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――そうだ、片付けをしよう。
修太にはその思いつきが、とても良いものに思われた。
この世には、しなければならないことがある時、どうでもいいことを実行に移したくなることがある。
たとえばテスト前に、突然部屋の片付けを始めるとか。
修太は教科書を閉じて、視界から追い出した。
セーセレティー精霊国の歴史に限っては、創造主オルファーレンに飲ませられた霊樹リヴァエルの葉による翻訳能力ですら役に立たない。王侯貴族らの名前の読み方について、アジャンにこつを教えてもらったものの、修太には相変わらず謎の呪文にしか見えない。
正直、うんざりだ。
現実逃避と馬鹿にされても、「上等だ、お前もやってみろ」と即座に切れそうな気がする。
とにかくもう、この訳の分からない単語の羅列から逃れたい。
そういうわけで、バルと外食してから帰宅し、風呂に入って、あとは勉強して就寝という段階になって、修太は片付けをすることにした。
こういう時は、普段、目をそむけている片付け場所のことを思い出すものだ。旅人の指輪の中身だ。何がどれだけ入っているのか、実は修太も把握していない。食べ物だけは優先的に食べたが、モンスターから素材や装備になると、とりあえず収納しておいたものがほとんどである。
修太は居間にやって来ると、空いているスペースに目をとめた。
屋敷の前の持ち主が残した長いテーブルはあるものの、出入り口に近い半分には、何も置いていない。
修太はそこに、旅人の指輪から敷物を取り出し、隙間なく敷き詰める。修太はそこから少し離れ、指輪にはまっているオニキスを敷物のほうへ向ける。
「旅人の指輪の中身、全部ここに出ろ」
指輪のオニキスがチカッと光り、一瞬後、山のような荷物が現れた。
「わっ」
予想より多かったことに驚いて、修太は尻餅をつく。
旅人の指輪が気遣ってくれたのか、修太がいる所だけ荷物がなく、周りが埋まった。
「ええええ、こんなにあるのかよ」
「何を一人で騒いで……本当に何をしているんだ、お前は」
修太の騒ぎ声を聞きつけて、バルが部屋のほうからやって来た。居間の惨状を見て、眉をひそめる。
「いやあ、あはは……」
「静かなくせに、騒がしい奴だ」
「意味が分からないから!」
「トラブルメーカーって意味だよ」
修太が言い返すと、バルは真面目に回答する。
(まあ、なんとなく言いたいことは分かるんだけどな?)
黒狼族は、意味が分からなければ質問するものだと思っているので、バルは皮肉を言うでもなく、単に意味を教えてくれたようだった。修太はゆるく首を振る。
「ちょっとー、もう、なんの騒ぎ? うわっ、くさっ」
夕方に部屋にこもったトリトラが、面倒くさそうに戻ってきた。鼻をつまんで、後ろに下がる。
「おい、このくさったにおいがする黄色い石はなんだよ」
バルは鼻を押さえて、さらに顔をしかめた。
鼻が良い黒狼族は、みんな、硫黄のにおいを嫌うものだ。何しろ、彼らは温泉をくさいお湯呼ばわりするので。
「これは硫黄だよ。火山地帯で採れるんだ。皮膚薬に使われてる」
修太は説明しながら、そういえばこの世界では銃火器について聞かないので、火薬としては使われていないはずだ。うっかりすると戦争の兵器として悪用されてしまうやばい情報なので、それについては黙っておく。
「イオウ? へえ、そんなのがあるのか」
「懐かしいね。エシャトールの火竜からもらったやつでしょ」
「火竜だ~? 相変わらず、とんでもないことを……」
トリトラの言葉を聞いて、バルは分かりやすく引いた態度をとる。
「硫黄って、まだ余ってたんだな。とりあえず硫黄と薬草は中に戻すか」
旅人の指輪に念じると、硫黄の塊とあちこちに散らばっていた薬草がフッと姿を消す。
「シューター、これってもしかして、その指輪の中身?」
硫黄が消えたことで、トリトラは荷物の山に近づいた。
「おう。整理しようかと思って」
バルは物珍しげに荷物の山を眺める。革表紙やペラペラのムック本なんかが積まれている一画に、目を輝かせた。
「本だ!」
「指輪にも入れてたのか。各地の観光本に……、げっ、啓介に押し付けられた怪談もある! 最悪!」
恐らく、見たくないから指輪に入れていたのだろう。バルがさっと手を出した。
「いらないなら、俺がもらう」
「おう、持っていけよ。この辺は読み終えたやつか、苦手なやつだ」
修太は拾いあげて、不要なものを傍らにどんどん積んでいく。バルはうれしそうに黒い尾を揺らした。
「なんか、ガラクタが増えてない?」
