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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園ほのぼの編(仮題)
144/178

第十六話 テスト前は片付けをしたくなるもの 1

 2021.10/21

 ※十六話を修正しました。

 整理整頓と寄付で話を変えて、テーマを一つずつにして分かりやすくした程度です。

 整理整頓のところは加筆や一部をカットして修正してますが、寄付のところはそのままです。



 週明けの赤の曜日。

 今日も夕方に修太宅でテスト勉強をして、ちょうど解散した頃、グレイが帰ってきた。居間のあいているスペースに、木箱四つと樽一つが運び入れられる。


「お帰り、父さん。その荷物はどうしたんだ?」


 長テーブルを布巾で拭きながら、修太は声をかける。そこへ、グレイの帰宅を聞きつけて、バルが客室のほうから現れた。興味津々の様子で、荷物を眺める。


「薬師ギルドのマスターからだ」

「バルデッドさん? そういや、お酒をくれるって言ってたな」


 ウィルが紫ランクに昇格する試験前にあった騒動で、グレイを巻きこんだ駄賃だ。

 グレイは物置からバールを持ってきて、釘で打ちつけられている木箱の蓋をこじ開ける。修太が興味を惹かれて中を覗くと、木箱にはそれぞれ四本の酒瓶が入っており、綿が詰め込まれて緩衝材になっていた。

 グレイは酒瓶を一つずつ取り出して眺め、口端をにやりと引き上げる。


「あのじいさん、なかなか分かってるじゃないか。良い酒ばかりだ」


 修太としては、酒瓶よりも樽のほうが気になってしかたがない。


「なあ、この樽は?」

「においからして、赤ワインだな。気前の良い奴だ。全部で十万エナくらいはするんじゃねえか?」

「じゅうまんエナ!?」


 修太はぎょっとした。日本円にすると、おおよそ百万円近い。そうなると、これが酒瓶ではなく金貨に見えてくるのだから不思議なものだ。それほど厳選して贈るならば、手紙があるはずと思い、修太は木箱を覗いて回る。案の定、綿と箱の内側に挟まっている白い封筒を見つけた。


