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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園ほのぼの編(仮題)
154/178

 3



 孤児院とニミエにおすそわけを終えたので、次はササラ宅に顔を出すことにした。

 今日は放課後のテスト勉強を断って、コウと一緒に、西区の屋敷に向けて、のんびりと歩いていく。この辺りは貴族や富裕層が住むエリアなので、平民の多い住居区に比べると歩道も幅広でしっかりしている。

 それでも、徒歩で出歩いている人は少ない。ほとんどは馬車を所有しているので、そちらで移動するせいだ。たまに見かけるのは、おつかいに出ている使用人や、届け物に向かう商家の従業員だ。


(こんなに立派な歩道があるんだから、散歩すればいいのに)


 昼に降ったスコールで、道端に水たまりができている。コウが楽しそうに、ピョンと飛び越えた。テスト勉強ばかりしていると息がつまるので、こんなふうに出かけるのは息抜きになってちょうどいい。


(今の時間帯は、メインストリートは帰宅ラッシュで混雑してるからな。静かなのはいいことだ)


 そんなことを考えながら、塀や鉄柵越しの樹木ばかりの道を歩いていくと、目的地についた。突然の訪問だというのに、ササラは大喜びで出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、シュウタさん。今日はどうなさいましたの?」


 修太が訪問理由を話すと、ササラは微笑んだ。


「飾りボタンですか? 旦那様がお好きだと思いますから、見せてくださいませ」


 思った通り、アレンは飾りボタンを使うようだ。応接室に移動して、テーブルにあれこれと広げる。


「これ以外にも、布や糸を見てよ。ビーズもあるんだ。ササラさん達がいらないものは、使用人さん達がもらってくれないかな? アクセサリーもあるんだよね。ギルドに持っていこうと思ったけど、あんまり悪目立ちたくないし」


 最初は冒険者ギルドや薬師ギルドで知り合いにあげようかと思っていたが、やりすぎは良くないと思いなおして、ササラの屋敷で処分してもらおうと考えた。この屋敷には、庭師や馬丁を含めて、使用人が七人ほどいる。セーセレティーの民は、老若男女誰でも、魔よけにアクセサリーをじゃらじゃらと身に着けるものだ。きっと気に入るだろう。


