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 2



 扉を開けて入ってみると、薬師ギルドの中は空気がひんやりしている。

 見覚えのある魔法陣が天井付近にいくつもかけられている。風は感じないので、あれのおかげだろう。

 修太はオルファーレンからもらった、気温調節の魔法陣が縫い付けられているテントを思い出した。ここに移り住んだ後、セーセレティーの蒸し暑さに耐えかねて、似た効果のあるものを探したら、防具屋に売っていた。天蓋の布にも付けている。テントの魔法陣は寒さと暑さのどちらにも対応しているが、こちらは暑い日だけピンで取り付けるタイプだ。

 寒い日は、部屋の暖炉に火を入れて、毛布を重ねれば問題ない。

 涼しさに気を取られた修太は、後ろから入ってきた人にたしなめられた。


「出入り口に立っていると危ないぞ」

「すみません」


 謝って、すぐに横にずれる。

 注意した男は、肩に付け(えり)みたいな豪華な緑の布をかけて、前で結んでとめている。背中側には、青い糸で薬師ギルドの紋章が入っている。ここの職員だろう。

 彼が窓口の向こうへ消えるのを横目に、修太は改めて周りを見回す。

 冒険者ギルドと違い、待合室にはテーブルは無く、ふかふかした革張りのソファーがいくつか並んでいる。出入り口付近は、鍵のついたガラス戸棚が占拠していて、中には薬品などが陳列されていた。


(もしかして、ボックス販売?)


 中を覗いてみると、店の名前らしきラベルが張られていて、値札がついている。見た感じ、乾燥させた薬草を小分けしたものや、薬草茶、傷や手荒れに向く軟膏などが多い。


『購入したい方は、受付にお声かけください』


 端のほうに、こんな木札がかかっている。やはり販売用の棚だ。

 他は、受付と壁に依頼表が貼られているのは冒険者ギルドと同じだ。あちらがモンスターのドロップアイテムや素材の買い取りコーナーがあるなら、こちらでは薬草や薬品の買い取りコーナーがある。

 よその町の薬師ギルドで薬草を売ったことがあるくらいで、こんなにじっくりと見たのは初めてだ。正午すぎという、セーセレティーの民なら、外出をひかえる暑い時間帯なせいか、受付に職員が数名いる程度で閑散としている。

 受付に近付いて、修太は思い切って声をかけた。


「あのー、すみません」

「はい。ご依頼でしょうか」


 書類仕事をしていた中年の男は顔を上げ、じろりと修太を見てそう言った。邪魔がられている気配を察知して、修太はひるみそうになったが、なんとか踏みとどまって、できるだけ愛想良く問う。――フードを目深にかぶっている時点で、愛想は程遠いのだが。


「薬師ギルドにはどうやって入れるんでしょうか?」

「……ちっ、物知らずな新人かよ」


 あからさまな舌打ちが返り、修太の愛想にもヒビが入る。

 いろんな人がいる。感じの良い人もいれば、こういう嫌な人も。こういう時は、日本の客対応を思い出して、ちょっと泣けてくる。あの親切対応がどれだけ素晴らしかったか。コンビニ店員としては厳しい面もあったが、客からすれば、質問すれば答えてくれるだけありがたい。

 ――え? 質問しても答えない店員がいるのかって?

 商品について分かっている人だけが買えばいい、みたいな考えの店主もいるのだ。こういう、専門知識がいる薬草屋などではたまに見かける。扱いに注意がいるものは店の奥に置いているので、問題ないらしい。


「薬師に知り合いは?」

「いません」

師事(しじ)する相手もいないのに、登録に来たの? 馬鹿じゃないのか、君。とりあえずこれ読んで、で、師事する相手を決めたら、書類出して」

「え? どうやって師事する相手を見つけるんですか」

「そこで待ち構えて、来る人みんなに声をかけてみればいいだろ。それは貸出だから、後で返せよ」


 しっしっと犬でも追い払うみたいにされて、修太は渋々、待合室のソファーへ移動する。

 渡された羊皮紙(ようひし)の冊子を最初から順番に読んでいく。

 最後には書類の見本があった。

 この形式通りに作って、師事する相手の名前とその相手のサインを添えたら完成みたいだ。


(なるほど、薬師はある程度の読み書きができないとつとまらないから、ここから()り分けてるのか……) 


