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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
北西の森の邪教徒編
19/178

第三話 神隠し 1



 シュタインベル学園。一年の教室。

 昼休みになり、教室はざわざわした空気に包まれている。修太は隣のアジャンに話しかけた。


「アジャン、俺、今日は食堂に行ってみようかと思うんだけど、一緒にどうだ?」


 教科書と羊皮紙のノートを鞄に放り込みながら、アジャンは断った。


「悪い、弁当なんだ。また今度、そうだな、週明けくらいに行こう。小遣いに余裕がある」

「無理に返事しなくてもいいぞ?」

「いや、食堂を使うのは楽しみなんだ」

「分かった、またな」


 アジャンがあっけらかんと財布事情を打ち明けるのを聞いて、それなら機会があった時にしようかと、修太は椅子を立つ。本当は食堂の使い方を教わりたいという目論見もあったが、分からなければ周りに聞けばいい。さっそく教室を出た。

 食堂は教室棟の東隣にあって、別棟になっている。調理場で火を使うので、火事になった場合を考えて、少し離して建てられたらしい。学園を囲む高い塀がすぐ傍にある。

 着いた頃には、食堂は長蛇の列ができていた。メニューは日替わりの定食が一種類だけで、先に会計を済ませてから、お盆に料理をのせて自分で運ぶセルフサービスになっている。

 飲み物はポットに入った水とカップがテーブルに置いてあるので、自分で注いで良いようだ。

 水筒があるので水は注がず、修太は席を探して、盆を持ってうろうろと歩き回る。三学年の生徒が集まるので、食堂は広々としているが空席がほとんどない。どうやら出遅れたようだ。

 外のテーブルを使おうかと思ったところ、リュークが手を振った。


「ツカーラ、ここがあいてるぞ」

「え……」


 ものすごく近付きたくない。だが他にあいてないので、修太はそちらに歩み寄る。四人席に、リュークとライゼル、セレスが座っている。いつも三人で行動しているから、一人分があくのは自然だ。


「ありがとう。でも、いいんでしょうか」


 ライゼルとセレスを気にして、修太は座る前に問う。セレスはもちろんと朗らかに返し、ライゼルは意外にも軽く頷いた。


「座れよ。ちょうど話もあったんだ」

「話……?」


 なんだろう、その嫌な響き。

 修太は恐る恐る木製の椅子に腰かけた。本題に入る前に、ライゼルが修太に問う。


「お前、食堂を使うのは初めてだろ?」

「なんで分かったんですか」

「学年ごとにシマ(、、)があるのに、他の所もうろついてたからよ。年齢で差別しないくせに、学年ごとに無言のルールがあるらしい。上下関係だな」


 ものすごく面倒くさそうに、ライゼルは教えてくれた。セレスがほんのり苦笑を浮かべる。


「新入生のほとんどは、初日に先輩から怒られたの。それで知ってるのよ」

「だが、その程度のことに目をつむるくらいには、ここの料理はおいしい」


 リュークがにやりと笑ったので、修太は食事への期待感が膨らんだ。


「そうなんですか。それじゃあ、俺もいただきます」


 三人はすでに食べ始めているので、修太は両手を合わせて呟くと、さっそく定食を食べ始める。

 今日はケテケテ鳥のハーブソテーがメインで、ポルケと呼ばれているモルゴン(いも)を蒸かしただけのセーセレティーの民の主食、小鉢に入った果物、野菜スープがついている。


「本当だ。こりゃ美味い」


 修太には量が物足りないが、味はおいしいのでたまに来よう。

 あっという間に食器を空にしたところで、修太はリューク達のことを思い出した。


「そういえば、話ってなんでしたっけ?」


 リュークはぽかんとして、食事の手を止めている。はたと我に返ると、困ってセレスに問う。


「ええと……なんだったっけ、セレス。ごめん、彼の食べっぷりに見とれてて」

「リュークったら、謝るんでしょ?」


 セレスはそう返したが、彼女もびっくりした顔で修太をまじまじと見ている。


「ああ、そうだった。疑ってた件、悪かったよ。まさか犯人を捕まえたせいで、発作で倒れるとは思わなくて。君に悪いことをしたなあって、すごく反省したんだ」


 神妙な顔をして打ち明けるリュークは、素直な少年の顔をしている。


(へえ、自尊心が高いだけの坊ちゃんかと思いきや、もしかしてわりと良い奴?)


