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緑の曜日。
放課後、修太はリューク達と四人で冒険者ギルドに向かっていた。門に迎えに来たコウが、修太の右隣りをタッタカと歩いている。
「セレスさん、わざわざ付き添ってくれてありがとうございます」
「いいのよ。今日はたまたま予定が無いし、第一聖堂に寄付していただけたら、ありがたいことだもの」
アジャン達のアドバイスを実行しようと思い、学校でセレスに相談したら、今日なら祭祀官に話を通してあげられると、親切に申し出てくれた。
リュークやライゼルには裏があるが、セレスは聖女みたいに心優しい。熱心なファンができるのも納得だ。
急に決めたことだったので、放課後の勉強会はパスしてきた。アジャン達は教えたことをすぐに実践しようとする修太に好感を抱いたようで、快く送り出してくれた。
「二人は帰っても大丈夫なのに」
セレスは困ったように眉を下げ、リュークとライゼルのほうを振り返る。
「セレスを男と二人きりにするわけないだろう」
「そうだそうだ」
リュークとライゼルの過保護、ここに極まれり、である。修太は純粋に疑問を抱く。
「もしかしてセレスさんって、どっちかと交際してるんですか?」
「へ!?」
ぼふんっと顔を赤くして、セレスはうろたえる。
「え、ち、違うわ! 幼馴染よ、ただの!」
「大事な幼馴染だよ」
「家族であり友人だな」
リュークとライゼルがすかさず答える。
「そ、そう……。大事な幼馴染なの」
セレスは視線を落とし、うなだれる子犬みたいにしょんぼりする。
(しまった。セレスさん、リュークのことが好きなのか)
リュークの言葉にだけ反応しているから、きっとそうなのだろう。
「すみません、余計なことを聞いて。あ、ちょっと待っていてくださいね」
ちょうど冒険者ギルドに着いたので、これ幸いと気まずい空気から逃げ出す。
スイングドアを開けて中に入ると、待合室の奥に、グレイがひっそりと座っている。いつものように、グレイの周りだけ席があいていた。
「グレイ、聖堂に出かけてこようと思うんだけど」
「聖堂? なぜだ」
「それがさあ」
修太がアジャンから教わったことをを話すと、グレイは椅子を立った。
「俺も行く」
「えっ、父さんも?」
「そんなことで暮らしやすくなるなら、お前のためにもしておくべきだ。言っただろうが。親としての責任は果たすと」
その一言で、グレイの同行が決まった。グレイは待機をやめることを告げに、受付に行く。
「どうかしたの?」
「父さんも行くそうです」
「グレイさんも?」
セレスだけでなく、リュークとライゼルも緊張を見せた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
「そう思っても、どうしても構えてしまうんだよ。グレイさんが近くにいると、肌がピリピリするんだ。君は気を使わないから分からないだろうけど」
修太の励ましに、リュークは苦笑を返す。
「はあ。家族なんでそんなに気遣いはしませんけど」
「そちらじゃなくて、戦闘術のほうの『気』だよ。身体強化や技に使うだろう?」
「なんの話ですか?」
「ええっ、あんなに武芸者に囲まれていて、君は何も知らないのかい?」
リュークは後ろに下がるほど、驚きを見せる。
待合室にいる冒険者達もざわついた。
「ツカーラ、お前、『気』を知らんのか!」
「坊主……おいおい、嘘だろう。それも教えないなんて、どれだけ過保護なんだ、賊狩りの旦那……」
どうしてそれを「怖い」とばかりに、顔を見合わせてつぶやくのか。
(ああでも、この世界に来たばかりの頃に、ユーサレトと啓介がそんなやりとりをしてた気もするなあ。フランジェスカが啓介に教えていたような……)
修太にはなんのことだか分からないので、全部、右から左に抜けていた。
「ううん、なんと言えばいいのかな。生命力かな? 魔力を持たない人間でも、戦士として強い人達がいるだろう? 例えば君のお父さんもそうだ」
リュークが説明を始める。冒険者の男が、横から口を出す。
「おい、坊主。黒狼族を土台にするとややこしいぞ」
「この方の言う通り、黒狼族は体が頑丈なんだよ。生命力にあふれているから、一週間くらい動き続けられるのは有名だ」
