?」
「悪意があるなら通報しますが、そうでないのは一目瞭然なので、秘密裏に処理していましたよ。無知は良くありませんが、これから学べばいいので、若い芽を摘むのもね……」
苦笑するウィルに、修太は素直に謝る。
「すみません……」
「君が公の場で言わなくて良かった。もし紛れていたら、誤魔化しきれないところだったよ。――それはそれとして、葉は大きいし、虫くいも無い。育てるのが上手だね。これなら十本を一束にして、ギルドの窓口で売れば良いお小遣いになるよ」
「マーシー先生の診療所でも欲しいって言われましたね、そういや。お茶とスープの材料にするつもりで育ててるんですけど」
褒められた薬草は、以前、孤児院にお裾分けに持っていったら、イスヴァンが感心していたものだ。塗り薬にもなるが、食材としてもおいしい。日本でいうところのヨモギみたいな感じの薬草だ。
「虫が付きやすいから、虫除けにこれを被せてるんですよ」
ガラス製の温室に置いていた道具を持ってきて、ウィルに見せる。木製の枠に、目が粗い布を張ったもので、本来は料理の虫除けだ。
「あとは放置ですね。スコールが降るから、水はあげてません」
「へえ、面白いことを考えるなあ。僕は虫が付きやすいものは、温室で育てることにしてるんだ。外でも平気とは面白いな」
「この草、大振りの草や木の根元によく生えてるんで、雨が直接当たると弱ると思うんですよね。この虫除けがあってちょうどいいくらいかと」
「……君、もしかして生態にも詳しい?」
「こういう場所に生えやすいっていう大雑把なものですよ」
修太はさらっと答えたが、ウィルはどこか呆れている。
「ああ、うん、分かった。君を野放しにしたら危ういってことは、よーく分かった」
首を振って呟くウィルに、グレイが神妙に切り出す。
「悪いが、倅に常識を教えてやってくれ。薬草のことは分からねえ。もし何か問題があったら、冒険者ギルドに連絡を頼む。賊狩りグレイと受付で言えば伝わる」
「ぞ、賊狩りグレイ!? ご高名はかねがね……。申し遅れました、ウィル・クリーバリーと申します。この子の師匠はとんでもない御仁のようで……ご苦労お察しします」
「ああ。自覚が全くないから困っている。それから、こいつには持病もあって」
グレイとウィルが真剣な空気で話し合いを始めたので、修太はかやの外でぽつんとしている。
(なんで急に意気投合?)
見ていると、ウィルが名刺のようなものをグレイに渡した。グレイが連絡先をもらったことで、話は終わったらしい。
「シューター、この男は害のあるにおいはしねえから、安心して学んでこい」
「あ、ありがとう……」
グレイにそう言われて、半ば首を傾げつつ、修太はお礼を言う。この対応が正しかったのだろうか。
「さ、薬師ギルドに行こうか。雑用しつつ、法律違反になる薬草について、書き写してもらうよ。メモするものは持ってる?」
「はい、持ってます」
「オーケー。さて……どう教えるべきか。一から教えるより厄介だなあ」
ウィルはぶつぶつと呟きながら、開けっ放しの裏口から出ていく。グレイに行くように促され、修太もその後に続いた。
薬師ギルドのウィルの研究室に来ると、昨日と違って、他に三人増えていた。
「代理ありがとう、アラン、エスター」
ウィルが声をかけると、薬草の分量を量っていた男女が作業を止めて顔を向けた。
「いえ、とりあえず簡単な物だけ、調合を済ませておきました」
「私のほうはまだ途中です」
ウィルは頷いて、修太を示す。
「昨日の夕方に新しく弟子入りした子だよ。シューター・ツカーラ君っていうんだ。彼は体が弱いそうでね、たまに休むと思うけど理解してあげてね。それから薬草の知識がすごすぎて、色々と心配だから要注意だ。この子が何か言い出したら、そこで作業を止めて、できるだけ僕を呼んで。いいね?」
「はい」
「畏まりました」
二人は返事をしたものの、けげんそうに修太を観察している。
「ツカーラ君、この二人は僕の助手だ。薬師としてのランクは〈青〉で、とっくに一人前なんだけど、ここで業務の補佐をしながら、研究もしているんだよ。第一助手のアランと、第二助手のエスター・リッツレイン。エスターは男爵家のご令嬢だから、特に礼儀には気を付けて」