「父さん、手紙だ」


 グレイから読むようにうながされたので、ペーパーナイフを取ってきて、封を切る。そこには達筆なエターナル語が並んでいた。


「親愛なるグレイと、その息子シューター・ツカーラへ。

 この間は、世話になった。約束していたお礼の品を送る。

 わしが厳選した酒だ。保存袋には食べ物を入れているから、早めに開封するように。

 感想の手紙を楽しみに待っておる。王都に来た時には、わしを訪ねてまいれ。王都名物の料理を食べさせてやるからのう。

 ――ぶふっ」


 最後の言葉を読んで、修太は噴き出した。


「年配の友・バルデッド」


 修太が読み上げると、グレイの無表情にピシッとひびが入る。口元を不快そうにゆがめた。


「はあ? なんだ、それは」

「ここの国での、『親愛をこめて』みたいな言葉なのかな?」

「調子に乗りやがって。妙に気に入られたな。うぜえ」

「そこまで嫌がらなくてもいいじゃないか」

「あんなのに好かれてみろ、どんなトラブルを持ちこまれるんだか、分かりゃしねえよ。この間の件がある」

「……た、確かに」


 グレイが嫌がるのはもっともだった。


「保存袋ってのは、これか?」


 バルは木箱を覗きこんで、小さな袋を見つける。テーブルの上に中身を出してもらうと、肉の塊や塩漬けのベーコンやハム、チーズ、フルーツがどっさり出てきた。


「美味そう! おっ、リストがあるよ。王都名物サラマンダーの肉だって! やった!」

「酒のつまみになりそうなのが多いな」

「どれから食べる? すぐに食べないと傷みそうだから、食べないものは俺が預かっておくよ」


 グレイと話し合い、塩漬けは日持ちしそうなので、サラマンダーの肉の塊やチーズ、フルーツを優先して食べることに決まった。


「このベーコンでパスタを作ったらおいしそうだな。今日はトマンとバージのパスタにしようっと。麺を作らねえとな!」

「ぱすた? お前、またなんか変わったのを作るのか?」

「麺くらい、普通だろ。簡単なパスタなら、小麦粉と塩と卵があればできるって、前にテレビで見たから試す!」

「てれび~?」


 聞き慣れない単語に、バルは首をひねる。とりあえず、修太の料理を近くで見ることにしたようで、台所に向かう修太の後についてくる。


「お前さあ、見るだけなら、手伝えよ。教えてやるから」

「自分の飯くらい、自分で作るに決まってんだろ」

「俺はこいつをステーキにするかな」


 結局、三人で台所に入り、届いた品を使ってあれこれと料理をこしらえた。

 料理が完成すると、グレイはさっそく酒瓶を一つ開ける。


「シューター、本当に良い酒は悪酔いをしねえんだ。お前も飲むか?」


 珍しく、グレイは酒をすすめてきた。修太は首を振る。以前、トリトラにジュースと間違えて強い酒を渡されたことがあり、その時の失敗を思い出したせいだ。


「いや、遠慮しておくよ。俺、酔うと、すぐに寝落ちしちまうから」


 せっかく料理を作ったのに、寝てしまってはもったいない。


「俺は飲む!」

「バル、未成年だろ!」

「黒狼族では成人だ! 馬鹿にすんな!」


 バルはじろっとにらみ、グレイからグラスを受け取った。一口飲んで、目を輝かせる。


「美味い! フルーティーでくどくねえし、するっと入る。こんな酒があるのか!」

「おい、もったいない飲みかたをするんじゃねえ。こういうのは味わって飲むんだ」


 グラスをあおるバルに、グレイは小言を口にする。

 バルは味をしめたようで、二杯目をもらうと、ちびちびと大事そうに飲み始めた。

 それを見ていると、どんな味なのか気になってくる。修太は料理を食べ終えてから、酒を一口だけ味見させてもらった。


「む。甘くて美味いような気がするけど。喉にぐわっとくる」


 フルーティーでさらりとしているのに、後から喉を焼く酒だ。


「ん? そういや、これは度数が高いな」


 グレイは改めてラベルを眺めてつぶやく。

 味わうのは数秒で、修太は頭がふらふらした。急激に眠気に襲われる。


「うー。駄目だ。ねむ……」

「うわっ、本当に寝た! 一口でダウンかよ、情けねえなあ」


 バルの呆れる声を聞きながら、修太はテーブルに突っ伏した。


(いくら美味くても、黒狼族の言うことはうのみにしねえぞ……)


 日常すぎて忘れていたが、彼らは馬鹿みたいに酒に強いのだ。バルデッドも分かっていて度数が強いものを選んだに違いない。

 翌朝、グレイから、人前で酒を飲まないように注意された修太だった。解せない。


     ◆


「おかえり、シューター。昨夜はさんざんだったねえ」


 翌日、夕方遅くに帰宅すると、トリトラが居間の長椅子に寝転がっていた。閉門まで教室でテスト勉強をしていたので、こんな時間だ。コウが修太の足元でググッと伸びをし、居間の隅に置いている犬用ベッドに直行する。

 修太は黒いマントを脱いで畳みながら、長椅子のほうへ近づく。


「ただいま。なんで昨日のことを知ってるんだ?」

「君が寝た後に帰ってきたからだよ。良いお酒をご相伴にさずかって、ラッキーだった」

「えっ、朝はいなかったよな?」

「早朝からぶらつきたい気分だったから、都市内を散歩してた。ジョギングもかねて。たまには長距離を走らないと、体力が落ちるからねえ」


 もしかして黒狼族流のジョークなんだろうか。


「ははっ。ちょっと笑える。一日もじっとしてないくせに」


 黒狼族は体を鍛えるのが好きなので、放っておいても、一人で鍛錬をしている。あれで運動不足になるなんてありえない。


(今はナメクジみたいにだらけてるけどな……)


