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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園生活スタート編
15/178

 6



 そして様子見しながら過ごすうち、週末がやって来た。

 エレイスガイアでは一週間は七日で、週末の二日は、学園は休みとなっている。

 信仰熱心なセーセレティーの民は、週末は聖堂での集会に参加することが多い。そのお国柄と、生徒の中には、冒険者として生活費と学費を稼ぎながら通う者がいるので、彼らへの配慮らしい。

 啓介とフランジェスカは相変わらず忙しく、ササラが啓介に出産祝いを持ってきた以外、特に目立つ用事もないまま、次の週へと入った。

 その週半ば。

 担任のセヴァンから手に入れた、事件が起きた時、生徒が倒れていたおおよその配置を紙に記したものを眺め、修太は廊下の窓辺にいた。今日のサランジュリエの季節は秋のため、窓からの風が涼しくて心地良い。

 今は昼休みのため、生徒が行きかうのを眺めている。

 まだクラスメイトのことはなんとなく覚えている程度だ。


「セレス様」

「あら、アイネさん。どうかなさいまして?」


 ちょうどどこからか教室に戻ってくる途中のセレスを、女生徒が呼び止めた。他愛ないことを話しかけるアイネは、凡庸(ぼんよう)な容姿の少女だ。

 しばらく立ち話をしていたが、後からやって来たライゼルが会話に割り込んだ。そして、セレスを教室へ連れていってしまった。


(うわあ。アジャンの言った通りだ。友人関係くらいほっといてやりゃあいいのに)


 市長の息子ライゼルは、見た感じのまま、心が狭そうだ。

 気を付けようと思っていると、アイネが不愉快そうに彼の背中をにらんでいるのに気付いた。


(……ん?)


 (くら)い目つきに、ぞわりと背筋の毛が逆立つ。

 修太が見ているのに気付いたのか、パッと振り返ったアイネは、もう怖い顔はしていない。修太は慌てて目をそらして、窓の外を向いた。たまたま目があっただけを装う。

 するとアイネはすぐにその場を立ち去った。


「……なんか気になるなあ」

「何が?」

「おわっ、先生! いつの間に後ろに!」


 修太は飛び上がらんばかりに驚いた。担任のセヴァンはきょとんとしている。そういえば次は薬草学の授業だ。


「これだから冒険者ってのは嫌なんだ。黙って背後に立たないで下さいよ!」

「悪かったって、そう怒るなよ。しかし特に気配を消したわけでもないんだがな」

「グレ……いえ、父さんに比べればマシですけど、でも気付かないんで!」

「お前さん、本当に戦闘能力が皆無なんだな。ちっとは親父さんに教わればいいのに」


 しげしげと修太を眺めるセヴァンに、修太は溜息混じりに返す。


「逃げ方と、獲物の解体は教わってますよ」

「バランスが良いんだか、悪いんだか」


 首を横に振るセヴァンに、修太は周りに人がいないことを確認してから問う。


「あの、先生。アイネって誰か知ってます?」

「アイネ・エト。冒険者志望の子だろ」

「例えば事件の被害者だったり……」

「おう、そのうちの一人だな」

「分かりました、ありがとうございます! じゃ!」


 ちょうど予鈴が聞こえたので、修太は礼を言うと、教室に駆けこむ。そして席に着くと、こそっとアイネの様子を伺った。ちょうど右端の中間くらいの席で、今はぼんやりと黒板を眺めている。

 修太は手に持っていたメモに、改めて視線を落とす。


(割れた瓶の近くには四人いた。そのうち二人がセレスとアイネか)


