第十八話 不用品のおすそわけ 1
孤児院の院長室に、わあっと歓声が上がる。
院長のメル、スタッフのメリッサとドルトンは、目の前に積まれた手芸品の山に、表情を輝かせた。
「いったい、こんなにどうしたんだい、ツカーラさん」
ドルトンが問う横で、メルとメリッサは布地を確かめている。
「保存袋の中身の整理をしていたら、旅をしていた時に入れていたものが出てきたんですよ。どれもモンスターのドロップ品ですね。俺は使わないんで、もらってください。まあ、これが使いやすいのかも、俺には分からないんですけどね」
「麻や木綿に、こっちは亜麻……リネンね。どれも良い生地だわ。暑いからたくさん汗をかくし、子ども達は遊んで汚すから、いくらあっても助かるの。ありがとう!」
メリッサはうれしそうに、木綿の布をなでている。メルは刺繍糸の束を持ち上げた。
「糸の束も助かります。刺繍糸に、ビーズまでこんなにたくさん。子ども達には、将来に向けて手芸を教えているから、教材にもできますわ」
「院長先生、手芸も教えてるんですか? 多才だなあ」
「この国では、子どもの頃に、親から手芸を教わりますよ。仕立屋に頼っていたら高くつきますから、生きるためですわ」
それもそうだ。金があれば店に頼めばいいが、そうでないなら、自分のことは自分でするしかない。
「院長先生、どうしたの?」
「シュー兄ちゃん、またごはんをくれたの~?」
布地を前にして、大人達が楽しそうに雑談するのを聞きつけて、扉から小さな子ども達がわらわらとのぞく。それでも勝手に入ってこないのは、しつけがよくできているようだ。
「こらっ、お行儀が悪いわよ」
「きゃー、ごめんなさーい」
「逃げろっ、メリッサ姉ちゃんが怒った!」
子ども達はあっという間にいなくなった。
「あれだけ元気なら、服も汚しますよね」
「そうなの。汚すだけならいいんだけど、どこでどうしたのか、服が破れていたり、ほつれたりするのよ。つくろうだけで、大変で! 私達が手芸を教えているのは、自分達の服を修理できるようになってもらうためでもあるというわけ」
実践的で、ためになりそうだ。
「喜んでもらえて良かったです。それじゃあ、俺は帰ります。今度は野菜を持ってきますね」
「いつもありがとうございます、ツカーラさん。子ども達も、すっかり『隣の人』に悪い反応をしなくなりましたわ。あ、そうそう、お礼にお歌の練習をしているから、いつでしたら空いているかしら?」
メルににこにこと予定を訊かれ、修太はたじろいだ。そういえばイスヴァンから、断ると子ども達が泣くと忠告されていた。
「ええと、しばらくテスト勉強で忙しくて。九月……じゃない、黄茶葉の月の第三週末なら」
「そんなに時間があるなら、しっかり練習できますね。分かりました。その紫の曜日に、ぜひいらしてね」
「はい」
修太は返事をしたものの、できればそんな恥ずかしい行事は参加したくないと思った。
ため息をつきながら、孤児院の門まで来ると、ちょうど医院帰りのイスヴァンと鉢合わせた。
「シューじゃん、こんなに遅い時間に来るなんて珍しいな」
イスヴァンの言う通り、放課後にテスト勉強をしてから帰宅したので、すでに空は薄暗い。門の前で行儀よく座って待っていたコウが、すっと立ち上がった。尾を振って、修太の足にすり寄る。
「最近はテスト勉強で忙しくてな」
「もしかして今日も野菜の寄付?」
「いや、手芸品だよ。保存袋を整理していたら、たまたま見つけてな。いらないから、使ってくれそうな人にゆずろうと思って」
「市場で商人に売ればいいのに」
「いいんだよ。商人とやりとりするのも、面倒くさいから」
「変な奴だなあ」
イスヴァンは呆れ顔をしている。
「興味があるなら、院長室に置いてあるから見てこいよ。そうだ、お前にはこれをやろう」
青い布に、白い模様がある絞り染めのバンダナを、旅人の指輪から取り出す。
「前にエプロンを借りただろ。孤児院じゃ、自分の持ち物は貴重なんて知らなかったから、悪かったよ」
孤児院に出入りする時に、何かの雑談のおりに、院長がそう言っていたのだ。
修太がエプロンを借りたのを見て、イスヴァンが怒っていたのを思い出した。孤児院ではほとんどのものが共同で使うので、私物が少ない。理解してみれば、彼が怒るのももっともだったし、今まで気づかなかったのも申し訳なかった。おわびをしようとバンダナを選んだ。
「わあ、すごい。鮮やかな布だなあ! 本当にいいの?」
「わびだけどな。最近までそんな事情があるなんて知らなかったから、謝るのも遅くなってごめんな」
「気にしいだなあ。俺ですら、すっかり忘れてたよ。でも、そうだな。シューだって養子だけど、俺よりずっと恵まれてるんだな。まあ、見るからに、育ちが良さそうだけど」
「俺の母さんはしつけに厳しい人だったからな。これも財産なのかな。でも、イスヴァンだって、院長先生やスタッフの人達に、いろいろと教えてもらってるんだろ? そういうのも財産で、お前達だけのものだよ」
厳しさや優しさ、なにげなくかけてもらった言葉とかを、宝箱の中身を拾い上げるみたいに、思い出す時がある。そんな記憶も、大事なものだ。
「そっか。教えも財産なんだな。なんかシューって、ときどき年寄りくさいよなあ。老けないように気を付けなよ」
なぜか最後には、かわいそうにとなぐさめられ、修太はこめかみに青筋を立てる。
「うるさいなっ。俺は年寄りくさくない!」




