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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園ほのぼの編(仮題)
168/178

 5

 ※前半を加筆修正。

 コピペする時に選択もれしてたので、前半を追加しました。



「それでお前、鼻歌を歌いながら、ものすごい速度で筆写してるのか?」


 ホームルーム前に少しでも作業を進めようと、修太は翻訳作業をしていた。事情を聞いたアジャンが呆れている。


「だって、ベディカさんがお礼にって連れてってくれるレストランは、どこも美味しいんだ! あの人の情報網は完璧だよ」

「食事に関するな」

「急ぎの依頼だけあって、報酬もいいし」

「へえ、何か欲しいものでもあるの?」


 アジャンの質問に、修太は否定を返す。


「いや、特にない。啓介にお土産でも送ろうかな。ニミエさんにボーナスを出してもいいかも。孤児院の子にも、何かプレゼントしてあげたら喜びそうだよな」

「他人のことばっかじゃんか」

「そうだ、アジャンは小遣いに困ってない? 書き写しの手伝いをしてくれるなら、バイト代を出してもいいぞ」

「へえ、いくら?」

「一ページ五百エナでどう?」


 アジャンがぎょっと身をのけぞらせ、ベンチから落ちそうになった。

 修太への報酬の半額に当たるが、書き写すほうが重労働なので、こんなものだろう。


「貴族に提出するやつだから、丁寧に読みやすい字で書くのが条件」

「うっ。それはおっかないけど、まれに見る好条件だな。ダンジョンに行くより良さそうだ」

「それなら、放課後、冒険者ギルドで手伝ってくれ。契約書はギルドでお願いしておくよ」

「分かったが……勝手に決めていいのか?」

「ギルドでも手伝いを出してくれるって言ってたし、これは個人的に頼んでるからいいんじゃないか? 翻訳だけなら簡単なんだけど、こんなに書いていると手が痛くて嫌になるんだよ」


 昨日のうちに、五ページは進めておいた。印字されているページが小さな字でびっしりと書いてあるせいで、思ったよりも進行が遅い。期日に間に合わせるためには、できることはなんでもしなければ。


「俺からすれば、一般言語からエターナル語に翻訳するだけでも大変だってのに。すごいな」


 修太が完成した原稿を見せると、アジャンはたじろいだ。思ったより大変な作業だと気づいたらしい。


「期限まで一週間しかないんだぜ。そりゃあ、誰も引き受けないよな」

「冒険者ギルドなんだから、冒険の依頼をしてくれって感じだよ」

「あはは、それ、ベディカさんも愚痴ってた」

「なあ、それってさあ。マスターが断らないし、なんだかんだできるから、余計に無茶ぶりされるんじゃねえの?」

「分かっていても、ねじこんでくるのが貴族だよ」


 貴族は本気で苦手だという気持ちが声ににじみ出たようで、アジャンは世知辛そうに肩をすくめた。




 セヴァンが無事に許可してくれたおかげで、自習時間に翻訳作業ができることになった。

 教師としては、生徒が自習といえど授業時間中に仕事をするのは良くないことみたいだったが、翻訳なら文学の宿題よりよっぽど高難度なのでと、特別に許してもらえたのだ。冒険者ギルドのマスターであるダコンが困っていたという辺りも効いたようだった。

 その日の帰り際、アジャンに謝られた。


「シューター、すまん。すっかり言い忘れていたんだが、学園祭に向けて、しばらく放課後に修練時間があるんだ。戦闘学の生徒は全員参加だから、終わってから冒険者ギルドに行くよ」

「分かった。学校のほうを優先してくれ」

「助かる。それじゃ、また後で」


 アジャンという助っ人を確保したものの、彼も用事がある。

 門に迎えに来ていたコウと合流し、修太は先に冒険者ギルドに向かった。作業場所について受付で聞けばいいのかと考えながらスイングドアを通り抜けると、ヒステリックな女の声が響いた。


