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「じいちゃんに話があって」
ようやく吐き気がおさまると、修太は話を切り出した。用件を告げると、小さな丘くらいはある大きな亀モンスターは黙り込んだ。
「じいちゃん? 起きてる?」
少し待ってみたが返事がないので、もしかして寝てるんじゃないかと、修太は大きく右手を振る。
「ボケとらんわっ! ちょっと考えていただけじゃろうが」
くわっと目を開き、万年亀は言い返す。
「怪しい連中に心当たりはあるの?」
トリトラが問うと、万年亀は面倒くさそうに答える。
「うーむ。主様のテリトリー外だから気にしてはおらなんだ。冒険者がうろつくのは日常茶飯事であるしのう。この森は薬草や野草の宝庫じゃて。しかし高濃度の魔力混合水か……なんだか引っかかるものが」
万年亀はそこで口を閉ざし、じっと動かなくなる。
啓介が修太の傍に寄り、ひそひそとささやく。
「ねえ、亀のおじいさん、そろそろ天命が近いとかそういう……?」
「ドラゴンほどは長生きじゃないらしいけど、まだ現役らしいぞ」
「でもどう見ても反応がご老人では」
修太の答えに、フランジェスカが疑わしげに返し、万年亀が怒る。
「だから、ボケとらんわっ! まったく、少し黙り込むと、すぐ老いぼれ扱いする! 失礼じゃぞ!」
憤然と言い、万年亀はのったりとした動きでこちらに背を向けた。すねたみたいだ。
「ふーんだ。こんな失礼な坊主どものことなんか、ワシは知らん~」
「うわ、面倒くさ。じいちゃん、悪かったってば。ほら、果物をたくさん持ってきたから、これで機嫌を直して」
「誰のせいで怒っていると思っておる! まったく……そこに置いておくがよい」
修太が旅人の指輪から、市場で買い込んできた山のような果物を出すと、万年亀はぶつぶつと文句を言いながらもちらっとこちらを見る。
万年亀はアイヘン沼からも移動できるらしいが、陸地に上がって歩くのが面倒くさいらしく、自分で好物を探しに森に行くことは無いらしい。以前、土産に持ってくるように言われていた。
「そういえば、どうしてこいつを探していたんだ?」
グレイの問いに、万年亀はそうだったと言ってこちらを向いた。
「森の主様の所に、共に行ってくれぬか? ここ数日、ずっと泣いておられるのだ」
「なんで?」
「トゲが爪の間に刺さったとかで」
「ええっ、痛い!」
聞いただけで顔をしかめ、修太は自分の手を押さえた。
「しかしほら、ワシも森のモンスターも、細かいことは苦手でのう。助けてあげられなくて困っているんじゃ」
「良いけど、ボスに会うのは初めてだな」
「心配せずとも、主様は地竜だが、普段は穏やかな方だ。というか、面倒くさがりで、住処から出たがらない。いつも昼寝している」
万年亀の説明に、修太達はまじまじと万年亀を眺める。
「へえ、部下が部下なら、主人も主人か」
「ものぐさな辺りはそっくりだな」
修太とグレイの感想を聞いて、万年亀はまたすねて、こちらに背を向けてしまった。
なんとか万年亀をなだめすかし、ゆったりした足取りで森の奥へ向かう。
奥に進むにつれ、時折、地響きが聞こえてくるので、住処が近いのが分かった。
「この地鳴り、地竜は怒っているのか?」
フランジェスカが警戒を見せる。
「いいや。痛くて泣いておると言ったじゃろう? 恐らく暴れておるのじゃ」
やがて深い森を通り抜けると、茂みに隠れるようにして洞窟が顔を出す。どうやらここだけ小さな岩山があり、その奥に地竜がいるようだ。
――ウオオン、ウオオン。
楽器の弦が奏でるみたいな低音が時折響く。
「本当だ。泣いてる」