ウィルの紹介を聞いて、修太も二人の容姿をざっと眺める。二人とも、十代後半から二十代前半くらいだ。アランは少し体格が良く、銀髪を後ろで結んでいて、金の目を持っている〈黄〉だ。エスターは銀髪を後ろで編み込んでおり、切れ長の目は深い青の目を持つ〈青〉だ。
「シューター・ツカーラです。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をすると、ウィルはもう一人の十代半ばほどの少年を示す。
「それから、こちらはバジル君。この中では一番長い弟子だね」
会釈をして、バジルは微笑む。少しぽっちゃりしていて、ふんわりした空気の少年だ。もしパン屋をしていたら和みそうな雰囲気だと修太はこっそり思った。そちらにもあいさつすると、ウィルはアランに話す。
「アラン、あとは僕がするから、彼に雑用を教えてあげて。薬草のことは詳しいけど、薬のことは全然分からないそうだから、基礎からね。終わったら、法律違反になる薬草について教えるから、声をかけてくれる?」
「分かりましたが……。法律違反って、彼、何かまずいことをやらかしたんですか?」
恐る恐る確認するアランに、ウィルは手を振る。
「庭を見てきたけど、大丈夫だったよ。森から適当に薬草の苗を取ってきて育てているって聞いて、確認してきたんだ。――あ、そうだった」
ウィルは手を上げて、全員の注目を集める。
「新人いびりをするような人はいないと思うけど、一応言っておくね。彼、賊狩りグレイっていう冒険者の養子なんだ。その関係で、トラブルに巻き込まれることもあるらしくてね。もし彼のことで問題があったら、僕に相談か、冒険者ギルドに連絡するように。よろしくね」
その瞬間、彼らは息を飲んで、恐れるような空気とともに修太を凝視した。修太はフードの下で苦笑する。
「……君があの、賊狩りグレイの養子。冒険者ギルドで噂になってたよ。意外と地味だな」
アランが失礼なことを言う横で、エスターがウィルに教える。
「ウィルさん、ヘレナさんが目をかけてる子だって聞いてますわよ」
「えっ、ヘレナと知り合いなの? ええと……ヘレナ、最近はどんな感じ? 元気にしてるのかな」
ウィルがどこか慎重に問う中、助手と弟子達の眼差しが温かくなった。なんだその目はと思いながら、修太はウィルの質問に答える。
「昨日も会いましたけど、元気でしたよ」
「もしかして君のお父さんと仲が良い……とか」
「いえ、父さんは、薬師は薬くさいから嫌いらしくて。あ、失礼しました」
薬師相手に言うことではなかった。
「黒狼族は鼻がきくから、しかたないよ。そうなんだ、良かった。君のお父さん、格好良いからなあ」
「そうですね。格好良い大人だと思います。でも、だいたいの人は父さんを怖がってますよ? 待合室に行ってみれば分かりますけど、父さんの周りだけ席がガラガラですから」
「え? 紫ランクだから忙しいんじゃない? なんで待合室にいるの?」
「紫ランクになると、仕事が無い時は、一定時間、ギルド内で待機しなくてはいけないんです。緊急クエストで呼ばれたら、参加義務があるとかで」
「へえ、そんな決まりがあったのか。ねえ、それで君は、ヘレナとどういう知り合い……?」
やけに突っ込んで聞いてくるので、修太は首を傾げる。
「賊狩りの養子がどんなか好奇心にかられたみたいで、話しかけられたんですよね。その後、薬草の話をしていたら親しくなって、たまに冒険者ギルドの薬草園で手入れのバイトをしてます。そういう知り合いです」
「えっ、薬草園の手入れのバイトをしてるの?」
「たまに、です。雑草を間引いたり、虫をピンセットで取ったりするくらいですよ」
虫の駆除が面倒くさいんだよなあと、地味な作業について考えていると、ウィルは更に問う。
「そ、それで、ヘレナの周りには他にどんな人が」
「なんでそんなことを訊くんですか? 特に危険人物はいませんけど」
従兄弟だから、気にかかるんだろうか。
謎すぎるウィルの圧に困っていると、エスターがパンパンと手を叩いた。
「はいはい、ウィルさん、そこまでになさってください。仕事が押しておりますわよ!」
「あんまり問い詰めるとかわいそうですよ。さ、ツカーラ君、それじゃあ掃除とゴミの処理の仕方から教えていくね」
アランが助け船を出し、謎の状況からようやく離脱する。
ウィルはがっかりした様子で、アランの仕事を引き継いだ。
よく分からなかったが、アランから基礎を教わるうちに忘れてしまった。




