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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園ほのぼの編(仮題)
162/178

 3



「ここに人が住んでいると思うか?」

「呼んでみればいいだろ」


 修太の問いに、バルが真っ当なことを言う。それで修太が中に向けて「すみませーん」と呼びかけていると、通りがかった中年の女に話しかけられた。


「あら、あんた達、この屋敷の人の知り合いなの?」

「え? いえ……。ここの人を知ってますか?」

「もう十年くらい前から空き家よ。もしかして、この家を買いたいの? やめたほうがいいわよ、お化け屋敷って呼ばれてるんだもの」


 女はあからさまに声をひそめて、不気味そうに言った。


「お化け屋敷? えっ、幽霊が出るんですか!」


 途端に修太は飛び上がり、ずさっと後ろに下がる。

 そのおおげさな怖がりようを見て、女は笑った。


「あはは! 幽霊はいないわよ。霊感が強い人も、たまに野良犬の霊が来るくらいだって言ってたわ」

「ハハハ……」


 修太は引きつり笑いを返す。

 セーセレティー精霊国の民は、降霊の秘儀を使う。修太には恐ろしい霊魂も、彼らにはごく当たり前の光景だ。


「それじゃあ、なんでお化け屋敷なんて呼ばれてるんだ? ぼろいからか?」


 バルが興味を示すと、女は再び声を小さくする。


「違うわよ。ここには元々、お金持ちが住んでいたの。それでね、主人が亡くなった後、家族が遺産を探そうとしたんだけど、なぜか皆、急死や病死をしちゃったの。だから、お化けになっちゃう屋敷ってこと」


「そっちの意味⁉」


 修太はすっとんきょうな声を上げる。


「怖いでしょう? おかげで家が売れなくて困っているらしいわ。隣の人が遠縁でね、しかたがなく管理をしているから、興味があるなら内覧してみたら? 私はこんな縁起の悪いお屋敷なんてごめんだけどね」


 好き勝手なことを言い、女は「ああ怖い」と言いながら去っていった。


「どうする? お化けになる屋敷だってよ」


 グレイが口端を吊り上げて、修太を一瞥する。

 これはからかおうとしていると察知したが、修太のお化け嫌いはどうしようもない。


「どうしようか。実はまだ暗号が続いているんだ」


 ゴールはこの屋敷のようだが、中に入って順番通りに進むと、お宝に辿りつくらしい。そこでページが終わっている。


「魔女の家に入って、お宝を手に入れるらしいぜ」

「ふーん。とりあえず中を見てから帰るか? 危険そうなにおいはしないし……。グレイはどう思いますか」


 バルはグレイに対しては、丁寧に質問した。


「急死や病死なんてよくある話だ。十年も前なら、脅威は残っていないだろ。さっと見て、とっとと帰るぞ」


 グレイはぞんざいに言い、隣家を訪ねて話をつけてきた。管理人は好きにしろと、鍵だけ貸してくれた。


「中で怪我をしても自己責任だとよ」

「分かった、気を付けるよ。でも、いいのか? 父さん、こういう時は、いつもなら帰るって言うのに」

「やっぱり気になるとか言って、後日、また付き合わされても面倒だ」

「なるほど」


 修太ならば、今はびびっていても、落ち着いたらそう言い出しそうな気もする。


「俺がコウと来るっていう選択肢は?」

「無し。お前、この調子だと帰りに迷って、路地裏にでも入りこみそうだ」


 普段から路地裏には近づくなと口をすっぱくしているグレイらしい返事だ。


「ああ、たったこれだけで方向感覚が狂ってるんなら、そうなりそうですね」


 バルも同意した。


「ところで、中が崩れて死ぬってパターンはないのか?」

「鍵を貸してくれたんだし、それはないんじゃない?」


 修太はそう言ってみたものの、玄関扉を開けたところで、老朽化を目の当たりにして不安になった。グレイが問う。


「暗号は?」

「玄関を進んで、二つ目の扉。書斎に入るってさ」

「二階じゃなきゃ、大丈夫か。階段は腐りかけだが、基礎はしっかりしてる」


 グレイはすっと先頭に立った。


「かびくさくって嫌になる。書斎がどうしたって?」


 すたすたと歩いていくグレイの背を追いかけると、書斎に向かう。ドアノブは(さび)ついているが、鍵はかかっておらず、きしんだ音を立てて開いた。


「わあ。書斎というより、書庫じゃないか。棚がたくさんある」


 本の収集癖がある好事家(こうずか)が喜びそうな部屋だ。あいにくと棚は空っぽになっていて、窓ガラスは割れ、ボロボロになったカーテンが風に揺れている。恐らく、本は売り払ってしまったのだろう。


「ちっ。窓を板でふさげばいいだろうに。雨ざらしじゃねえか」

「家はもう売れないと思って、最低限の管理をしてたんだろうな」


 グレイが舌打ちし、修太は苦笑する。管理は雑なものだった。


(廃墟好きなら喜びそうな部屋だな。それか、ホラー映画にでも出てきそうな……やめやめ!)


 自分でとどめを刺してしまい、修太は首をぶんぶんと横に振る。

 薄暗い中、小説をめくる。


「ええと、出入口から棚を三つ数え、一番奥から三番目の床石を押すと、蓋が開くらしいぞ。この暗号を書いた人は、この家の人なのかな?」


 不思議なこともあるものだ。


「試してみて、違っていれば、ただの悪戯だろう」

「そうだね。ええと、一個、二個、三個……この石か」


 修太が床石を押すと、ガコンと音がした。

 壁を飾る板の一部が外れている。


「これはどうやら、本物だったみたいだぞ」


 修太が中を覗くと、青緑色に染まった本が置かれている。


「なんだろう、次のヒントかな?」


 修太が本に手を伸ばすと、グレイがそれをさえぎるように左足を横に出し、後ろからバルが修太の襟をつかんで引っ張った。


「いたっ! 何をするんだよ」


 派手に尻餅をついた修太は、当然、バルに文句を言う。

 ――が、グレイとバル、両方が険しい顔をしていたので、息をのんだ。


「え? 何? 俺、何か悪いことをした?」


 グレイが本を示す。


「刺激臭がする。その本は毒だな」

「え!? 毒!?」


 修太は大声を上げ、ふと通りすがりの女の言葉を思い出した。


「じゃ、じゃあ、急に人が死んだのは、これのせいってこと?」


 お化けになる屋敷という噂は、間違いではなかったらしい。


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