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あとはセーセレティー国の衛兵の仕事なので、翌朝、啓介とフランジェスカは帰路につくことになった。
「それじゃあ、お世話になりました。あ、そうだった。シュウ、これ、やるよ」
居間で、啓介はあいさつをして、旅人の指輪から四角い箱をとりだした。
「何これ?」
「ピイチル君の試作品。昨日のうちに調整しておいたから、アリッジャに着いたら電話するよ。たまにはしゃべろうぜ。あとは……薬草の注文もするかも」
「注文されてもな。どう届ければいいんだ?」
「管理が難しいのだけ保存袋に入れて、あとはまとめて箱に詰めて、商人ギルドでアリッジャに行く商人に預けてくれたらいいよ。サーラさんの家にって言えば、大事に運んでくれるから。サーラさんはアリッジャの商人ギルドの顔役だからね、国内だと顔がきくんだ。あと、代金は商人ギルドの小切手で返送するから、物品リストと請求書も忘れずに付けて」
「友達なのに……」
啓介の話を聞いていて、修太は気まずくなった。啓介は真面目に返す。
「友達だから、金銭面はちゃんとしないと。そういう細かいところをおそろかにすると、友達をなくすんだ。サーラさんにもピアスにも、公私は分けるように注意されてるよ。それにお前、これから薬師で稼ぐつもりなら、俺で商売の練習をしてると思えばいい」
しっかりしてるなあと、修太は改めて感心した。サーラは商売になると身内にも厳しいが、ピアスとそろって良心的な商人なんだろう。啓介が人が好いから、気を付けるように教えているようだ。
自分で練習すればいいと言ってくれるのだから、啓介も相変わらず良い奴だ。
「分かった。ありがとうな」
修太が礼を言うと、啓介は照れくさそうに笑う。
「うん。俺もサーシャから教わったから、薬草の見極めはできるけど、薬草を育てるのはシュウのほうが上手だからな。葉っぱも大きいし、しっかりしてるだろ」
「そうか? 森で苗を拾ってきて、植えて、たまに肥料を撒いてるだけだぞ」
毎日スコールが降るから、水やりをするのは温室だけだ。あとは生育環境に合わせて、日光や雨が当たるか当たらないかを計算して植えているくらいだ。
「その辺の配分が、なんか上手いんだろ。俺も庭で育ててみたけど、もっと小ぶりだった」
「ふーん。よく分かんねえ」
薬草やハーブを育てるのは、ただの趣味だ。庭で採れたての食材で、料理をおいしくしたいだけである。以前は旅をしながら、野宿する時に森で摘んだものを食べていたせいか、市場で売られている薬草はおいしくないと感じるのだ。
薬草やハーブは薬ではなく、修太にとっては食べ物なのだ。おいしいものの為なら、ちょっとの苦労も惜しまない。
それから受け取ったばかりのピイチル君に視線を落とす。
「へえ、これが電話もどき」
上に魔法陣が描かれた、両手で持つくらいの大きさをした四角い木箱だ。シンプルで、飾りっけがない。
啓介がムッと眉を吊り上げて主張する。
「ピイチル君!」
「……はいはい、ピイチル君な」
修太がちゃんと呼ばないので、啓介がしつこい。修太が呼びなおすと、啓介は落ち着きを取り戻した。
「これの上に光の伝書鳥がとまるんだ。綺麗だからって、鳥には触るなよ? シュウが触ったら、魔法が解除されちまう」
「あ、そうだな。分かった。気を付ける」
「それから、たまにここに媒介石をチャージしてくれ。伝書鳥がとまったら、媒介石を常に使う状態になるから気を付けていてくれな」
啓介が説明しながら側面の引き出しを引っ張ってみせると、小さな媒介石が収まっているのが見えた。
「分かった」
修太は頷いて、ピイチル君を旅人の指輪にしまう。
「それじゃあ、またな」
「白教徒にはくれぐれも気を付けろ」
啓介に続いて、フランジェスカが言い、二人そろって家を出て行った。門の前で見送ると、コウが寂しそうに鳴く。
「クーン……」
「うん。寂しいな。でも、また来るよ」
幼馴染と仲間を見送ると、修太もちょっと気持ちが沈む。この世界では、いつ死んでもおかしくない。だから別れ際はどうしても心配になる。感傷に浸る修太を、グレイがあっさり現実に引き戻す。
