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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
北西の森の邪教徒編
30/178

 6



 あとはセーセレティー国の衛兵の仕事なので、翌朝、啓介とフランジェスカは帰路につくことになった。


「それじゃあ、お世話になりました。あ、そうだった。シュウ、これ、やるよ」


 居間で、啓介はあいさつをして、旅人の指輪から四角い箱をとりだした。


「何これ?」

「ピイチル君の試作品。昨日のうちに調整しておいたから、アリッジャに着いたら電話するよ。たまにはしゃべろうぜ。あとは……薬草の注文もするかも」

「注文されてもな。どう届ければいいんだ?」


「管理が難しいのだけ保存袋に入れて、あとはまとめて箱に詰めて、商人ギルドでアリッジャに行く商人に預けてくれたらいいよ。サーラさんの家にって言えば、大事に運んでくれるから。サーラさんはアリッジャの商人ギルドの顔役だからね、国内だと顔がきくんだ。あと、代金は商人ギルドの小切手で返送するから、物品リストと請求書も忘れずに付けて」

「友達なのに……」


 啓介の話を聞いていて、修太は気まずくなった。啓介は真面目に返す。


「友達だから、金銭面はちゃんとしないと。そういう細かいところをおそろかにすると、友達をなくすんだ。サーラさんにもピアスにも、公私は分けるように注意されてるよ。それにお前、これから薬師で稼ぐつもりなら、俺で商売の練習をしてると思えばいい」


 しっかりしてるなあと、修太は改めて感心した。サーラは商売になると身内にも厳しいが、ピアスとそろって良心的な商人なんだろう。啓介が人が好いから、気を付けるように教えているようだ。

 自分で練習すればいいと言ってくれるのだから、啓介も相変わらず良い奴だ。


「分かった。ありがとうな」


 修太が礼を言うと、啓介は照れくさそうに笑う。


「うん。俺もサーシャから教わったから、薬草の見極めはできるけど、薬草を育てるのはシュウのほうが上手だからな。葉っぱも大きいし、しっかりしてるだろ」

「そうか? 森で苗を拾ってきて、植えて、たまに肥料を撒いてるだけだぞ」


 毎日スコールが降るから、水やりをするのは温室だけだ。あとは生育環境に合わせて、日光や雨が当たるか当たらないかを計算して植えているくらいだ。


「その辺の配分が、なんか上手いんだろ。俺も庭で育ててみたけど、もっと小ぶりだった」

「ふーん。よく分かんねえ」


 薬草やハーブを育てるのは、ただの趣味だ。庭で採れたての食材で、料理をおいしくしたいだけである。以前は旅をしながら、野宿する時に森で摘んだものを食べていたせいか、市場で売られている薬草はおいしくないと感じるのだ。

 薬草やハーブは薬ではなく、修太にとっては食べ物なのだ。おいしいものの為なら、ちょっとの苦労も惜しまない。

 それから受け取ったばかりのピイチル君に視線を落とす。


「へえ、これが電話もどき」


 上に魔法陣が描かれた、両手で持つくらいの大きさをした四角い木箱だ。シンプルで、飾りっけがない。

 啓介がムッと眉を吊り上げて主張する。


「ピイチル君!」

「……はいはい、ピイチル君な」


 修太がちゃんと呼ばないので、啓介がしつこい。修太が呼びなおすと、啓介は落ち着きを取り戻した。


「これの上に光の伝書鳥がとまるんだ。綺麗だからって、鳥には触るなよ? シュウが触ったら、魔法が解除されちまう」

「あ、そうだな。分かった。気を付ける」

「それから、たまにここに媒介石をチャージしてくれ。伝書鳥がとまったら、媒介石を常に使う状態になるから気を付けていてくれな」


 啓介が説明しながら側面の引き出しを引っ張ってみせると、小さな媒介石が収まっているのが見えた。


「分かった」


 修太は頷いて、ピイチル君を旅人の指輪にしまう。


「それじゃあ、またな」

「白教徒にはくれぐれも気を付けろ」


 啓介に続いて、フランジェスカが言い、二人そろって家を出て行った。門の前で見送ると、コウが寂しそうに鳴く。


「クーン……」

「うん。寂しいな。でも、また来るよ」


 幼馴染と仲間を見送ると、修太もちょっと気持ちが沈む。この世界では、いつ死んでもおかしくない。だから別れ際はどうしても心配になる。感傷に浸る修太を、グレイがあっさり現実に引き戻す。


