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気まぐれ都市サランジュリエに戻ってくると、修太はいったん家に戻って宿泊の準備をし、グレイやコウとともに家を出た。啓介とフランジェスカ、トリトラは、先に冒険者ギルドに向かっている。
家の前の通りを対岸へ渡り、西区画に入る前に、商店に寄ってケーキを一ホール買った。
ササラは手ぶらで良いと言うが、他所の家にお邪魔するなら、手土産がないと落ち着かない。
それから西区画――富裕層のエリアに入る。
この辺りの舗装は丁寧で、馬車が通りやすいように道幅が広く、歩道も綺麗に整備されている。街灯が等間隔に並び、高い塀が続いていた。
やがて辿り着いた一画で、修太達は立ち止まった。
高い塀とアイアンワークが美しい鉄柵の門の向こうには、広々とした前庭が広がっている。細長い長方形の花壇では、赤や黄の花が揺れ、真ん中にある小さな噴水からは絶えず水が湧き出していた。
そして、奥にはコの字型の屋敷がそびえている。屋根は青く、白い石造りをした優美な建物だ。アレンとササラが住む屋敷である。
門番にあいさつすると、すぐに通してくれた。修太とグレイはいつでも通すように言いつけてあると、前にササラが言っていた。
花壇を横目に前庭を通り抜けると、玄関先に家宰が現われた。彼は白髪の混じる、灰にくすんだ銀髪を持った小太りな男である。五十代で、淡い水色をした半袖のシャツと白いズボンを身に着け、セーセレティーの民らしくアクセサリーをつけている。足元はサンダルだ。
修太達が到着すると、家宰は恭しくお辞儀する。
「いらっしゃいませ、シューター様、グレイ様。失礼ですが、お約束は無かったと存じますが……」
愛想の良さそうな顔に、家宰は少し不安をにじませた。
「大丈夫です、ランドさん。俺達が急に来たんですよ。予定忘れではありませんから」
修太が家宰のミスではないと教えると、ランドはあからさまにほっとしたようだった。
「そうですか、良かった。奥様はシューター様のことになりますと、大変厳しい方なので」
「ササラさん、家にいます?」
「ええ。お呼びしますので、応接室でお待ちください」
家宰がお辞儀して去ると、入れ替わりに水盆とタオルを持ったメイドが二人やって来た。淡い黄色のワンピースに、白いエプロンを着けている。これがこの屋敷での制服らしい。水盆で手を洗い終えると、応接室に案内される。
最初の頃は、どうして水の入った底の深いお盆なんて持ってくるのか謎だったが、家宰の説明によれば、貴族や富裕層では普通の作法らしい。衛生のためではなく、手を清めることで、外からの邪気を持ち込まないようにしているようだ。迷信深いセーセレティーらしい。
応接室に入ると、大きな窓から光が差しこんでいた。窓辺には大振りの葉を持つ観葉植物が置かれ、黄色や緑を基調とした家具で整えられている。暖炉の上には大きな鏡があり、広々として見えるように工夫されていた。明るい緑色のテーブルには、白いテーブルクロスがかかり、上に白い花が活けてある。控えめな美しさを感じさせる部屋だ。
黄と緑の縦ストライプの布が張られた長椅子に落ち着くと、すぐにメイドが茶菓子を運んできた。のんびり飲み食いしていると、しばらくしてササラが現われた。深緑のゆったりしたワンピース姿で、素足にサンダルを引っ掛けている。シンプルな装いだが、品が良い。
「シュウタさん、どうなさいましたの? まさか急病!」
「病気だったら、ここには来ないだろ」
グレイが冷静に指摘した。ササラはそれでほっと息をつき、気を取り直す。
「それならよろしいの。突然いらっしゃるから、何か事件でもあったのかと。もしかしてわたくし、忘れ物でもしました?」
「違うよ、ササラさん」
「今日だけこいつを泊めてくれ」
修太が話す前に、グレイが本題に入った。あいさつなど面倒なことはしない、実にグレイらしい切り出しだ。ササラは少しびっくりしたようだが、迷うことなく頷いた。
「もちろん構いませんわよ。今日だけと言わず、明日も、明後日も、例え一生でも!」
ササラは熱を込めて言ったが、グレイは手短に返す。
「明日の夜には迎えに来る」
「遠慮なさらず」
「隙あらばこいつを引き取ろうとするのをやめろ」
やんわりした態度で意思を通そうとするササラに、グレイは不愉快そうに言った。ササラはあからさまに残念だという顔で、深々と溜息をつく。
「もしシュウタさんがグレイさんの養子でなかったら、旦那様に頼んで、私がシュウタさんのお世話をしましたのに」
ササラは好意で言ってくれているのだろうが、そうなると養父がアレンになってしまう。それはさすがにゾッとする修太である。
「勘弁してくれ。ササラさんが養母って、年齢的にも、俺には違和感ありまくりだから」
修太がそう言った時、開いたままの応接室の扉から、アレンが血相を変えて飛び込んできた。
「ササラが養母ってなんですか!? 賊狩り、貴様、僕の妻に手を出そうっていうんじゃ」
「誰が出すか。馬鹿が」
詰め寄ってくるアレンに対し、グレイは迷惑そうに言い捨てる。
「この女がうちの倅を引き取りたがるから、牽制していただけだ」
