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「へえ、これってサランジュリエが舞台の小説なのか」
広場の噴水前に到着したところで、修太は今更すぎる感想をつぶやいた。そうでなければ、そもそも、サランジュリエの町の中を示す単語など出てくるはずがない。
印ばかり気をとられていたが、よく見ると、この本の表紙はくたびれている。
「いつ頃に書かれたのかな。まだ暗号が通じるといいけど」
紙の色は白いので、そう古くはないはずだ。修太は本をひっくり返し、後ろの奥付を開いた。
「あれ、出版年月日が書いてないな」
「何を見てるんだ?」
バルが修太の手元を覗きこむ。
「たいていの本には、この後ろの奥付っていうところに、作者名や出版年月日、印刷所、連絡先が書いてあるものなんだよ」
このルールは日本でなじみだったものだ。セーセレティー精霊国でも通じるようで、たいていは情報が書いてある。
「著者名すらないなんて」
「暗号のために、わざわざ創作したとか?」
グレイが適当に理由をあげる。
「さあ。あの古本屋のおじさんもよく知らないみたいだったし、俺も分からないよ。ざっと見る感じ、サランジュリエを散策しながら、小さな冒険をする少年の話みたいだな。童話みたいだ」
「とりあえず、進んでみれば分かるだろ」
「それもそうだな」
考えるのが面倒になって、修太はグレイの雑な提案に乗る。
「まずは、商店街のほうへ進むみたいだ。行こう」
それから修太達は、本の暗号を追いかけた。
商店の多いメインストリートに着くと、小道に入るように指示がある。井戸で左に曲がり、民家の間の道を通り抜けると、四番通りに出た。四番通りを進み、大木の前で一休み。共同洗濯場を目印に、再び路地裏へ。
「住居区ってこんなに入り組んでるんだな」
修太はすっかりどこにいるか分からなくなってしまい、屋根に切り取られた空を見上げる。
「わざわざ小道を使って、同じような場所をぐるぐると回らされているぞ。新手の悪戯か?」
グレイが不審そうにぼやいた。
「え? 俺はどこにいるか分からないのに、グレイは分かるの?」
「ダンジョン内でなきゃ、どこを歩いていようが、方角は分かる」
「すげえ……」
修太は心の底から感嘆した。
「これくらいも分からないなんて、生きづらそうだな」
バルが皮肉っぽく言った。相変わらずぶしつけな奴だ。修太はバルをにらんだ。
「しかし、少年の小さな冒険にはちょうどいいんじゃねえか?」
童話の趣旨について触れ、グレイはそう言った。
「まあ、そうだな。子どもだったら、これでも充分に冒険だ」
大人からすれば、近隣区画を散歩しているのと変わりない。路地裏や小道を通る辺り、子どもらしい。
そういえばと、修太は小学生の時を思い出した。近道だと言って、修太と啓介の二人で、水が枯れた排水溝を突っ切って、近くの公園を目指したことがあったではないか。雨の日に同じことをしようとして、危ないと大人に叱られてから、そんな場所は通らなくなった。
「それで、冒険したらどこに着くんだ?」
グレイの質問を受け、修太は残り数ページになった本をめくる。
「魔女の家に着くんだってさ。ここだな」
単語に一つずつ丸がついて、「ゴール」と記されている。
「魔女の家? ただの廃墟じゃないか」
バルが言う通り、到着した場所には、魔女の家というよりお化け屋敷のような、小ぢんまりした屋敷があった。
今作とは関係ない話題なんですが。
前々から話していた、短編集をキンドルで個人出版しました。それにともない、短編を四つ下げました。




