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ホームルームが終わり、帰宅しようと教室を出た修太は、廊下を出た所でソロンとフィルに呼び止められた。
「ツカーラ、この後、屋台に寄ろうって言っててさ。お前も来ないか」
「屋台?」
「そ。新しくできたらしくて、偵察」
「家が飲食店だから、すぐリサーチに行くんだよ、ソロンって」
フィルが笑いながら教えてくれた。アジャンが後ろから顔を出す。
「俺も行く」
「珍しいな、アジャン。小遣いがあるのか?」
「食堂は厳しいけど、屋台で買うくらいなら出せるぞ」
さすがは長い付き合いだけあって、彼らはアジャンの懐事情はお見通しらしい。
アジャンの言うように、屋台で売られている飲食物はかなり安い。ダンジョン都市は冒険者向けの店が多い影響か、一般人も週に何回かは屋台や店で食べる傾向がある。早朝からあいている屋台もあるので、料理ができなくても食いはぐれることはない。
「ツカーラはどうする?」
フィルの問いに、修太は誘いに乗ることにした。
「俺も行く。それと、シューターでいいよ。俺も名前で呼んでいい?」
二人はもちろんと返し、四人で正門に向かう。
「なあ、なんか門の辺りに女生徒が多くねえ?」
修太が違和感を指摘すると、ソロンも不思議そうに周りを見る。
「本当だ。きゃあきゃあ言ってるな」
「三年のキングス――生徒会長達がいるとか?」
「そんなのもいるの?」
アジャンの返事に驚く。修太だけでなく、ソロンやフィルもアジャンを見つめた。それに気を良くして、アジャンは頷いた。
「そうだよ。先輩から聞いたんだ。毎年、生徒会のメンバーはキングス扱いって」
「確か成績が良くないと入れないらしいもんね、生徒会って」
「学園の雑用係だろ? 成績が良くても、俺はごめんだな」
フィルが呟いた後、ソロンがしかめ面をした。
「冒険者科は関係ねえけど、騎士科は騎士団入団試験で推薦書に書けるから有利って聞いたぜ」
「へえ」
アジャンの情報に、修太達はそろって声を上げた。
「アジャンも新入生なのに、どこから情報を集めてくるんだ?」
「知り合いが多いだけだよ。それに俺は慎重派なんだ。行動前に情報収集はしっかりとってね。親父の受け売りだけど」
アジャンは鞄から分厚いメモ帳を取り出して、ひらひらと振ってみせた。
「お前、頭はあんまり良くないくせに、分析好きだもんな」
「うるせえな、一言余計だ」
ソロンに、イッと歯を見せて威嚇をするアジャン。修太とフィルは笑った。
それから女生徒が集まっている辺りを通り抜けようとして、思いがけなく声をかけられた。
「あ、シューター!」
「えっ」
修太はその声に驚いた。
デートに誘われていた青年は、愛想笑いをして女生徒に謝り、修太の前に出てくる。猫っ毛の髪は灰色で、色白で女性的な顔立ちは人形のように整っている。灰色のフード付きマントの下から、黒いズボンと革靴がのぞいており、泥で汚れていた。旅装とひと目で分かる青年は、青灰色の目をにっこりと笑みの形にする。
その足元で、コウがオンと吠えた。
「……トリトラ、ここで何してんだ」
修太はひくりと頬を引きつらせ、知人の名を呼ぶ。
彼は黒狼族で、グレイの三番目の弟子でもある。以前は共に旅をしていたし、修太を弟分扱いして、たまに家にも遊びに来るのだ。
「何って、君のことを待ってたんだよ。ちょうど冒険者ギルドに行こうとしたら、見慣れた犬が前を通っていくからさ。彼がここで待ってるから、そろそろ出てくるのかと思ってね。いやあ、それにしても、女性達の熱い歓迎には驚きだな」
「ほんっと嫌味! ムカつく!」
修太は心のままに毒づいた。
トリトラは見た目は良いので、相変わらず女性にモテている。
