番外編1 引っ越しと孤児院 1
番外編です。
アフターより前の、修太達がサランジュリエに引っ越してきた頃の話です。
天気は良好。
今日もセーセレティー精霊国は蒸し暑いが、気まぐれ都市サランジュリエに近付くにつれて、だんだん涼しくなってきた。
街道から都市を囲む分厚い城壁の向こうを眺めると、四角柱の高い塔がそびえている。あれこそが、サランジュリエを発展させているダンジョン〈四季の塔〉だ。
「今日のサランジュリエは冬だ。雪が降ってるから、温かい格好で入るといいぞ」
門前で通行確認の列に並んでいると、厚手のマントを着た門番が、列の人々に注意して回っている。
「ゆき?」
「なんだろうな?」
年中熱帯のセーセレティー生まれの人々の中には、注意の意味が分からない者もいる。さわさわと広がるしゃべり声を聞きながら、修太は傍らの男――グレイを見上げた。
「父さん、雪だって」
「ああ。お前は何か羽織れ」
短く頷いたところを見るに、グレイは特に厚着しなくても平気のようだ。
修太は旅人の指輪から裏地が毛皮になっている上着を取り出して着こむ。ふと足元を見ると、コウが大人しく座っていた。ふかふかの灰色の毛に包まれている。
「コウは大丈夫そうだな。だけどこれ、夏毛だろ?」
「オンッ」
大丈夫と言いたげに、コウは胸を反らす。
その時、修太達の番になった。
「はい、こんにちは。おお、紫ランクの冒険者さんか! ようこそ、気まぐれ都市サランジュリエへ。そちらはお連れさん?」
グレイの差し出した冒険者の身分証を見て、最初は不審そうにグレイを見ていた門番の男は、一気に警戒を解く。
門番の問いに、修太は名乗る。
「シューター・ツカーラです。こっちはペットのコウ」
「シューター・ツカーラ君ね。養子? じゃあ、身元も問題ないな。お父さんの仕事に付き添いかい?」
門番は中年くらいの年代で、完全に子どもへの対応で修太に問う。
十五歳が成人の国だが、この様子。修太はセーセレティーの民と比べると、日本人の特徴のせいで、そんなに背が高くもなく小柄だから、年下に見えているのだろうか。
「あの、俺、もう十六なんですけど!」
心の中で、外見年齢と付け足しての修太の抗議に、門番は笑った。
「あはは、悪い悪い!」
門番は謝っているが、大人ぶりたい子どもを見るような、生温かい視線になっている。
ぐぬぬぬと修太が歯噛みしていると、グレイが修太の肩をポンと叩いた。
「倅がこの都市を気に入ってな。定住したいと考えている」
「おお、紫ランクが定住してくれるんならありがたい話だ。まずは冒険者ギルドに行って、そこで詳しく聞くといい。役所の手続きがかなり楽になるぞ」
「分かった」
「ありがとう、おじさん」
修太は門番に礼を言い、グレイやコウとともに門を通過する。城壁のトンネルを通り抜ければ、街が広がっている。
「うわあ、雪だ!」
修太は立ち止まり、歓声を上げる。
〈四季の塔〉のてっぺんに住む冬のドラゴンが起きていて、そこから雪を吐き出しているらしい。
熱帯地方にも関わらず、ここだけ白銀の世界だ。
雪を知らない人々が、前のほうで驚き、寒さに震えて騒いでいる。
「まずは宿だ。冬服に着替えてから冒険者ギルドに行く」
「分かった」
グレイの話に首肯して、修太達は宿に向かった。
冒険者ギルドで定住の話をすると、手数料を払えば、冒険者ギルドが書類手続きを代行してくれると教えてくれた。
セーセレティー精霊国は、外国人にも寛容だ。
身元の証明ができれば、定住への許可は簡単に下りる。ただ、犯罪歴があったり、白教徒だったりすると認められないし、最悪、都市から追い出されることもあるそうだ。
グレイは冒険者のトップランク紫で、名も通っている。修太はその家族だ。全く問題ない。
「紫ランクがいると、うちの冒険者ギルドの評価も上がるんで、こちらは大歓迎だ。へえ、うちのギルドで、養子入り申請をしたんだな。何か縁があるのかね、嬉しいよ。よろしく頼むぜ、グレイ」
