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それから修太は、ハトラ・キーツの家族を見かけたら避け、自宅や学園、冒険者ギルドでせっせと翻訳作業に徹している。
実際に話してはいないが、ハトラは太陽のように明るく、おおらかな性格をしているようだ。待合室を通りかかると、ハトラがたまに誰かと気安く話して笑っているのを見かける。ハトラはグレイにも友好的にあいさつするが、グレイは一瞥だけで無視するのを目撃した。
それで喧嘩にならないのかと修太のほうがはらはらするが、ハトラは気にしていないようだ。彼の心臓は鉄でできているのかもしれない。
「ハトラさんってすごいよな。俺が父さんに無視されたら、かなりこたえるけど……」
今日は紫の曜日なので、朝から冒険者ギルドに来て、応接室を借りて作業をしている。
「いやいや、賊狩りはお前にだけはあんな真似はしないだろ」
リックがからからと笑って否定した。
筆写の手伝いは日によって違うが、今日はリックが担当してくれるようだ。アジャンは祈祷集会があるので、午後から手伝ってくれることになっている。
「あの人、たいていは一瞥だけだろ。あいさつも返さない」
「ええっ、父さん、いつもそんな感じなの?」
修太は驚いた。家ではどうだったかと思い返してみる。
「ん? でも、あいさつが返ってくることは少ないな。だいたい『ああ』って言うか、頷きだけだ」
「返事をしてくれるだけいいさ」
「はは、グレイって感じだなあ」
修太は思わず笑ってしまう。慣れているので気にしたことがなかった。
「それで済ませるから、お前のほうがすごいよ。ええと、それで続きは?」
「続きは……」
修太は一文を読み上げ、リックが筆写している間に、自分が担当しているページをエターナル語で書きなおしていく。作業速度が上がったおかげで、今日中に残りの十ページも片が付きそうだ。
平日は学園があるので、どうしてもまとまった時間がとれない。体調が悪い日もあるので、元気な時に急いで終わらせなければならない。
せっせと作業をしていると、ノックの音が響いた。
「お仕事中に失礼します。リック、至急、相談したいことがあるのですが」
「え? 何?」
リックは手を止め、戸口のほうに向かう。受付の女性と話をすると、こちらに来て謝った。
「シューター、すまない。急に決まったそうなんだが、こちらのギルドにマスター数名が来て、緊急会議をするらしい。他の応接室は予約が入っているから、ここしか使えないんだ。一鐘分だけ、待合室での作業でも構わないか?」
「邪魔にならないなら、どこでもいいよ」
「紫の曜日は、冒険者達も休養日にしていることが多いから、待合室の隅を使うくらいは平気だよ。職員には伝えておくから、シューターは気にしなくていい。誰かに文句を言われたら、マスターの許可をとってると伝えてくれ」
「え、いいのか? 勝手にマスターの名前を出して」
「おう。マスターから、面倒な依頼を引き受けてくれた分、便宜をはかるように言われてるからな」
ダコンのそういう気遣いのところが、多くの冒険者に兄貴と慕われるゆえんなんだろうなと、修太は思った。
「それじゃあ、待合室に行こう」
「レーラ、会議室の設営だけ、後で手伝うよ。とりあえず予約表に書きこんでおいてくれ」
「分かりました。ツカーラさん、本当にごめんなさい。ご協力に感謝いたしますわ」
リックにレーラと呼ばれた女性はお辞儀をすると、ぱたぱたと足音を立てて階下に向かった。
修太は手早く本や紙をまとめ、旅人の指輪に仕舞う。
「マスター達、紫の曜日も仕事をしてるんだな」
「セーセレティーだと、定例会議でも、紫の曜日は休日に設定されてるんだけどな。なんか、不穏な情報が入ったらしいぜ。報告者はグレイだって」
「父さん?」
思わぬところで名前を聞いて、修太はぎょっとした。
「あれ? そういえば、今日はどこかに調査に行くとか言ってたな。まさかそれか?」
昨夜、グレイが就寝前に、そんなことを言っていたのだ。朝から留守にするから探すな、と。グレイがふらっと出かけるのはしょっちゅうなので、依頼に関係することかと、さして気にしていなかった。
「あー、あの人な、薬師ギルドの事件があってから、周辺情報にピリピリしてるんだよ。きなくさい噂がないかとか、定期的に情報屋で探ってるらしくて」
「えっ、なんでリックがそんなことを知ってるんだ?」
「なんでって、冒険者ギルドの情報売買は受付の仕事だからな。賊狩りは前から情報収集には慎重なほうだったけど、最近は気になる情報があればすぐに教えろって圧をかけられてるから」
リックは首を傾げる。
「あれ? これ、シューターには言わないほうが良かったのか?」
「いや、俺は聞けて良かったよ。俺、情報屋に行くなんて考えたこともなかったな。警戒心が低いって、グレイに注意されるわけだよ……」
少し落ちこんだが、そうやって修太の知らないところで、グレイが修太を守ろうと動いてくれているのは、胸がじーんとした。
「いやいや、情報屋を頼るなんて、一般人はほとんどしないだろ。使っても浮気調査くらいじゃないか? 賊狩りのやりかたが、冒険者らしいだけだ」
リックはそう言いながら、応接室を出る。修太はその後についていった。冒険者ギルドの応接室は二階にあるので、一階の待合室まで行く。冒険者ギルドは早朝と夕方が混むものなので、まだ午前中の待合室にはぽつぽつと人がいるだけで、静かだ。
「この隅の席がいいかな」
リックはカウンターを正面にして、右端の壁際、医務室への通路近くの席を選んだ。四人掛けの丸テーブルだ。
「この通路側に、パーテーションを置けば気にならないだろ? なんなら、ここだけ全方位を仕切るか?」
「いや、通路側だけでいいよ。誰かがぶつかったら面倒だし」
羊皮紙にインクがこぼれたら、書きなおしになる。それは避けたい。
「分かった」
リックはどこからか三つ折りのパーテーションを運んできて、通路側に設置した。パーテーションには「臨時の作業場につき、注意」と書いた紙を画鋲で付ける。待合室にいる冒険者には事情を説明し、再び事務所のほうに引っこんでから、修太のほうに戻ってきた。
「はい、お茶でも飲みながらのんびりやってくれ。また後で」
「ありがとう」
ポポ茶まで用意してくれるそつのなさに、修太は心から礼を言った。熱々のポポ茶を味わってから、修太は翻訳作業の続きに取りかかった。
これも一話読み切り予定ですが、前から考えてた事件ものと組み合わせればいいんじゃないかとひらめいたので、ちょっとその要素を入れました。
次話にもつながるかもしれません。相変わらず、思いつきで書いてる(笑




