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「ベディカ、紹介するのってツカーラなのか? おいおい、やめてくれよ。彼は冒険者じゃないんだぞ」
応接室にやって来たダコンは驚いて、ベディカに確認する。
「大丈夫よ、ダコン。マスター権限で特別扱いすればいいじゃない」
「相変わらず、破天荒だな……。まあ、今は薬師ギルドの見習いだから、外注ってことにすればなんとかなるか……?」
ダコンはあごをさすりながら、ぶつぶつとつぶやく。
「ダコンさん、翻訳依頼ってなんですか? この都市には学者がたくさんいるんですから、そっちに頼めばいいのに」
「学者がいるんだが、急にねじこまれたせいで、締め切りが一週間後なんだ。そんな依頼、失敗した時の違約金がネックで、誰も引き受けないんだよ」
ダコンがため息交じりにローテーブルに置いたのは、ハードカバーの本だ。
「挿絵を入れて、百ページほどある。パスリルから渡ってきたダンジョン研究書らしいんだが、植物や地形なんかも書いてあるんで、翻訳が難しい専門書なんだよな。ダンジョン研究家が多い都市なら大丈夫だろうと、いきなり押しつけられて……。最悪、ハートレイ子爵に口ききしていただくが、高くつきそうで恐ろしいよ」
貴族に借りを作ることを考えただけで、修太も怖くなった。
「そ、それは避けたいですね。見てもいいですか?」
「ああ、もちろん」
修太が本を開くと、小さい文字が印字されていた。ダンジョンでメモをされた手稿やスケッチなんかも入っているので、印字部分は八十ページくらいまで減りそうだ。
「一週間ならぎりぎりできそうですね」
「えっ、本当か!」
「でもこの手稿やスケッチの再現はできませんよ?」
「そこはページ番号を書いて、大雑把に注釈をつけてくれるだけでいいんだ。報酬はいいぞ。十万エナだ」
「は!?」
日本円にしたら約百万円だ。さすがに驚いた。
「一ページが千エナなんだ。特急料金こみ。紙やインクも用意されてるよ。持ち帰ってもいいが、ギルドに作業場所を用意するから、そっちでもいいぞ。どうする?」
こちらの考えを聞いてくれてはいるが、ダコンからは懇願の思いが伝わってくる。修太はグレイのほうを見た。
「父さん、引き受けていいかな」
「食事と睡眠を削るのはなしだ。学園にも行くこと」
すぱっとした返事があり、修太は作業時間を考える。
「うーん、まあ、なんとかなるかな? これくらいの量なら」
これにはダコンがいぶかしげに問う。
「こんなに量があるのに、平気なのか?」
「俺には難しくないんで」
霊樹リヴァエルの葉を飲んだおかげで、勝手に翻訳されるのだから、苦ではない。
「書き写すのが大変ってくらいですね」
「ふむ、なるほど。そういうことなら、ギルドにいる間は手伝いをつけよう。ツカーラが口頭で読み上げるのを、手伝いが書き写すのはどうだ?」
「とても助かります!」
「いや、こっちこそだよ! ああ、良かった。今日は安心して眠れそうだ」
ダコンはほうっと息をついた。
「だから良い人材を紹介するって言ったじゃない。感謝してよね」
ベディカがここぞとばかりに貸しを主張して、ダコンの背中をばしっと叩く。
「調子に乗るなよ、お前」
グレイのほうが切れて、ベディカをにらんだ。だが、ベディカは笑って流すだけである。
「大丈夫だよ、父さん。試験期間が終わって、学園祭の準備中だから、授業もゆるいんだ。戦闘学が増えてるせいで、俺は自習をしてるからさ。そこで翻訳作業をするよ」
セヴァンの研究室にお邪魔して、許可をもらってから作業をすれば問題ない。ダコンが困っていたと言えば、セヴァンは理解してくれるはずだ。後で、ウィルにも伝えておこう。
それから書類にサインをして、本と道具を引き取った。
レクシオンは今日の業務は終わりだというので、一緒に食事に行くことにした……のだが。
「ガルルル」
冒険者ギルドを出て、外で待っていたコウにぬいぐるみを見せたら、コウがうなり始めた。
「なんだよ、コウ。お前にそっくりでかわいいだろ?」
修太がぬいぐるみをポフポフとなでてみせると、コウがぬいぐるみに噛みついて、ポイッと横に放り捨てる。
「うわっ、コウ、なんてことをするんだ」
「ワフッ」
修太はぬいぐるみを拾おうとしたが、コウはその腕に頭を突っこんで、自分の頭を撫でるように催促した。
「んんー?」
コウの行動はどういうことだろうかと、修太は首をひねる。これには、レクシオンがおおうけした。
「俺のぬいぐるみがかわいすぎて、嫉妬したのか! 完成度が高すぎたのかな」
「なんだよ、コウ。お前にそんなかわいいところがあったのか!」
ぬいぐるみに嫉妬されたのは初めてなので、修太はコウの頭をわしわしと撫でる。コウを構いながら、ぬいぐるみはしっかり回収しておいた。せっかくの力作を粗末にするつもりはない。
「レクシオンさん、これで商売ができそうですよね」
「はは、こういうのは趣味だからいいんだよ。もし冒険者ギルドを辞めることになったら、考えるよ」
コウには不評でも、レクシオンは力量が上がったと喜んでいる。
「いつまでもじゃれてないで、飯に行くぞ。補佐のお前、ちゃんとシューターを手伝えよ」
「もちろん、そのつもりですよ。でも、マスターは力量に見合わない仕事は回しませんから、それだけシューターの特技を買ってるんですよ。まあ、たまに無茶ぶりするのはやめてほしいんですけどねえ。なんか放っておけないというか」
レクシオンのそういうところが、世話焼きたるゆえんなんだろう。
「そうだ、シューター。仕事がちゃんとできたら、マスターに美味しい食事をご馳走してもらえるようにかけあっておくな。マスター、おいしい店をよく知ってるんだ」
「やった! よろしくお願いします!」
修太はがぜんやる気が湧いてきた。
「シューター、食べ物につられて、知らねえ奴にほいほいついていくんじゃねえぞ」
「父さんってば、ベディカさんは知ってる人だよ!」
グレイはしかめ面で首を横に振り、雑踏に向けて歩きだす。置いていかれないように、修太とレクシオンは急いでその後を追いかけた。




