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聖堂の応接室は、白い石造りの部屋に、青い家具が置かれたシンプルな雰囲気だ。植物が置かれているので、殺風景ではなく、居心地が良い。
ふかふかのソファーには、大きな青い花が刺繍された更紗織の布がかけられている。
修太達がそちらに座ると、聖堂に仕える下位の者らしき少年が現れて、お茶を置いて出て行った。
「私はシスティと申します。こちらの聖堂で、祭祀準備と寄付の受付を担当しております。もう少し簡単に言いますと、祭祀長の補佐ですね。どうやら、セレスさんのご友人だとか」
突然の来訪だったので、システィは修太達のことをよく知らないようだ。まずは自己紹介をして、こちらに名乗りを求めて、じっと見つめる。
銀髪を一つに結んで体の前に垂らし、青い目で柔和にほほ笑みながら隙がないといった雰囲気の男だ。二十代後半くらいだろうか。
「俺はシューター・ツカーラといいます。こちらは養父のグレイです」
グレイがギルドカードを出したので、システィはほうと息をついた。
「賊狩り殿ですか。御高名はお聞きしております。寄付に来ていただいてありがとうございます」
出自が分かったからか、システィの態度がさらにやわらかくなった。
「聖堂に寄付をすると、安全を得られやすいとか」
グレイが単直に問う。システィは頷いた。
「ええ、そのような側面もございます。薬師ギルドの件、おうかがいしております。さぞかし心配なことでしょう。もしもの場合は、いつでも避難してくださいね。どこの聖堂にも、必ず客室がありますので」
「保護するだけか?」
「もし不当な裁判があれば、聖堂所属の弁護人がお助けいたします。他には、後で返していただきますが、一時支援金などもありますよ。教育関係にも力を入れておりますし、寄付金次第では、伝手をご紹介いたします」
「なるほど。聖堂のネットワークを使った情報屋みてえな感じか」
「ええ。法に反することはできませんが、常識の範囲内でお手伝いいたしますよ」
そうやって寄付金を得て、運営しているようだ。
(手広くやってんのな)
セーセレティーの民の生活に根付いているのもうなずける。
「これくらいでいいか?」
グレイは布袋を置いた。ジャラリと音が鳴る。
「失礼ですが、中を確認しても?」
「ああ」
システィは木製の盆の上に、袋の中身を出す。
「一万エナも! ありがとうございます」
グレイが日本円で約十万円の金貨を無造作に渡したので、システィは驚きを見せた。
「金持ちならもっと出すだろう。驚くことか?」
「信仰心のない外国のお客様からは、これほどいただきませんから」
それはそうだろう。そもそも、寄付のことも知らない。
「俺からは、こちらで。お金でなくてもいいと聞いたので」
木箱にまとめて入れておいた品を、旅人の指輪から取り出す。エルフからもらった魔石を二つ、植物成長促進剤の六本入りセット、貴重な薬草セットだ。
植物成長促進剤を入れたのは、聖堂が炊き出しをすると聞いたので、食料の足しにと考えた。
「ツカーラさんからもですか?」
てっきり紫ランク冒険者の付き添いで来たと思っていたのだろうか。システィは意外そうに、箱の中身を改める。
「なんて透明度の高い媒介石でしょうか。それに貴重な薬草に、植物成長促進剤まで……。大変ありがたいことです」
金額に換算したら、もしかすると一万エナよりずっと高いかもしれない。特に薬草は手に入れるほうが大変だ。
システィは羊皮紙四枚に内訳を書き、それぞれにサインを求め、二枚をこちらに差し出した。グレイと修太で一枚ずつだ。
「こちら、寄付証明書でございます。何かありましたら、こちらを持って、聖堂に来ていただければ、すぐにお手伝いできるかと」
聖堂フリーパスみたいなものなんだろうか。
複雑にえがかれた草花の印章が見事だ。
修太が印象に見とれている横で、グレイは確認する。
「他の連中は、だいたいどれくらいの頻度で寄付に来るんだ?」
「そうですね。貴族の方でしたら、収穫祭などの折にいらっしゃいますから、一年に一度程度でしょうか。ですが、そのようにせよとは申しません。お気持ちが大事なのですよ」
「あいまいにされると面倒だな」
しかし、システィは明確なことは言わず、にっこりと微笑むだけだった。
(とりあえず、年に一回は顔を出せばいいのかな? それくらいなら負担でもないしな)
両替に行くのも手間だから、物品で寄付にした。今後も、似たような形でしていけばいいだろう。
「どうぞ、お茶を飲んでゆっくりされていってください。私は他の業務がありますので、失礼いたしますね。お帰りになる際に、外に控えている使用人にお声がけください。あなたがたに精霊と先祖の霊の祝福がありますように」
「あなたにも」
礼儀でそう返し、修太は会釈した。グレイは無言だ。
避難所が一つ増えたと思えば、安い出費だろうか。
「信仰には興味がないけど、適当に顔見知りを作っておいたら安心かな? 父さん、システィさんはどんな感じ?」
「うさんくせえが、問題はねえ」
「セレスさんのお父さんは?」
「お人好し馬鹿と、似たにおいがする」
グレイの返事に、修太は安心した。彼の言う「お人好し馬鹿」とは、ウィルのことだ。彼と似たような感じならば、安全圏で間違いない。
(セレスさんには親切にしておこう!)
できればリューク達には関わりたくないが、ある程度の伝手は、身を守るのに必要だ。情報だって、人を介してやって来るのだ。