 修太は待合室を見回して、壁際に書類用の台を見つけたので、そちらに行く。

 旅人の指輪から、メモ用に持っていた羊皮紙やノート、インクと羽ペンを取り出して、薬師ギルドの簡単なルールと書類の形式を書き写す。

 ルールは、師匠の教えに従うこと、ギルド法にそむいたら罰せられること、ギルドからの協力要請にはできるだけこたえること、といった簡単なことだけ書いてある。薬師ギルドの法については、各自で勉強することとも書いてあった。

 要するに、責任が付きまとうからしっかり学べよ、ということだ。


(得意なこと、かあ。薬草の見極(みきわ)めって書いておけばいいのかな)


 書類の型を作ってしまうと、埋められる範囲だけ埋めておく。それ以外は、ノートに記入例をメモしておいた。


「こちら、ありがとうございました」

「ん? ちゃんと読んだのか?」

「大事な部分は書き写しましたので」

「そうか。また必要ならそこに置いてるから、受付の誰かに声をかければ読んでいい」


 さっきの受付の男に書類を返すと、ちょっと意外そうな顔をして、少し態度がやわらかくなった。それでも師事できそうな相手の紹介まではしてくれなかったが。


「ありがとうございます」


 もめるのも面倒くさいので、修太は礼を言うと受付を離れる。それから待合室で、入ってくる薬師に適当に声をかけてみる。


「すみません、ちょっといいですか」

「何?」


 二十代半ばくらいの女性は、じろりと修太をにらむ。


「俺、薬師ギルドに入りたくて、師事できる相手を探しているんです」

「あら、そうなの。私は無理よ。その様子だと知らないみたいだから教えてあげるけど、このネックレスを見て、インクが緑色でしょ? 緑ランクって意味。師匠になれるのは青ランクからだから」

「そうなんですか……」


 木製のペンダントには、葉っぱと小瓶の模様が刻まれていて、それが緑に塗られている。女性の口ぶりだと、薬師はこのペンダントを下げているようだ。


「学ぶ機会になって良かったわね。それじゃあ、はい」

「え?」


 女性が右手を差し出すので、修太はきょとんとする。


「情報料。銅貨十枚ってとこかな」

「……ありがとうございました」


 10エナを支払えとさいそくされ、修太は複雑な気持ちになりつつ、財布から銅貨を十枚取り出す。


「がんばってね」


 女性は修太の肩をポンと叩き、受付のほうへ行く。

 10エナはだいたい日本円にすると100円くらいだから、教えてもらった代わりにジュース代を出したみたいなものだ。


(薬師も商魂たくましいんだな……)


 仲間だった少女――ピアスを思い浮かべ、修太は苦笑する。情報には金を払うものだと口をすっぱくして言われていたのに、忘れていた。

 たまに面食らうが、ここでは普通のことだ。

 修太は気を取り直し、また薬師に声をかけにいく。とりあえず話を聞いてはくれるものの、薬師の知り合いもいないド素人と分かるや、邪見にされて追い払われるか、弟子にしてやる代わりにと、ぼったくりな授業料を提示する者のどちらかばっかりだ。

 三時間近く粘ってみたものの、修太はすっかり嫌気がさしてきた。

 金を払って済ませてもいいが、こちらが下だと見て吹っかけてくる輩は、にやにやしていてあからさまに態度が悪い。こんな人から教わると、それ以降も何かある都度、授業料を要求されそうだと、すぐに断った。


(同じ金を払うなら、冒険者ギルドの職員さんに、仲介料を払って紹介してもらおうか?)


 修太ががんばって、ろくでもない人に当たるよりマシな気がしてきた。この辺の処世術は、旅の間に学んでいる。もし知らなかったら、妥協(だきょう)していたかもしれない。

 待合室のソファーに座り、もう夕方だからいったん引こうかと悩んでいると、誰かに声をかけられた。


「やあ、君が新入り希望の人かな。ガスール君に聞いたんだけど」


 四十代半ばくらいだろうか、金髪金目の男が傍らに立っている。後ろで結んでいるものの、髪はボサボサで無精(ぶしょう)ひげを生やしていてだらしのない印象だが、これまでに一番、愛想の良い対応だ。

 少し感動しつつ、男を観察する。渋い緑の上着と黒いズボンの上に、白衣みたいなロングジレを着ている。ギルド職員のようで、緑色の付け襟みたいな布を肩にかけていた。首から下がるペンダントは藍色だ。


