第四話 神隠しの仕掛け 1
万年亀とスーリアの案内で、修太達は、今度はスーリアのテリトリーの東端へとやって来た。
鬱蒼とした森は、木がうねうねと伸び、枝から気根を垂らしている。
時折、根と見えて蛇がぶら下がっていることもあるので、油断はできない。
スーリア配下のモンスターが遠くから伺うのを横目に、スーリアがよく行き来するせいか、大きな獣道となっている場所を歩いていく。
やがて、森の裂け目――パックリとあいた溝の前に出た。
「ちょうどそこがテリトリーの端っこだ。大昔に起きた地震でできた溝だが、なかなか深いのでゴミ穴にしている」
スーリアの説明を聞き、修太達はそろってその深い溝を覗く。
穴の底には黄色や緑の宝石がたまり、水に浸かっている。太陽光が反射して、キラリと水面が輝く。
修太は思わずうなるように呟く。
「うわあ、なんて豪華なゴミ穴だよ」
「ボスモンスターにしてみれば、爪を切ったあとのクズを捨てるような感じかな?」
「なるほど……」
啓介の例えを聞いて、ようやくゴミ扱いしている理由に納得した。
「これが欲しいのか。人間とはよく分からぬなあ」
スーリアはしきりと不思議そうに頭を傾げる。
先ほど、洞窟から運び出した媒介石の山は、助けてくれたお礼にと全部くれた。
どうせ捨てるだけだと聞けば、もったいないので受け取ったが、こんなにあっても使い道がない。一つが大きいだけに、下手にそのまま売っては身の危険を感じそうだし、魔具の電池代わりにしたってもっと小さくていい。砕いたものを売ったり使ったりしたとしても、いくつかあれば贅沢さえしなければ、数十年は食べるのに困らなさそうだ。
スーリアは修太にと、照れ照れしながら差し出したが、修太は迷うことなく仲間で分け合った。
特に、アイテムクリエイトで媒介石を多く使う啓介にゆずった。啓介のお土産に、きっとピアスやサーラは大喜びするだろう。
グレイやトリトラは自分で稼ぐほうが好きだと言って最低限だけもらい、フランジェスカはありがたく頂戴すると言ったものの適量だけ受け取った。啓介に多めにゆずれば一番活用してくれると分かっているので、特に異論も出ない。
啓介はおっかなびっくり受け取りつつ、「便利な魔具を作れたら、皆にプレゼントするよ」と最後には笑って引き受けた。
そしてその量を遥かに凌駕する媒介石が、水底に沈んでいるのだから、ものすごい光景だ。
グレイはスーリアに問う。
「あの水はなんだ? 雨水か?」
「湧水だ」
スーリアは答え、万年亀がそれに説明を付け足す。
「つまり、ここには地下水道が通っているわけだ。長い年月をかけて、水に媒介石の魔力がしみこみ、高濃度になって他の地点に湧き出しているのだろう」
「しかし、ご老公。ここには人が出入りした跡がある」
フランジェスカが、溝の淵を指差す。見知らぬ誰かはぬかるんだ地面を踏んだのか、足跡がくっきり残ったまま乾いている。どうやら複数人のものであるようだ。
「あ! フランの言っていた通りだ。有刺鉄線があるぞ!」
修太は溝から離れた場所を示す。杭が設置されて有刺鉄線が張られている。その途中が不自然に切れていた。
グレイとトリトラが有刺鉄線に近付いて、グレイの持つトゲと見比べる。
「なるほど、これの一部か」
「この鉄線の切れかた、どう見ても、そこのモンスターの仕業って感じだよね」
トリトラが呟き、スーリアを振り返る。皆の視線が集中し、スーリアは首を傾げた。
「真夜中に来たから分からぬなあ。だが、やけに切れにくい蔦があったのは覚えているぞ」
「それだよ!」
修太はパチンと指を鳴らす。
「間違いないね。つまり有刺鉄線と知らずに切ってしまって、その一部を踏んだか何かした拍子に、爪に刺さったわけか」
啓介の推理が、妥当なところだろう。
「まず疑いようもなく、あの怪しい連中がここを独占しようとしていたのだろうが。それと、森に入ると姿が消えるのはなんなんだ?」
フランジェスカの問いには、誰も答えられない。スーリアと万年亀もお手上げのようだ。グレイはちらっと溝の下を見ながら、万年亀に質問を投げる。
「万年亀のじいさん、この地下水路がどちらに続くか分かるか? 〈青〉だろ?」
「テリトリー外のことは分かりにくいのだが、むう、魔力が濃いからなんとか……。ううーむ、どうやら東のほうに続いているようだな」
「ふむ。奴らが消えた位置と近いな」
フランジェスカは顎に手を当て、考え込む仕草をする。グレイはトゲと手袋、針金をポーチに仕舞うと、ハルバートを背負いなおして行動を促す。
「考えてたって答えなんか出ねえよ。行ったほうが早い」
「ああ、そうだな」
フランジェスカもそれしかないかと、歩きだそうとして、足を止める。けげんそうに修太を見た。
「シューター、どうしてついてくる? お前はそこのモンスターと一緒にいろ」
いつもならば何も言わなくても、修太がコウとともに居残るので、この行動が彼女には不可解だったらしい。
「いや、俺も行くよ」
修太はフランジェスカの命令を拒否する。啓介が空気を読んで、提案した。
「あの連中が近くにいそうで心細いなら、俺が残るけど」
「そうじゃなくて。魔力混合水が関係してるんなら、消えるっていう訳分かんない事象は、魔法の可能性が高いだろ? 魔法なら、俺がいれば解除できる」
「ああ、そういうことか。でもお前、この間、倒れたばっかなのに」
修太がついてくることを渋る啓介に、修太は更に言う。
「魔法は使わねえよ。体から出てるほんの少しの〈黒〉の魔力で充分だろ。ま、何かあるなら……だけどな」
「分かったよ、しかたないなあ。コウ、大きくなって。ヤバそうだったら、シュウを連れてここまで逃げてくるんだ。いいね?」
「オンッ」
過保護にも啓介はコウに頼み、コウは一つ返事で、元の大きさ――体長二メートルほどの鉄狼の姿へと戻った。
「私達はこの辺りにいるから、終わったら報告に来てくれ。避難先でも構わぬぞ」
スーリアが親切に返し、万年亀は難しい表情で溝を見下ろす。
「スーリア様、ゴミ捨て場を変えたほうがいいかもしれませんなあ。それにこちら、どうなさいます? 埋めます?」
「埋めたところで、地下水にしみこむのは変わらぬだろう。困ったな」
「少しだけ拾い上げて、彼らに与えればいいのでは?」
「まるっと持っていってもらうか? それはいいな」
なんだか他力本願な会話をしているスーリア達に呆れつつ、少し先で待っているトリトラに手招かれ、修太達はそちらに向かった。