「それがよろしゅうございますわ。余ったものも、シュウタさんが面倒でしたら、出入りの商人に引き取らせますよ」

「そうしてもらえると、助かるよ」

「シュウタさん、旅の時もそうでしたけど、売買交渉がお好きではなさそうでしたものね」

「ああ。どうも面倒くさくてな。父さんにも甘く見られるからちゃんとしろって言われるんだけど」

「シュウタさんにとって信頼できる商家を見つけて、任せられればいいのですけどね」


 旅の間に鍛えられたから、修太もやろうと思えば問題なく交渉できる。ただ面倒なだけだ。

 金にがめついレステファルテ人を相手にして生きてきただけあって、グレイは金の使い方にはうるさい。とにかく「食い物にされる」のだけは避けるように注意されている。

 ササラは使用人を呼び、修太からもらったものを別室に運ばせた。


「お夕食を一緒にいかがですか?」

「今日は家で食べるよ。また今度遊びに来る」

「残念ですわ。分かりました」


 ササラは玄関先まで見送りに来て、心配そうに問う。


「じきに日が沈みますし、馬車で送りますわ」

「コウがいるから大丈夫だよ」

「でしたら、わたくしが同行します。何かあっては心配ですもの」


 上着と武器を取ってくると言い、ササラが屋内に取って返そうとすると、ちょうどアレンが帰宅した。馬から飛び降り、その手綱を馬丁のヤン青年がつかむ。


「すぐに出かけるから、馬はまだ戻さなくていい。ササラ、ただいま戻りました。どうしたんですか?」


 ササラが淑女らしくお辞儀をするのを横目に、修太はアレンにあいさつをする。


「アレン、久しぶり。徒歩で帰ろうとしたら、ササラさんが送っていくって聞かなくて」

「それなら、僕の馬の後ろに乗っていきますか? 書類を取りに戻っただけで、すぐに冒険者ギルドに行くので」

「馬の後ろ? 乗る!」


 アレンの提案に、修太は飛びついた。グラスシープや馬車や御者台には乗ったことがあるが、馬にはほとんど乗ったことがない。好奇心からの興味だった。


「グラスシープやバ=イクでの移動ばっかりだから、一度は乗ってみたかったんだよな」

「言っておきますけど、バ=イクのほうが珍しいですからね? ヤン、鞍を二人乗り用に替えておいてください」

「畏まりました、旦那様」


 ヤンは馬を馬小屋のほうに連れていき、鞍をつけかえてから、すぐに戻ってきた。ちょうどそのタイミングでアレンが玄関に戻る。片手に書類ケースを持っていた。


「旦那様ったら、ずるいです! シュウタさん、わたくしも馬くらい乗れますから! 御者もできます!」


 悔しがるササラに、修太は拍手をする。


「さすが、ササラさん。技能がたくさんあってすごい」


 修太が褒めたので、ササラはころりと笑顔になる。


「うふっ。そうでございましょう?」

「ササラさんとは、次の機会で頼むよ」

「分かりました」


 あっさりと丸め込まれたササラは、笑顔満面になった。


「話がまとまったようですね。ほら、シューター。後ろに乗って」

「ええと……?」


 馬に乗れと言われ、修太は戸惑う。ササラが親切に教える。


「シュウタさん、あぶみに足をかけて、一気にまたがるのですわ」

「あぶみに足を……ええと、左足でいいのか? えいっと、おお、乗れた。わあ、馬上ってこんなに高いのか」

「お上手ですよ」


 今度はササラが拍手をする。見送りに来た家宰やメイドもにこにこしている。


「さあ、乗ったのなら、後ろにずれてください。はい、これを持って」


 アレンにうながされて後ろに退くと、書類ケースを渡された。アレンは前のほうに身軽に飛び乗る。


「旦那様、ランプをどうぞ」

「ありがとう。依頼のことでマスターと話があるので、先に食事を済ませてください」


 家宰が魔具ランプを差し出し、アレンは腰のベルトに吊り下げる。アレンの気遣いに、ササラは首をゆるく振って返す。


「それほど遅くならないのでしたら、待っていますわ」

「そうかい? では、楽しみしているよ」


 片目でウィンクをして、アレンは馬の腹を軽く蹴る。するとゆっくりと馬が動き始めた。修太はササラ達に手を振り、アレンのマントをつかんでバランスを取る。馬の足元をコウがタッタカと走る。

 馬は徐々に歩く速度を上げ、あっという間に門を通り過ぎた。通りに出ると、修太はアレンに話しかける。


「なあ、アレン。最近、ササラさんとどうなんだ?」

「どうとは?」

「薬を分けてやったんだ。上手くやってるのか気になるだろ」

「よく話し合って、ササラの我慢はほとんど排除したはずです。上手くやれているといいですね」

「なんだ、その希望的観測は」


 修太は呆れたが、先ほどのササラを思い出すと、アレンと食事したいと思う程度には親しくしているようだ。


「僕のイメージとして、妻というのは家でのんびりして、パーティーや茶会に出歩くのが好きなのだと思っていたんです」

「そういうところは元貴族って感じだな」


「まさか仕事が大好きな女性がいるなんて思わず……。内向きの仕事を任せてから、ササラは楽しそうですよ。腕がなまるからと、たまに冒険者活動をするのははらはらしますけど、しかたがないですね……。過保護にしすぎると、馬鹿にしているのかと怒られますから」