「あはは、まあ、長所は理解してるよ」
「見た目だけな」
「失礼だなあ。ちゃんと戦士としての腕もあるってば」
「はいはい」
修太はおざなりに返した。
トリトラは腹黒で冷淡だ。性格はあんまりよろしくないので、外見に惹かれた女性もあっという間に去るのを知っている。
「また仲間か? 仲が良いんだな」
アジャンは啓介とフランジェスカにも会っているので、新たな知人の登場にそう思ったようだ。その感想に、トリトラは反応を示す。
「またって? シークじゃないよな。誰?」
「啓介とフランだよ、調査に来ててな。俺ん家にいるから、後で会えば」
「ふーん、別にどっちでもいいや。僕は師匠と君に会いに来ただけだし」
「相変わらず、その他扱いかよ。ったく、いい加減、あいつらがかわいそうなんだけど……。まあいいや、俺は友達と屋台に寄るんだ。お前は先に家に行けよ」
「ええー、待ってた僕に対して冷たくない? ねね、君達。僕も一緒に行っていいかな。おごってあげる」
トリトラの問いに、食べ盛りの少年達は勢いよく頷いた。
「良いですよ!」
「ご馳走になります!」
「よろしくお願いします!」
修太は彼らを呆れたっぷりに眺める。
「現金だな、お前ら……」
足元で、コウが同意だと言いたげにクウンと鳴いた。
メインストリートに新しくできた屋台は、くるりと巻いたお好み焼きを、大きな葉っぱにのせて渡す軽食屋だった。惣菜焼きというそのままなネーミングだ。
「これ、美味いなあ。でも、ちょっと味が物足りないな。紅ショウガが欲しい」
さっそく店先で頬張ったものの、日本のお好み焼きを知る修太には、いまいちパンチが足りていない。
「なんだ、ベニショウガってのは」
屋台の店主――大柄な人間の男の問いに、修太はセーセレティーでも売っている、似た味の香辛料について教えた。紅ショウガとは、梅酢漬けのショウガのことだ。
「ああ、メウ酢漬けガショーのことな。へえ、面白いな。帰ったら試してみるか」
「おいしかったら売ってくれよ、おじさん」
「はは、そうだな。だが、ガショーはちと割高だからな。出せるかどうか分からねえよ」
「その分だけトッピング代にして、別に足せばいいだろ」
「へえ、坊主は面白いことを言うなあ。トッピング代ねえ。よし、分かった。うまかったら出すから、また寄れよ」
「やった。よろしく」
修太はガッツポーズして喜ぶ。美味いものを食べられるのは最高だ。
味見に買った一本がおいしかったので、グレイや啓介、フランジェスカにも買って帰ることにした。
「おじさん、あと十本売ってくれ」
「そんなに食うのか?」
「美味いから、家族にもあげようと思ってさ」
「ははっ、それは嬉しいね。面白い話を聞けたから、おまけしてやるよ」
店主はただで五本も付け足してくれた。修太は紙袋に入れてもらった惣菜巻きを抱える。どっさり買うのを見て、通りすがりの客も買おうと並び始めた。
「すげえな。できたばっかなのに、人気店なんだ」
その様子に感心して、修太はアジャン達を振り返る。なぜかそろって呆れた目をしている。トリトラが代表して言った。
「いや、君が客寄せしたんでしょ?」
「は?」
何を言ってるんだとけげんに思っていると、近くの屋台で中年の女が手を振った。
「シューター君、今日も屋台巡り?」
「あ、おばさん。こんにちは。巡りっていうか、友達と新しくできた屋台を見に来たんだ」
「あらあら、お友達ができたの? 良かったわね。そうだ、新作があるのよ、味見していかない?」
「いいの? 食べる!」
修太はすぐさまそちらに飛んでいく。
この辺の屋台は常連だ。顔なじみになった店では、たまにこうして味見させてくれるのだ。
「シューターさあ、頼むから、食べ物に釣られて知らない人についていかないでよ。旅をしてた時も、何回も言ったけど」