「だから、融通を利かせろって言ってるだけでしょ! なんで駄目なのよ!」

「ですから、すでに説明しました通り、道場の特別クラスは今年の入門は締め切っております。試験を受けている生徒ばかりなので、特別扱いするわけにはまいりません」

「私と息子は、ハトラ・キーツの家族なのよ! あんた達がハトラをここの応援に招いたんでしょうが! そちらの事情で転勤したんだから、許可すべきでしょ!」


 キンッと耳奥が痛くなる声だ。至近距離で暴言を浴びせられているリックも、さぞかし耳をふさぎたいだろう。


「あの、すみません。何かあったんですか?」


 迷惑そうに受付を見ている冒険者グループに近寄り、修太は声をかける。

 二十代半ばくらいの男女三人は、修太に気づくと笑みを見せた。


「やあ、ツカーラ君じゃないか」

「今日もお父さん待ち?」

「それもありますけど、今日はダコンさんから仕事を任されているので……」


 修太はちょっと気恥ずかしくなって、苦笑いを浮かべた。ビルクモーレと同じく、ここでもすっかり父親を待つ息子として認知されている。前は気にならなかったが、学園に通い始めたせいか、なんだか急に思春期の照れを思い出した。


「マスターから? あれじゃあ、受付に近寄れないわよね。皆も、厄介ごとに巻きこまれるのは嫌で、遠巻きにしているところよ」


 剣士らしき女が、愚痴っぽく言った。


「リックも大変だよな。あの女に四半鐘はからまれてるよ。でも今日の受付は非戦闘員の女性スタッフばかりだし、マスター会議に行ってるから、上役も留守にしてる。助けてやりたいんだけど」

「あの人、貴族?」


 修太が質問すると、リーダーらしき男は首を横に振る。


「いや。最近、ここの支部は紫ランクが足りてないんだ。王都の本部から、ハトラさんが応援で来てくれたんだけど……その家族だな」

「こちらも応援に来てくれてる手前、もめたくないのよ。それに紫ランクだから、弱小としては、下手に関わりたくなくて」


 立場的な問題で、冒険者達は尻ごみしているらしい。


「父さんは? 待機してるはずなんですけど」

「救助要請があったから、そのハトラさんと現地に向かってるらしいわ」

「なるほど……」


 今日はまれに見る無法地帯ということらしい。

 いつもだったら、グレイがいれば、すでに迷惑客を黙らせている頃合いだ。


「そういうことなら、俺がでしゃばってもいいですか? もめないようにしますから」

「え? まあ、あなたも紫ランクの家族だし、同じ立場だから私達よりは角が立たないだろうけど……。無茶はしないでちょうだい。賊狩りににらまれるほうが怖いわ」

「とりあえず、リックをあの場から引き離しますよ。かわいそうなんで」


 友達が困っているのは見過ごせない。


「気を付けてね」

「はあ、まったく。あれが温厚なリックじゃなかったら、とっくにもめてるぞ……」

「こういう時は、待合室に賊狩りがいてくれると助かるのにな。あの人、怖いけど、理不尽に怒らないし、弱い者いじめもしないもんな」


 有象無象(うぞうむぞう)に興味がないだけというのが正しいだろうが、ランクが低い冒険者的には、秩序を守ってくれるなら、殺し屋みたいなグレイも歓迎みたいだ。

 修太は気合を入れ、受付のほうに向かう。


「あの、お話中にすみません」

「何よ!?」


 女が恐ろしい形相でにらんだ。身構えていた修太でも、ビクッとするほど怖い。


(若い人に見えたけど、中年くらいか……?)


 そういう顔をしていると、老けて見えるものらしい。金色の髪はゆるやかにウェーブをえがいており、きつい赤茶色の目が印象的な、派手な美人だ。年上に見えるのは、濃い化粧のせいかもしれない。

 豊満な体型をした女性らしい美しさがある人なので、華やかににっこりしていれば、雑誌の表紙を飾っていそうな雰囲気があった。

 修太は冷や汗をかきながら、リックのほうを示す。


「そちらのリックに用がありまして。リック、ヘレナさんが緊急の用件で呼んでるぞ」

「えっ、緊急? 分かった!」


 あからさまに助かったという顔をして、リックは女に謝る。


「というわけで、申し訳ございませんが、お客様。そちらのご要望に沿うことはできません。他の職員に言われましても、その件の権限はありませんのでお引き取りください。これ以上、文句がおありでしたら、マスターまでどうぞ」