啓介がぽつりと言い、気の毒そうに眉尻を下げた。
先に万年亀が進み、洞窟に入る。ややあって声と地鳴りが止まり、万年亀が顔を出した。
「坊主、許しが出た。来ておくれ。付き添いは一人だけじゃ」
「分かった。ええと」
修太が周りを見ると、当然のように皆はグレイに付き添いを譲った。
「父さん、よろしく」
「おう」
歩きだす背中に、トリトラが声をかける。
「師匠、シューター、気を付けて」
「万年亀のじいちゃんがいるから大丈夫だよ」
修太はそう返し、たたっと小走りに洞窟へ向かう。
洞窟の中は、床の隅にある水晶が光り、ほんのりと明るい。円形の穴にすっぽりとおさまるようにして、エメラルド色の鱗を持ったドラゴンが、まるで猫みたいに丸まっていた。顔は強面で、鎧のような雰囲気があり、じろりと金目が修太をとらえる。
「はよう、こっちに来い! 痛いよぅ~~」
えぐえぐと泣いて、目から涙が零れ落ちる。すると涙は宝石に変わり、キンキンカランと甲高い音を立て、岩の床へと落ちた。黄色や緑の宝石が山になっている。
出入り口から万年亀がなだめる。
「スーリア様、落ち着いてくだされ」
「痛いのはどの爪なんだ?」
修太が問うと、地竜スーリアは涙声で答える。
「左の前足じゃ! ううう、痛い~~っ」
もしかしてこの地竜、まだ子どもなのだろうか。凶悪な見た目に反し、しゃべり方が舌足らずだ。
修太は恐る恐るスーリアに近付いて、左の前足を覗き込んだ。
どっしりした前足には、少し離れた位置に親指があり、それ以外に三本の指がある。その小指と中指の間辺りに、鉄色の小さなトゲが刺さっている。
(確かに、これを抜くのはこいつらには厳しそうだな)
近くで見てみると、草木のトゲではなく金属製の針か何かに見えた。修太はさっそくトゲに手を伸ばす。
「痛っ」
つるっとして見えたのに、摘まむと薔薇に似た細かいトゲがついていた。指先が切れて、血が出る。
「トゲが刺さったのか?」
「いや、切れただけ……」
グレイの問いに、修太はにぶい明かりに手をかざして見てみるが、トゲが刺さったような違和感は無い。
「どいてろ。――なんだ、こいつは。変わった針だな。釣り針とも違うし、矢でもない」
トゲを観察して呟き、グレイはベルトポーチから革の手袋と針金を取り出す。手袋をはめ、親指と人差し指に針金を巻き付けると、トゲを引っこ抜いた。同時に傷口から血が飛び散って、赤い宝石に変わる。だが、傷口は塞がらずそのままだ。
「取れた。やけに深く刺さってたな。どっちにしろ、お前の腕力ではこいつを抜くのは無理だ」
「そんなに力がいるのか。スーリア、まだ違和感ある?」
修太が質問すると、スーリアはほうっと息をつく。
「もう平気じゃ」
「それなら手当てするぞ」
水をかけて傷口を洗い、念の為、前に万年亀にもらった解毒剤になる薬草の粉をかけた。ついでに自分の指も治療する。
じっと様子を見ていると、ゆっくりと傷口が塞がった。モンスターは怪我をすると、血や体の一部がアイテムに変化する代わり、傷はすぐに治るのだ。だが限界以上だと修復できないし、致命傷なら死んで霧に変わってしまい、死体は残らない。
「ありがと~~。主は恩人じゃ~~。だーいーすーきー」
「う、うん……」
ウォンウォンと嬉し泣きし始めたスーリアに気圧され、修太はとりあえず頷いた。
「ふっ。お前、モンスターとハーレムでも築いたらどうだ?」
フランジェスカが鼻で笑った。
スーリアとともに洞窟を出てくるや、スーリアが修太にぺたっと頭を寄せているのを見たせいだ。
修太がひくりと頬を引きつらせて文句を言う前に、万年亀が指摘する。
「何を言っておる。主様はオスじゃぞ」
「ぶふっ」
「オス!」