あんなにへそを曲げていたくせに、トリトラは好奇心のほうを優先することにしたのか、面白そうに装備品を取り上げる。
「この間、スーリアから押し付けられた燃えないゴミが増えたんだ。グレイと俺だけで旅してた時期のものもあるぞ。ほとんどモンスターからもらったものばっかりだな」
「シューターって、本当にモンスターにはモテるよねえ。貢がれまくってるじゃん」
「モンスターにはってなんだよ、ムカつくな! というか、どれもこれもあいつらからすればゴミなんだよ。巣に貯まっていて、いらないからあげるっていう感じだからな」
「そういや、あの火竜もそんなノリだったね。お、このサーベル、なかなか良いじゃん」
トリトラはシンプルなサーベルを拾い、鞘から抜いた。少し離れた場所で、試しに振るう。
「俺は使わないから、いるやつあったら、持っていって」
修太が軽い調子で許すと、バルも一緒になって、装備品を見定める。
「このナイフをもらう」
バルが選んだのは、先端が鋭くて、料理にも使えないナイフだ。
「隙間を狙うのに良さそうだ」
「ふーん、なんの隙間か分かんねえけど、好きにしていいぞ」
修太には謎の使い道があるんだろう。深く聞くと怖いので、追及はしない。
「僕はこのサーベルをもらうよ。ちょうど買い替えるところだったんだ。剣帯だけ付け替えれば良さそうだね」
トリトラの言う通り、鞘がくっついている革と布製の剣帯はボロボロだ。
「こっちに布や糸があるぞ。なんなんだよ、行商でもするつもりか?」
バルが示したのは、布や糸が集まっている一画だ。種類はさまざまだが、どれも一反ずつ巻かれているか、折りたたまれている。
「その辺も、モンスターからもらったやつ。布をドロップするモンスターがいるんだよ」
「それってモンスターを倒さないとドロップしないだろ? どういうことだよ」
バルの質問はもっともだ。
「ボスモンスターが狂った配下を倒して、闇に還すことがあるからな。捨てるのにしのびないから、有効活用してくれってことでもらった」
「有効活用してねえじゃん」
「俺にこれを使いこなせるわけがないだろ?」
布地もさまざまで、麻や木綿、絹以外、呼び方すら分からないものもある。
「しまった。これはマエサ=マナに置いてくるんだった……」
「俺らの故郷を、不用品置き場にするなよな! まあ、使えるものはもらうだろうが。布や糸はありすぎて困るってこともない。いらなければ種火に使うしな」
修太は手芸品の一画を眺め、飾りボタンを見つけて、拾い上げる。
「おお、綺麗だ。これなんて宝石付き。いる?」
「俺みたいなのがこんなのを持ってたら、盗んだと思われるだろ!」
「バルは駄目か。トリトラは?」
「僕もいらないよ。西区の姉さんにあげたら? あの元勇者なら使うんじゃない?」
「それはいいな」
荷物の山から布袋を見つけると、修太はそこに飾りボタンを放りこんでいく。
女性向けの装飾品も混ざっているので、適当に見つけた空き箱に入れる。ピアスやフランジェスカ、ササラにあげれば喜ぶだろう。家政婦のニミエにゆずってもいい。他にも、女性の知人を思い浮かべてみた。面倒くさいので、箱ごとギルドに持っていって、持ち帰り自由と書いて放っておこうか。
「高価そうじゃない布地って、孤児院に寄付したら使ってくれるかな?」
「いいんじゃない? 子どもって服を汚すから、いくらあっても足りないでしょ」
「よし、そうする。ニミエさんにもあげよう。お孫さんが多いみたいだしな」
「その辺のビーズなら、セーセレティーの民は好きそうだよね」
トリトラは、ガラス製のビーズが入った瓶を指さす。魔よけとしてじゃらじゃらとアクセサリーを付けているセーセレティーの民は喜びそうだ。
手芸品は細かいものをあげていくときりがない。
「何これ」
三角錐の形になっているガラスの塊を拾い、バルは不思議そうにして、光に透かす。
「ああ、それ、ガラスのインゴットだよ。不純物を取り除いてインゴットにしたものを、ガラス屋に売っている業者もいるぞ」
「へえ。ガラスの材料か」
「それもドロップ品なんだよなあ」
ほとんどはモンスターからもらったものだ。
観光をしていて、土産物屋や店で適当に買ったものもあるが、そういったものは少ない。
「ベルト、鞄、バンダナ、タオル、敷物に、ガラス瓶や壺……。確かに、行商ができそうだな」
こうして見ると、各地を旅していただけあって、様々なアイテムをモンスターからもらったからか、なんでもそろっている。
「雑貨と装備品もすごいけど、それよりこの媒介石の山はなんなんだよ……」
あえて見ないふりをしていたバルが、とうとうそこに触れた。
キラキラと輝く宝石や天然石の山は、気になるのが当然だ。