 修太は少し考え込み、放課後、リュークを訪ねた。




「なんだ、君から話しかけてくるなんて珍しい」


 修太が呼び止めると、リュークは怪訝そうにしたものの、話を聞く姿勢になった。


「ちょっとひとけの無い所で聞いても? お二人も一緒にどうぞ」


 セレスとライゼルが物言いたげなので、修太は先に断る。

 場所を校舎裏に移動すると、修太はさっそく切り出す。


「三人はだいたいいつも一緒にいるのに、入学式の日はどうしてセレスさんが一人でいたんです?」


 気になっていたのはそこだ。

 三人は顔を見合わせたものの、ライゼルが最初に口を開く。


「俺はあの日は親父――市長と登校したんだ。この都市にとって冒険者は大事な存在だからな。その卵が育成されるっていうんで、入学式では毎回あいさつする」

「そういえばあいさつしてましたね」


 なるほどと修太は頷く。次にセレスが答えた。


「私は正門前でリュークを待っていたの。でも、ぎりぎりの時間になったから、先に行くことにしたのよ」


 リュークに目を向けると、彼は恥ずかしそうに目をそらす。


「……寝坊したんだ」

「えっ、そんな理由なんですか?」

「朝は弱いんだよ。鍛錬も兼ねて、ジョギングして登校するつもりだったから、初日から慌ててた。ちょうど正門から入った時に、急に皆が倒れたんだ。それで」

「俺が犯人だと思った?」

「そういうこと」


 リュークは大きく頷き、今度は問い返す。


「君はどうなんだ? どうしてあの時間にあそこに?」

「俺の父さんがちょっと過保護で、あれこれ注意されてたら、時間がぎりぎりになっただけですね」

「過保護? 見た感じ、裕福そうだし、そのせい?」

「諸事情ありまして」


 修太は言葉をにごす。修太が〈黒〉で、紫ランクの冒険者グレイの養子だから、色んな面から注意しないといけない、などとわざわざ教える気はない。


「それじゃあ、偶然だったのか。ありがとうございました、他の人も当たってみます」


 修太は彼らにぺこっとお辞儀をして、きびすを返す。しかし呼び止められた。


「待て、もしかして調べてるのか?」

「ええ、まあ」

「どうして? 確かに君の名誉を回復したかったら、真犯人を見つけるのが手っ取り早いだろうけど、危険だろう。先生がたに任せておけばいい」

「それだけじゃないですよ。明らかに内部犯なのに、放っておいたら気持ち悪いじゃないっすか」


 修太の言い分を聞いて、三人は唖然とした。


「まあ、確かに?」

「分かりますけど、それだけですか?」


 ライゼルとセレスがぽかんとした調子で呟く。リュークは目を輝かせ、ぐっと拳を握った。


「その意気は素晴らしい! もし手が必要なら、言ってくれ。協力は惜しまない」

「はは、今のところはいいですよ。あの市場の件だけで。あなたがたが動くと目立つので、ひかえて欲しいですね」

「そんな他人行儀な。ここでは共に過ごす生徒なんだ、もっと砕けた口調で話してくれて構わないよ」

「疑いが完全に晴れたらそうしますよ。実はまだ疑ってるでしょう?」


 修太の問いに、三人は返事をしない。修太は肩をすくめる。


「無言は肯定とみなします。それじゃあ、俺はこれで。ご協力に感謝しますよ」


 アジャンの教えもあるので、修太は三人には礼儀を示し、丁寧に話しかけている。言葉遣いをちょっと気にするだけで、将来が安全になるなら安いものだ。

 その場を立ち去りつつ、顎に手を添える。


(三人はシロか。となると、他の面子だな)


 先生達も調べているようだが、結果は芳しくない。教師達は開会式のためにたまたま出払っており、門番は外を見ていた。だから、他に目撃者がいないのだ。

 最初に駆けつけた作法教師のリスメルでさえ、残りの生徒を誘導するために出てきたところ、皆が倒れていたので驚いたらしい。その際、怪しい動きは見ていないと聞いている。


(居合わせた全員には衛兵もまじえて事情聴取をしたけど、たいした情報は無し。犯人は生徒の誰かだろうけど、動機も不明)


 教師が近付くと警戒するだろうから、修太が調べるのは良いことだと思う。それに修太ならば、名誉回復のためという大義名分がある。


「よし、残りは明日だな。頑張るぞ!」


 グレイには事件に近付くなと言われていたが、すっかり首を突っ込むつもりでいる。

 啓介やフランジェスカが頑張っているのだから、修太だって役に立ちたいのだ。


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