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「なるほど。チャリティーコンサートと銘打って演奏会を開き、運営費をのぞいた利益は、全て寄付に回すわけですか」
マオリが確認で問うので、修太は頷く。
「そう。でも、この国にそういうのがないなら、お祭りの日なんかに、路上演奏で寄付募集のほうが気楽でいいかもしれないな」
「ああ、お祭りの出し物としてなら、身構える必要がありませんものね。でも、どうしてお祭りがいいんですか?」
「そりゃあ、お祭りの時は、皆、財布の紐が緩みやすいものでしょう? 小銭でも寄付したら、良いことした気分になりますし、精霊教が善行を積むのを良しとするなら、お手軽にできていいじゃないですか」
修太は言ってみて、しまったと思った。マオリが気を悪くしないか伺うと、彼は確かにと何度も頷いている。
「ええ、ええ。その通りです。良いことをしたい人は多いものですが、恥ずかしくてなかなか行動に移せないものですから」
どうやらマオリは性善説の人らしい。
「孤児院でのイベントにしても面白いかもしれませんね。チャリティーイベントを通して町の人と交流していたら、孤児院の子と新しい家族をつなぐきっかけになるかもしれませんし」
「交流会をかねたイベントですか。なるほど」
「ただの案ですよ。俺としては、音楽と踊りが好きなセーセレティー人らしく、お祭りでの寄付募集がお互いに気楽でいいと思いますけどね。どんな人が寄付を受けているのか分かると、親しみがわくと思いますし」
マオリはふむふむと頷いて、帳面を取り出して書きつける。
「他に何か良い案はございませんか?」
「うーん、バザーとか? 簡単な手芸品やお菓子を作って売るんですよ。売り上げは寄付金になると言っておけば、子どもが作ったつたないものでも、多少高くても買う人は買いますから」
「孤児院では商売は禁止されています」
「でも、手芸や料理を教わると聞きました。年に一度くらい、成果を披露する日があれば、目標があって励みやすいかもしれませんよ。販売個数に制限をかければ、悪用できないんじゃないかな、と」
「販売個数制限ですか……。そうですね、商業ギルドと折り合いも付くでしょうし、悪くない案ですね」
修太は考えこみ、適当に返す。
「例えば、一画で花を育てて、それをドライフラワーにして売るとか……。ハーブで小さなにおい袋を作るとか……。ポプリなら端切れでも作れますし、不格好でも、香りさえあればいいなら問題ないでしょ? そんな感じで、子どもが作っても問題ないレベルの品にするとか。何か作れれば、孤児院を出た後に、足しになるかもしれませんし」
「手仕事を覚えるきっかけにもなる、と。なるほど、面白いですね」
マオリは目をキラキラさせて、さらさらっとメモをとる。
「一度に寄付を集めるなら、確かにチャリティーコンサートがちょうど良さそうです。しかし、交流会をかねてのバザーやイベントも面白そうですね。どうすれば運営できるか考えて、会議に出してみます」
やる気に満ち溢れた顔をして、マオリは意気揚々と椅子を立つ。
「さすがは、サランジュリエの賢者殿。知見豊かでいらっしゃる。有意義な時間に感謝いたします。あなたに精霊の祝福がありますように!」
マオリは祈りのポーズをとると、修太が返事をするのも待たずに、事務所のほうにいなくなった。マオリがいなくなったのを見て、リックがこちらにやって来た。
「ロシュ先輩が半鐘も経たずに立ち去るなんて思わなかったな。あんなに楽しそうな先輩は初めて見るよ」
「チャリティーの案を話しただけだよ。後のことは、やる気がある人が、上手いことやるだろ」
「達観してるなあ」
そんな会話をする横から、アレンが口を出す。
「なかなか面白かったですよ」
「うわっ、いつからそこにいたんだ?」
驚いて振り返ると、アレンは隣のテーブルにいた。
「馬を預けた後からですよ。面白そうな話をしていたので、傍で聞いていました」
「気づかなかった。というか、書類を届ける用事があったんじゃないのか?」
「それと、紫ランクの助っ人さんとの顔合わせですね」
「いいのかよ、のんびりしてて」
「ええ、今から会うので。ちょうど賊狩り殿も来ましたので、僕は失礼しますよ」
まるで、たった今、ギルドに来ましたみたいな顔をして、アレンはひょうひょうとした足取りで二階への階段に向かう。グレイと入れ替わりに、階段を上がっていった。
それなりに知り合いなのに、グレイとアレンは特にあいさつをする様子もない。
「父さん、相変わらずアレンと仲が悪そうだな」
「あのガキと慣れあう気はねえよ。お前はあいつといたのか」
アレンを子ども扱いして、グレイはふんと鼻を鳴らす。
「ササラさんの家におすそわけに行ったんだ。その帰りに、アレンが馬に同乗させてくれたんだよ。そんなに嫌そうにしないでくれよ。アレンはひねくれてるけど、あれで良い奴だ」
グレイはふいっと目をそらして、返事をしなかった。
(そんなに嫌か)
修太は呆れたが、グレイとアレンの仲が冷ややかなのは、切り株山で出会った時から変わらないので今更である。
「それじゃあ、リック。父さんが来たから帰るよ」
「ああ、またな」
リックが気安い笑みを浮かべて、軽く手を振る。
数日後。
イスヴァンに呼ばれて孤児院に足を運ぶと、子ども達に手を引っ張られて、食堂に連れていかれた。
「なんだなんだ、どうした」
修太は驚きながらもついていく。子ども達は食堂のテーブルを示した。
「じゃーん!」
「お兄ちゃんに、私達からプレゼントだよ!」
「お兄ちゃんがくれた物を使って、みんなでエプロンを作ったの!」
草木染めをされて淡い黄色をした麻布のエプロンに、白や赤の草花が刺繍されている。ひとめで手作りと分かる一品だ。子どもらしくつたない雰囲気だが、味がある。
「これを俺に?」
もっと喜んだ声を出したいのに、なぜだか言葉がつまった。エプロンを手にして、じっと動かない修太を、小さな子ども達が取り囲む。
「気に入らなかった?」
「上手にできたと思ったのになあ」
「お兄ちゃんの服のほうが、立派だもんね」
次第に落ちこみ始める子ども達に、修太は急いで返す。
「いや、違うんだ。感動して……ありがとう。すごく……いいと思う」
どうしてちょうどいい誉め言葉が出てこないのだろうか。
「こんなにいいもの、久しぶりにもらったよ」
幼稚園や小学生の頃のことを思い出した。母親が手作りしてくれた手提げバッグだ。あれに近しい温かさがある。
「ありがとう、みんな」
鼻がグスンと鳴ったので、子ども達は目をまん丸にした。彼らに笑顔が浮かぶ。
「えへへ! 泣くほど喜んでくれるなんてうれしい!」
「兄ちゃん、大きいのに泣き虫だな」
「ハンカチ、貸してあげようか?」
わいわいと騒がしい子ども達に囲まれ、修太は困った。こういう時、啓介ならば気の利いたことが言えるだろうに。
エプロンを試着して見せながら、修太は子ども達を改めて眺める。初めはただ汚名をすすぎたいために頑張っていただけなのに、こんなふうに慕われては、彼らの幸せを願わずにはいられない。
「似合うか?」
「うん、とっても!」
なんの裏表もない明るい笑みに、修太もフードの下で、そっと微笑んだ。
十八話、終わり。
相変わらず、なんかこれじゃない感があって上手く書けている気がしないんですけど、とりあえずここから収穫祭につなげようと思ってます。