わざわざサランジュリエ支部のギルドマスターであるダコン・セリグマンが出てきて、あいさつしてくれた。四十代半ばほどの男だが、闊達で筋骨隆々とした男らしい男だ。黒髪は短く刈り上げ、綺麗に整えたヒゲがある。驚いたことに目は茶色いので、ノンカラー――魔法を使えないのに、ギルドマスターをしているようだ。
彼はにかりと笑って右手を差し出したが、グレイは手を一瞥しただけで握手は返さない。ダコンは肩をすくめた。
「ったく、黒狼族は馴れ合わないよな。ほい、坊主。代わりに握手してくれ」
「はい、よろしくお願いします。あの、父さんがすみません。そっけないけど、良い人なんで!」
定住するのだから、ダコンとは長い付き合いになるはずだ。
修太はグレイに代わって丁重にあいさつして、グレイのこともフォローした。足元でコウが援護する。
「オン!」
「ははっ、坊主だけでなく、犬っころにまで庇われてるよ。面白いな。気にしなくていい、冒険者にはこんな癖のある連中ばっかりだ。仕事してくれるなら、俺は細かいことは言わねえからよ。それで、ええと、定住するんなら家が必要だな。あてはあるのか?」
ダコンの問いに、グレイが答える。
「いや」
「希望は?」
これには修太が答える。
「風呂がある家!」
「塀に囲まれていて、門がしっかりしていること。治安が良い場所にあること。大通りに面していて、人通りが多いと良い。家の周りが清潔に片付いていて、隣家は塀より低い」
グレイが長々と注文を付けるので、ダコンはちらりと隣に控えている受付のリック・ウィスコットを見やる。
「大丈夫ですよ、マスター。メモしています」
「さっすが、リック。ま、とりあえず風呂付の家を探しておくから、三日後にまた来てくれ。で、都合が良い日に役人と下見してくるといい」
「昼と夜の違いも見たい」
グレイが付け足すと、ダコンは頷いた。
「ああ、分かった。まずは昼に下見して、気に入った所だけ、後で夜に見に行けるように手配しておくよ。家選びには大事なことだが、やけに慎重だな」
「こいつはこの通りでな」
グレイは修太のフードに手を伸ばして、僅かに目元だけ持ち上げた。修太が〈黒〉だと分かると、ダコンとリックはなるほどと頷く。
「俺は恨みも買っている。俺を狙う復讐者に、こいつが巻き込まれたこともあるからな。事前にできることは、全てしておくつもりだ」
「それは俺でも警戒するな。分かった」
「それから、こいつには持病があってな。腕が良い医者がいたら紹介してくれ」
ダコンはけげんそうにグレイを眺める。
「なんか、息子のことばっかりだな。お前さんの希望はないのか」
「俺はどこでも生きられるが、そうだな。腕の良い鍛冶屋の紹介は欲しい」
リックがさらさらと紙にメモしていく。ダコンはまだ不思議そうにグレイを見ている。
「なあ、坊主は弟子じゃないのか? やけに過保護だが」
「養子だ。こいつは戦えないし、持病に響くから魔法を使わせる気もない」
「お前さん、黒狼族……だよな」
ダコンはカウンターから身を乗り出して、グレイの黒い狼の尾を確認して首をひねる。
「ううん? まあ、いいか。とりあえず承知した。拠点変更手続きをしておくから、滞在先をリックに伝えておいてくれ」
「分かった」
グレイの返事を聞いてから、ダコンはカウンターを離れて二階へ向かったが、まだ不可解そうにしている。
黒狼族は仲間には甘いが、男には厳しい。認めた者以外には手厳しいのが常だ。修太みたいな弱小人間を特別扱いしているのが、ダコンには不思議でならないのだろう。
そうこうしているうちに手続きが終わり、到着初日は宿でのんびり過ごすことにした。
*
それから数日かけて、家探しを始めた。だが、これがなかなか大変だった。
資金は問題無い。グレイは紫ランクなので資産家だし、修太も旅の間にモンスターからもらった素材や、自分で採取した薬草などを売って、結構な金がある。
問題は、安全面だ。
修太には良い家だなと思っても、グレイが首を縦に振らない。少しチェックして、「駄目だ」と拒否してばかりだ。
修太の希望は、風呂があることだ。日本では毎日風呂に入っていた身としては、湯船に浸かりたい。