「ガスール?」

「そこの受付の彼だよ。さっきから君は何をしてるんだろうと思って質問したら、教えてくれたんだ」


 修太が受付を見ると、ガスールという名らしき男は、渋面で目をそらした。いかにも不本意だと言いたげだ。


「君も、何も新人嫌いが受付にいる時に来なくてもいいのにねえ。ははは。見ていてかわいそうだし、僕が師匠になってあげてもいいよ。どうかな?」


 小馬鹿にしているようで、ゆるーく笑っているので、なんとも気が抜ける。


「授業料はいくらです?」

「何それ」


 男はきょとりと修太を見る。


「声をかけたら、そう言う人が何人かいて……」


「ああ、それで小銭稼(こぜにかせ)ぎしてる連中もいるんだっけ? 知識は宝だよ、その理屈も分かるけど、薬師のなり手が減るからやめて欲しいよねえ。僕はとらないから、安心して。他にも三人ばかり世話してるんだ。今、そのうち二人が来てるから、研究室を覗いていくかい?」


 返事を急かすこともなく、男はカウンターの横の通路を示す。


「是非。あの、俺はシューター・ツカーラです。お名前をうかがっても?」

「ああ、そうだった。自己紹介を忘れていたね。僕はウィル・クリーバリー。ギルド職員でもあるけど、ここで研究員もしているんだ。見ての通り、ランクは藍色」


 返事をしながら、ウィルはのそのそと歩きだす。猫背(ねこぜ)がちにけだるげに歩く姿は、暑さにうんざりしている猫みたいだ。

 研究室はギルドの一階、一番奥の静かな場所にあった。


「おお」


 修太は思わず歓声を上げる。

 棚と本棚の森の中に、大きなテーブルと椅子が置かれている。そこで十代半ばの少年と少女が、せっせと薬草を選り分けている。


「あれ? 師匠、お帰りになったんじゃ……」


 肩ほどの高さの銀髪をした少女が、けげんそうにウィルに問う。


「新入り希望の子を見つけたから、案内してるんだ」

「またですか? 僕らも助かってますけど、先生は弟子を拾いすぎじゃありません?」


 向かいにいる銀髪の少年が、呆れを込めて言う。


「大丈夫大丈夫。君達は賢いから、すぐに巣立つでしょ」

「そうですか?」

「えへへ」


 少年と少女の顔が、ふわわんとゆるんだ。

 彼らの様子を見るに、ウィルのもとに弟子入りするのは良さそうだ。


「先生は、見た目はこんなんだけど、研究熱心で、弟子にも優しいから安心していいよ」

「他に、弟子が一人と、助手が二人いるのよ。助手の席は、そりゃもう白熱した戦いを勝ち抜かないと座れないのよ」


 二人は自分のことみたいに誇らしげに言ったが、ウィルは情けない顔になる。


「見た目はこんなんって何……」

「人生にくたびれたおじさんみたいです」

「清潔にはしてるんだけどねえ」


 悲しげに溜息をつくだけで、怒らない辺り優しい。ウィルは適当に座ってと声をかけ、奥の執務机につく。


「君、えーと、ツカーラ君だったかな。どうして薬師になりたいの? 見たところ、良い所の家の子みたいだから、家業(かぎょう)かな?」

「いえ、俺、あんまり体が丈夫ではなくて。でも家にいると退屈だし、薬草の見極めは得意だから、家でできる仕事をしたいなあと思いまして」

「へえ、薬草の見極め? ちょっと試しても?」

「いいですよ」


 ウィルの目つきが変わったのを見て、少年がこそっと口を出す。


「ねえ、そういう大口叩いてると後悔するぞ。ここに来た弟子は、これで何人もへこまされてるんだからな」

「間違えたら、知識を正す機会になるので、構いません」

「え……、そういうことをさらりと言っちゃうなんてすごいな」


 少年はそれならいいけどと、口を閉ざす。薬草を選り分ける仕事に戻った。なんとなく手元を見た修太は、少年の前にある籠の中に気付いて声をかける。


「なあ、それは毒草だから、(さわ)るのはまずいと思うけど」

「え?」

「本当だ。これ、触ったら、やけどするんだよ。セーフ!」


 ウィルが飛ぶように駆けてきて、赤い葉の中に混じっていた茶色い毒草を、ピンセットでつまんでどかした。