「確かにハーレムじゃない!」
フランジェスカ達が噴き出し、たまらないとばかりに笑い出す。スーリアはふふんと笑う。
「愛には性別も種族も関係ないぞ」
どや顔で言う辺り、子どもっぽい雰囲気がある。修太は念のためにスーリアに断る。
「言っておくけど、トゲを抜いたのは俺じゃなくて父さんのほうで……」
「シューター、余計なことを言うな」
「ハイッ」
グレイが素早く口を挟んだ。スーリアに好かれるのが余程嫌なのか威圧感が半端ない。あまりの怖さに、修太は素直に頷いた。
グレイはあからさまに話を変え、持っているトゲを皆に見せる。
「こんなものが刺さっていた。これはなんだ?」
「初めて見ますね。トラップの一種でしょうか」
トリトラはちらちらとグレイを伺いつつ、針に興味を示す。五センチ程もある長さの針に、細かいトゲがくっついている。
「マキビシみたいだね。忍者みたい」
「でも、啓介。形が全然違うだろ?」
「どちらかというと、私には鉄線の一部みたいに見えるがな。敷地への侵入防止で、塀の上に設置するんだ」
フランジェスカも推測を口にするが、いまいち分からない。
「スーリア様、こんなものを、いったいどちらでくっつけて来たんです?」
万年亀の問いに、スーリアは黙り込んだ。上を見たままじっと動かなくなる。しばらく待った後、修太は顔の前で手を振った。
「起きてるか?」
「ハッ! すまぬ、つい雲が流れていくのに気を取られて……」
「空を見てたのかよ! しっかりしろ!」
万年亀は老化を疑うが、スーリアは天然ボケらしい。なんて面倒くさい主従だ。
修太のツッコミに怒るでもなく、スーリアは照れながら呟く。
「おお、これぞ噂に聞く夫婦漫才じゃな!」
「はあああ。ドラゴンって変な奴ばっかだよな。この感じ、リーリレーネを思い出すぜ。帰ろうかな、俺」
付き合うのが面倒くさくなり、修太がきびすを返そうとすると、スーリアが慌てて質問に答える。
「そうだなあ、テリトリーの端にゴミを捨てに行った時だったと思うぞ」
「ゴミ?」
啓介が問い返す。
「うむ。ちょっと待っておれ」
スーリアはいったん洞窟に引っ込むと、器用にも、長いしっぽで宝石の山を抱えて戻ってきた。
「これだ」
想像していたゴミと違い、修太達は驚く。
「え? 媒介石じゃないか、これ。むしろ宝の山だろ?」
けげんそうにする啓介に、スーリアは不可解だといわんばかりに目を細めて返す。
「元は私の涙や鼻水、血といった体液だぞ?」
「うっ」
皆そろってうめいた。そう聞くとバッチイ。
「しかし主様、石――アイテムに変わった時点で別物ですぞ?」
「そう言われてもな、万年亀。私にはゴミじゃ。兄上が存命の折に、代々のボスのゴミ捨て場を教えてもらってな。私もそこに捨てている」
「あーーーーっ!」
突然、万年亀が大声で叫んだ。
「なんだよ、急に。驚かすな!」
修太の苦情に、万年亀はわははと笑い返す。
「すまんすまん。主様の話を聞いて思い出してな。高濃度の魔力混合水について、心当たりがあったぞ」
「え……?」
この会話の流れ、まさか。
「さよう。主様のゴミ捨て場じゃ!」
万年亀は高らかに言い放った。
・本編では出てこないボスモンスターです。
地竜スーリア。
まだ子どもで、無邪気。性格はリーリレーネと似てる。(本編目次2のパスリル王国編より)
知ったかぶりしたいお年頃なので、ませたことも言う。
兄の地竜は闇堕ちして暴れ狂い、アレン・モイスに退治された。
(本編でのアレンの会話で、地竜を退治した話がさらっと出てます。
アレンは化け物退治専門の冒険者で、入念に下調べした後、トラップや道具を使って、策略的に仕留めに行くタイプ。)




