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そして様子見しながら過ごすうち、週末がやって来た。
エレイスガイアでは一週間は七日で、週末の二日は、学園は休みとなっている。
信仰熱心なセーセレティーの民は、週末は聖堂での集会に参加することが多い。そのお国柄と、生徒の中には、冒険者として生活費と学費を稼ぎながら通う者がいるので、彼らへの配慮らしい。
啓介とフランジェスカは相変わらず忙しく、ササラが啓介に出産祝いを持ってきた以外、特に目立つ用事もないまま、次の週へと入った。
その週半ば。
担任のセヴァンから手に入れた、事件が起きた時、生徒が倒れていたおおよその配置を紙に記したものを眺め、修太は廊下の窓辺にいた。今日のサランジュリエの季節は秋のため、窓からの風が涼しくて心地良い。
今は昼休みのため、生徒が行きかうのを眺めている。
まだクラスメイトのことはなんとなく覚えている程度だ。
「セレス様」
「あら、アイネさん。どうかなさいまして?」
ちょうどどこからか教室に戻ってくる途中のセレスを、女生徒が呼び止めた。他愛ないことを話しかけるアイネは、凡庸な容姿の少女だ。
しばらく立ち話をしていたが、後からやって来たライゼルが会話に割り込んだ。そして、セレスを教室へ連れていってしまった。
(うわあ。アジャンの言った通りだ。友人関係くらいほっといてやりゃあいいのに)
市長の息子ライゼルは、見た感じのまま、心が狭そうだ。
気を付けようと思っていると、アイネが不愉快そうに彼の背中をにらんでいるのに気付いた。
(……ん?)
昏い目つきに、ぞわりと背筋の毛が逆立つ。
修太が見ているのに気付いたのか、パッと振り返ったアイネは、もう怖い顔はしていない。修太は慌てて目をそらして、窓の外を向いた。たまたま目があっただけを装う。
するとアイネはすぐにその場を立ち去った。
「……なんか気になるなあ」
「何が?」
「おわっ、先生! いつの間に後ろに!」
修太は飛び上がらんばかりに驚いた。担任のセヴァンはきょとんとしている。そういえば次は薬草学の授業だ。
「これだから冒険者ってのは嫌なんだ。黙って背後に立たないで下さいよ!」
「悪かったって、そう怒るなよ。しかし特に気配を消したわけでもないんだがな」
「グレ……いえ、父さんに比べればマシですけど、でも気付かないんで!」
「お前さん、本当に戦闘能力が皆無なんだな。ちっとは親父さんに教わればいいのに」
しげしげと修太を眺めるセヴァンに、修太は溜息混じりに返す。
「逃げ方と、獲物の解体は教わってますよ」
「バランスが良いんだか、悪いんだか」
首を横に振るセヴァンに、修太は周りに人がいないことを確認してから問う。
「あの、先生。アイネって誰か知ってます?」
「アイネ・エト。冒険者志望の子だろ」
「例えば事件の被害者だったり……」
「おう、そのうちの一人だな」
「分かりました、ありがとうございます! じゃ!」
ちょうど予鈴が聞こえたので、修太は礼を言うと、教室に駆けこむ。そして席に着くと、こそっとアイネの様子を伺った。ちょうど右端の中間くらいの席で、今はぼんやりと黒板を眺めている。
修太は手に持っていたメモに、改めて視線を落とす。
(割れた瓶の近くには四人いた。そのうち二人がセレスとアイネか)
修太は少し考え込み、放課後、リュークを訪ねた。
「なんだ、君から話しかけてくるなんて珍しい」
修太が呼び止めると、リュークは怪訝そうにしたものの、話を聞く姿勢になった。
「ちょっとひとけの無い所で聞いても? お二人も一緒にどうぞ」
セレスとライゼルが物言いたげなので、修太は先に断る。
場所を校舎裏に移動すると、修太はさっそく切り出す。
「三人はだいたいいつも一緒にいるのに、入学式の日はどうしてセレスさんが一人でいたんです?」