「シューター、そろそろ出ないと遅刻するぞ」

「あ、そうだった」


 修太は急いで弁当などを詰めた鞄を取りに行き、トリトラとコウとともに家を出る。


「なあ、お前らって別れ際に寂しくなったりしないの?」


 学園まで送ってくれるというトリトラの横に並んで、修太は疑問をぶつける。トリトラはきょとんとした。


「なんで寂しくなるの?」

「……うん、聞いた俺が馬鹿だった」

「よく分かんないけど、寂しいの? 大丈夫だよ、どうせお昼時には食事のことで頭がいっぱいになるから」

「……うん」


 その励まし方はどうなんだ。修太は複雑な気持ちになったが、トリトラの言う通り、食事の時は忘れているだろう。


「会えるなら会うもんだし、会えなかったらそんなもんだよ」


 トリトラはなんとも軽い調子でそう言った。

 縁の話だろうか。いや、トリトラはそこまで深く考えていない気がする。


「それより白教徒だよ。学園でも気を付けるんだよ」

「分かった」

「ナイフは持った?」

「グレイと同じことを聞かないでくれよ。まじで物騒!」

「何が問題なの? 自衛は大事だろ」

「……もういい」


 修太の抗議も、トリトラはどこ吹く風だ。そもそも修太が何を気にしているのか、本気で分からないようである。修太は理解しあうのを諦めて、会話を打ち切った。

 この辺の物騒さ加減だけは、黒狼族とは永遠に分かり合えない気がする。

 若干の疲労感とともに学園の門まで来ると、アジャンに声をかけられた。


「シューター、おはよう。あ、トリトラさん、この間はご馳走様でした!」

「おはよう。もう名前を覚えたんだな」


 修太もあいさつを返し、意外に思ってそう言うと、アジャンはあははと明るく笑う。


「そりゃあ、美味い食べ物をご馳走してくれた相手のことは、しっかり覚えるだろ」

「ははあ、君と親しくなるわけだね」


 トリトラが面白そうに言った。

 アジャンはそこでトリトラの尻尾に目をとめて、ぎょっと身を引いた。


「えっ、トリトラさんって黒狼族だったんですか?」

「だったというか、生まれた時からそうだよ。あ、そっか。この間はマントを着てたから、気付かなかったのか」


 トリトラは自分の格好を見下ろして、思い出したように言った。今日は灰色のマントを着ておらず、黒狼族らしい黒づくめの服装だ。狼の黒い尾が上着の裾から出ている。

 黒狼族は黒い衣服を身に着ける決まりだ。だが、レステファルテ国では差別されているので、正体を隠したい時は、上に灰色のマントを着ていることが多い。

 言われてみればと、修太はトリトラを見た。


「そういや、セーセレティーにいるのに、珍しくマントを着てたよな」

「スコールが鬱陶しくてさ。あれ一枚だけで乾きやすいんだよ」


 確かに、マントのフードを被っていれば髪も濡れないだろうし、快適さが違うだろう。

 トリトラは修太の肩をポンと叩くと、アジャンに話しかけた。


「シューターは僕の弟分なんだ。くれぐれもよろしくね」

「は、はい……」


 気のせいか、アジャンの顔が青ざめた。いぶかしく思った修太がトリトラを見ると、トリトラはにっこりと笑う。


「それじゃあ、シューター。また迎えに来るよ。夕方でいいんだっけ?」

「時間ならコウが分かってる。な、コウ」


 修太がコウに問うと、コウはぶんぶんと尻尾を振った。


「オン!」

「相変わらず、賢いね。じゃあね」

「おう。トリトラも気を付けろよ」


 修太が声をかけると、すでに歩きだしていたトリトラは右手を挙げて返す。


「じゃあな、コウ」

「ワフッ」


 コウの頭を撫でてやると、コウは嬉しそうに吠える。そしてきびすを返し、トリトラのほうへ駆けていった。アジャンがこそっと問う。


「いったいどういう繋がりの人……?」

「旅してた時の仲間だよ」

「大丈夫なのか? さっきのトリトラさんの目、くれぐれもよろしくと言いながら、完全に殺し屋だったぞ」

「大丈夫だ、あいつらはいつも物騒だからな。平常運転だ」

「日常が怖すぎる!」


 ぎゃあぎゃあとやかましいアジャンをスルーして、修太は教室に向かう。アジャンは気になってたまらないようだが、妙に納得したように呟く。


「とりあえず、お前が変わってるってことは分かった」

「うっせー」


 修太は悪態を返した。


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