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和やかなお茶会を終えると、修太は帰宅した。
門扉を開けたところで、孤児院のほうからイスヴァンが駆け寄ってくる。
「シュー、今日は薬草教室をしないのか?」
「あ、そういえばイスヴァンに言うのを忘れてたな。試験勉強で、しばらくうちに友達が来るんだよ」
「そうなんだ。さっき訪ねたら留守だって言うからさ」
残念そうに、イスヴァンは肩を落とす。
「四半鐘(※三十分)くらいでよければ、今からはどうだ?」
「やった! それなら夕食準備に間に合うよ」
イスヴァンは喜んで、いったん孤児院に戻って筆記具を抱えて戻ってきた。バルも加わって、庭で畑を手入れしながら、薬草について教える。
「そうだ、イスヴァン。キノコいらないか?」
「もらえるものなら、なんでももらうよ。ありがとう!」
まったく遠慮していないのに、爽やかに言い切るせいか、図々しく感じないのが、イスヴァンのすごいところである。
セスにもらった木箱入りのキノコを地面に呼び出すと、イスヴァンは目を丸くする。
「うわあ、すっごい大きなキノコだな! ダンジョン産?」
「ミストレイン産。この間まで、あっちに旅してただろ。知り合いのエルフからもらったんだ」
媒介石や薬草をお土産に入れておいたお返しのせいか、木箱に山盛りでこぼれ落ちそうだ。
「ちょっと待って、籠を取ってくる!」
イスヴァンは素早く背負い籠を持ってきた。
「すごいなあ。これなんて顔くらいの大きさがあるよ。おいしいのかな?」
「炭火焼をしたら美味かったぞ」
「へえ、焼いて食べるとおいしいのか。五個もらっていい?」
「それだけでいいのか?」
「あんまりもらってもいたむからね。この辺りでもキノコは採れるけど、白カビが生えやすいから、管理が難しいんで早く食べちゃうんだ」
キノコを五個、背負い籠に入れてやると、それだけでほとんどいっぱいになった。
「ありがとう、シュー。あ、今度、うちに寄ってよね。チビ達がお礼の歌を練習してるから」
「お礼の歌? え、なんか恥ずかしいからいいよ……」
「断ったら、みんなに大泣きされるよ」
「分かったよ、行くから!」
さすが、歌と踊りの民である。まさか寄付のお礼にと、歌の出し物を用意してくれているとは思わなかった。
「その日は俺も見に行くよ」
「え? 歌の見学?」
「いや、歌を披露されて戸惑うだろうお前の見物」
「バル! 性格が悪いぞ!」
大人しくしていたかと思えば、これである。
修太はキノコを旅人の指輪に仕舞い、じろっとバルをにらんでから、台所に向かった。
週明け。
朝のホームルーム前に、レコンが断りを入れた。
「おい、シューター。やはり下宿はよそ者出入り禁止だそうだ。他の入居者もいるからな、迷惑になるんだと」
「それならしかたがないな」
「代わりに、何かあったら手伝ってやるよ」
レコンは代替案を出した。
「それじゃあ、その時はお願いする」
修太は気楽に返す。貸し借りなどいらないのだが、レコンは貸し借りには律儀なので、そのほうが納得するようだ。
すると、ソロンが会話に加わった。
「うちは、開店前ならいいってさ。夕方から開くから、お昼頃がいいかな。午前中は皆まだ寝てるんだよ」
深夜遅くまで営業している酒場なので、その分、休息時間がずれているらしい。
「都合の良いタイミングで教えてくれたら、お邪魔するよ」
「おう、そうしてくれ」
話がまとまり、それぞれ席で教本を鞄から取り出して準備していると、アジャンがあくびしながら教室に入ってきた。
「シューター、週末はありがとうな。そういや、父さんが親父さんに声をかけられたらしくて、ビビッてたぜ」
「えっ、父さん、わざわざアジャンの家に行ったの?」
「違うよ。父さんは紫の曜日でも、一鐘くらいはダンジョンに行くからさ。ちょうど救援依頼を終えた帰りの親父さんとばったり出くわしたみたいで」
「なんか失礼なこと言わなかった?」
「『まあいいだろう、合格』だって」
「上から目線すぎる!」
修太は頭を抱える。アジャンの父であるアベルクとグレイは同年代だろうが、その言い方は無い。
「あはは、大丈夫だよ。父さんは『黒狼族のおめがねにかなってうれしいよ』って笑ってたから」
「なんて優しい人だ。とりあえずアジャンの家のほうを拝んでおくわ」
「なんだよ、それ。ぎゃははは」
南無南無と手を合わせる修太の背中を、アジャンはバシバシ叩く。
「お前って、ほんっとうに変わってるよなあ。地味に見える詐欺」
「失礼だぞ!」
しげしげと見て、言うことがそれか。
「そういや、アジャンってキノコ料理は好きか?」