「ああ、これ? 旅をしている時に、各地のボスモンスターやモンスターからもらったんだよ。黄色や緑色の宝石は、スーリアがくれたやつ。たくさんあるし、何個かやろうか?」
「うーん……、それじゃあ、一個だけもらう」
バルは迷ったようだが、そう答えた。
「一個でいいの? 欲がないなあ」
「自分で稼ぐほうが好きだけど、時には、金より媒介石のほうが重要視されることがある。何かの交渉に使えるかもしれないだろ」
「へえ、そうなのか。バルは難しいことを考えてんだなあ」
仲間達と分け合って、啓介に多めに渡したにも関わらず、まだこんなに残っていたようだ。
「お前が考えなさすぎなんだろ」
「はいはい。この緑色の石でいい? 売る時は、砕いてからにしろよ」
「分かってるよ。これ一つで国宝級だぞ。下手に表に出したら、悪党に狙われる」
バルはしかめ面をして、エメラルドに似た媒介石を受け取った。
「トリトラは?」
「この間のがまだあるよ。目に毒だから、しまっちゃいな」
「そうだな」
修太が媒介石を使う時は、水に浸けて魔力混合水を作るか、魔具の燃料にするか、砕いて売るかのどれかだ。滅多と使わないので、一生かかっても使いきれないほどの量だ。修太が念じると、媒介石が旅人の指輪の中へとごそっと消えた。
「あとは問題なさそうだし、僕は部屋に戻るよ。シューター、頼むから危ないことはしないでね。バル、怪我をしないように見張ってて」
「なんで俺が子守りをしなきゃいけないんだよ……」
「それくらいできるでしょ、居候」
「ちっ」
勝手なことを言っている二人に、修太は文句を言う。
「おい、子守りってなんだよ! 失礼だな!」
「大声を出すな。うるせえ」
「なんで俺のほうがわがままを言ってるみたいな雰囲気なんだよっ」
まったくもって、納得がいかない。
トリトラは「気を付けるように」と念押ししてから、部屋に戻った。
腹立たしいものの、じっとしては整理が終わらない。
修太は頭を切り替えて、素材の山を見回す。
「とりあえず、素材の分類をするか。この間、スーリアからもらった鱗は、旅人の指輪へ」
地竜の鱗が消えると、羽毛や角や牙などの動物系の素材と、蔦や花などの植物系素材、雑貨、食品、装備品が残る。
「食品はいったん旅人の指輪へ、薬草を除いて、テーブルのほうに全部出す」
ぶつぶつと呟くと、長テーブルに食品が現れた。食品はその都度食べているから、量は少ない。おかげで、セスからもらったキノコが異様な存在感を示していた。
「素材の分類は後にして、まずは装備品からやっつけるか。スーリアのゴミ置き場にあったやつ。所有者が分かるのだけ、冒険者ギルドに届けておこう」
「わざわざ届けるのか? あまりたくさん持っていくと、不審がられるぞ」
「えっ、落とし物を届けて、何を疑われるんだ?」
「森で冒険者殺しをしてるんじゃないかって。お前じゃなくて、グレイが疑われる」
「そっち方面で!?」
「そもそも、落とし物探しを依頼されたわけじゃないのに、わざわざ届けるほうが変だ。かさばるからな」
修太には旅人の指輪があるが、他の者は保存袋をたくさん所持していない限り、自分で運ばないといけないわけだ。そう考えると、余計な荷物を持ち帰る余裕はない。
「これはどう処分すればいいんだ?」
「さあな。セーセレティーだと分からん。レステファルテだったら、砂漠で拾ったものは、拾った奴のものだ」
「そっか。都市の中じゃなくて、森で拾ったものだもんなあ。後でリックに聞いてみよう」
とりあえず、装備品を調べると、シンプルながら綺麗な細剣が目にとまった。刀身に名前が彫られている。
「ガレウス? これを打った鍛冶師の名前かな?」
「鍛冶師が名前を刻むのは、持ち手のほうだ。このパーツを外さないと見えない」
「へえ、そうなのか。これと、鎧から下がってる婚約指輪っぽいのだけ届けようかな。待っている人がいるかもしれないし」
「無視して、鍛冶屋に持ちこんで溶かしちまえばいいのに。お節介」
バルには修太の良心なんて、理解できないらしい。
「お前、本当に口が悪いな……」
お節介なのは承知しているが、言い方がムカつく。
バルはさらに問う。
「届ける時に、なんて言い訳するつもりだ?」
「そうだな。ボスモンスターのテリトリー近くにある洞穴に、タマゴドリが何かを運んでいるのを見かけたから、何があるのかと見てみたら、こんなのがあった、とか?」
「嘘はついてないが、嘘くさい」
「モンスターから、ゴミだから持っていけと言われたって話すよりマシだろ?」
「……まあ、そうだな」
バルはあきらめた様子で頷いて、それ以上、何も反対しなかった。




