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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
学園ほのぼの編(仮題)
139/178

 5



 翌日、紫の曜日は、修太は自宅で友人達を出迎えた。

 初日と違い、家を教えなくてもいいので、直接来るように言っておいたのだ。


「おはよう。いらっしゃい」


 サンダルをつっかけて玄関扉を開けると、門の向こうで、アジャン達は気軽にあいさつした。フィルが礼儀正しく会釈して、ソロンは眠そうに右手を挙げる。


「今日もお邪魔します」

「おはよう」

「勉強がんばるぞー。あ、これ、うちの庭でとれた果物な。はるかに及ばないけど、一応、お返しってことで」


 居間に入ったところで、アジャンが大きな葉でくるんだ果物を差し出した。


「僕達も持ってきたんだよ」

「後で食べて」


 続いて、フィルやソロンも総菜や焼き菓子をテーブルに置く。


「おー、ありがとう」


 特にお返しはいらないのだが、三人は気が済まないだろうから、修太も気軽に受け取る。


「ヤミシシの肉には、僕の家族も驚いてたよ。夕食の時にステーキにしたんだけど、めちゃくちゃおいしかった。ありがとう」

「親父が店に出そうとするから、俺の分はやめろって説得するのが大変だった。俺はしっかり食べたからな! 頬が溶けて落ちるかと思ったぜ」


 フィルとソロンがそれぞれ感想を口にする。アジャンも、感動にひたりながら言う。


「うちも一晩で全部消えたよ。おいしすぎて涙が出た」

「はは。喜んでもらえて良かった」


 彼らの大げさな反応に、つい笑ってしまう。

 グレイがいると結構な頻度でヤミシシが食卓に上がるから忘れそうになるが、そういえばちまたでは高級肉なのだ。


「俺は普通に一人で食った。ダンジョンで手に入れたから、こいつをやるよ」

「レコンもか。和菓子だ、やった」


 レコンが置いたのは、〈四季の塔〉のドロップ品だ。なぜかお菓子や料理がドロップすることがあり、低層は和菓子が多い。せんべいやあられが木箱に入っていたので、修太は自然とテンションが上がる。

 彼らからのいただきものは台所に運び、全員分のお茶を出したところで、バルがふらっと気まぐれに現れて、近くの席についた。メモ用の貝葉をテーブルに置く。鉄筆の使い方もさまになってきたので、だいぶ扱いに慣れたみたいだ。

 昨日と同じ位置に教材を広げながら、アジャンが不思議そうに訊く。


「あれ、親父さんは?」

「冒険者ギルドだよ。救援依頼があったとかで、早朝に呼び出しが来たんだ」

「紫ランクは緊急呼び出しがあるから大変だな」

「面倒くさそうなわりに、父さんはよほどの時以外は断らないみたいだよ」


 あれで仕事にはプロフェッショナルの姿勢を見せるので、グレイは格好良い大人だなと、修太は常々思っている。


「さて勉強……と言いたいところだけど、なんか良いにおいがするなあ」


 アジャンがにおいをかぐ仕草をして、台所を見つめる。


「昨日の材料で、ピザを試作してるんだよ。後で食べよう」

「ピザ?」


 料理と聞いて、ソロンが興味を示す。


「俺の死んだ母さんが、たまに作ってた料理なんだ。四人は何か食べられないものってあったっけ」

「エビ以外は平気」


 ソロンはどうやらエビアレルギーらしい。アジャンはなんでも食べられるというのは、昼食の時に聞いている。レコンも問題ない。


「フィルは?」

「僕は辛いものが苦手だけど、食べられないものはないよ」

「それなら大丈夫だな。トマンとバージ、チーズで作ってるから」


 トマンはトマト、バージはバジルにそっくりだ。違うのは、地球のものより大きいということくらいだ。


「トマンとバージとチーズは合うよなあ。俺の家でも、つまみで出すぜ」


 ソロンは好奇心に、目を輝かせる。


「なんでソロンは冒険者志望なんだよ。料理人になればいいのに」

「しかたないだろ。俺の家は兄貴が継ぐから、俺は自分で稼いで、店代を貯めないといけないんだ。それに、旅しながら各地の料理を覚えるのも楽しそうだろ」

「ああ、そうだよな。レパートリーが増えるのは良いことだよ」


 ピザが焼けるまでの間に、エターナル語の勉強を進める。


「アンソニー先生の授業だけは、赤点を回避するぞ! 目指せ、平均点!」

「アジャン、目標が低すぎる」


 修太がツッコミを入れると、フィルも口をそろえた。


「そうだよ。せめて八割を目指そう?」

「エターナル語をしゃべってるんだから、書くのは難しくないって」


 修太の励ましに、レコンが眉間にしわを寄せて、いかに大変かを説く。


「そうだ。俺なんか、エターナル語の習得から始めたんだぞ。一般言語はエターナル語の方言みたいなものだってあの教師は言うが、俺からすれば全然ちげえよ。文字だって、同じ単語で違う意味を持つとか、頭が痛くなる」