「大雑把に見ておいたんだけどな、悪いことしちゃったな。他にはないよね?」


 ウィルは仕分け済みの籠も確認して、ほっと息をつく。それから面白そうに修太を見る。


「君、これが何か分かるんだね」

「ヒリヒリ草。さわると手がただれる。でも、罠に使える」


 こくっと頷いて説明すると、少年の顔が青ざめた。


「ただれる!?」

「それは乾燥してるから、軽いやけどで済むよ。生だと、草の表面にヒゲみたいなのが生えてて、それが皮膚に残って重傷化するんだ」

「どうすんの、それ。触ったら」

「水で洗い流すしかないよ。それからすぐに医者のところに行って、魔法で治療してもらわないと駄目だな。最悪、表面を薄く()いでから治すから、治療も痛いぞ」

「ぎゃー! あぶねー!」


 騒ぐ少年を横目に、ウィルは思案げな顔をしている。


「対処法まで分かってるのか。ふーん、じゃあ、こっちは?」


 ウィルは修太を薬草の棚の前に呼び、次々に質問する。修太はそれに答えていった。


「え? これの効果に、防腐剤? 何それ」

「そう教わったんです」

「誰に?」

「はぐれのダークエルフです」


 神竜と言うわけにもいかないので、そう言って誤魔化す。


「薬草の扱いに長けている種族だよね。人嫌いだから知識をさずかる人は滅多といないんだよ。それはすごいな。その人に師事したらいいのに」

「もう、会えないんで……」


 修太の声が沈んで、しんみりした空気になった。

 ウィルはあからさまにおろおろし始める。


「ええっ、僕、まずいこと訊いちゃった!? ごめんね、悪気はなかったんだけど。どうしようかな。ええと……お茶でも()れようか!」


 死に別れたと勘違いしたようだ。ウィルの必死な様子に、修太は苦笑しつつ、出された茶を素直に飲む。ウィルも向かいの席について、ううんとうなる。


「全部正解だし、それどころか僕の知らない知識もあるみたいだねえ。君、他にはどういったことをしたことがあるの?」

「お茶や料理に使うくらいです。俺、ここに来るまでは旅をしていて、食べられる野草を教わってるうちに、なんかこんな感じになったんで」

「へ、へえ……、食べられるものを、ね。だから食べられない毒草も教えてあるのか、なるほど。それ以外は分からないってことでいい?」

「はい」


 ウィルはしげしげと修太を眺め、首を振る。


「すごく……すごくバランスが悪いねえ。薬草の見極めだけでも充分に食べていけるけど、薬師のほうが安定するものな。うん、君が良いなら、弟子にしよう。ブランドン辺りに捕まったら心配だしな」

「俺はもちろんありがたいです、よろしくお願いします。でも、ブランドンって誰ですか?」

「ここのギルドマスターだよ。薬師の腕は良いんだけどねえ、野心家でね。お金の有る無しで仕事するって言ったら分かる?」


 かなり控えめに表現しているらしいのは、ウィルのほんのり苦笑を浮かべた顔で察した修太である。


「なんとなく分かりました」

「一つ、忠告しておくよ。彼に専属採取師(さいしゅし)になれと言われても、絶対に引き受けちゃいけない」

「なんですか、それ」


 初めて聞いた言葉だ。修太が質問しても、ウィルは嫌そうな顔もせずに、丁寧に教えてくれる。


「薬師はある程度の腕が付くと、店で薬草を買うか、薬草の採取をする人を雇うんだ。個人での採取には、限界があるからね。僕は自分で採取に行くことが多いけど、なじみの店で買うこともあるよ」


 そこでウィルはうっとりと頬を緩める。


「森に生えている薬草を見つけた時は、気分が高揚するよね。本当、薬草って可愛い。ちょっと変わった所に生えてたら、すぐに記録を取るよ!」

「はあ……」


 修太は気のない返事をする。

 薬草を可愛いと思ったことがないので、正直、ウィルに共感できない。浮き浮きと楽しそうに話しているので、本当に薬草が好きなんだなということは分かった。


「ええと、とにかく。ブランドンにつぶされた薬草採取師は結構多いから、僕の忠告はよく聞いて。あいつ、外面(そとづら)は良いから、安心して契約する人が後を絶たないんだよね……」