気になっていたのはそこだ。
三人は顔を見合わせたものの、ライゼルが最初に口を開く。
「俺はあの日は親父――市長と登校したんだ。この都市にとって冒険者は大事な存在だからな。その卵が育成されるっていうんで、入学式では毎回あいさつする」
「そういえばあいさつしてましたね」
なるほどと修太は頷く。次にセレスが答えた。
「私は正門前でリュークを待っていたの。でも、ぎりぎりの時間になったから、先に行くことにしたのよ」
リュークに目を向けると、彼は恥ずかしそうに目をそらす。
「……寝坊したんだ」
「えっ、そんな理由なんですか?」
「朝は弱いんだよ。鍛錬も兼ねて、ジョギングして登校するつもりだったから、初日から慌ててた。ちょうど正門から入った時に、急に皆が倒れたんだ。それで」
「俺が犯人だと思った?」
「そういうこと」
リュークは大きく頷き、今度は問い返す。
「君はどうなんだ? どうしてあの時間にあそこに?」
「俺の父さんがちょっと過保護で、あれこれ注意されてたら、時間がぎりぎりになっただけですね」
「過保護? 見た感じ、裕福そうだし、そのせい?」
「諸事情ありまして」
修太は言葉をにごす。修太が〈黒〉で、紫ランクの冒険者グレイの養子だから、色んな面から注意しないといけない、などとわざわざ教える気はない。
「それじゃあ、偶然だったのか。ありがとうございました、他の人も当たってみます」
修太は彼らにぺこっとお辞儀をして、きびすを返す。しかし呼び止められた。
「待て、もしかして調べてるのか?」
「ええ、まあ」
「どうして? 確かに君の名誉を回復したかったら、真犯人を見つけるのが手っ取り早いだろうけど、危険だろう。先生がたに任せておけばいい」
「それだけじゃないですよ。明らかに内部犯なのに、放っておいたら気持ち悪いじゃないっすか」
修太の言い分を聞いて、三人は唖然とした。
「まあ、確かに?」
「分かりますけど、それだけですか?」
ライゼルとセレスがぽかんとした調子で呟く。リュークは目を輝かせ、ぐっと拳を握った。
「その意気は素晴らしい! もし手が必要なら、言ってくれ。協力は惜しまない」
「はは、今のところはいいですよ。あの市場の件だけで。あなたがたが動くと目立つので、ひかえて欲しいですね」
「そんな他人行儀な。ここでは共に過ごす生徒なんだ、もっと砕けた口調で話してくれて構わないよ」
「疑いが完全に晴れたらそうしますよ。実はまだ疑ってるでしょう?」
修太の問いに、三人は返事をしない。修太は肩をすくめる。
「無言は肯定とみなします。それじゃあ、俺はこれで。ご協力に感謝しますよ」
アジャンの教えもあるので、修太は三人には礼儀を示し、丁寧に話しかけている。言葉遣いをちょっと気にするだけで、将来が安全になるなら安いものだ。
その場を立ち去りつつ、顎に手を添える。
(三人はシロか。となると、他の面子だな)
先生達も調べているようだが、結果は芳しくない。教師達は開会式のためにたまたま出払っており、門番は外を見ていた。だから、他に目撃者がいないのだ。
最初に駆けつけた作法教師のリスメルでさえ、残りの生徒を誘導するために出てきたところ、皆が倒れていたので驚いたらしい。その際、怪しい動きは見ていないと聞いている。
(居合わせた全員には衛兵もまじえて事情聴取をしたけど、たいした情報は無し。犯人は生徒の誰かだろうけど、動機も不明)
教師が近付くと警戒するだろうから、修太が調べるのは良いことだと思う。それに修太ならば、名誉回復のためという大義名分がある。
「よし、残りは明日だな。頑張るぞ!」
グレイには事件に近付くなと言われていたが、すっかり首を突っ込むつもりでいる。
啓介やフランジェスカが頑張っているのだから、修太だって役に立ちたいのだ。