しかし、だ。そもそもセーセレティーの民家には、普通、風呂は無い。公衆浴場があって、そこに通うのだ。大量の水を沸かすためには火を使うので、火事の危険があるせいだ。
だったらお湯が出る魔具を使えば問題ないのだが、そんな魔具は高価すぎて、庶民の家には無い。
だから風呂付の物件となると、自然と金持ちや貴族が住んでいた屋敷しかない。
不動産を管理する役人には、最初、西区にある貴族や金持ちの住む富裕層の集う屋敷を案内された。
広々とした前庭、大きな屋敷、裏には畑。ひと目で金持ちの家と分かるそれを見ると、グレイは即座に否定した。
「駄目だ」
「えっ、資金不足ですか?」
「違う。こうあからさまに金持ちと宣伝するのは危険が付きまとう」
「使用人を雇えばいいではないですか」
「信用ならない他人を、自分のテリトリーに入れろと? 鬱陶しいからお断りだ」
なんともグレイらしいばっさり加減で切り捨て、他の場所を見せろと催促する。
修太も知らない人が家をうろつくのは気疲れするので嫌だ。
役人はくるんとカールしたヒゲを指先で引っ張りながら、ううんとうなって書類をめくる。
「そうですねえ。では、庶民エリアになりますよ」
「見てから決める」
こんな調子で、都市の中をあちこち動き回り、五日目の夕方には、役人はぐったり疲れ果てていた。
「はあ、ここまでこだわりが強い方は初めてですよ。うーん、あんまりオススメではないんですが、条件に合う場所が一つあります」
「どうしてオススメしないんです?」
修太の問いに、役人は苦笑いをする。
「隣が孤児院でしてね。子どもの声が騒がしいからと、嫌がる方ばかりで。屋敷自体は良いものなんですが、買い手が見つからないんですよ」
つまり他の人が拒否するから、最初から候補に入れていなかったらしい。
ひとまず物件を見てみることにした。
西門が近い、大通りに面する瀟洒な屋敷だ。塀に囲まれており、両隣の家は一階だけの平屋である。
グレイはまず屋敷の外を一周してきて、門に戻ってきた。
「裏も問題無い。小道は清潔だ、それなりに近隣の目が通っているようだな。塀も頑丈だし、細工すれば問題ないだろ」
「細工?」
「……こちらの話だ」
修太の問いに、グレイはぼそりと返す。なんだか不穏な響きがあったが、グレイは答える気が無い時は一切答えないので、それに慣れている修太は、無駄な時間は使わない。ふーんと頷いておいた。
屋敷は二階建てで広く、トイレは綺麗だし、風呂場は石造りで掃除しやすそうだ。何より浴槽は広くて、寝転がれそうである。外から薪を焚いて水を沸かすものらしいが、お湯が出る魔具を持っているので、ここに設置して使えばいい。
部屋を見て回り、庭を見て感動の声を上げる。
「すごいぞ、父さん。温室がある! 井戸もあるし、ここだけで全部できる。父さんが稽古するにもいいんじゃないか」
空き家になって長いのか、庭は荒れている。コウが雑草の中を楽しそうに駆け回って戻ってきた。
「俺はどうでもいい。だが、こんなに庭が広くてどうするんだ?」
「ハーブや薬草を育ててみたかったんだ。いいなあ、ここ」
「気に入ったか?」
「すっごく!」
修太のはしゃぎようを見て、グレイはこくりと頷いた。
「あとは夜に確認してから決める。日中はこの通りだ。そこはどうだ」
隣の孤児院にいる子ども達が遊んでいるのか、確かにちょっと騒がしい。修太は家に入って扉を閉めてみた。また庭に戻る。
「うん、大丈夫だ。家の中にいると、そんなにうるさく感じない」
「お前がいいなら構わん。夜は静かだと思うがな。子どもっていうのは、夜は寝ているものだ」
だが、街灯や通りの様子なども見たいというので、一度、夜に確認することになった。
グレイの言う通り、孤児院のほうは夜はシンと静まり返っていた。近隣の家も寝るのは早いらしく、夜も更けないうちに窓の明かりは消えていた。
そういうわけで、グレイの厳しい注文をクリアして、ようやく引っ越し先が決まったのだった。
修太は十六歳(外見年齢)としてますけど、本編によっては年齢が変わるかも。大丈夫と思いますけどね。