「ササラ、まだ諦めてなかったんですか? 駄目ですよ、他人の家庭に首を突っ込んでは」
呆れ混じりにアレンが常識的な注意すると、ササラはつんとそっぽを向いた。この点は、アレンの言うことを聞く気がないらしい。
あからさまな反抗に困った顔になりつつも、アレンは顔をほころばせる。
「ああ、もう。このつんつんしたところも可愛いですよね。ね!」
「……うん」
同意を求められ、修太は頷いた。ササラが絡むと、アレンは一気におかしくなる。反論しても無駄だ。
「とりあえず、こいつのことは頼んだぞ。シューター、詳しいことはお前が説明しろ」
「分かったよ、父さん。気を付けてな」
色々と面倒くさくなったらしきグレイは、あっさりと応接室を出て行く。修太とコウだけが残された。
「アレンにも話そうと思ってたから、ちょうどいいや。二人とも、聞いてくれ。今、北西の森に出入りしてる怪しい連中のことで、啓介達が調査してるんだけど……」
修太がこれまでの経緯を説明すると、アレンはしかたがなさそうに宿泊を受け入れた。
「そうですか、白教徒が出てきたのなら、君の保護者が心配するのも頷けますね。僕も白教は嫌いですし、いいですよ。しかし、君ね、あんまり新婚家庭を邪魔しないでください。……いっだ!」
「旦那様、余計なことを申しますと、このササラが許しませんわ」
ササラに思い切り足を踏まれ、アレンがぴょんぴょん飛び跳ねている。ササラはにっこりと修太に微笑んだ。
「ゆっくりしていって下さい」
「えーと、俺のことはお構いなく。あの、これ、お土産……」
とりあえずササラの攻撃は見なかったことにして、修太は手土産を差し出す。
アレンの恨みのこもったにらみが怖い。そちらからも目をそらした。
メイドの後について、客室に向けて廊下を歩いていると、向かいから見慣れた灰狼族の男がやって来た。
「あ、ディドさん。久しぶり!」
「小僧か。今日はどうした」
アレンの従者をしているディドとは面識がある。彼は屋敷の隅に部屋をもらって、屋敷の警備を取り仕切っているのだ。
ディドにも北西の森にいる白教徒の話をし、今日だけ泊まると告げる。
「そうかい。相変わらず、賊狩りの野郎はお前を溺愛してるのな」
「で、溺愛?」
その言葉の響きに、修太はたじろぐ。ディドは何を今更という顔で指摘する。
「過保護だろ」
「普通じゃないか? 厳しいとこもあるし」
「黒狼族だと、あれは普通じゃねえよ。お前が女ならともかく、男には仲間でも厳しいからな」
「それは知ってるけど、ピンとこないな」
首をひねる修太に、まあいいと手を振り、ディドは頼みごとを口にする。
「小僧、暇なら畑を見てくれよ。なかなか上手いこと育ててたんだが、最近、元気が無くてな」
ディドが言っているのは、裏庭の畑で育てている薬草のことだ。こういった屋敷は、表には広々とした庭があり、裏庭では果樹や野菜を育てていることが多い。ケテケテ鳥の小屋もあり、日中は放し飼いにしている。この屋敷ではそれらに加えて馬を二頭飼育しているので、厩舎もあった。
「いいよ。いったん客室に行ってくるから、裏庭で待ってて」
「おう、後でな」
薬草茶を好むディドは、ここに住み始めてから、ハーブや薬草を育てるのにはまっている。心なしか、足取りが浮き浮きしているように見えた。
修太はディドと別れると、客室に向かった。それから客室の位置を覚え、すぐに裏庭に取って返す。ディドと裏庭で薬草の世話をした後、修太は大人しく客室にいた。旧知の仲間の家とはいえ、さすがに他人の家を自由にうろつく図太さは無い。
屋敷に来たのが午後だったので、少し読書をしていれば、晩餐の時間になる。
広々とした食堂で一緒に食事した後、風呂に入って着替え、宿題を片付けてから休んだ。
・2018.4/22 修正。執事⇒家宰
セーセレティーでは家宰で統一してるんでした、忘れてた。
メイドは女中にすべき?? と迷ったけど、まあいっか! そうなると侍女が小間使いになるし……単語の区別、難しいですね。(西洋風か、日本の江戸時代くらい風かの違いですが。西洋だとメイドでも、ハウスメイド、キッチンメイドなど細かく分類されてます。きりがないので、作中で出す時はメイドのみ)
家宰は、家を取り仕切る人のことです。西洋風だと、家令とか執事ね。
執事も時代によってはお酒の管理のみだったりするんです。産業革命期くらいだと、家のことをとりしきる現場監督にまでなりますけど。
家令は領地の経営にたずさわるので、計算とかができないと駄目。
でもそこにさらに、帳簿をつける人を雇用して……とかあるので、まあ、細かく追いかけていくとしんどいんでほどほどで(笑)
領地運営について詳しく知りたい方は、ジョゼフ・ギース、フランシス・ギース著の『中世ヨーロッパの農村の生活』を読んでください。講談社学術文庫です。アマ○ンとかで買えます。
蛇足みたいなつぶやき。
グレイが修太を紹介する時は、たぶん倅だなということで、倅呼び。
親父、お袋ときたら、倅じゃない?
溺愛とか書くとさすがに気持ち悪いか…? と迷ったんですけど、書きたかったのでいいやー。
それと、ササラの野望が(笑) さりげなくグレイと水面下で火花を飛ばしてたりする。