 貴族というだけで関わると面倒くさそうと思っていたが、色眼鏡(いろめがね)で見ていたのは修太のほうだったのだろうか。


(最初に大事な幼馴染を傷つけられたと思ったから、俺を敵視したわけだしな)


 あの事件がなかったら、もう少し印象が変わっていた可能性はある。


「アイネさんとは聖堂でたまに会うくらいでしたけど、あんなに好いてくださっていたとは思わなかったわ。でも、好意でもいきすぎるとちょっと怖いわね」


 申し訳なさそうにしながらも、青い顔をするセレスをちらっと見て、ライゼルは悪態をつく。


「ああいう悪い奴がいるから、近付けないようにしてたってのに。追い払いすぎても逆効果とはね」

「余計な世話だと思いますがね、部外者の俺から見ても、ちょっと過保護すぎる気がしますよ。もしかして何かあったんですか?」


 なんだかライゼルのこの言い方、ただ嫉妬深いで片付けるには、別に根っこがありそうに思えた。


「ツカーラ、もし許してくれるなら、ここではクラスメイトとして話して欲しい」


 リュークの頼みを聞いて、修太は以前の会話を思い出した。


(そういえば、くだけた話し方をするように言ってたな)


 その頼みを、完全に疑いが晴れてからと一蹴したのは修太のほうだ。


「分かった。あ、別に話したくないならいいよ。印象と違うのかなと思っただけだから」


 一応そう付け足したが、リュークは教えてくれた。


「実は小さい頃にね、友達として近付いてきた子に呼び出されて、セレスと俺とで誘拐されたことがあったんだ。ライゼルは止めようとしてくれたけど、小さいから全然歯が立たなくて。でも、彼が助けを呼んでくれたお陰で、私達は無事に救出されてね」

「ライゼルが過保護なのは分かっているけど、彼の気持ちも分かるの」


 セレスは苦笑したものの、温かい目でライゼルを見ている。ライゼルは照れたのか、ぷいっとそっぽを向いた。

 事情が分かると、ライゼルが幼馴染に近付く者に対し、過剰に反応するのも理解できる。


「へえ、本当に仲が良いんだな」

「そうよ。一緒に冒険者として攻略組になろうねって、小さい頃から言い合ってるの。でもリュークは貴族だから、リュークのお父様は騎士になるようにと言ってて。でも他の学校に行ってしまうと冒険者のノウハウを学べないから、反対を押し切ってこの学園に来たのよ」


 セレスがリュークを見ると、リュークはにやっと笑う。


「卒業したら家を出るつもりなんだ。〈四季の塔〉はハイレベルだから、各地のダンジョンを回って力を付けて、皆で挑むのが夢なんだよ。あの竜に会うんだ」

「未踏破ダンジョンって燃えるよな!」


 拳を握って言い放つライゼルは、初めて年相応に見えた。


(貴族の家に生まれたなりに、苦労してるんだな)


 冒険者は騎士や衛兵からは下に見られている。凝り固まった貴族が親なら、リュークの夢を反対するだろう。

 修太はふとエセ勇者――アレン・モイスの顔を思い浮かべた。

 そういえばあの男は元貴族だ。冒険者になったことで親に勘当(かんどう)されたのだと聞いている。パスリル王国だろうがセーセレティー精霊国だろうが、その辺の貴族での常識は変わらないようだ。