 修太は首を傾げる。トリトラはまるでふて寝でもしているかのようだ。


「何、またもめたのか?」

「聞いてくれる!?」


 トリトラはガバッと起き上がり、前のめりに口を開く。修太は後ろに一歩下がった。


「うわっ、訊かなきゃよかった」

「冷たいなあ。もう、嫌になっちゃうよ。なんで僕にできることをやってるのに、自分勝手に動くなって言うんだ? 意味不明なんだけど~」

「説明不足だったんだろ」

「分からないなら質問してよって思うね」

「そいつらが大事にしてるのは、ホウレンソウなんじゃないか?」


 修太はダミーで持っている通学鞄を、長テーブルの椅子の一つに置いた。持っているマントを椅子の背にかけ、その隣に腰かける。


「ホウレンソウ?」

「報告・連絡・相談のことだよ。相談してほしかったのかも」

「ダンジョンでの動き方は、階ごとに安全圏で話してるのに? だいたい、罠の回避かモンスター退治しかすることないのに、何を相談するんだよ」

「俺に言われても困る。ただの推測だ」

「ちぇーっ」


 トリトラは再び長椅子に倒れこみ、分かりやすくすねていますアピールをして、ゴロゴロと転がる。


(こういうところは、でっかい幼稚園児みたいだよなあ)


 彼なりに気を抜いている証拠だろうから、修太は放っておくことにした。

 台所に行ってお茶を淹れ、炊事場を眺める。夕食の支度をしなければならないが、どうにもやる気がしない。ティーポットとカップを居間に運び入れ、一服する。


「今日は外に食べに行こうかな。トリトラはどうする?」

「僕は出かける気がしないから、バルを連れてって」

「もしかして、実はめちゃくちゃ怒ってるの?」

「ううん。単に面倒くさいだけ。よく分かんない奴らと会話をするのって、モンスター退治より疲れる……」


 トリトラはむくりと起き上がり、けだるげな様子で居間を出ていく。


「部屋にいるから、声をかけないでね」

「分かった」


 どうやらこれから本格的にふて寝を決めこむつもりのようだ。トリトラは、一見すると黒狼族にしては人当たりが良いが、気難しい性格をしている。なかなか相性に恵まれないのは、当然のなりゆきといえた。

 ここまで来ると、いっそ憐れである。


(シークがこっちに来られたらいいんだけどなあ)


 修太はレステファルテにいるシーク達を思い浮かべる。

 レステファルテ国とパスリル王国はいまだに戦争中だ。

 レステファルテ軍は、一度は銅の森より東にある領域まで進軍した。内政でごたついていたパスリル王国だったが、仇敵を追い出すという目的ができたことで、王族がカリスマ性を発揮して、騎士を率いてやり返した。


 その裏では、ノコギリ山脈の奥深くに集落をかまえるドワーフ達が、戦に巻き込まれるのを面倒に思って、暗躍していたとかいう噂もある。

 その戦以降は、たまに思い出したように小競り合いをしては、ノコギリ山脈でにらみあいをしていた。


 緊張状態のために、影響を受けているのは商人である。二国の間を移動できないため、レステファルテの商人は、以前よりもセーセレティー精霊国との貿易に力を入れ始めた。豊かな土壌をもつセーセレティー精霊国から食料を仕入れるためだ。


 セーセレティー側は、食料を手に入れるために、レステファルテがこちらを攻撃しないか警戒しているようだったが、さすがに大国に挟み打ちされてはレステファルテもまずいから、今のところは良好な関係をたもっているようだ。


 そういうわけで、一度は黒狼族と戦争状態になったレステファルテだが、第三王子討伐以降、黒狼族への蔑視はそのままに距離をとっている。砂漠の黒い魔物作戦が、心理的に大成功したようで、現在も警戒されているようだ。


 世情が落ち着いたから、イェリとアリテはレステファルテ王都に戻ってしまい、当然、シークもそちらで暮らしている。イェリにこき使われながら、アリテと仲良くやっているようだ。


「とりあえず、飯でも食べに行くか」


 バルに声をかけようと、修太も居間を出た。


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