「あっ、ちょっと! 話中よ! 待ちなさい!」


 リックは「受付休止中 ~他の窓口にお並びください~」の札をさっと置いて、そそくさとカウンターテーブルを離れる。修太はいかにも急いでいるふうを装い、リックを引っ張って、医務室のほうへ逃走した。


「助かったよ、シューター。あの人もねばるもんだから、俺でもそろそろ切れそうだったんだ。それで、緊急事態って何?」


 待合室には聞こえない場所まで来ると、修太は謝った。


「ごめん! それは嘘だ」

「え、嘘?」

「お前が困ってるみたいだったから、とりあえずあの客から引き離そうと思ったんだ。勝手なことをしてごめんな。迷惑だったか?」


 リックは拍子抜けした様子で、ぱちくりと瞬きをした後、急に片手で顔を覆って天井を見上げた。


「な、何?」

「お前が良い奴すぎて、感動しただけ」

「怒ってないなら良かった」

「シューター、ぜひともそのままでいてくれ。しんどい客の後だと、お前の優しさが身にしみるよ。じーんときた。泣きそう」

「そんなに!?」


 どうやらリックはだいぶお疲れみたいだ。


「なあ、ストレスが溜まってるんだよ。今日は早めに帰って、ゆっくりしたら?」


「いや、しばらくは無理だ。マスター会議があるから。補佐は別にいるけど、その人が有能な分、余っている雑務がこっちに来てるんだよ。あ、そういえば、あの面倒くさい翻訳依頼を引き受けてくれたんだって? 後で作業部屋に案内するな。ああ言って出てきた手前、すぐに戻るのは無理そうだ」


「訳を話して、医務室にお邪魔させてもらおうぜ」


 そういうわけで、二人そろって医務室に顔を出すと、ヘレナが眉をひそめた。チンピラみたいな態度で、目をギラつかせる。


「ああん? なんなの、そのクソ客は。私が出て行って、がつんと言ってやりましょうか。っていうか、私を呼びなさいよ。マスターと補佐がいない時は、私が責任者よ」

「俺が我慢してたのは、ヘレナさんが喧嘩っぱやいからでしょ。ハトラさんともめたら、また紫ランクが足りなくなるじゃないか」

「その迷惑客のせいで仕事がとどこおるんなら、ハトラ・キーツがいない時と大して変わらないじゃないの」

「そっ、それは……そうだな……」


 ヘレナの鋭い指摘に、リックは上手い言い返しを思いつかず、ため息をついた。


「いいこと、確かに応援が来るのは助かるわ。でも、それを弱味みたいにされて、言いなりになれってことじゃないの。うちのギルドのルールに従えないなら、出て行ってもらいなさい。いいわね」

「はい、そうします」


 ヘレナに叱られ、リックは肩を落とす。ヘレナはふんと息をつき、修太のほうへ穏やかな表情を向ける。


「まあ、いいわ。せっかくツカーラ君が気遣ってくれたんだから、今回は見逃してあげましょう。あなたも人が好いわよねえ、面倒な依頼を手伝ってくれるって聞いてるわよ。隣の研究室でよければ、しばらく作業してもいいわ」

「ありがとう、ヘレナさん。助かるよ。そうだ、お菓子を食べませんか。今日も持ってきたんで」


 いちじくのパイを取り出すと、ヘレナの目がキラキラと輝いた。助手やスタッフもこちらを振り返る。


「あら、ケーキ? ツカーラ君って、いつもお菓子を持ってるわよね」

「おやつは大事です」


 修太が真面目に言い切ると、ヘレナは噴き出した。けらけらと笑いながら、助手にお茶の用意を言いつける。


「リック、暇ならこれを切り分けなさい。そこの道具を使っていいわ。お茶休憩をしたら、戻って仕事しなさいよ」

「はいはい、もちろん俺がしますよ。シューター、俺もごちそうになるよ。小腹が空いてたから助かる」

「あ、俺も……」


 リック任せにするのは申し訳ないと思ったが、リックに断られた。


「お前は翻訳作業をしていてくれ。準備ができたら呼ぶから」

「そうよ、こちらは任せて」


 ケーキの手土産がうれしいようで、助手の女にも笑顔満面でうながされたので、修太は仕事のほうを優先することにした。

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