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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園ほのぼの編(仮題)
163/178

 4



 管理人の家を訪ねて、事情を説明したところ、急遽、騎士団と薬師ギルドに応援を呼び、調査してもらうことになった。


「毒の本が出てきたんですって?」


 冒険者ギルドから、サランジュリエ屈指の毒の権威であるヘレナ・アンブローズがやって来た。興味津々という様子で、楽しそうなのを隠しきれていない。

 立ち合いの騎士と共に、問題の場所を見ると、ヘレナは一瞥してすぐに距離をとるように言った。


「このグリーンはヒ素だわ。見ての通り、ここは常に換気されてるから近づかなければ問題ないけど、できるだけ近くで息を吸わないようにして」

「ええっ、それって猛毒じゃないか。家主はこんなものをここに隠して、どうしたかったんだ? 自分の子ども達を殺したかったとか?」


 グレイに無言で窓際に追いやられた修太は、できるだけ声を張り上げて問う。ヘレナはゴーグルと防毒マスクをつけながら、首を傾げる。


「さあ、どうかしらねえ。昔は毒だと知らずに、鮮やかな発色が好まれて、こういう本や家具、壁の塗料に使うこともあったのよ。見た感じ、この隠し場所は密閉されているみたいだから、貴重な本を大事にしまってたんじゃない? でなきゃ、近づいただけで鼻の良い人は気づくでしょ?」


 ヘレナはちらっとグレイとバルを見て、また本に目を戻す。


「年月を経て塗料が劣化したことで、毒性がにじみ出た……というところかしら」

「つまり、昔は触っても平気だったのか?」


 グレイの質問に、ヘレナは頷く。


「ええ、そういうこともあるの。だから、なんでもそうだけど、未知の物には無暗に触らないことね。もしくは手袋をしなさいな。本物の貴重品でも、素手で触ると傷むもの。指の(あぶら)って馬鹿にならないのよ」


 修太が思い出したのは、学園の教師兼司書であるアンソニー・シュタインベルだ。図書室は彼の聖地であり、本は宝でもある。図書室に入る前に、石鹸で綺麗に手を洗ってからでないと、アンソニーににらまれることになる。

 わざわざそのためだけに、図書室の外には水を出す魔具まで設置されていた。彼が手を洗うように言うのは、汚れはもちろん、指の脂を取り除くためだと言っていた。本に指紋がつくのも嫌うのだ、あの教師は。


「いったいどんな本なのか、こちらで鑑定させていただくわ」


 ヘレナは本を取り上げると、密閉できる箱に慎重に仕舞いこんだ。

 それからふと本より奥を見て、管理人に声をかける。


「管理が報われる日が来たわね、管理人さん。確かにお宝があるわ。ほら、宝石箱よ。この本は宝の番人だったようね」

「なんですって!」


 管理人は飛び上がり、今すぐにでも宝石箱を受け取りたいと言わんばかりに近づいてこようとしたが、ヘレナが止める。


「渡すのは、これを洗浄してからでいいかしら? 毒が付着しているかもしれないわ。ここであった死の調査だから、その分はお代をとらないけど、こちらの洗浄代は請求するわよ。いいかしら?」

「もちろんです! よろしくお願いします」


 売れない屋敷の管理者が、一転して、宝石の継承者に変わったことに興奮した様子で、管理人は前のめりに頷いた。


「では、後で契約書をかわしましょう。ところで、なんだってあなた達がこの事件に出くわしたの?」

「私も気になっていました」


 立ち合いの騎士も、興味を見せる。


「古書店で、こんな小説を見つけたんだ」


 修太が、暗号が記された本を差し出すと、騎士はけげんそうに問う。


「この暗号をたどってきたと?」

「はい。面白そうだと思って」

「ふむ。証拠物件になりそうなので、お預かりしても?」

「どうぞ」


 そして、不可解な死をとげた家主の家族達について、再調査が始まったのだった。




 後日、冒険者ギルドの応接室で、ヘレナがどうなったか教えてくれた。


「あの管理人は得をしたわね。あの本自体も貴重な品だったみたい。世の中に三冊しかない有名作家の小説なんですって。しかも、こだわりの装丁本」


 グレイが皮肉っぽく笑う。


「こだわったせいで人死にが出てたら、世話がねえな」

「ああいう人を殺す宝物ってたまにあるから、ダンジョンでも気を付けなさいね。ツカーラ君も、鼻がきく賊狩り達が一緒で良かったわ。薄暗い場所だと、よく見ようとして触るっていうのはよくあることだもの」


 そういうパターンで被害にあうのだと、ヘレナは説明する。

 うっかりで毒に触れて死ぬなんて最悪だ。しかし、家の中に、あんな危険物があるとは思わないから、修太は悪くないと思う。


「俺はただ、次のヒントかなって思っただけなのに。結局、古書店で見つけたあの本はなんだったんです?」


「管理人も分からないみたいだけど、もし家主が不慮の事故で死んだ場合に備えて、手掛かりを残していたってことは充分に考えられるわ。あの場所、書斎だったでしょ? 蔵書と間違えられて、遺産の足しにって売られたんじゃない?」