「レコンがそんなに言うほどなら、俺らにも難しいわけだ」

「おい」


 アジャンがひねくれてとらえるので、レコンだけでなく、修太達も呆れた。


「ほら、テスト問題からやってみようぜ」


 修太はオルファーレンからもらった霊樹リヴァエルの葉を飲んだおかげで、言語で困ったことがない。エターナル語については、無難なことを言ってしのぐしかない。

 去年の中間テストは、基礎の読み書きさえできれば、五十点はとれる。高校に比べれば、難易度はぐっと下がる。

 後半は空白がいくつかある季節の手紙を読んで、ふさわしいあいさつを書かせたり、選ばせたりするようだ。


「なんで手紙なんて問題に出すんだよー」


 アジャンは不満たらたらだ。修太はアジャンがやる気になりそうなことを言う。


「日常にも使えて便利じゃないか。それに、冒険者ギルドでは代筆のバイトもあるぞ。ダンジョンに入る時間がない時は、小遣い稼ぎにいい」

「ダンジョンに行くからいいよ」


「まったく、ああ言えばこう言う奴だな。契約書くらい自分で読めるようにならないと、馬鹿を見るぞ。生きるためだ。四の五の言わずにやれ!」

「シューター、シビアだなあ」


 修太が叱りつけると、ソロンが感心をこめて言った。


「シューターの言う通りだな。代筆や代読(だいどく)を頼んでたら、地味に金がかかる。もし代読者が詐欺師の仲間だったら悲惨なことになる」


 レコンが現実味のある不安を口にしたので、アジャンとフィルとソロンが顔を見合わせた。


「怖すぎる! そんな詐欺があるのか?」


「あるぞ。あいつらはサインさえさせればいいんだからな。俺は代読を頼む時は、冒険者ギルドの職員にしか頼まない。ギルドメンバーをだましたら、職員の過失になるからな」


「分かったよ。真面目にやるから脅さないでくれ!」

「ただの事実だ」

「やめてくれってば」


 アジャンはひいひい言いながら、修太が示す教本のページをノートに書き写す。


「よし、その調子だ。手紙は型が決まっているんだ。あいさつと季語さえ間違わなければ問題ない。書き写すか、実際に書くのが一番の上達だぞ!」

「分かったから~、そんなに暑苦しくするなよ~」


 わざと弱った声を出すアジャンがおかしくて、笑いが起きる。

 アジャンがいると場が和む。修太の仲間でいうなら、啓介やピアスのポジションだ。フィルはにこにこして傍にいて、たまに茶々を入れるくらいで、物静かである。アジャンとソロンが言い合いをして、フィルがなだめるという関係性のようだった。


 アジャン達が教本の手紙を一つ書き写す頃、ピザが焼ける時間になった。台所に行って、オーブンからピザを出す。

 イースト菌やベーキングパウダーといったものが、ここで売られているか分からなかったので、とりあえず強力粉と塩と油で練って作った生地だ。膨らまないので、薄くなったが、パリッとしていておいしそうに見えた。