「キノコ? 普通に好きだぞ」
「ミストレイン産のキノコを知り合いにたくさんもらってさ。昨日、いろいろと試しに作ってみたら、作りすぎちまってさあ。消化を手伝ってくれよ」
「もちろん! へえ、キノコ料理って焼く以外に何かあるのか? 楽しみだな」
首を傾げながら、アジャンはにやりとする。
「いいなあ。僕もいい?」
「俺も俺も!」
フィルとソロンが、パッと顔を出す。試験勉強の間に、すっかり修太の料理に味をしめたようだ。
「そういや、アジャンと仲が良いのに、二人はどこで食べてるんだ?」
修太が質問すると、フィルはじと目になった。
「こっちの台詞だよ。昼休みになったらいなくなるでしょ」
「俺らはだいたい教室で食べてるよ」
ソロンが答えると、アジャンが言い訳する。
「俺は弁当がなくて水だけの日もあるから、教室を離れてただけだよ。そしたら、たまたま一人で食ってるシューターと出くわして、ご相伴にさずかってるわけ」
「ほら、入学したてで、俺が犯人扱いされて遠巻きにされてた頃だよ」
フィルとソロンは顔を見合わせる。
「ああ、あの時かぁ」
「アジャンはいつも通り、世話を焼いてたもんな。そりゃ、二人が仲良くなるよな」
二人は気まずそうにしており、修太はひらひらと手を振る。
「あれは遠巻きにするのが正解だろう。誰だって危ない奴には近づきたくないさ。敵視されていじめられなかっただけありがたいよ」
「相変わらず、達観してるなあ」
「物分かりが良すぎるっていうのも、あんまり良くないよ。怒る時は怒らないと」
ソロンが感心して言う反面、フィルは小言を口にする。
「はあ。だが、あの程度、騒ぐほどじゃねえな。命がかかってるなら、そりゃ言うよ」
「ああ、駄目だ。シューターの価値観が、僕らと違いすぎてる!」
どうしてフィルは頭を抱えるのだろうか。
「レコン、外の人間って、みんなこうなのか?」
ソロンがレコンに問いを投げ、レコンはどうでも良さそうに返す。
「それは黒狼族の天秤で答えていいのか?」
「あ、やっぱり無し。ろくな答えじゃないだろ」
「絶対に物騒なやつだって、聞かないほうがいい」
ソロンとフィルはひそひそと言い合う。
レコンは相手をする気がないようで、つんとして口を閉ざした。うるさいと思っているのが分かりやすい。
「それじゃ、今日はみんなで食べようぜ。レコンも来いよ」
「キノコだろ? 肉が出るなら考える」
「おう、あるぞ。キノコに、ミンチ肉をのせて焼いたやつ。あれ、なんて呼ぶんだろうな。キノコバーグ?」
シイタケにハンバーグ生地をのせて焼いた料理だ。キノコの出汁が合わさって、歯ごたえもあっておいしいのである。母親が作っていたのを思い出して、見た目を真似した。
「またシューターのお母さんの料理?」
ソロンが前のめりで問う。
「うん。それに似たやつ? 後は、ピザ風もやってみたんだ。ジェノベーゼチーズと、
トマトソースとチーズとベーコンとバジルのせ」
「ジェノベーゼってなんだ?」
「バージを使ったソースだよ。油とにんにくと鷹の爪を入れて、温めたやつ。もしかしたら他にも調味料が入るのかもしれないけど、俺が分かるのはこれくらいでな」
「それだけいろいろと作れるなら、料理人になればいいのに」
「嫌だよ、俺は食べるほうが好きだからな。同じ料理がないから、自分で作ってるだけだ」
たくさん食べたいから、毎回、作りすぎてしまうのだ。朝食や昼食にも回しているが、同じメニューが続くと飽きる。
「だいたい、なんで苦労して作って、見知らぬ他人に食べさせなきゃいけないんだよ。金をもらってもごめんだね、面倒くさい」
「……うん。料理人には向いてねえな」
ソロンが神妙な顔をして断定した。
「えっ、俺が食べるのはいいの?」
「アジャンは見知らぬ他人じゃねえだろ」
「最初は見知らぬ他人だったはず」
「隣の席じゃないか」
アジャンはぱちくりと瞬きをして、急に心配そうに眉を寄せる。
「シューターの他人の定義ってさあ、甘すぎない? よくそんなんで旅ができたな。おっかねえ」
「なんでだよ」
雑記
特にグルメ小説ではないんですけど、書いてたら楽しくなってきたので、あれこれと作らせています。私が作れる範囲なので、家庭料理のはずです。さすがにジェノベーゼソースまでは手作りしませんけど、おおよその作り方は知ってます。バジル大好きなので、いつか作りたくて。
阿蘇農園のバジルソースが一番好きなので、熊本県に旅行に行かれたらぜひ探してみてください。お土産屋に置いてるはずです。
にんにくにフリガナして、「異世界での名前」というように表現してみましたけど、このほうが分かりやすいかな? 毎回、地の文で説明するのも面倒というのもありますがね。




