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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
北西の森の邪教徒編
26/178

 2



 万年亀の言う通り、森の中には道が続いていた。

 舗装されているわけでも、手入れされているわけでもない。獣道に近い、誰かが行き来している痕跡だ。何度も草地を踏みつけることで、自然と道ができる。

 しばらく東に向けて進むと、急に前を行く啓介とフランジェスカが道をそれた。グレイやトリトラまで何も言わずにそちらに行く。


「え? そっちに何かあるの?」

「こっちには何も無いだろ?」


 啓介が不思議そうに返す。修太は道の先を示した。


「どう見ても、あっちに道が続いてる」


 その指摘を受け、彼らは顔を見合わせた。フランジェスカが用心深く周りを見回す。


「なるほど、シューターを連れてきて正解だったか。この辺に何か仕掛けがあるのだろうな」

「あっちってのは、こっちか?」

「そうだよ」


 グレイに修太が肯定を返すと、グレイは小石を拾い上げる。


「ちょっと離れてろ」


 言われるまま、皆で脇にずれると、グレイは修太の示すほうへと小石を投げた。

 すると、空中に壁でもあるかのように小石が跳ね返り、地面に落ちた。グレイは場所を確認し、ハルバートの穂先(ほさき)でその場所を突く。


「見えない壁がある」

「結界?」


 啓介は顎に手を当て、推測を口にする。

 グレイがまた小石を拾って大きく振りかぶる。空飛ぶ鳥を落とせそうなほどの高さを飛び、跳ね返って落ちてきた。


「……この規模の結界か? 黒輝石(クローレ)を使うにしたって、大量に必要だ。あれは陣地を囲むようにして、一定間隔に置かなくてはならんしな」


 フランジェスカも首をひねって言う。


「それはおかしい。こういった大規模なものは、今では方向感覚を狂わせることで、侵入者を外に追い出す魔法だけだ。防御壁となると、魔法の都ツェルンディエーラくらいでしか記録が無い。とっくに失われた魔法なんだ」

「ああ、あの切り株山一帯のやつ?」


 修太はセーセレティー精霊国の外、北部にある水底(みなそこ)森林地帯を思い浮かべた。

 水底森林地帯の一部では、魔法の都ツェルンディエーラを守るために、切り株山の周辺では方向感覚が狂う魔法がかけられていた。

 方位磁石も使えないし、グレイやコウの体内感覚まで狂わされて、修太が一緒にいて魔法を無効化しなければ、かなり苦労しそうだった。水底森林地帯に生える木はガラスのように透明で、幹の中を水泡が昇っていくのが外から見える変わったものだ。透明な枝葉が光を反射し、太陽からの位置の把握も難しい。