 あとは庭で採りたてのバージを飾り付けて、完成である。


「マエサ=マナのパンと似てるな」


 いつの間にか傍に来ていたバルが感想を言ったので、修太はビクッとした。


「おい、バル。足音と気配を消して近づくなってば!」

「お前はいい加減に慣れろよ」

「無茶を言うな!」


 何度目かになる言い合いをしていると、台所の入口から四人がこちらを覗いている。


「なあ、俺も見ていい?」

「シューターのことだからおいしいものなんだろうなあ」


 ソロンは料理への好奇心で、フィルは期待をこめているようだ。


「いいぞ。包丁で切るか」


 鉄板ごとピザをまな板へ移動させて、包丁で切り目を入れる。それから、バージを飾った。


「へえ、見た目が色鮮やかで綺麗だな」


 ソロンが感想をつぶやく。

 修太には外国のジャンクフードをいう印象しかないので、綺麗と言われると変な感じがした。皿ごとに取り分けると、友人達に渡す。


「まだ味見してないから、美味くできてるか分かんねえぞ。あっちで食おうぜ」


 とりあえず焦げてはいないようだ。

 居間の長テーブルに戻ると、フォークを渡す。


「手でそのまま食べるんだけど、気になるならフォークを使えよ」

「あっちち。フォークを使うよ」


 修太の真似をしてピザを持とうとして、ソロンが手を引っ込めた。ちょうど熱々のところを持ってしまったようだ。

 修太はさっそくピザに食らいつく。

 トマンをつぶして作ったソースとチーズ、バージだけのシンプルな味付けだ。


「んー? 塩気が足りないかな。塩を振っておこう」

「トマンの味が濃厚だし、バージのフレッシュな香りが味わい深くておいしい! 僕はこのシンプルさが好きだ! それにパンのところがパリパリだ!」


 フィルの好みだったようで、珍しく早口に感想を言った。見事な食レポである。


「本当はつぶしたトマンに調味料を混ぜたソースのはずなんだけど、俺はそのレシピは知らないんだよな」

「トマンだけなのか?」


 ソロンの質問に、修太は首を傾げる。


「いや、これがメインになりやすいだけで、具材はなんでもいいよ。ベーコンでも、コーンでも。豆や野菜をのせてもいいし、ソースだってトマン以外でもいいから、なんでもあり」


「作り方はマエサ=マナのパンと似てるわりに、薄っぺらくてパリッとしてるんだな。これはこれで良い。でも、俺としてはもっと肉がのっていて、味が濃いほうがいいな」


「レステファルテは辛い料理が多いから、バルにはそうだろうな。レコンは?」


 バルには物足りないようだ。修太は黙々と食べているレコンに感想を振る。


「俺も肉が多いほうがいい。ベーコンとやらのほうを食べてみたい」

「まだ材料があるから、二枚目を焼いてみるか。アジャンは言うまでもなく美味そうだな」


 満腹なだけで幸せなアジャンは、精霊に祈っている。


「これって作るのは大変なのか? 弟達にも食べさせてやりたいよ」

「いや、俺でも作れるから簡単だぞ。ちょっと時間がかかるだけだ。これから一緒に作るか?」

「作る!」


 皆の声がそろった。

 十代後半の腹を空かせている男達がそろえば、食い意地に傾くのが自然というやつか。


「じゃ、いったん勉強は置いておいて。作るか」


 そして二枚目のピザを作り、今度はそれぞれ好みでソースや材料を用意して、六等分したスペースに盛り付けた。


「なあなあ、シューター。これ、うちの店で出していい?」


 自分達のピザを食べた後、ソロンが身を乗り出して問う。


「言うと思った。いいけど、レシピ独占とか、複雑なことはやめてくれよ。みんな、好きに作ればいいんだ」

「というか、シューターが商人ギルドにレシピを登録しておいて、無料開放にすればいいんだよ。そうすれば誰でも気軽に作れる」


「なんか面倒くさそうだなあ」

「シューターは旅をしていて、ピザと出くわしたことはあるのか?」


「そういや、無いな」

「それじゃあ、シューターのお母さんのオリジナルレシピってことじゃないか。登録したほうが早いよ! なあ、頼むよぉぉぉ」


 ソロンが駄々をこねるように騒ぎ始めるので、修太はうんざりする。元の世界ではありふれたジャンクフードだったから、オリジナルレシピなんて言いすぎだ。


(啓介にも話すか……? ああでも、あいつ、料理はからっきしだからピザの生地すら作れないんだろうなあ)


 とりあえず、保留にする。


「いったん幼馴染に連絡して、あっちで登録してないか確認するよ」

「分かった。登録するなら、もちろん手伝うから! いつでも言ってくれ。俺はその間にこのレシピを練習しておく!」

「ソロン、料理人になればいいのに……」


 とりあえず、ソロンに教えておけば、勝手においしく完成させてくれそうだ。他にもレシピを思い出したら、ソロンに横流ししておけばいいかと修太は単純に考える。

 その時、遠くから正午を告げる鐘の音が鳴り響いた。


「ピザを作ってたら、もう昼ご飯の時間じゃねえか。皆はどうする?」

「あれだけで足りるわけないだろ。もちろん食べるさ」


 アジャンが弁当を取り出し、他のメンバーも同意した。


「俺も足りないから、なんか作ろうっと」


 卵と刻んだベーコン、塩コショウで味付けしたシンプルなチャーハンを作って食べていたら、またもやソロンが目を輝かせた。


「何、その料理!」

「チャーハン。スオウの料理で米を炊いたご飯があるだろ、あれを(いた)めただけだよ」

「スオウのご飯だろ? 父さんがたまにご飯を()くけど、そんな料理は見たことない」


 アジャンがスオウ料理のことをあげたので、修太は困った。そういえばササラが作ってくれるスオウ料理には、チャーハンが無かった。炊き込みご飯はあったが。


「そんなこと言われても、家庭料理だよ……」


 毎回のように騒がれると疲れる。


「ソロン、スオウから米を取り寄せて作るのは、割高だからおすすめしない」

「輸入品か、なるほどな」


 今回は利益が出にくい話をして、なんとかかわすことに成功した。


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