「え、それでなんでギルドマスターをしてるんです?」

「法律違反はしてないんだ。君も、契約書はちゃんと読まなきゃ駄目だよー」


 ウィルはそこでふうと溜息をつく。


「それじゃあ、明日の午後過ぎから来てくれる? 体が弱いんだったら、来られない時もあるでしょう? その時は連絡して、遠慮なく休むんだよ。僕ら薬師は、病気を治すのがお仕事だ。そんな薬師が体を壊すのは本末転倒だからね」

「分かりました」

「じゃ、僕は帰るよ。実は二徹(にてつ)してて、眠くてたまらないんだ。二人とも、悪いんだけど、食器を片づけておいてくれるかな」

「「はい! お任せください!」」


 少女と少年が元気よく答え、互いににらみあった。

 ウィルはさっきの毒草の処分だけはしっかりして、あくびをしながら研究室を出ていった。


(徹夜続きだったから、うっかりミスしたのか……。なるほどね)


 睡眠は大事だなあと、修太は閉まった扉を見て思った。


「先輩、弟子の期間っていつまでなんですか」


 同年代だが、少年と少女を先輩扱いすることに決めた修太は、丁寧に問う。


「あら、分かってるじゃないの。私はメアリーよ、よろしく、ツカーラ君」


 うれしそうに笑って、メアリーは右手を差し出す。


「シューターでいいですよ」


 握手をかわし、修太はそう返す。


「じゃ、シューターって呼ぶよ。僕はレスティ。よろしく。さっきはありがとう」


 少年も親しげに笑い返し、修太と握手する。


「弟子の期間は決まってないよ。師匠が〈赤〉に見合う基礎知識を学んだと判断して、ギルドで昇格試験を受けたら、〈橙〉になる。〈橙〉になると、簡単なものなら売れるようになるけど、そのためには師匠の許可がないといけない」

「ギルドに入ってすぐの所で、ボックス販売してたでしょ? あれよ」


 ウィルの使っていたカップを取り上げながら、エミリーが口を挟む。


「品質をたもちつつ、利益を得られるように、薬草や容器などの相場も勉強するの。それから、帳簿の付け方と、都市へ支払う税金の計算とかもね。〈橙〉から〈黄〉へは、〈黄〉の店で売れる品を一通り作って、ギルドに提出して、合格すれば昇格できるのよ。薬師は商人でもあるからね。まずは自分が食べていけるようになって、それから人助けをするようにっていう考えなの」


 レスティはポットを奪うように取り上げた。


「そして〈黄〉になれば卒業ってわけ。でも、師弟の(きずな)は切れるわけじゃないから、それからも研究室に来てもいいんだぜ。先生はお人好しで世話焼きだから弟子が多いし、このギルドじゃかなり人望が高いほう。君、ついてたな」

「反ギルマス派っていわれてるから、ギルマス側の人には冷たくされるけど……そんな時は戦わずに離れるのよ? ま、あの人達、こっちに面倒くさい業務を押しつけてくるから、私は大嫌いだけど」


 メアリーは憤然と言いながら、レスティからポットを取り上げようとする。二人が、どちらが片付けるかで静かに争っているのを眺めながら、修太は質問をぶつけた。


「それじゃあ、ウィルさんが二徹だって言ってたのはそのせい?」

「そう! 調合が難しいものを期限ぎりぎりによこされて、師匠がかかりきりだったのよ」

「できないならできないと言えばいいのに、最後に後始末するのは先生なんだぜ。でも、先生はお人好しだから、依頼主が困るから……って引き受けちゃうんだよな」


 結局、二人はカップとポットをそれぞれで洗うことにしたらしい。急にこちらを振り返った。


「さ、ついてらっしゃい。給湯室(きゅうとうしつ)の場所を教えてあげる」

「まずは新入りは清掃から叩きこまれるんだ。薬師の基本は、清潔さだ。そのカップは自分で洗うこと。明日は掃除のしかたとか、こぼれた薬品への対処とか、そういったことから教わると思うぜ」

「片付けたら、今日は帰っていいわ。もう夕方だしね。それに体が弱いんでしょ? 初日からこき使ったら、私達が師匠に怒られるわ」


 にらみあっている二人に、修太は恐る恐る訊いてみる。


「あのー、場所だけ教えてくれたら、俺がそれも片付けましょうか?」


「はあ? 先生から頼まれたのは僕だぞっ」

「はあ? 師匠から頼まれたのは私よっ」


「あ……はい。すみません」


 修太は即座に両手を挙げて謝った。

 とりあえず、ウィルが慕われまくっていることは分かった。



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