「あとは、違和感を与えて警告する類だな。(どう)の森で、エルフに襲撃された時のことを覚えてるか?」


 フランジェスカの問いに、啓介が声を上げる。


「ああ、あの、シュウが無意識に無効化してたもんだから、結界に気付かなかったあれのこと?」

「それだ」

「なるほど、だから今回も俺には効いてないのか。これは方向と視覚に影響するタイプか?」


 修太はグレイのほうを見た。


「ああ。俺にはここに、大木が三本並んで生えていて、迂回(うかい)しなければ通れないように見える」

「ふーん。ちょっと触ってみていい?」

「魔法は使うなよ」

「指先の魔力でつつくだけだよ」


 しっかり念押しするグレイに、修太はそう返し、グレイがハルバートの先で示す辺りに手を伸ばす。人差し指でチョンと突いた。

 その瞬間、修太には、ドーム状の透明なしゃぼん玉が割れたように見えた。啓介が歓声を上げる。


「おっ、今、違う景色が見えた」

「だが一瞬で戻ったな」


 フランジェスカの指摘に、修太はツンツンと何度か壁をつついてみる。しゃぼん玉は割れるが、一瞬で修復されていくのが見えた。


「こんなにすぐに戻るの? ここに立ってたらどうなるんだろ」


 トリトラは消えた一瞬で、空間に枝を差し入れる。すると壁が出来た一瞬で、枝が地面へと叩き落され、ブツッと分断された。


「げっ。つまりこれって、上から蓋を閉めてる感じなんだ?」

「蓋というより、首切り包丁みたいだな」


 グレイの例えは物騒すぎだ。啓介とコウが怖気づいて、一歩下がった。修太も頬を引きつらせたが、結界をじっくりと観察するほうで忙しい。


「なんか、壁になる一瞬、六角形の光の線が見えるよ。それが集まって壁になってるんだ」

「ハニカム構造か。うわあ、それは強度が高いよ」


 啓介がうなるように言い、修太は問う。


「何それ」

「蜂の巣の構造でね。軽くて強度があって、音や衝撃を吸収するんだ。断熱効果もあるんだよ」


 地面に六角形をつらねた絵を描いて、啓介は簡単に説明した。フランジェスカとグレイは、上から絵を覗き込む。


「ああ、蜂の巣か。見たことがある」

「あの巣にそんな効果があるのか?」

「とりあえず俺が言えるのは、一枚板よりずっと頑丈ってこと。この結界を考えた人は、こういう構造に詳しいんだろうね」


 啓介の褒めるような言葉に、コウがうんざりしたみたいにフンと鼻息を立てる。フランジェスカはその背をポンと叩いた。


「分かるぞ、コウ。この先にいるのが面倒くさい連中だということは分かった」

「俺でも一瞬しか結界を破れない。どういう仕組みだろう?」

「でも、シュウ。彼らはここを出入りしてるんだから、何か方法があるはずだよ」


 啓介はそう言ったが、皆で顔を見合わせていても、答えなどどこにも書いていない。


「濃度の濃い魔力混合水が関係しているのは、まず間違いない。その辺はどうだ?」


 グレイの問いかけに、啓介が何か思いついたようだ。思い出すように空中を見ながら話す。


「ミストレイン王国に滞在してる時に聞いたんだ。湧水から魔力を取り出して、それで時計型の魔動機(オートマ)を動かしてるって」

「ここにいるのはエルフだってこと?」


 トリトラが問い返すと、啓介は首を傾げる。


「いや、それは分からないけど……。前にダークエルフが入り込んでたこともあるし、その線もあるよね。魔動機かもしれないし、魔具(まぐ)かも」

「濃度の濃い魔力混合水を動力源にしている可能性は高いな。だったら、この高度な結界を維持するのも、そう難しくはない」


 フランジェスカは冷静な口調で、そう言った。

 修太は良いことを思い付いて、明るい声で提案する。


「なあ、それじゃあ、魔動機か魔具か分かんないけど、その魔法を止めればいいんじゃないか? 根っこを絶つんだよ」

「却下。魔法を使うなと言ってるだろ」


 グレイがぴしゃっと言ったが、修太も負けていない。


「ギタルの音で魔力を飛ばすだけなら、負担にならないし。試してみるだけ!」

「ったく、しかたない奴だな。魔力混合水を飲んで、薬も飲むこと。それが条件だ」

「ありがとう!」


 グレイから許可をもぎとった修太は、いそいそと魔力混合水入りの瓶と、魔力吸収補助薬を、旅人の指輪から取り出した。薬を口に放り込み、苦くてまずいそれを咀嚼してから、水で流し込む。

 準備ができると、今度はギタルを取り出す。魔力量の加減は相変わらずよく分からないが、修練を積んだので、指先ほどの魔力だけを音に乗せて飛ばすことはできるようになっている。


「じゃあ、やるぞ。見ていてくれ」


 修太は地面に座り込み、ギタルの弦に指先を添え、周りを見回す。啓介達はそれぞれ武器を構えた。


「いいよ、シュウ」

「それじゃあ、前方に向けて、魔力を矢みたいにして飛ばすぞ」


 修太は目を伏せ、右手の親指に集中する。表面に出ている魔力を、親指の腹にだけ少し多めにするイメージをして、ポロンとつま弾いた。

 音に魔力が少しだけ乗り、矢となって目の前の空間を飛んでいく。これが当たったところで、痛みも何も無い。もしモンスターにぶつかったら、〈黒〉の魔力にある鎮静の作用で意識がはっきりするかもしれないが、それくらいだ。

 修太の予想では、泉があって、そこに魔動機か魔具が仕掛けられているはずだった。だが、魔法を無効化する矢が、ほんの数秒だけ明らかにした向こう側の景色は、全く違っていた。石造りの立派な聖堂が建っていて、音は壁に遮られて弾かれてしまった。

 魔動機や魔具に辿り着かなかったので、無効化されたのは、建物を覆う結界までだったようだ。そして瞬く間に結界は閉じ、向こうの景色を隠してしまう。

 フランジェスカが舌打ちした。


「あの建物の形には、見覚えがある。白教徒(しろきょうと)の聖堂だ」


 修太は自然と口端を引きつらせた。

 白教(しろきょう)とは、南部の大国パスリルが盲目的に信仰している宗教のことだ。五百年前のモンスター大量発生事件を鎮めた聖女レーラを祀っており、〈黒〉を蔑視して国から根絶やしにしている。

 修太にとっては天敵だ。

 グレイやトリトラも、白教徒と聞いて不愉快な態度を隠さない。黒い服を身に着けるのが流儀である黒狼族は、黒を嫌う白教徒から敵視されているせいだ。

 そして、精霊と先祖の霊を大事に祀るセーセレティーの民にとって、白教徒は邪教徒である。特に、人種差別を禁じているダンジョン都市では、彼らの存在は害悪そのものだ。

 だから修太は気まぐれ都市サランジュリエを気に入って、定住したのだ。白教徒は〈黒〉を捕まえて、むごたらしく処刑する。身の安全を守りたいなら、ダンジョン都市に住むのが一番だ。


「いったん退却して、冒険者ギルドで応援を呼ぼう。あいつらは厄介だ」


 元々熱心な白教徒だったフランジェスカの判断に、誰も反対しない。万一を見越して、グレイが慎重に付け足す。


「今晩は俺とトリトラで探って、結界の出入り方法を調べる。シューター、お前は今日はササラの家に泊まれ。家に誰もいなくなるからな。白教徒が都市を出入りしてるんじゃ、気が抜けない」


 ササラとアレンの屋敷は苦手だが、あちらに滞在しているほうが、彼らも気楽に仕事できるだろう。修太は素直に頷いた。


「分かった。そっちも気を付けてくれよ」

「ああ」


 話がまとまったので、修太達はいったんスーリアのゴミ捨て場に戻ることにした。



 一応、この作品内の違いについて補足。


・魔動機……魔力を動力源にした機械。エルフしか作れない。動力源は、媒介石や湧水、使用者が魔力を充てんすることで動く。

・魔具……媒介石を動力源にしている機械や道具。ピアスのようなアイテムクリエイターが制作。一般に広く出回っているが、高価。たまにモンスターやダンジョンでも手に入れられる。

・アイテム……魔力が不要な道具のこと。薬品など。


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