「一緒に冒険者の仕事をしないのか?」

「採取系でしたら、一緒に行けますけどね。僕とササラは得意分野が違うので」


 思わぬところで、二人は噛み合わないらしい。


「ササラは護衛任務が得意ですが、僕は人に対するのは苦手です。モンスター討伐専門なので」

「そういやあ、そうだな」

「ですから、ダンジョン踏破のほうで、彼女とパーティを組むことがあります。ダンジョンでのデートもいいものですよ」


 修太は口を閉ざす。

 ダンジョンを散歩してくると言い放つグレイといい、デートすると言うアレンといい、紫ランクになると感覚がおかしくなるのだろうか。


「君のほうは、最近はどうなんです?」

「俺はテスト前で忙しいよ。セーセレティーの歴史は訳が分かんねえ」

「あはは。そういう悩みなら問題ないですね。がんばってください」


 他人事なので、アレンは軽い調子で笑い飛ばす。広場が近づくと、アレンは馬を降りた。


「役所前広場は馬に乗ったままでの移動は禁止されているので、降りてください」

「分かった。そんな決まりがあるのか」

「歩行者が多いので、そうしないと危ないんですよ。荷馬車や馬車は許されていますが」


 馬に乗る時より、降りる時のほうが難しい。意外と高さがあり、薄暗いのもあって、地面との距離感が分かりづらい。修太がもたもたしていると、アレンが修太の腰をつかんで、ひょいっと地面に下ろす。


「がんばってたのに!」

「すみませんね、このままだと明日の朝になりそうで」

「そんなにかかるかよ!」


 相変わらず、皮肉っぽい奴である。


「ったく。まあいいや、手を貸してくれたことは礼を言う。ありがとう」

「変なところで素直ですよねえ、君」


 アレンは手綱を引いて、広場を歩いていく。


「はい、冒険者ギルドに着きましたよ。賊狩り殿は中にいるんでしょう?」

「たぶん」

「不在のようなら、自宅まで送るので待合室にいるように。馬を預けてきます」


 アレンは厩のほうへ消え、修太は待合室に入る。報告ラッシュはだいぶ落ち着いたようで、受付に並んでいる冒険者は五人ほどになっていた。修太がきょろきょろしていると、冒険者ギルドの女性職員が声をかけてくれた。


「ツカーラ君、グレイさんならそろそろ戻ると思うわよ」

「また救出依頼ですか?」

「違うわ。本部から紫ランクが派遣されたから、顔合わせをしているの。救出依頼で会うかもしれないでしょ?」

「ああ、リックが言ってた助っ人だな。やっと来たんだ。忙しいのが落ち着くといいね」

「ね。私もそろそろまとまった休暇をとりたいもの」


 彼女の言葉は、切実さに満ちている。

 修太は女性職員に礼を言い、売店へ向かうことにした。ポポ茶を買って、グレイがよくいる席に向かう。


「あなたがツカーラさん?」

「ん?」


 そちらを見ると、四十代ほどの男が立っていた。笑みを浮かべて親しげな様子だ。知り合いだろうかと記憶をさらうが、覚えがない。


「失礼ですが、えーと……」


「初めましてなので、気まずそうになさらなくて大丈夫ですよ。私はマオリ・ロシュと申します。冒険者ギルドの慈善事業部に所属しておりまして。ツカーラさんは最近、孤児院のほうに食べ物を寄付していただいているとか。誠にありがとうございます」


 修太の家の隣にある孤児院は、冒険者ギルドの系列だったことを思い出した。


「更に、聖堂にも寄付をしたと小耳に挟みました。その若さで慈善事業をなさるとは、懐が広いことですね。素晴らしい篤志家(とくしか)だと感慨深く思い、ご興味があれば、他の事業にも投資なさらないかとお声がけさせていただいた次第です」


 そこまで話を聞いた修太は、口元を引きつらせる。つまり、この男は寄付を頼みに来たらしい。


「篤志家ではありません。どちらも自分の利益のためにしていることですから、それ以上は……」


 おもにモンスターからもらったもので、金には困っていないが、無心されるのは嫌な気持ちになる。

「ええ、ええ、照れなくても大丈夫ですよ。素晴らしいことをしているのに、代わりはありませんから」


 マオリは目を閉じて、突然、精霊に祈るポーズをとった。服装を見るに、セーセレティーの聖職者ではないようだから、熱心な信徒ではないだろうか。


(たまにいるよなあ。ボランティアや慈善活動が大好きで、他の人もそうだと思ってる人……)


 しない善より、する偽善。そんな言葉もあるくらいだから、修太は募金活動を見かけたら小銭を入れる程度にはするが、わざわざ余暇にボランティアに励むほどではない。


「あいにくと賊狩り様にお声がけする勇気はなく……。ツカーラさんにご案内させていただこうかと。はい、どうぞ。寄付募集施設の一覧でございます」

「いや、いらな……」

「どうぞどうぞ! たくさんありますから! 遠慮なく!」


 他人の話を聞かない図太さがある上に、修太が遠慮していると好解釈して、マオリは紙を一枚、修太に押しつける。


「寄付の際は、受付にお声がけください」

「はあ……」


 にこにこと善人オーラ全開で笑っているマオリを、修太はげんなりと眺める。押しが強い啓介みたいな人だ。


(こ、断りづらい!)


