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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
北西の森の邪教徒編
22/178

 4



 風呂から出てきたトリトラは、髪を無造作にタオルでぬぐいながら、長テーブルの席に座った。グレイの斜め向かいだ。


「トリトラも飲むか?」

「うん。ありがとう」


 修太は薬草ブレンドティーを淹れ、トリトラの前に置いた。テーブルには、さっき屋台で買ったおやつを大皿にのせて置いている。

 自分の席に座り直すと、修太は食べかけの惣菜巻きを頬張る。


「で、さっきの話、なんだったっけ」


 トリトラが戻ったので話を戻すと、隣の席で啓介がどんとテーブルを叩いた。


「俺が家に帰りたいって話! 扱いが雑! ひどい! ――お。美味いな、これ。普通だけど」


 ひとしきり文句を言ってから、啓介は大判焼きもどきを一口かじって感想を呟く。


「あれ欲しい、紅ショウガ。あ、こっちではメウ酢漬けガショーだっけ」

「そこに置いてる」

「さっすが」


 修太と同じことを言う啓介に、冷蔵庫から持ってきていたメウ酢漬けガショーを示す。啓介は(はし)でつまむと、大判焼きもどきにのせてまた食べる。


「んまい!」

「本当だ。こっちのほうがおいしい」


 トリトラもうんうんと頷く横で、話がまた流れそうになり、フランジェスカが深々と溜息をつく。


「話を続けるぞ。正確には、衛兵達が私達の調査成果をかっさらっていったくせに、早々に行き詰ってこちらに投げ返したっていう話だ」

「へえ、良かったじゃん。お前、悔しがってただろ」


 口の中の物を飲み込んでから、修太はフランジェスカに言った。


「ああ。だが、尻拭いさせられるのはムカつく」

「ギルマスも同意見だったみたい。解決できたら名誉も折半することって約束させたみたいだよ」

「それで報酬と経費もあっち持ち。まあ、悪くない着地点かな」


 そう言うものの、二人とも早く片を付けたいみたいだ。


「全く話が見えないんだけど、そもそもその調査って何?」


 トリトラが右手を軽く挙げて、会話にストップをかける。修太は学園の入学式で起きた事件から、啓介やフランジェスカの話まで大雑把に説明した。

 話を聞き終えると、トリトラは呆れをたっぷり込めて修太を見る。


「ちょっと、また事件に巻き込まれたの? しかも無茶してさ。馬鹿じゃないの」

「三人からさんざん説教されたよ。トリトラまでやめてくれ」

「お兄さんは心配だなあ。しーんーぱーいー」

「分かったってば!」


 さっきの屋台に続いて、わざと大きな声で主張するトリトラに、修太は即座に言い返す。完全に負けている修太の姿を見て、フランジェスカと啓介が笑い出した。

 修太は彼らをにらんでから、グレイのほうへと視線を移す。


「それで、なんで父さんもこの件で面倒くさそうにしてるんだ?」

「そいつらと知り合いなら協力してやれと、ギルマスからお達しがあってな。迷惑な話だ」

「そんなに早く終わらせたいなら、ここでじっとしてないで、その森に行けばいいのに」


 トリトラがけげんそうに言う。修太も同じことを思っていた。修太達の疑問の目を受けて、フランジェスカは長椅子のほうに戻り、ローテーブルから報告書を持ってきた。ずいと差し出され、修太は受け取る。


「ん」


 どうやら読めと言いたいらしい。説明するのも嫌そうに、フランジェスカはまた椅子に座り、メウ酒を傾ける。修太は内容に目を通す。


「え?」


 トリトラが問う。


「どうしたの、シューター」

「北西の森に怪しい者が出入りしてるのは確かなのに、途中で姿が消えるんだって」

「はあ? なんだよ、相手は幽霊だとでも言う気?」


 幽霊と聞いた瞬間、修太は報告書をトリトラに押しつける。


「俺はもう読まない!」

「え、ちょっと。うわ、細かい字だな。どういうことだよ、女騎士に白い人、まさか本当にシューターの苦手分野?」


 トリトラは報告書を一瞥しただけで読むのを諦め、フランジェスカへ戻す。啓介が苦笑いをした。


「まさか! 生きてる人間だよ。足があるのも、この街で誰かと話しているところも確認されてる」


 修太は心底ほっとした。トリトラは首をひねる。


「それなら街で捕まえれば……。って、そうか。北西の森に怪しい奴が出入りしてるんだから、アジトを見つけるために泳がせてたってことか」

「そういうこと」

「そいつらが悪いっていう決定的な証拠もなくてな。おおっぴらに捕まえるわけにもいかないらしい。よその都市ならともかく、ここはダンジョン都市だからな」


 フランジェスカは椅子の背にもたれ、うんざりと天井を仰いだ。ダンジョン都市と聞いて、何をそんなに手間取っているのか、修太は理由が分かった。


「ああ、そっか。ダンジョン都市って、人種差別にかなり厳しいもんな」


 ダンジョン都市とは、ダンジョンを攻略しようと世界各地からやって来る冒険者のおかげで経済が回っている都市だ。冒険者がダンジョンから手に入れた媒介石(ばいかいせき)やアイテムが売買され、彼らの生活を支える人々が集まり、大都市を築いている。その性質のため、冒険者ギルドの力が圧倒的に強い。