トリトラが後ろから心配そうに言うので、修太は首を傾げる。
「おばさんは知らない人じゃないよ」
「そういうことじゃなくて」
「なんなんだよ、トリトラ。よく分かんないし、うるさいんだけど」
「ひどい!」
二人のやりとりを聞いて、なぜかアジャン達は生温かい目を向けてくる。
「ほら、お友達もどうぞ。感想を教えておくれね」
「「「わーい、ありがとうございます!」」」
あっさりと食べ物に釣られ、それぞれ食べて感想を言い合う。
女店主はにやにやしながら、友達に向けて噂話を披露する。
「シューター君ね、結構、この界隈じゃ有名なのよ。味にうるさいから、この子が気に入った店は繁盛するって言われててね。しかも常連になって山盛り買っていってくれるから、福の神扱いよ」
「またまた~、おばさん達の腕が良いからだよ。たまたまだって」
「まっ、本当のことを。それで、どんな感じ?」
「おいしいけど……なんか普通だなあ。あ、中に小さいゆで卵を入れたら? 当たりっぽくて面白いし、食感も楽しいだろ。チーズ味もいけそう」
惣菜の大判焼きみたいなものを食べながら、修太はアイデアを口にする。
「ゆで卵? 面白いことを言うねえ。よし、そうしてみようかね」
「あ、メウ酢漬けのガショーを刻んで入れても、アクセントになっておいしいかもなあ」
「あんた、料理人になったらどうだい?」
「俺は食べる専門! おばさんみたいに上手な人が作るから良いんだよ」
「も~、本当に可愛いことを言う子だね。ありがとね!」
修太が笑い返すと、店主も顔をくしゃっとさせて嬉しそうに笑う。
気を良くした店主は、お裾分けをいくつかくれた。
それから、メインストリートから広場まで食べ歩きしながら戻ってくると、アジャン達と別れることにした。
「いっぱいもらったからあげるよ」
予備で持ち歩いている紙袋を旅人の指輪から取り出しながら言うと、フィルとソロンは夕飯が入らなくなるからと断ったので、アジャンに惣菜巻きを三つと大判焼きもどき二つを渡す。
「おお、弟達が喜ぶよ。ありがとな」
アジャンは嬉しそうに紙袋を受け取り、ソロンが神妙な顔で問う。
「なあ、メウ酢漬けのガショーを使う案、親父に教えてもいい?」
「おう。なんか美味いものを作ってくれよ。楽しみだなあ」
たまに行く酒場のメニューが増えるなら、修太も嬉しい。
「ねえねえ、シューターは本当に旅してたんだよね? それにしては世間知らずで心配になるなあ。普通は味付けの話なんて、商売の秘密だよ?」
フィルが忠告するが、修太は首を傾げる。
「そう? でも俺は料理の腕はそんなにないから、宝の持ち腐れだろ。うまく使える人が活用したほうがいいって。それで俺は美味いものを食えて、美味いものを食べた人もちょっと幸せになって、世界が少し平和になるってね」
「上手いこと言うなあ。そこまで考えてるなら、僕はうるさく言わないけど。トリトラさん、気を付けてあげてくださいね」
フィルはちらっとトリトラを見て念押しする。
「分かってるよ。気を付けてるんだけどねえ、本人がこの調子だからさ、僕らも困ってるんだよね」
「僕らってなんだよ」
「何、全員の名前をあげて欲しいの?」
「やめとく」
面倒くさそうな気配を察知して、修太は素早く断った。
アジャン達と別れると、トリトラが修太の頭をつんつんと軽く小突く。
「君、できたばかりの知り合いにまで心配されてるようだけど。大丈夫なのかい?」
「あいつらが良い奴なんだろ」
「お兄さんは心配だなあ。しーんーぱーいー」
顔の横で、わざと大きな声を出すトリトラに、修太は渋々返事をする。
「分かったってば! 気を付ける!」
策が上手くいったと、トリトラはけらけらと笑った。