「目標があるのは良いことだと思うぜ。頑張ってくれ。――それじゃあ、ごちそうさま。俺は失礼するよ」


 盆を持って席を立つ。

 応援の言葉を聞いて、三人はどことなく照れくさそうにしつつも、嬉しそうに頷いた。

 修太は食器を返却すると、そのまま教室に戻った。




 教室に入ると、まだ昼休みは半分くらい残っているので、人数(ひとかず)はまばらだ。

 アジャンはまだ戻っていないようだ。

 修太は自分の席につき、旅人の指輪に入れていたおやつを取り出す。野菜ポルポレという、セーセレティーの庶民のお茶菓子だ。野菜クレープに似ていて、葉もの野菜や赤や黄色のパプリカに似た野菜に、マロネの実で作った甘酸っぱいソースがかかっている。

 足りなかったらつまもうと思い、大皿に山盛りに作ってきておいて良かった。

 もぐもぐと食べていると、教室にいた男子生徒が二人、物欲しげな目をして、じりじりと寄ってきた。


「ツカーラ、ここに俺の母ちゃん特製の果物がある」

「切っただけじゃん」


 物は言いようだなと、修太は遠慮なくツッコミを入れる。木箱に入った果物は、りんごに似た味のものだ。食べやすいように切り分けられていた。


「こっちは野菜ピクルスだよ」


 もう一人の男子生徒が瓶入りのピクルスを見せた。

 さすがは成長期の男子生徒が集まるだけあり、余裕がある家はおやつも持たせているらしい。

 あんまり話したことのない生徒だったが、せっかくの友好的な状況なので、修太はおやつを出しあって食べることにした。


「美味いな、このピクルス」

「果物も美味いだろ?」

「「いや、だから切っただけじゃん」」


 そんな他愛ない会話をしながら、二人とだらだらとしゃべる。


(この空気、久しぶりだ。高校を思い出すぜ)


 修太は懐かしさを覚え、感動に浸る。またあの平和な時間を満喫できるとは思いもしない。

 少し話しただけで、修太が二人の名前を覚えていないことに気付いたらしく、彼らはそれぞれ名乗ってくれた。

 一人はソロン・ガルフィング。黒灰色の髪と暗みがかった銀の目を持った〈白〉の少年だ。十七歳だというが、がたいが良いのでもう少し年上に見える。冒険者に人気がある酒場の店主の息子らしい。


「へえ、あの大通りのでかい店? 冒険者ギルドから近くて、派手な鳥の絵が描いてある看板の……」


 話を聞いていて、ピンときて問うと、ソロンは頷いた。


「それだよ」

「あそこの店、おいしいよな。肉料理が特に最高!」

「だろ~? 親父に言っておくよ」


 親の店を褒められて、ソロンはにやにや笑いを隠さない。

 もう一人は、フィル・クレインという少年だ。銀髪を後ろで結んでおり、穏やかそうな目は緑色をしている。治療師(ヒーラー)の息子で、冒険者をしながら薬師の勉強をして、実家の治療院(ちりょういん)の手伝いをするつもりでここにいるらしい。


「僕達、アジャンと友達でさ。アジャンが君のお弁当がおいしいって自慢するもんだから、気になってたんだよね。このソース、ちょうどいいね。おいしい」

「俺、美味いものが好きだからな。簡単なのしか作れねえけど、味は自信があるぜ」


 味を褒められて、修太は相好を崩す。

 マロネの実は魔力具有の果物だ。ササラから魔力回復メニューを教わったので、普段の食事にもとりいれている。魔力混合水や魔力吸収補助薬ばかりに頼るのは味気ない。


「いやあ、そんな奴に、うちの店を褒めてもらえて光栄だぜ。果物も食べろよ」

「ソロンはいつも果物を持たされるから、飽きてるだけだろ」

「フィルだってピクルスばっかで嫌気がさしてるくせに」


 互いに言い合う二人は、気心が知れていて親しい様子だ。小さい頃、冒険者ギルドが運営する道場で知り合って、それ以来の付き合いらしい。アジャンも道場仲間だと教えてくれた。