 ヘレナの推測は、そう的外れでもない気がする。自然なことだ。


「十年以上前の本が、今頃、古書店に出てくるのか?」


 バルは納得がいかなさそうに、眉を寄せる。ヘレナは肩をすくめるだけだ。


「私が知るわけないでしょ。まあでも、なんとなく、ツカーラ君は呼ばれちゃったんでしょうね」

「え? 呼ばれるって?」


 なんだか嫌な表現だ。


「ああいう死人を出す宝物って、どういうわけか、人を引き寄せるのよ。そうして死者を増やしていくのよね」

「いきなり、怪談はやめてくださいよ!」


 修太はおおげさに拒否を示すが、ヘレナはからかっているわけではなく、真剣そのものだった。


「あのねえ、ツカーラ君。私は薬学を志しているけど、こんな業界にいるから、いろんなものを見てきたわ。世の中には、説明のつかないこともあるのよ。あの屋敷に霊がいるなら、専門家が対話で事情を聞き出せたんだけど、綺麗さっぱり昇天してるみたい」


「……せ、専門家?」


「あら、知らないの? 冒険者ギルドには、死体回収屋っていう派閥(クラン)が出入りしてるのよ。あの人達は、セーセレティーの民でも特に霊感が高いの。不気味がる人もいるけど、専門家ってことで尊敬もされているわ。騎士団にもそういう部署があって、調査にはよく派遣されるのよ。この間、立ち合いに来た騎士もそうよ」


 降霊術を秘儀とする、セーセレティーの民らしい返事だった。彼らには霊魂と関わるのはしごく日常的なことなのだ。


「え、騎士にもそんな人がいるの?」

「そりゃあ、そうでしょ。秘密を守らないといけないこともあるんだから」


 常識だし知らない修太のほうが変だというニュアンスで返され、修太はショックを受ける。


(いや、そんな常識、知らねえし!)


 修太は気になったことを問う。


「それって、専門家が話したことも証拠になるのか?」

「まさか! 言葉だけでは証拠にならないわよ。証拠を見つけ出す手がかりを探すのが、その専門家よ。古代の司祭じゃないんだから、お告げで犯罪証明になるわけないじゃない」

「そ、そうなのか」


 その辺はきっちりと住み分けがされているらしい。物的証拠が強いのは、よそと同じ感覚みたいだ。


「あ、そうそう。あの管理人から少ないけどお礼にって、謝礼金が出たわよ。はい、これに受け取りのサインをしてね」

「はあ……」


 急に現実に引き戻された感じがして、修太はあいまいに頷く。

 それで用事は終わり、なんとなく釈然としないながら、修太は応接室を出る。グレイがぼそりと言った。


「やはりお前、引きが強いな」

「……なんの話?」

「トラブル引き寄せ体質ってことだ。俺がついていって正解だ」

「なんだよそれ、うれしくないぞ! 助けてくれるのはありがたいけど!」


 バルは同情たっぷりにグレイを振り仰ぐ。


「グレイ、こんなのが養子なんて、大変ですね」

「慣れているから、特には」

「ごめんってば!」


 修太は思わず大声で遮るようにして謝った。待合室にいた冒険者達は、何事かとこちらを見る。修太は慌てて手を振って誤魔化した。

 冒険者ギルドを出て、家へ向かいながら、グレイが問う。


「そういやお前、あのボスモンスターへの手土産はどうするんだ?」

「え?」


 そういえばあの小説は証拠として引き取られたし、遺産の一部ということで、管理人に戻されることになったのだった。謝礼金には、二束三文で買った本の代金も含まれている。


「そういえば! せっかく、良さそうな本を見つけたのに……。そうだ、この間の古書店に寄ってみようぜ」


 あの変な本についても訊いてみようと思い、古書店を探す。


「あれ? この辺だったよな?」

「ここのはずだが」


 グレイもいぶかしげに、クローズの札がかかっている建物を覗きこむ。記憶にある通り、カウンターと棚が並んでいるが、なぜか(ほこり)がつもっていて、荷物もない。

「おかしいぞ。この感じ、数日でこんなに寂れるはずがない」


 バルもきょろきょろしていると、通行人に声をかけられた。


「あんた達、そこの書店の人と知り合いか?」


 なんだかどこかで聞いたようなやりとりだ。


「え? ええ、この間、ここで本を買ったんですが」


 するとなぜか、通行人は笑い出した。


「ここで? 冗談はよしてくれ。もう十年も前に閉店して、それっきり買い手もついていないんだよ。地震が起きて、店主は書棚に押しつぶされて死んじまったんだってさ」

「はあ……」


 修太はとりあえず礼を言い、ぽかんとして見送る。


「な、何がどうなってこんなことに?」


 この間、買った本を旅人の指輪から出すと、確かに存在している。ここだけ時空がゆがんでいたとでもいうのか? それとも修太達が過去に迷いこんだのか? 意味不明すぎて頭痛がしてきた。


「なるほどな。呼ばれたって、そういうことか。マエサ=マナの外って、こんなに奇妙なんですねえ」


 バルは世間知らずぶりを発揮して、斜め方向に納得した。


「いや、俺達もこんなことは初めてだ。シューター、お前といると飽きんな」

「原因、俺!? やめてくれます!?」


 なんとも言えない薄ら寒さで身を震わせ、修太は叫ぶ。

 それからしばらく、見知らぬ店を見つけても入れなくなったのは言うまでもない。


 こちらの話は終わりです。

 突発的に、夏向けのちょっとうすら寒いホラー話を書きましたが、どうでしたか。わたしはたまにはこういう不思議話も楽しいですね。

 こういうふうに、話単位で構成したほうが、まとまりが良い気がしますねえ。

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