「シューター、そろそろ出ないと遅刻するぞ」
「あ、そうだった」
修太は急いで弁当などを詰めた鞄を取りに行き、トリトラとコウとともに家を出る。
「なあ、お前らって別れ際に寂しくなったりしないの?」
学園まで送ってくれるというトリトラの横に並んで、修太は疑問をぶつける。トリトラはきょとんとした。
「なんで寂しくなるの?」
「……うん、聞いた俺が馬鹿だった」
「よく分かんないけど、寂しいの? 大丈夫だよ、どうせお昼時には食事のことで頭がいっぱいになるから」
「……うん」
その励まし方はどうなんだ。修太は複雑な気持ちになったが、トリトラの言う通り、食事の時は忘れているだろう。
「会えるなら会うもんだし、会えなかったらそんなもんだよ」
トリトラはなんとも軽い調子でそう言った。
縁の話だろうか。いや、トリトラはそこまで深く考えていない気がする。
「それより白教徒だよ。学園でも気を付けるんだよ」
「分かった」
「ナイフは持った?」
「グレイと同じことを聞かないでくれよ。まじで物騒!」
「何が問題なの? 自衛は大事だろ」
「……もういい」
修太の抗議も、トリトラはどこ吹く風だ。そもそも修太が何を気にしているのか、本気で分からないようである。修太は理解しあうのを諦めて、会話を打ち切った。
この辺の物騒さ加減だけは、黒狼族とは永遠に分かり合えない気がする。
若干の疲労感とともに学園の門まで来ると、アジャンに声をかけられた。
「シューター、おはよう。あ、トリトラさん、この間はご馳走様でした!」
「おはよう。もう名前を覚えたんだな」
修太もあいさつを返し、意外に思ってそう言うと、アジャンはあははと明るく笑う。
「そりゃあ、美味い食べ物をご馳走してくれた相手のことは、しっかり覚えるだろ」
「ははあ、君と親しくなるわけだね」
トリトラが面白そうに言った。
アジャンはそこでトリトラの尻尾に目をとめて、ぎょっと身を引いた。
「えっ、トリトラさんって黒狼族だったんですか?」
「だったというか、生まれた時からそうだよ。あ、そっか。この間はマントを着てたから、気付かなかったのか」
トリトラは自分の格好を見下ろして、思い出したように言った。今日は灰色のマントを着ておらず、黒狼族らしい黒づくめの服装だ。狼の黒い尾が上着の裾から出ている。
黒狼族は黒い衣服を身に着ける決まりだ。だが、レステファルテ国では差別されているので、正体を隠したい時は、上に灰色のマントを着ていることが多い。
言われてみればと、修太はトリトラを見た。
「そういや、セーセレティーにいるのに、珍しくマントを着てたよな」
「スコールが鬱陶しくてさ。あれ一枚だけで乾きやすいんだよ」
確かに、マントのフードを被っていれば髪も濡れないだろうし、快適さが違うだろう。
トリトラは修太の肩をポンと叩くと、アジャンに話しかけた。
「シューターは僕の弟分なんだ。くれぐれもよろしくね」
「は、はい……」
気のせいか、アジャンの顔が青ざめた。いぶかしく思った修太がトリトラを見ると、トリトラはにっこりと笑う。
「それじゃあ、シューター。また迎えに来るよ。夕方でいいんだっけ?」
「時間ならコウが分かってる。な、コウ」
修太がコウに問うと、コウはぶんぶんと尻尾を振った。
「オン!」
「相変わらず、賢いね。じゃあね」
「おう。トリトラも気を付けろよ」
修太が声をかけると、すでに歩きだしていたトリトラは右手を挙げて返す。
「じゃあな、コウ」
「ワフッ」
コウの頭を撫でてやると、コウは嬉しそうに吠える。そしてきびすを返し、トリトラのほうへ駆けていった。アジャンがこそっと問う。
「いったいどういう繋がりの人……?」
「旅してた時の仲間だよ」
「大丈夫なのか? さっきのトリトラさんの目、くれぐれもよろしくと言いながら、完全に殺し屋だったぞ」
「大丈夫だ、あいつらはいつも物騒だからな。平常運転だ」
「日常が怖すぎる!」
ぎゃあぎゃあとやかましいアジャンをスルーして、修太は教室に向かう。アジャンは気になってたまらないようだが、妙に納得したように呟く。
「とりあえず、お前が変わってるってことは分かった」
「うっせー」
修太は悪態を返した。