 そして、冒険者ギルドでは人種差別は禁止されている。

 元々は、五百年前――各地でのモンスターの大量発生事件があり、他種族が嫌いなエルフも、さすがに他種族と協力しあわなければまずい状況になった。だが、それでも互いに借りを作りたくないという理由で傭兵ギルドを作り、それが元になって続いている組織だ。今では雑用めいた依頼もあるが、当時は戦力を金で貸し借りするギルドだったわけである。

 そんなギルドが人種差別をしていたら、話がまとまらない。そういうわけで、人種差別を絶対禁止するルールがあるのだった。


「下手なことをすると、裁判沙汰になる。証拠がないから、衛兵に不利だ」


 フランジェスカに、修太は疑問をぶつける。


「待てよ。高濃度の魔力混合水が入った瓶は、そいつらが売ったんだろ?」

「そういう話を店主から聞いただけで、現場に居合わせたわけじゃない。一番良いのはその場をおさえることだろうが……学園の事件で明るみになったからか、奴らは怪しい動きをひかえているようだ」

「ふーん」


 トリトラは気の無い合槌をした。


「それで、その姿が消えるってのはなんなの?」

「分からないからこうして困ってるんだろう! この件を投げ返されてすぐ、ケイ殿と森に行ってみたが、確かに奴らの姿が消えるんだ!」


 フランジェスカはイライラと返す。


「意味分かんないよな。面白いんだけど、俺は、今は家に帰りたい!」


 啓介は頭を抱えてうなっている。

 こんな幼馴染を見て、修太はひそかに驚いた。啓介とは赤ん坊の頃からの幼馴染だ。彼がオカルトや不思議現象が大好きで、常にそちらを優先してきたのを知っている。だというのに、妻子のほうが上にいるのだ。


(さすが、ピアス。啓介をがっちり捕まえてるなあ)


 ピアスは綺麗な容姿をしていて――セーセレティーの基準では不細工扱いだが――性格も良い。感じが良くて可愛いなんて最強だと思う。啓介がピアスと会ってすぐに恋に落ちたのを見ていただけに、感慨深いものがある。


「衛兵には灰狼(かいろう)族もいるからな、においをたどったそうだが、姿が消えるポイントでにおいも途切れるんだと」

「隠し通路があるとか?」

「普通の森だ。――厄介なことに」


 フランジェスカの答えに、修太とトリトラは顔を見合わせる。

 修太はフランジェスカに問う。


「なあ、万年亀のじいちゃんに会う? モンスターなら何か知ってるかも」

「そういやお前、またモンスターを引っ掛けたとか言ってたな」

「言ってねえし! 引っ掛けるってなんだよ。失礼だぞ、お前」


 即座にフランジェスカに言い返すと、トリトラが思い出したように口を開く。


「あの亀のモンスターか。確かに、あの亀は物知りそうだったね」

「行く! 会う! 家に帰れるならなんでもいい!」


 啓介が身を乗り出して叫ぶように言い、修太は了承する。


「じゃあ、週末な。俺は学校があるから」


 二日後と言われ、啓介はあっという間に元気が無くなった。


「うん……。ああ、せめて声を聞きたい。そうだ、伝書鳥(でんしょどり)の魔法! 魔具(まぐ)との調整だけだった。ここで改良しよう」


 何かぶつぶつ言い始めた啓介を、修太は心配になって見つめる。


「お前、大丈夫?」

「シュウ、愛は人を進化させるんだ! 俺はやってみせる!」


 更に訳の分からないことを言い放つ啓介。ぐっと拳を握りしめ、決意を込めて目を輝かせる。

 トリトラがぽつりと呟く。


「駄目そうだね」



補足。単語解説。


・媒介石

 地球でいう天然石のこと。

 魔力を含んでおり、魔力回復に使ったり魔具の動力源にしたりする。 

 魔力を使い切ると消えてしまう。

 宝石よりも価値が高く、鉱山でとれる以外はダンジョンでモンスターがドロップするので、冒険者はこれを狙ってダンジョンへ潜る。


・灰狼族

 灰色の毛をした狼人間。

 主人に仕えることが誇りのため、自分が主人である黒狼族とは、壊滅的に仲が悪い。

 セーセレティー精霊国西部の荒野に集落がある。


黒輝石クローレ

 他のページで出したので。

 媒介石の一種だが、この世界特有の石。結界を張るのに使う。

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