 とりあえず寄付募集施設の一覧を眺めると、サランジュリエには寄付募集の案件が他に十もあるようだ。そのうち、孤児院は他に二つあり、学業や就労支援事業などもある。


(ここの冒険者ギルドは手広くやってるとは聞いてたけど、これはすごいな)


 修太は素直に感心した。

 そこへ、受付の女性に引っ張ってこられたリックが顔を出した。何があったのかすぐに理解して、リックはマオリに注意する。


「ちょっと、ロシュ先輩! ツカーラに押し売りはやめてくださいよ」


 受付の女性は、リックの後ろでほっとしている。修太がマオリに捕まってたじたじになっているのに気づいて、助けを呼んでくれたらしい。修太は女性に会釈をした。


「押し売りなど! 紹介ですよ」

「うっ」


 マオリがぺかーっと光り輝く笑顔で言い切ったので、リックもたじろいだ。どうやらリックも彼を苦手としているようだ。


「こんなに寄付募集をしているんですか? 個別に? チャリティーイベントでも開いて、一気に集めたほうが楽じゃないですかね」


 寄付してくれそうな人に、個別に声をかけにいくのは面倒くさそうだ。そう思ってつぶやいただけだったが、マオリが反応を示す。


「チャリティーイベント? 貴族や富豪によるチャリティーパーティーならありますが……それはどんなものでしょうか」

「えっ、チャリティーイベントはないんですか? この国は歌や踊りが好きですから、チャリティーコンサートくらいありそうなのに」

「チャリティーコンサートですか? そこのところを、もっと詳しく!」


 マオリがずいっと身を乗り出す。


「お茶を飲みながらでいいですか? そちらに座ってください」

「はい!」


 説明してあげようと修太が席をすすめると、リックが分かりやすくおろおろし始める。修太にひそひそと耳打ちをする。


「おい、いいのか、シューター。先輩は話を始めると恐ろしく長いんだぞ」

「長話を聞くのは好きだから、構わないぞ」

「構わないのか!?」


 修太の返事に驚いて、リックは後ずさる。受付や待合室にいる人々がざわついた。


「ええと、じゃあ、後で頃合いを見て話しかけるから……」


 リックは受付の女性を伴い、その場から逃げた。


(そんなに苦手に思われているのか、この人……)


 気のせいか、冒険者にも遠巻きにされているようだ。


 お久しぶりです。なんかこの話が「やまなし、おちなし、いみなし」で面白くなくて、ずっと筆が止まってたんですけど、やっとちょうどいい落としどころを思いついたので、続き書きました。もう少し続きます。

 文章も前よりだいぶマシになったのでは? 言葉もアイデアも出てこないのに、時間ばかりかかって、読み返すとうんざりしてたので、るんるんですね。体調もだいぶ良くなりましたんで~。

 

 ちょっとずつ書いていた新作短編をアップしたので、よかったら暇つぶしにでもどうぞ。

 編集さん会議などに出して没になったプロット案などで気に入っているものを、1~3万字程度の短編で錬成していこうかな~とぼんやり考えています。

 

 それと、なろうで応募しているものが一段落したら、少しずつアルファポリスとキンドルメインにしようと、引っ越し作業をしているところです。

 アルファで規約違反になりそうなものは、(商業作品関係とかですね)、ホームページに置くか、作品自体を下げるかとかで、整理しようかな。

 以前からここを卒業しようと思ってたんですが、感想をくれるのはなろうのほうが多いので、一度戻ってしまいましたよ。今度こそ移動します。


 外国では、著者に還元しない投稿サイトが軒並みつぶれてるから、ここもそのうちそうなるかなと思っています。

 残りの理由は、著者還元のある場所に置いておいて、おこづかいを増やして、本代に当てたいのです(^ ^) 好きなものを書いて、おこづかいがもらえて、それで本を買うなんて最高の循環…★

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