「そうですね」
修太が頷くと、リュークは説明を続ける。
「魔力を持たない茶色の目を持つ人間でも、強い者がいる。ここのギルドマスターがそうだね。どうしてそんなことが可能なのか? 技術を磨くのはもちろんだけど、『気』の扱いに長けているからだよ」
修太はぽかんとして口を開け、恐る恐るセレスを見る。
「もしかして、セレスさんもそれが使えるんですか?」
「武芸を学ぶなら当然よ。治療師でも体を鍛えるのはもちろん必要だし、『気』でより良く体を動かせるようになるから、攻撃を避けたり、危ない時は逃げたりすることもできるわ。ただ、『気』を使うと体力を消耗するから、ここぞというタイミングで使うのよ」
「お前なあ。学園の戦闘学は、武術と身体強化術を教えるんだぞ。パンフレットにも書いてあっただろう」
セレスが答えた後に、ライゼルが呆れをたっぷり込めて言った。
修太はあごに手を当て、ふむと考え込む。
「そんなのがあるのか……。それを使えるようになったら、俺も逃げる時に便利なんじゃ」
「いや、逃げる前提かよ。ちょっとは戦おうっていう気概は……ひっ」
ライゼルの言葉が途中で悲鳴になった。
見れば、いつの間に戻ってきたのか、グレイがライゼルの頭に手を置いている。ライゼルは緊張で引きつっていた。
「おい、そいつに余計なことを教えるな」
「いやでも、気のことも知らないなんて、さすがに」
「なんか文句でもあるのか?」
「何もありません、すみません!」
ライゼルが謝るとグレイが手を離す。ライゼルはすかさず距離をとった。
「なんでそんな話になってんだ?」
「グレイが近くにいると肌がピリピリするっていうから、理由を聞いてたんだよ。常識らしいぞ」
「はあ。お前はフランジェスカがケイを指導していても、今まで興味も持たなかっただろうが」
「そりゃあ、俺は本を読んでるほうが好きだからな」
グレイが不機嫌そうなのが、意味不明だ。
「俺が知ると、何か問題でも?」
「ある。『気』っていうのは、生命力を使うんだ。ここにいる連中のように、健康で体力が有り余ってる奴は、死なない程度に使うのは問題ねえ」
「ええっ、使いすぎると死ぬの?」
「生命力だと言ってるだろ。なんでも、過ぎれば身を滅ぼすんだよ」
なるほどと、修太は頷く。
「それで?」
「お前も分からん奴だな。お前みたいに、何もしてなくても体調が悪ければ倒れるような人間が、そんなもんを使ったらどうなる?」
修太はハッと顔を上げる。
「なるほど! 自滅するんだな!」
「賢いくせに、どうしてたまに馬鹿なんだ?」
「ひどい!」
修太の抗議など聞いておらず、グレイは周りに警告する。
「おい、こいつに余計なことを教えるなよ。知識がかたよってるから、面倒くせえんだ」
待合室にいる人々は、それぞれ「はい」「分かりました」と良い子の返事をした。
「じゃあさ、グレイがでっかい蛇の頭なんかを落とすのって、その気とかいうのを使ってるのか?」
「そうだな。気は武器にもまとわせられるから、一時的に刃を強化できる。硬いモンスターを斬る時なんかは使うこともあるが……」
「が?」
「俺はたまにしか使わねえよ。ほとんどは腕力と技術でできる」
あっさりとグレイは答える。
修太は周りにそれが普通なのかという視線を送ると、皆が首を横に振っているので、これが「黒狼族を土台にするとややこしい」の意味だと悟った。
作者すら記憶の彼方に置いてた「気」のことを思い出して、書きました(笑)
だって修太は戦闘しないから、使わないんだもーん。
一般人でも鍛錬すれば強いのは、これを使いこなしているからなので、エレイスガイア人がモンスターがいる世界で生き残れる理由です。そこにプラスで、目の色の濃さで強弱が変わる「魔法使い」がいます。
ただ、鍛錬なしで魔法を使える「魔法使い」のほうが基本的には強いので、貴色と尊敬されてます。
一方で、そういうので戦えない人は弱いので、共同体の保護がないと生きられませんけど……。
セーセレティーの民が平穏に暮らしてるのは、強者から寄付金を集めて、弱者救済をしている聖堂の力が大きいんですよねえ。
別にこの設定は覚えなくてもいいんだけど、雑談で書いてますよ。
本編の第一話でちょっと出た程度の設定? かも…