 修太はピクルスをつまみながら、フィルを擁護する。


「ピクルスはしかたねえよな、保存食だし。セーセレティーの気候は、注意しないとすぐに野菜が腐るから」

「ま、野菜がよく育つから、飢えずに済むのはありがえてえけどよ」


 ソロンの言うことはもっともだ。

 セーセレティー精霊国は温暖湿潤で、毎日スコールが降る水が豊かな土地だ。冬ですら温かいので、森に行けば何かしら木の実や野草が生えている。

 修太自身、庭で野菜や薬草を育てているので、あの生長速度には驚いている。


「お、いいな。俺も混ぜてくれよ」


 アジャンが教室に戻ってきて、自分もおやつを取り出した。草団子(くさだんご)だ。


「ええー、草団子かよ」

「いっつもそれだよなあ、アジャンは」

「あるだけいいよ。腹が減るほうがこたえる」


 フィルとソロンには不評だが、修太は日本のヨモギ団子を思い出して、懐かしさに手を伸ばした。食べてみると、口の中に爽やかなヨモギの味とあんこの甘味が広がった。


「美味いなあ、これ。手作り?」

「いや。これはな、〈四季の塔〉の低層で、あるモンスターがまれに落とすレアドロップ品」

「まじか。ダンジョンのモンスターって、団子を落とすの?」

「面白いよな。草系モンスターを十匹倒して落とすかどうかってとこかな。ちゃんと箱入りで落ちてるから綺麗だよ。木箱は火種にもなるし、腹にたまるおやつだから最高。さすがに、ずっと食べてると飽きるけどな」


 アジャンが言うには、小さい頃から定番のおやつだったらしい。冒険者をしている父親がダンジョンに行くと、お土産に持って帰ってくれたそうだ。


「へえ~、俺も父さんに言ってみよう」


 グレイに頼んだら取ってきてくれそうだ。

 しかし、この世界は面白い。

 モンスターは人を襲い、時に不幸ももたらすが、倒したことで手に入るドロップ品や、生きている間に落としたものはアイテムや魔具として価値があるのだ。

 修太は創造主オルファーレンを助け、滅びかけている世界を救うため、数年かけて旅をしていたから、この世界の理についてよく知っている。

 モンスターは世界にたまる毒素(クイス)を食べて、浄化しながらもやがて毒素のために狂い、価値を持つために倒されることで、世界をまた巡る。人間や妖精、その他の民族は、モンスターの脅威に怯えながらも、モンスターを倒すことで生活の(かて)を得るのだ。

 それぞれがバランスを持って、この世界で暮らしている。

 残酷な面もあるが、それぞれが精いっぱいに生きているのは美しい。今はそう思える。

 ダンジョンは世界の箱庭として、大昔に地精(ちせい)が作った作品らしいが、それすらも人々を魅了し続けて、人々に恵みをもたらしている。


「ツカーラのお父さんは冒険者なの?」

「うん、まあ」


 フィルの問いに、修太はひそかに焦る。


「そうなのか。名前は?」

「ええーと……」


 ソロンの問いに、修太は言葉に詰まる。

 グレイは養父の正体を教えて、後ろ盾が誰か示して身を守れと言うけれど、修太は虎の威を借る狐みたいな真似をするのは気が引ける。

 その時、タイミング良く予鈴が鳴った。


「それじゃあ」


 修太はそそくさと食器を回収し、彼らにあいさつする。フィルとソロン、アジャンも器を手に、自分の席に戻った。


「もしかして、お前の親父さんって零細(れいさい)冒険者?」


 アジャンがひそひそと問う。


「れ、零細……?」


 なんだそれは。初めて聞いた言葉に、修太は問い返す。


「長年やってるわりに、(もう)けが少ない冒険者のことだよ」

「そんなのいるんだ……」

「違うのか? 恥ずかしいから黙っていたいのかと思ったけど……、そうだな、シューターの身なりは良いからな。違うなら、もしかして大物?」

「あ、先生が来たぞ。静かにしろよ、アジャン」


 アンソニー・シュタインベルの眼光は、今日も鋭い。

 教室はしんと静まり返り、アンソニーはこれがあるべく姿だと機嫌良く見回して、教科書を開くように言うのだった。


 


 ちょっと日常をだらだらと書いたものを読みたい欲があるので、少し蛇足っぽいシーンもあるかもですけど、のんびりお読みくださいな。

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